第27話 シナリオ4 記憶を求めて① 家政婦・キヌ視点
私は ヤマシロ・キヌと申します。
ミカミ家の家政婦として20年近く働いております。
今のミカミ家の奥様と学生時代に親しくさせていただいていた縁で就職し、以降奥様付きの家政婦としてお世話になっております。
最初の数年は奥様にご迷惑をお掛けすることもありましたが、今ではそれも笑い話です。
今の私は家政婦達を束ねる立場にあります。
仕事でミスしなくなったあたりで、私は奥様に良い男性を紹介いただき、結婚しました。夫は優しい人で、夫婦仲は良好です。残念ながら子供には恵まれませんでしたが、その分、アラタ坊ちゃんを小さい頃から世話させていただきました。
私の後をキヌ、キヌ、とよたよたついてくる小さい頃の坊ちゃんは非常に可愛いかったです。
坊ちゃんは私にとって実の子供のようなものです。
最近は坊ちゃんと呼ぶと複雑な顔をするので、若と呼ぶようにしています。
若は召喚祭以降目に見えて大人びたように思います。
Sクラスという、その身には大きすぎる召喚獣を得て、子供ではいられなくなったのでしょうか……
旦那様や奥様も色々と忙しい身。私もできる限り、若の力になりたいと思います。
若は文武両道。若の表の顔しか知らない人物にとっては、非の打ち所がない方です。
ですが、実は1点だけ、欠点があります。
女性の趣味です。
若は小さいころから多くの同年代の少女らに言い寄られていました。いえ、今も言い寄られています。にもかかわらず、その少女たちに興味を持ちません。
そういう興味がないわけではありません。男色家というわけでもありません。
実際、部屋にはこっそりと少女を連れ込んでいます。
ですが、その少女の素性が問題なのです。
と、考えていると呼び鈴が鳴りました。若が呼んでいるようです。
若の部屋をノックした私に対し、扉から顔だけを出した若が告げます。
「キヌ、いつもの奴を頼む」
「そう言うと思って準備しております。こちらを」
お茶とお菓子のセットが3人分。お盆の上にのせて渡します。
「すまない。頼めるのはキヌだけなんだ」
「頼っていただくのは嬉しいのですが、そろそろ奥様にも話を通した方がよいかと」
「いずれね。でも今じゃない。自分で話すからそれまで内緒にしてほしい」
「わかりました」
これも何度か繰り返された問答です。
お盆を受け取った若は扉を閉じました。
この調子だと、再び呼ばれるのは1時間後でしょうか。
1時間後、再び呼び鈴が鳴りました。
若の部屋に行くと、扉が開きました。若の後に続いて出てきたのは二人の少女。
私は意識して何でもないような顔をして対応します。
「キヌ、二人を勝手口まで頼む」
「承知しました。……お二人とも、こちらへ」
私の返事を聞き、若は歩き出しました。
私以外の家の者に見つからないよう、若が先行して、勝手口までのルートを確保するのです。
私は二人の少女を勝手口まで誘導します。
無事目的の場所につくと、鍵を外して少女らを外へ。二人は会釈すると、そそくさと帰って行きました。
「……ハァ……」
思わずため息がもれます。
若が少女をこっそりと部屋に連れ込むこと自体は、複雑な気持ちではありますが、咎めるつもりはありません。そういうことに興味のある年頃でしょうから、むしろ将来男女の駆け引きのために経験を積むという点では望ましいとも言えます。
ですが、その連れ込む相手がよりによってあの二人。この町の没落貴族、ナカジョウ家に仕える家の娘です。
ミカミ家とナカジョウ家は折り合いが悪く、何かにつけて争う間柄です。
今ではミカミ家の繁栄に対してナカジョウ家は没落の一途ですが、血みどろの抗争を繰り広げた時代もあったとか。
ミカミ家跡取りの若に対し、ナカジョウ家にも同じ年の跡取りがおり、昔からいざこざが絶えませんでした。
そんな関係が変わったのは先日の武闘祭です。
若がナカジョウ家の跡取りを下したのです。
当然、何かしらの反発があると思っていたのですが、舞踏祭以降目立ったいざこざは発生していません。
それどころか、時折若とナカジョウ家の跡取りが話をしている様子もしばしば見えます。さらには、若があの二人を自室に連れ込むようになりました。
私には、何が起こったのか詳しい事情はわかりません。ですが、一つ言えることがあります。
若は、人とは変わった嗜好をお持ちです。
2年前、若が幼馴染であるミヨさんとの婚約を解消した際は結構な問題になりました。
本人たちには告知されていませんでしたが、実は二人は許婚でした。どこからかその事を知った若が婚約解消を申し出たことにより、親同士の話し合いにまで発展したのです。
その際は、若がサクナ王女に見初められた、ということで婚約解消。不問となりました。
私としても幼い頃から知っているミヨさんが若奥様にならないのは残念でしたが、王族に見初められたのであれば仕方ない、と思ったものです。
ですが、若はあの二人に手を出しています。
遊びであれば、こういう言い方は不適切かもしれませんが、金を握らせて解決できる、もっと容姿の優れた娘だっています。
若はそういう娘には目もくれず、あの二人にご執心です。容姿に劣り、敵対関係にある家の関係者にです。
もう、若の趣味嗜好としか考えられません。
そう考えると、心配なことがあります。
台所からリビングへと戻ったところで、その心配事に話しかけられました。
「キヌさん、何かお手伝いすることはありますか?」
「アイギス様、気になさらずとも大丈夫ですよ」
この、小さな巫女様です。
私がお世話係をしているこの少女は、非常に重要な役割を持つ巫女だと聞いています。
そして、この巫女様、容姿が、非常に若好みのようなのです。
「アイギスさん、そんなに気を張らずとも、自由に過ごしてよいのですよ」
「アラタさん……ですが、お世話になりっぱなしというのは……」
「であれば、私のお茶に付き合っていただけませんか?」
「喜んで」
テラスへと向かう二人に対し、私は台所に戻り再びお茶とお菓子の用意をします。
何も言われていませんが、このくらいは言われなくとも準備するのが家政婦の務めです。
お盆に載せてテラスへと持っていくと、若とアイギス様は談笑しておいででした。
アイギス様をお世話するようになって数日ですが、若とはだいぶ打ち解けたようです。
アイギス様が先の二人の少女と決定的に異なるのは、表情が明るいことです。
どこか卑屈な感情が見えるあの二人と比較し、アイギス様の表情は明るいです。
うじうじしているよりはこちらの方が好感が持てますね。
アイギス様と若の談笑は続いています。
私は邪魔しないよう、その場を後にしました。
シナリオ4以降は休日更新とさせていただきます。よろしくお願いします。




