第3話 召喚の儀式③
取り出した石には紐が巻き付けられていた。
麦わら帽子についていた飾り紐。それを先の控室で、急遽石に括り付けた。
ちょっとした貴重品に見える、といいなぁ。……って違う。石を触媒にするのは間違いじゃない。このくらい誤差だ。
自分に言い訳をしながら石を盃の中へと差し入れる。
水に入った石は消えるように見えなくなってしまった。
盃の底が見えるのに石は見えない。水に入った瞬間に、どこか別の場所飛んで行ったような印象を受けた。
ただ、水面に広がる波紋だけが、触媒を確かに投入したことを告げていた。
「……………………」
巫女さんが祝詞を奏上する。
不思議な韻を踏んだ祝詞はすぐに終わった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
巫女も、立会人も、誰も言葉を発しない。俺としても何か声を出すきっかけがなく黙ったまま。
沈黙が部屋を支配する。
そのまま一分近くが経過。
「…………」
さすがに不安になってきた。
巫女さんの顔を横目で伺うと巫女さんは瞬きを繰り返し、額には汗が浮いていた。
……何かまずいことでも起きたのか???
儀式で魔力を消費しているような様子はない。予想外でどうしたらいいのか分からないという雰囲気。
「あの……」
沈黙に耐え切れず俺が声を出したところで盃から白い光が溢れた。
直後、盃の中にあった水が弾け、空中に巨大な魔方陣を形作った。
「来ます。準備を」
ほっとした様子で巫女さんは汗をぬぐい、声を掛けてきた。
「はい」
目の前で、魔方陣から巨大な黒いものがゆっくりと姿を現した。
それは、黒い球体の一部としか言い様の無いものだった。
魔方陣の大きさは直系3メートル以上。
にもかかわらず、その黒い物体はその魔方陣以上の大きさがあるらしく、魔方陣から出てこれないようだった。
「これは……どうすれば?」
「接触してください。そうすれば一旦契約は成立します。契約さえ済めば、広い場所で呼び出すことは可能です。大型召喚獣の場合、稀にあることです」
「わかりました」
黒い物体に手を伸ばしたところで、その物体に動きがあった。
横一文字に物体に裂け目が入った、と思ったらすぐにその裂け目が開いていく。
裂け目から現れたのは白い水晶のような塊に埋まった黒い二重円。これは……目??
黒目にあたる部分がゆっくりと動き、こちらを見つめる。
それ以上の動きはない。
この大きさと存在感。高レア召喚獣だと思う。
自然と止まっていた手を慎重に巨大な目に近づける。
目と手が触れた瞬間、俺は自分が召喚したものは何かを理解した。
自分の前に自分が見える。
この巨大な目の視界を共有している。
召喚獣との契約が結ばれ、巨大な目はゆっくりと消えていった。
巨大な魔方陣を構成していた水は全て蒸発してなくなってしまっていた。
「気分はどうですか?」
「特に問題ないです。普通です」
巫女さんの問いかけに対し俺は気負うことなく応答した。
その様子を見ていた立会人の一人が近づいてくる。
ナギサの父親・キヨカズだ。
「いや、びっくりしたよ。魔法陣が浮かぶのに大分タイムラグがあったね。一瞬、失敗したのかと思ってしまった」
「私にも原因は分かりません。ちょっと調査したいので、一旦休憩しましょう」
キヨカズさんのコメントに対し巫女さんが休憩を宣言した。
「さて、トオル。おめでとう。これで君も召喚獣もちだ」
「ありがとうございます」
「で、あの召喚獣だが……」
キヨカズさんが振り返る。
立会人の一人がぶ厚い辞典をめくりながら答えた。
俺に向けてはっきりとした口調で告げる。
「あなたの召喚獣は浮遊眼です。レア度はFですが、術者の視界が広がる、使い勝手のいい召喚獣です」
レア度F? あれだけの存在感を持った召喚獣が最低レア度??
俺はその言葉を聞き気分が遠くなりかけた。そこに言葉が続いた。
「ただ……」
「ただ?」
「あんなに大きい浮遊眼は見たことも聞いたことも、文献にもありません。そういう意味ではレア度B相当かもしれません」
「だってよ!良かったなトオル!実質Bクラス召喚獣だ」
「……はい、ありがとうございます」
俺はなるべく自分の失望を表に出さないように答えた。
召喚獣のレア度にはSからFの7段階の分類がある。
レア度と有用度や強さは必ずしも一致しない。あくまでも珍しいかどうかに主眼をおいた基準が、レア度である。
ということになっているが、それがお題目であることは小さな子供でも知っている。誰もがレアな召喚獣を欲しがる。そういう意味で、レア度Fは最も下。誰もが避けたいと思う階級の召喚獣だ。
低レア度召喚獣を引いて落ち込む子供をフォローするのは周囲の大人たちの役目。
このやり取りも、俺が気を落とさないように周囲の大人が気を使っているのだとわかった。
俺の家族はみんなBかCの召喚獣を得ている、俺も最低でもCだろうと思っていたところをFと言われてしまった。
言いたいこと、訴えたいこと、立会人に再確認したいことなどが頭の中に浮かんでは消えていく。感情が、思考が、言葉にならない。頭が上手く働いていない。
「よし、じゃあ、あの扉から出て係員さんについていきな。みんなが待ってる」
「はい。ありがとうございました」
俺は機械的に、半ば無意識のうちに一礼して召喚部屋を出た。
トオルが出て行った後、キヨカズは席に戻りながら考えた。
(トオル坊が引いたのは浮遊眼。悪い召喚獣じゃない。将来どんな職業に就いたとしても普段使いならば十分役に立つ。レア度が低いからって腐らなければいいんだが……それにしても、あの祝詞から召喚までの時間差は何だったんだろうな?)
席に着き、巫女が盃に聖水を注いでいるのを眺める。
(あれだけあった聖水を全部使った魔方陣でも顕現できないレベルの巨体か。確かにそんな浮遊眼は聞いたことがない。もしかして、特別な浮遊眼だったのかもしれん。だが……苦労はするだろうな)
係員が次の子供を連れてきた。
キヨカズは気分を入れ替え、トオルの知り合いのおじさんとしての立場から、召喚の儀式立会人としての立場に戻るのだった。
儀式の部屋を出た俺が案内されたのは神殿の正面にある広場。
そこには召喚の儀式を終えた同級生たちがたむろっていた。
友達同士で召喚獣について情報交換しているようだ。
「おーい、トオル、こっちこっちー!」
元気いっぱいにブンブン両手を上げて俺の名前を呼んだのはナギサだった。
そちらに向かって歩き出すと、ナギサは同級生たちをかき分けて近づいてきた。
その肩には先ほどまで羽織っていたストールはない。
触媒として消えてしまったのだ。
「どうだった?召喚獣のレア度は?私はBだった!」
「B?すげぇ。やったじゃん!」
「まぁ、網元の娘としてはこんなものね。で?トオルは?」
「ん。Fだった」
「え……大丈夫、なの……?」
途端、ナギサの表情が曇る。
俺を馬鹿にするとか失望したという感じではなく、本気で心配しているのだというのが分かる。
お互い物心ついたころからの付き合い。
加えてナギサは良くも悪くも一本気なので、何を考えているのかよく分かる。
きっと、自分と同じBクラス召喚獣を引いたと思っていたのだろう。
ここでやるべきことは一つ。
「大丈夫。そんなに気にはしてない。それに、おれの召喚獣はFだけどFじゃない。特別だ」
「……何よそれ。馬鹿じゃない?」
「ふっ。まぁ見てろ。すぐにお前は理解するだろう。俺の召喚獣が最強だということをな」
「なにタクミみたいなこと言ってんのよ」
強がる俺に乗ることにしたのか、ナギサの表情が明るくなった。
「そういえばアラタは?」
「あそこ。みんなが集まってるでしょ?」
ナギサが指差した方向に、同級生たちが固まっているのが分かる。
中心部に、背の高い男の髪の毛が見える。アラタだ。
アラタの近くには、控室で突っかかってきたタクミたちがいる
「たまたま運が良かっただけだ!調子に乗るんじゃないぞ!」
捨て台詞を吐いて離れていくタクミたちと入れ替わりに、アラタには同級生たちが殺到。あっという間に人の壁で見えなくなった。
「喧嘩売られるのはいつも通りとして、どうしたんだ?あんなに囲まれて」
「アラタはSを引いたらしいわ」
「S!?マジで?」
「マジ。…‥タクミはAだって。アラタがSだと分かって勝ち誇った顔が急変するのは超面白かった」
レア度Aでも十分に凄いが、レア度SというのはA以下とは別格の召喚獣である。
過去、Sクラス召喚獣を手に入れた存在は多くが英雄と呼ばれ、様々な分野で多大な功績を残しているのだ。
ちやほやされて有頂天かと思いきやアラタはいたって真面目な表情で周囲の同級生たちと会話している。
「アラタは、やっぱすげぇんだな」
「…………」
レア度は気にしないとは言ったものの、本心では気になる。
思わずつぶやいてしまった俺のとなりで、ナギサは沈黙するのだった。
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