第23話 シナリオ3 謎の少女③
「お前には今後、俺の後始末役を頼みたい」
机を挟み、俺と向かい合って応接椅子に座るアラタの言葉に、俺は何と返せばよいのか分からなかった。後始末役ってどういうことだ?
「言っている意味がよくわからないのだが?」
「まぁ、そういう反応になるよな。ということで順を追って説明する」
アラタは持っていた手紙を机に置くと、胸ポケットから直系数センチの球体を取り出した。
青色の宝石のような球体だ。
「トオル、勇者と魔王の話は知っているよな?おとぎ話だ」
「いきなりなんだ?……まぁ、知っているが」
小さい頃に絵本で読んだことがある。
ずっと昔、この国が出来るよりも前、魔王と呼ばれる強大な魔術師が存在し、人々はその傍若無人な振る舞いに苦しんでいた。あるとき、精霊王の力を借りた一人の人物がその魔王に挑み、魔王は倒され、平和が訪れた。
勧善懲悪の量産型おとぎ話である。
「あの話は、実際の出来事が基になっている」
「作り話じゃないのか?」
「魔王が改心してめでたしめでたし、という絵本になっている話は創作だ。事実は、魔王と呼ばれる存在がいて、精霊王の力によって封印されているということだ」
突拍子もない話が始まった。
とはいえ、数々の出来事を未来予知で当ててきたアラタの言葉だ。まずは聞いてみる。
「そのおとぎ話が実話だとしたらどうなるんだ?」
「もうすぐ魔王が復活する」
「ぶっ!?」
変な声が出てしまった。
「精霊王の封印が弱くなっている。このままだと魔王が復活してしまう。復活したら、この国を亡ぼすために暴れるだろう。何せ、この国は勇者の子孫が作った国だからな」
「……」
アラタの表情は極めて真面目。
これは、俺を担ごうとしているのか?本気なのか?分からない。話のスケールが大きすぎる。
「魔王に復活されると困るから、封印を作った人物は、弱くなった封印を補強する手段も用意していた。それがこの宝珠だ」
アラタは宝珠を机の上に置いた。
「この宝珠を使い、ある手順で各地の封印に力を注ぐことによって弱くなった封印の力を補強できる」
「それ、どこで手に入れたんだ?サクナ様から?」
「そんなところだ。宝珠という道具は用意できたが、問題なのは術式、つまり、手順の方だ」
「手順……」
「宝珠を使うには、特殊な素質を持つ人物が必要。だが、この時代に生きる人にはその素質を持つ者はいない」
詰んでるじゃないか。
「だから、封印を補強できずに、魔王が復活する?」
「今のままなら」
「対策があるってことか……」
アラタは手紙を指し示した。
「これは、街の西にある祠を調査する許可証だ。サクナ様からいただいた。一週間後、祠を調べに行くぞ」
「え?あのあたりに祠なんてあったか?」
「宝珠がないと祠にはたどり着けない。いわゆる人払いの結界があるんだ。祠には巫女が眠っているから、その巫女を目覚めさせる。封印の儀式を行えるのはその巫女だけ。俺たちは巫女と各地の封印を強化して回る」
「巫女が眠ってるって、どういうことだよ」
「最初の封印時にこういう状況を見越して、自身の時を止めて冬眠してるってことだ」
よかった、何百年も生きる婆さんというわけではなさそう。可愛い子なのかな?それともお姉さん系?
「言っとくが、巫女の容姿は俺好みだ」
アラタの発した一言で俺は巫女への興味を失った。
アラタ好みってことは、つまりそういうことでしょ。
というか、その言葉で思い出した。
「で、それと俺が後始末役っていうのは、どういう関係が?」
「今後、巫女と封印強化のために王国中を旅して回ることになるが、各地の封印の祠には封印を守る一族がいる。で、各一族の重要人物はだいたいキレイどころと‘そうじゃない’のがセットになっている、はずだ」
「……」
「守護一族の風習的にそいつらを旅の仲間として押し付けられる可能性が高い。封印の巫女と共に旅をする俺たちは勇者の再来だから、事後の権力バランスを見越した大人の思惑なんかも絡んでくる。面倒な同行者を増やしたくはないが、避けられない。……俺とお前は協力者たちの世話係だ」
「世話……。まぁ、その程度なら」
アラタの頼みなら、聞いてやりたい。
「世話っているのは、協力者にちょっかいをかけてくる奴らから身を挺して守ることも含むからな」
「?どういう意味だ?」
「分かりやすく言うと、だ。今後、何人か美人と醜女が仲間に入ることになる。お前は美人の方を、俺は醜女の方の世話役だ。やっかみとかトラブルは覚悟しておけ」
「げ、マジか」
そこでふと思った。
「協力者は女性で確定なのか?なら、ナギサとミヨがいるじゃないか。同性なんだし、そっちに任せた方がよくない?」
「別に全員が全員女性というわけではない。両方が仲間になるだろう。ただ、俺は同年代の仲間は女性、少し年の離れた仲間は男性になるとみている。あの二人に任せるのもアリなのだが……ここからは俺の要望だ。あいつらに頼るのはいいが、決断はお前にしてほしい。いい機会だ。お前には将来、俺の影、側近としての役割も期待している」
「側近……か」
英雄の右腕。悪くない。が、アラタの表情が気になる。何か隠している顔だ。
「そんな言葉で釣ろうとしても無駄だ。分かってるぞ。今、悪いことを考えてるだろ」
「分かるか?」
アラタが笑う。
「幼馴染だと、こういうところ看破されてしまうな。嬉しいような、悲しいような」
「嬉しいだろ?で、アラタ、お前の本心は?」
「可愛い子とイチャイチャしたい」
「シオンみないな子と?」
「その通り」
色々取り繕っているものの、モテたいというのがアラタの行動の源泉。世界のためとか言われるよりもよっぼど信用できる。
それに、見た目が原因で迫害・敬遠されている人物を保護するという点で、アラタのゲテモノ好きだっていい面はある。
「俺は俺の好みの娘と仲良くなれればそれでいいが、向こうの立場的に納得しない可能性は高い。だから、トオル、お前を俺の懐刀ということにして、もう片方の世話をお前に頼む」
俺は反論する。
「正直なところ、俺はナギサとミヨの二人の相手で精一杯だ。それでなくても今はミヨという爆弾を処理している最中だぞ」
「ふっ。爆弾とは言い得て妙だな。……ミヨは嫌いか?」
「嫌いなわけない。大事な長馴染みだから面倒見ることにしたんだよ」
俺はナギサと好き合っている。
なのに、何故ミヨが当然のような顔をして俺たちと行動を共にしているのか?
そこには理由がある。
2年前、ミヨがアラタに振られたとき、ミヨはひどく落ち込んだ。精神的に衰弱したし、俺達に敵意をむき出しにしたこともあった。そんなミヨを親身になって支えたのはナギサだった。結果、失恋の反動もありミヨはナギサに強い好意を抱くようになってしまった。
現在、周囲の人間にはミヨは立ち直った、と認識されている。この状況に至るまで、4つの家を巻き込み皆の親兄弟を巻き込む複雑な交渉があった。俺たちはときに白い目で見られ、ときに罵声を浴びせられながらも今の状況を成立させたのだ。
だが、実際のところミヨは今ナギサガチ恋勢であるし、立ち直ったように見えるのは外見の話である。内面の傷は完全に癒えてはおらず、ちょっとしたきっかけで以前の状況に逆戻りするかもしれない。
俺は幼馴染としてミヨに近くにいることを許されているが、その行動原理はナギサと一緒になるためならば多少の苦労はいとわない、一緒になれなければナギサと心中してやる、というやべー思考の持ち主なのだ。
俺の負い目とナギサの押しの弱さを利用してしたたかに俺たちの間に割り込んできたミヨだが、いまのところ上手くやれていると思う。
「だったら、今後、ミヨみたいに世話する人物が増えてもいいだろ?」
「そんなことはそうそうないだろ。常識的に考えて」
「……トオル、よく考えてみろ。お前はミヨの件、上手く落としどころを見つけて解決した。ミヨ以外にも、サクナ様お付きのメイドとのこともある。後始末の才能はあるんだよ」
「後始末の才能ってなんだよ……」
呆れる俺にかまわず、アラタは続けた。
「大丈夫だ。ナギサは責められると弱いが本当に大事な場面での芯は強い。ミヨはあれでも自分の立ち位置を理解しているし、細かいところまで気が回る。補助役としては申し分ない」
「……」
無言の俺の表情から内心の不服な感情を読み取ったのか、アラタは提案をしてきた。
「わかった。この話題は一旦棚上げしよう。どちらにしよ、祠で巫女を無事回収した後のことだからな。まずは巫女回収に集中だ」
「わかった」
伝家の宝刀、先延ばしだ。
問題は何も解決していないが、短時間、問題があることを忘れることができる。
アラタは俺が、こう言われると断らないだろうことを知っている。ナギサやミヨだけでなく、当然のように俺の性格も熟知している。
幼馴染たちに上手く操縦されている……のだろうなぁ……
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