表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/85

第18話 シナリオ2 臥薪嘗胆⑤

控室へと戻る間、アラタに興奮を抑えつつ話しかける。

本当は飛び上がって喜びを表現したいが、いつもよりも観客が多い競技場・注目を集めている衆人環境でそれをやるのは憚られた。……冷静に……冷静に……。


「最後のライリの顔見たか?……じゃない」


相手を貶すような言動はここではやめよう。

俺は気分を切り替えてアラタに疑問をぶつけた。


「どうしてライリと遊んでたんだ?勝てただろ?」

「それについてなんだが……確認したいことがある」


答えるアラタは真面目な表情だった。


「俺たち、薬を盛られたかもしれん」

「なに?」


控室まで戻ったアラタは、用意されていたやかんのお茶を調べ始めた。


「これ、調べてもらおう」


係員を呼び、事情を話してやかんを預ける。

その際、俺たちが使ったコップも提出した。


係員が出て行った後、アラタは説明を始めた。


「さっきの試合、俺は召喚獣を使って相手の攻撃を防御しようとした。だが、召喚獣が呼べなかった」

「え?大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃない」


アラタは真面目な表情を崩さない。


「今も召喚獣を呼んでいるんだが、呼べない。色々原因を考えながら戦っていたんだが、思いあたることがない。で、もし何かあるとしたらあの飲み物が怪しい。不正な薬が混ぜられていた可能性がある」

「召喚獣を封じる薬?そんなものがあるのか?」

「特殊な治療薬として利用されていると話に聞いたことがある。まさかとは思うが……」

「Sクラス召喚獣持ちに対する嫌がらせ?」

「どうだろうな。理由はやった人間に聞かないと」

「これをやった奴……って状況的に、あいつらか?」


アラタはため息をついた。


「だろうな。さっきの試合、妙に観客が多かった。あいつら、自分に有利なように細工して俺たちに勝つつもりだったのかもな。金星の目撃者を増やすために人を集めたんだろうぜ」

「どうする?もしそれが本当なら、この武闘祭どころの話じゃなくなってくるぞ。」

「……俺の予知夢ではこんな場面はなかった。ここで武闘祭を止めたら、どういう結果に結びつくのか予想できない。このまま続行して、俺が夢で見た内容を辿ったほうがいいと思う」

「続行か。まぁ、お前がそう言うなら俺は従うよ。だが……アラタ、召喚獣なしでどうするんだ?封じられた召喚獣はどうなる?」

「封印状態を解除する薬にも心当たりがある。ただ、次の試合には間に合わないだろうな……」

「召喚獣なしであいつらと戦うのか」


そこまで言ってから気づいた。


「ん?俺もそのお茶飲んだけど、召喚獣使ってるぞ」


俺の左肩の上には簡易形態の浮遊眼が浮かんでいる。


「通常形態に戻せるか?」

「んー……無理だ。戻せない」

「形態変化ができなくなるみたいだな。トオルは既に簡易形態で呼んでたから、その形態での能力を使えた。俺は召喚してなかったのが裏目に出た」

「次の試合で使えるのは、簡易形態の浮遊眼だけか……」


ミヨとナギサを召喚獣なしに相手する。難しい試合になるだろう。


「トオル、お前にとっては当初の予定とは大差ない。俺が召喚獣を使えないのはなんとかする。ミヨは責任もって抑えるから、トオルはナギサの相手だ。いいな?」

「ああ。そうだな。やることは何も変わらない。俺は、ナギサを倒す」


アラタは俺の言葉に頷くと、護衛の二人を呼んだ。

必要な薬を調達するように頼むと、一人が控室を出ていく。もう一人には、先ほど戦った二人を確保するよう伝える。


「あいつらには、薬の入手元を吐かせないとな」


そうこうしているうちにアナウンスがかかった。


「準決勝第二試合。選手は入場ゲートまでお越しください。繰り返します…」


「行こう」




競技場には既にミヨとナギサが待っていた。

近づいてきたナギサが話しかけてきた。


「やっほ」

「おう」

「さっきの試合見てたよ。凄いじゃん。あいつらを瞬殺」

「まぁな。俺の召喚獣はBに極めて近いFだと言ってたろ。それを証明しただけた」

「あはは。そうだね」


笑うナギサに対し、俺は言った。


「今日は遠慮はなしだ。俺も本気でやるから、お前も本気で来い」

「なに?いつもと違って真面目じゃん」


試すような表情のナギサ。

俺は競技場の中心に視線を移しながら言った。


「俺たちが勝ったら、言いたいことがある。帰らずに待っててくれ」

「……ふーん。わかった」


それっきりナギサは何も話さなかったが、俺の横顔をじっと見ているのは分かる。


審判に呼ばれ、俺たちは競技場の中心部へと移動した。


一礼の後、試合が始まる。




相手はミヨが前衛。ナギサが後衛。


ミヨは長い髪をアップでまとめ、拳にはナックルガードで拳闘士スタイル。

ナギサは短杖を構え、ミヨの後ろで術による攻撃と前衛支援。明確に役割分担ができている。


一方こちらはアラタが気持ち前に出て、俺が後ろに下がっているが、前衛後衛というほどではない。俺たちは互いに距離をとり、前衛のミヨに二人で対峙する位置取りへと動く。


まずミヨが、その後すぐにナギサが召喚獣を呼んだ。


ミヨの召喚獣・絡繰腕はこの3年間練度を上げた結果、一本一本が一抱えもある丸太ほどの太さと長さを持つ大きな腕へと変化していた。

ボグデン爺さんから主にステゴロ技を教わっているミヨは、自身の腕と召喚獣で合計4本の腕を使って戦う。


普段はゆるふわ系わんこキャラの癖に戦闘時は拳で語るギャップの女だ。


ナギサの召喚獣・海姫は、3年前から見た目の変化はない。

術主体の召喚獣であり、遠距離戦を得意とする。

見た目の通り、水属性の術をメインに使用し、補助技も豊富。


ナギサ本人はというと、短杖による防御技がメインであくまでも攻撃は召喚獣に頼るスタイルだ。


二人はアラタが召喚獣を呼ばないことを不審に思っているようだった。


口火を切ったのはナギサの術攻撃。

俺を狙って氷の礫が飛んでくる。


弱い方を先に倒して数的有利を作る。理にかなっている作戦だ。


俺は自分の召喚獣の能力を発動し、視界を広げで動体視力を上げる。飛んでくる礫を避け、避けた先にいたミヨの攻撃を防御する。

氷の礫の影を上手く使って俺の死角となる場所から攻撃しようとしたようだが、浮遊眼の探知能力によりミヨの動きは把握できている。


「ハッ!」

「!!」


力の乗った絡繰腕の一撃は回避。

俺の防御力では、あの攻撃が当たった時点で大ダメージは免れない。


俺が絡繰腕を回避した先にとんできたミヨの拳を続けざまに回避。ミヨは流れるように体を回転させて下段蹴りをくりだしてきた。ここでさらに回避するのもよいが、アラタが接近してきていたため、ミヨの動きを止めることを優先し棒を使って蹴りを止める。


体重、単純な筋肉量で勝る俺に軍配が上がり、棒がきしむもののしっかりと一撃を受け止めることができた。

動きが止まるとは俺も同じ。絡繰り腕による追撃がとんでくるタイミングで横からアラタが乱入。


アラタの木刀が接触する直前にミヨの腕に淡い光が灯る。ナギサの術によって防御力が上がった絡繰腕とアラタの一撃が相殺された。


今度はこちらが攻める番。ミヨにアラタと俺が二人で襲い掛かるという状況で、ミヨの意識はより手強いアラタに向く。その隙に俺は前傾姿勢になりミヨから離れ、ナギサの方へ移動。


ミヨが無防備な俺の背後を襲おうとするが、アラタの次の一撃によって中断され、その数秒の間に俺はミヨの間合いの外に出た。


そのままナギサに接近しようとするが、ナギサは次の攻撃を仕掛けてきた。水属性の広範囲攻撃術。飽和攻撃により接近を妨害してくる。


密度の濃い範囲攻撃を完全に回避することはできない。多少の被弾は覚悟の上。最短距離で詰めようとする俺とナギサの間に浮かんだ無数の水球が、こちらに高速で飛んでくる。


集中する中で、ナギサの手元に多少大きめの水球が発生している様子が見えた。


「水牢」


ナギサの詠唱の後、大きめの水球は一瞬の後噴水のように水を噴出。その水は形を変え、蜘蛛の巣のように俺を覆い包もうとした。


噴出する水に触れないように移動方向を直角に変更。水球は移動しながら、俺の回避方向に対して水を噴出してくる。

結果として、俺はナギサを中心とした半円を描くように移動させられた。移動の際に、先に放たれていた水球による攻撃を回避しきれずに左肩に受けた。大丈夫。痛みはあるが棒を握ることに問題は出ていない。


水球が消えた時、俺たちはアラタ、ミヨ、ナギサ、俺の順に一直線上にいた。

俺たちが両側から二人を挟む、理想的な位置取りだ。


ナギサが先ほど使った技は、詠唱が必要な消費が激しい捕縛術だったはず。

あっちも俺の視力が優れていることは分かっている。普通に使っても回避されると予測し、

多数の水球で視線が通りにくくした上で使ってきのだろう。俺の浮遊眼が透視能力を得ていることを教えていなかったので対処できた。


俺はナギサに向かって突撃。大技を連発される前に接近する。


ナギサが、ふぅ、と一息ついて短杖を構えた。今回は直接戦闘で迎え撃ってくるようだ。


俺の繰り出した最初の突きは短杖をうまく使って狙いをそらされる。

その後は接近戦。俺が積極的に攻めるもナギサはタエ婆さん直伝の固い防御体術で決定的な一撃を受けないよう回避、防御。虎視眈々と反撃の機会をうかがっているのが分かる。


横薙ぎの一撃をしゃがんで回避したナギサに対して俺は上からの一撃を繰り出し、逆にナギサは下から返しの一撃を繰り出してくる。

と、同時に浮遊眼が右後方からの術攻撃を検知。


水球による術攻撃を回避しつつナギサの一撃を受け止める。


自分の大袈裟な動きに注目させておき、死角から術をたたき込む。婆さんが得意とするやり方だ。ナギサにやられるのは初めてだが、婆さんとの特訓と浮遊眼の視界の広さに助けられて対処できた。


「やるじゃん」

「そっちこそ」


至近距離で軽口をたたき合う。楽しい。

俺の持つ棒で短杖を押す。体格の差もあるので純粋な力比べは俺に分がある。


ナギサもそれを分かっているので、召喚獣にフォローさせるよう動いてくる。

海姫が俺に攻撃を仕掛け、俺がそちらに対処している間に間合いをとられた。


一足一刀の間合いから外れたナギサが一息つく。


その一瞬気が緩んだ瞬間を見計らい全力で踏み込み、ナギサに再接近。


「!」


ナギサはとっさに消費の軽い防御技で時間を稼ごうとしたようだ。

俺の目の前には水の壁が出現する。この壁を強引に突破しようとすれば数秒のロス。。


ナギサの判断は間違っていない。相手が俺でなければ。


「ここ!」


水壁が発生する瞬間、俺は木棒で一点を突き、そのまま木棒をぐるりと振るう。

すると、強固なはずの水壁は紙の壁であるかのように破壊され、そのまま消滅した。


「!?」


驚きの表情を浮かべるナギサ。


ボクデン爺さん直伝の秘技。術の展開に合わせて術の核となる部分を攻撃することにより、術の発動を無効化する。術の核というのは便宜的な表現であり、術が発動する際の重要な場所、ということらしい。まぁ呼び方はどうでもいい。


重要なのは、普通は術の核がどこか分からないということだ。術の種類や術者の癖、立ち位置、周囲の環境など、様々な条件に左右されるため、核の場所は毎回異なる。術を発動した本人にだってわからない。というか、意識すらしない。そもそも術の核という概念が普通の人にはない。


(故に、術の無効化時は大きな隙ができる)


ボクデン爺さんとの特訓中に何度も聞いた言葉を思い出す。


爺さんは術の核の場所を完璧に把握している。

一方の俺は浮遊眼の能力・強化された視力と簡易透視能力によって核の場所がなんとなくわかる。成功率はいまだ3割といったところだが、今回は成功した。


ナギサが慌てて短杖を構えようとしたところへ接近し、短杖を木棒で弾き飛ばす。そのままナギサを押し倒すとマウントポジションを取って木棒を突きつけた。


「……参りました」


ナギサが体のちからを抜き、降参を宣言する。

同時に召喚獣・海姫は消えた。


観客の歓声でこちらの様子に気づいたミヨだが、アラタの攻撃を捌くのに手いっぱいでこちらを援護するような余裕はなさそうだった。


立ち上がった俺がアラタの援護に向かったところで、ミヨが攻撃の手を止めて降参を選択した。


これで勝利。

アラタが召喚獣を使えない状態でも勝てた。良かった……。


審判の指示に従い、競技場の中央で一礼して終了。


決勝戦は30分後だ。

控室に帰るか、と思ったところで声を変えられた。


「ねぇ」

「?」


ナギサは一礼した場所から動いていない。


「言いたいことあるんじゃなかったの?」

「えっと……そうだけど、ここではちょっと……」

「試合が終わっても帰らずにまってろって言った」

「……」


浮遊眼の視界で友人たちをチラ見する。

アラタはやれやれといった表情で肩をすくめている。一方のミヨはムッとした顔。


俺は意を決し、ナギサに言った。


「明後日の舞踏祭、俺と回ってくれ」

「いいよ」


ナギサの返答は一言だった。

満面の笑みで抱き着いてくる。


この瞬間、俺は確かに勝者になった。


興味持っていただいたのであれば、ブックマーク、評価いただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ