第2話 召喚の儀式②
世界は人間だけでは成り立たない。
この世界では、人は幼いころより、周囲の大人にそう教わる。
いや、教わる前に実感する。世界には、人の数と同じだけ召喚獣が存在する。
少しでも家の外に出ると、人に寄り添うように存在する種々の異形を目にする。
それは、お店で接客する小さな半透明の妖精、鍛冶工房で勝手に動く意思を持つ道具、通りを疾走する奇抜な見た目の生き物だったりする。
人が生活する中で、召喚獣という存在が果たす役割は大きい。
召喚獣は召喚者と魔力パスで繋がっている。召喚術式には服従の術式が組み込まれているため、召喚獣は召喚者に逆らわない。
だが、召喚者が召喚獣と険悪な関係になることは少ない。
召喚が成立した時点で召喚者と召喚獣の間には‘相手はもう一人の自分’だという認識が生まれる。いがみ合う理由はない。
加えて、召喚獣をないがしろにする召喚者は最低である、という風潮が確立されているため、本質的に立場が上になりがちな召喚者の暴走を社会的に抑える仕組みがあるのだ。
召喚の儀式は、成人への通過儀礼である。
召喚獣を得るため神殿に集まった少年少女は最初、大広間に集められる。
その後、誕生日月毎に一定人数が呼ばれ、待機用の部屋へ移動。そこから、さらに一人ずつ呼ばれた後、儀式のための部屋へと向かう。
儀式の部屋で触媒を捧げ、祝詞を上げることによって召喚獣は召喚される。
大広間の中、ナギサとミヨは同級生たちと談笑している。
俺は部屋の端で一人壁にもたれていた。
視線の先では、アラタが相変わらず奇行を繰り返している。部屋の中をぐるぐると歩いたり、何の変哲もない壁を何度も手で押し、その姿勢のままバックステップ。カニ歩きで横に3歩ズレるとまた前に出て壁を押す……あいつ、マジで大丈夫か?
同級生たちもアラタの行動を気味悪がっているものの、声を掛けようとするものはいない。
俺に対し、あいつ何とかしろよ、と言わんばかりの視線を投げかけてくる。
(すまん。俺にもどうしようもない)
アラタから視線を逸らしたところで、別の場所から声が上がった。
「あんな調子では、ミカミ家は没落待ったなしだな!」
またか……と思いつつそちらに視線をやると、思った通りの集団が目に入った。
攻撃的な言葉を放っていたのはスカした感じの長髪を後ろでくくった少年。ゴブリンと呼んでも否定できなさそうな特徴的な顔立ち。
その子の両側には、背の高いツインテールの少女と背の低いボブカットの少女。
ゴブリンのお供はメスオーガとメスオークですか?というような容姿だ。
長髪の少年の名はタクミ。名目上では貴族の子息だが、権力も金もない。いわゆるプライドだけは高い没落貴族だ。二人の少女はアザミとシオン。代々タクミの家に使用人として仕えている家系だと聞いたことがある。
アラタはいつも彼らを華麗にスルーしており、それが彼らの怒りに油を注ぐ悪循環に陥っていた。
まぁ、冷静に判断して、本人のカッコよさ、実力、取り巻きの少女たちの容姿レベル、どれもアラタの圧勝である。
キャンキャン騒ぐタクミ達を無視し、部屋の同級生たちを薄目で眺める。
同級生たちは各々思い入れのある道具を触媒として持参している。
よく見ていると、何を触媒にしようとしているのかがわかる。
大事そうに両手で抱えているもの、無造作に腰からぶら下げているもの。見ているといろんな種類があって面白い。
その中に、石ころを触媒にしようとしている者はいなかった。
(これは、早まったか?)
不安になってきたとき、広間の前扉が開き、大人たちが入ってきた。
同級生たちの会話は自然と止まり、静かになったところで進行役と思われる大人が名前を順番に読み上げていく。40人ほどが第一陣として呼び出され、部屋を出ていった。
幼馴染4人のうち、最も誕生日が早いのはナギサ。そのナギサもまだ呼ばれていない。
さて、ナギサはどこかな?と思ったら、すぐ隣からその当人の声がした。
「いよいよね」
顔を右に向けると、いつの間にかナギサが隣に立っていた。
気合十分、といった様相だ。
「そういえば、今年の立会人には私のお父さんとアラタのお父さんもいるんだって!」
「ああ、聞いた。おじさんたちに見られながらの儀式か。何だかきまずいな」
「そう?逆に安心じゃない?」
「それは、お前にとっては自分の親だからだ。俺はやりにくい……」
召喚の儀式には4人の大人が立ち会う。
一人は儀式のガイド役である神職。一人は町の有力者。一人は役場の職員。最後の一人は高ランク戦闘向け召喚獣保持者である。
プライバシーに配慮しつつ、召喚された召喚獣の能力を見定め、時に召喚獣の暴走による危険を排除するための配置である。
アラタの父親は町長。ナギサの父親は網元。あの二人の性格上、幼馴染4人はどちらかが立ち会うことになると思われる。
ちなみに、儀式は同時に複数の部屋で行われる。
一日で町の12才全員の召喚の儀式を行うには、平行で作業しないと時間が足りない。
「みんな、渡すものがある」
奇行をやめたアラタが近づいてきた。タクミはいつも通り、自分で勝手に自己完結して離れていったようだ。
アラタはポケットから封筒を取り出し、俺、ナギサ、ミヨ、各々に一つずつ手渡してきた。
「何?」
「これって……」
「いきなりどうした?」
疑問の表情を浮かべる俺たちに対し、アラタは真面目な顔で言った。
「今日の召喚の儀式が終わったら、各自一人でその封筒を開けて中身を見てくれ。そのあとで聞いて欲しいことがある。今日の夕方、秘密の場所に集合だ」
最近久しく見ていなかった真剣な表情。
思わず気圧されてしまう。
アラタはすぐに表情を崩した。ニカっと笑う。
「みんなが俺を心配してくれているのは分かってた。それも今日までだよ」
「アラタくん……」
ミヨがなにか話そうとしたところで、ドアが開いた。
大人たちが次の集団を呼びに来たらしい。
自然と会話はそこで終わる。
「じゃあ、行ってくる」
「うん。頑張って」
ナギサは半ズボンの後ろポケットに封筒をねじ込むと、小声でミヨに別れを告げて部屋の前方へと移動を開始した。
程なく、ナギサは司会者に名前を呼ばれ、同級生たちと共に部屋を出て行った。
部屋に喧騒が戻って来る。
「なぁ、この封筒何なんだ?」
「すぐに分かる。召喚の儀式が終わるまで絶対開けるなよ」
「分かったよ」
それっきり話は途切れた。
アラタはもう奇行を行うつもりはないのか、俺の隣で壁にもたれてくつろいだ様子だ。
アラタはナギサの二つ後の呼び出しで部屋を出てった。
既に6回の呼び出しが行われ、部屋の中で待機している同級生たちの数は半減していた。
俺は次の回で呼ばれるはずだ。
「じゃ、また後で」
「がんばってね」
ミヨは誕生日の関係で最終回に呼ばれることになる。
挨拶をして部屋の前へと移動する。
ほどなく、現れた司会者に呼ばれたトオルは部屋を出た。
廊下を歩き、別の部屋へと入る。一つ前の回で呼ばれた同級生が数人残っていた。そこに40人近くが追加される。
入ってきた扉とは別の扉の近くには大人が立っており、今度は一人ずつ順番に部屋をでていく。
椅子に座って待っていると、俺の番になった。
開かれた扉から部屋を出ると案内係のお姉さんが立っていた。
ぽっちゃり体型のお姉さんをどこかで見たような気もするが、思い出せない。
大人しく後ろをついていき、ある部屋の前に案内された。
扉を開けて中に入ると、正面には祭壇。
その隣には特徴的な衣装をした神職。巫女さんだ。
ちらりと周囲に目をやると、壁際に机と椅子が配置され、立会人の大人たちが座っていた。
そのうち一人には見覚えがある。
ナギサの父親だ。
町の漁師たちを束ねる網元という立場にあるナギサの父親は、見た目からしていかつい。
今は正装を纏っているが、その分厚い胸板を隠し切れていなかった。
「こちらへどうぞ」
巫女さんの言葉に従い、祭壇に近づく。
祭壇には直径1メートルはある大きな盃が置かれていた。
盃には水がなみなみとたたえられている。
「この盃に触媒となるものを入れてください。その後、私が祝詞を奏上します。祝詞が終わりましたら、水を触媒として扉が開きます。そこから現れるのが貴方の召喚獣です。召喚獣の一部と貴方の身体の一部が接触した時点で契約は成立です。接触する身体の部位はどこでも構いません。……何か質問は?」
「ありません」
何度も事前に知らされていた内容だ。いまさら疑問に思うことはない。
「では、始めましょう。触媒をここへ」
「はい」
首に下げた袋から石を取り出した。
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