第14話 シナリオ2 臥薪嘗胆① 王女・サクナ視点
王宮の自室で読書をしていると、外から扉をノックする音が聞こえた。
「サクナ様、失礼いたします」
「どうぞ」
入ってきたのは私付きのメイド。
メイドが持っている盆の上には封筒が乗っている。
「お手紙が届いております」
「分かったわ。ありがとう」
手紙を受け取る。シンプルな封筒にはしっかりと封がされていた。
差し出し人は……数年前に知り合った同い年の少年。とある港町に住んでいる、Sクラス召喚獣持ちの、未来の英雄と目されている人物・アラタさんだ。
手紙を開封すると、そこには時節の挨拶から始まる便せんが数枚入っていた。
アラタさんからの手紙の前半は感謝の言葉だった。
先日私が送った、イサナ姉さまの様子を綴った手紙や、イサナ姉さまの写真に対するお礼である。
アラタさんは数少ない私の同士。
イサナ姉さま非公式ファンクラブ会員です。会長が私で、副会長がアラタさん。他の会員は残念ながらまだいません。
イサナ姉さま付きのメイド達であれば参加してくれるかもしれません。ですが、私は彼女たちに嫌われているので難しいでしょうね……
Sクラス召喚獣持ちを王家派閥に取り込むという名目のもと、私とアラタさんは手紙で頻繁にやり取りをしています。このことを知っているお母さまやメイド達は、きっと私たちが色恋の関係にあるとでも思っているのでしょう。
ですが、私とアラタさんはいわば同士。絶対にそんな関係にはなりません。
私は始めてアラタさんと会ったときのことを思い返します。
近衛騎士団と共に海軍の船に乗った私は、数日後、港町に降り立ちました。
大臣からは今回の外出を止められました。
イサナ姉さまが行方不明の今、私にまで何かあっては大変だ、と。
ですが、私には予感がありました。
イサナ姉さまがどちらの方向にいるのか、何となく分かるのです。私のお姉さま感知器が反応するのです!
お母さまの許可を取りつけた私の強い意志に負けた大臣は、ふたつの条件を付けた上で私の探索同行を許可しました。
・3日以内に戻って来ること
・護衛として実力者を連れていくこと
この町までくるのに王都からまる1日かかりました。そろそろ戻らなくてはいけませんが、お姉さまはきっとこの辺りにいます。
実力者として連れてきたのは、近衛騎士団のヒジリと私の護衛メイドのシズカ。
ヒジリは、数少ない、イサナ姉様に対して中立的な立場を取る近衛騎士団の部隊長です。
戦闘技術は折り紙付き。姉さま付きのメイドであるカルマも手練れとはいえ、ヒジリほどではありません。
シズカは私と同い年。王宮剣術指南役の家の娘で、楚々とした雰囲気によらず武闘派の友人です。
私はまず、シズカや文官たちを引き連れて町の庁舎に向かいました。
表敬訪問と同時に協力を要請するためです。
通された応接間にはこの町の有力者の方々が集まり、私たちを待っていました。
文官による協力要請はその場で承諾されました。
「サクナ様はこちらでお待ちください。騎士の皆さまには、町の自警団の者たちを協力させます」
「ご協力感謝します」
「とんでもございません」
それから1時間もかからなかったと思います。
「イサナ様の船を見たと、自警団を通して連絡がありました」
私は待望の報告を聞くことになった。
「それで、姉様はどちらに」
「町外れの入江にイサナ様のお船を発見したと、息子から報告がありました。ただいま、近衛騎士様と向かっているとのことです」
「ご子息が発見されたと聞きました。感謝いたします」
「倅は先日Sクラス召喚獣を得ており、何かそのあたりの影響があったのかもしれません」
「まぁ、Sクラスですか」
町長の言葉に、一緒にいた文官やメイド達がざわつく。
Sクラス召喚獣を持つ人物というのは見逃せない。
(サクナ様)
(わかっています)
文官と視線をかわし、私は町長に提案する。
「ぜひ、ご子息に直接お礼を言いたいと思います」
「もったいないお言葉。ありがとうございます」
それから少しして、ヒジリと共にこの町の子供たちが戻ってきました。
その中にいた一人の男子。それがアラタさんでした。
「私はこの町の町長の子、アラタと申します」
「アラタさん、姉さまを見つけてくださりありがとうございます」
「……もったいないお言葉です。私は当然のことをしたまでです」
私の会心の微笑みに対して、しっかりとした受け答え。なかなかやりますわね。
「そうですね。二人きりで詳しくお話をお聞かせいただきますか?」
「……光栄です」
メイド達も、アラタさんのご友人たちも私たちのやり取りに対して動揺している。
そうですわよね。動揺しないこの方の方がおかしいのです。
私はアラタさんと二人だけで応接室に入りました。
どう懐柔するかと考えている間に、先手をとられてしまいました。
「サクナ様、不躾で申し訳ありませんが、お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「3年間、私への勧誘行為を国王陛下の名のもとにやめさせていただきたい」
いきなり本題がきました。
「……理由を伺っても?」
「私はこの3年間を、実力を高めるために使いたいのです。勧誘や妨害への対応という時間と気力の無駄は避けたいのです」
「貴方はSクラス召喚獣保持者。自分の陣営へ取り込みたいという勧誘者は多いでしょうね。それを王家の権力を使って止めてほしい、と?王家はいらぬ恨みをかうことになります」
「勿論、お礼はいたします」
「お礼」
「王家への忠誠です」
「……」
正直、悪くないと思いました。
Sクラス召喚獣保持者を王家派閥に取り込むことができるのです。
「……わかりました。この件は後日正式に連絡しましょう。悪いようにはしません」
「ありがとうございます」
さて、これで本題は終わりましたが、ここでさらに王家の力を示しましょう。
「それはそうと、今回は貴方にご協力いただきました。他に何か望む物はありますか?」
「であれば、一つ。ある人物の情報をお教えいただきたい」
「……ある人物とは?」
アラタさんの次の言葉は、私もまったく予想できないものでした。
「イサナ王女です。貴方の姉君について教えていただきたい」
あれ以来、アラタさんと私はイサナ姉様見守り隊の同士としてやり取りをしています。
私は、イサナ姉様の容姿が好みという人物を、アラタさん以外知りません。
アラタさんは私と同様、美的感覚が普通の人とはズレているらしいです。
最初は眉唾でしたが、今ではその言葉が本心だと分かっています。得難い同士です。
おっと、そんなことを考えていたら、目の前のメイドがじれてきましたね。
「サクナ様。今日はいつもの手紙は……」
「ありますよ。シズカ」
私は封筒の中に入っていた小さな一枚の封筒を、この手紙を持ってきたメイド・シズカに手渡しました。
シズカはその便箋を素早くポケットにしまいました。
「今読まなくていいの?」
「大丈夫です!」
「そう?」
私は読書に戻りながら考えた。
アラタさんへの勧誘禁止の王命が出されてから、もうすぐ3年がたつ。
そろそろ、表立って動くものが出てくるでしょう。
我々も動いた方がいいかもしれません。




