第1話 召喚の儀式①
召喚の儀式を終えた俺に、一人の大人が分厚い辞典を確認した後に話しかけてきた。
「あなたの召喚獣は浮遊眼です。レア度はFですが、術者の視界が広がる、使い勝手のいい召喚獣です」
召喚獣のレア度はSからFの7段階。最低でもCクラスの召喚獣が欲しいと思っていた俺は、Fクラスと聞いて意識が遠くなりかけた。
どうしてこうなった……?
俺は今日朝からの出来事を思い返してみた。
海沿いの大きな町。
普段から賑やかなその町は、いっそう華やかな空気に包まれていた。
街の中心部、大通りには色とりどりの旗が飾られ、時折打ち上げ花火のような音が聞こえる。
喧騒の中、俺は幼馴染たちと4人で神殿への道を歩いていた。
一人の少女が先頭を歩き、その後を俺と少女が並んで続く。最後に少し離れて一人の少年が歩いていた。
「今日は待ちに待った召喚祭。超強くてかっこいい召喚獣をよんでみせる!」
興奮した様子で話しているのは、先頭を歩くショートカットの女の子。
スラッとしたシルエット。日に焼けて色黒な肌で半袖の上着にハーフパンツ。カラフルなストールを羽織っており、健康的で活発な印象を与えつつ、素材の良さが見え隠れする。
「ナギサちゃんなら、きっとすごくかっこいい召喚獣だね。私は、家のお手伝いができるような召喚獣がいいなぁ。……アラタくんはどう思う?」
ナギサと呼ばれた少女に声をかけたのは、ロングヘア―の女の子。
ロングのワンピースが似合うホンワカした女の子だ。多少汚れている厚手のエプロンをワンピースの上に着ているが、それは少女の華凛さを損なってはいない。
少女は少し離れた後ろを行く少年に声をかけた。
「この世界があのゲームと同じなら、今日の召喚の儀式は今後のシナリオを左右する重要な選択だ。大丈夫、準備は完璧。フラグは立ってる。今日、俺はアレを召喚する……」
最後尾を歩く少年、アラタは少女の言葉には答えず、ぶつぶつと独り言を続けている。
フォーマルな格好をした少年。精悍な顔立ち。身なりから生まれの裕福さが見て取れる。
「うぅ……」
少女は自分の問いかけを無視されたと思い、涙目になってしまった。
「まぁまぁ。アラタは親父さんたちにかなりプレッシャーかけられてるから。最近変な感じだったし。今日の儀式が終われば落ち着くよ。きっと」
そんな少女に、俺は精一杯のフォローをする。
ちなみに俺の服装は作業着のような長袖長ズボン。麦わら帽子をかぶっている。
「トオルの言う通り。ミヨ、アラタのことは放っておきなさい。どうせいつもの病気よ」
「うん……」
ミヨはナギサの言葉に頷くと、速足になってナギサの隣に並んだ。
俺は歩みを緩めてアラタの隣にいく。
声を落としてアラタに注意するためだ。
「おい、アラタ。自分の世界に浸るのはいいが、ミヨを無視するのは良くないぜ」
「ん?トオル?……あぁ、すまん。何か言ったか?」
アラタは今気づいた、という感じで答えてきた。
俺は半ば諦めつつ、忠告した。
「ミヨを無視するなって」
「無視?俺が?」
「お前以外に誰がいるんだよ……さっきミヨがお前に話しかけたんだよ」
何のことか分からない、という表情をするアラタ。
俺は、好意に気づかない鈍感な友人に呆れた。
「本当に大丈夫か?今日は召喚の儀式だぞ」
「大丈夫だ。俺はこの数か月を今日のために費やした。その努力が報われる素晴らしい日になる」
「本当かよ……?」
俺はアラタの言葉を信じ切れずにいた。
アラタは半年前まで俺たち幼馴染4人のリーダーだった。スポーツ万能、勉強もできる。親は町長。非の打ち所のない俊才だった。
それが半年前のある日から、突然、人が変わったように不可思議な言動を繰り返すようになった。
俺たちはそんなアラタを心配していたが、アラタはいっこうに奇行を止めようとしない。
そのうちナギサが諦め、次いで俺が諦めた。ミヨだけはまだ諦めていない。
3人の気持ちをよそに、アラタは先日、久しぶりに幼馴染を集めて指示を出した。
今日、特定のアイテムを持参するように、と。
「本当だ。それよりも、アレ、ちゃんと持って来たか?」
「持って来たよ……」
「なんだ、不満そうだな?」
「ナギサとミヨはまだいい。もともと持ってくるものの候補だったから。でも、俺は違う。なんでこんな石ころを……」
首に下げた袋から取り出したのは光沢のある溶けた金属のような塊。
「それはとても貴重な石だ。空の彼方から降ってきた、力を持つ石。わかるだろ?」
「魔力が大量に含まれているのは分かった。だけど……」
召喚の儀式は町の神殿にて行われる。
今年12才となる年の少年少女は、今日、神殿にて人生最初で最後の召喚の儀式を実行する。
儀式には触媒が必要となる。
触媒は召喚者自身が選ぶ、ということになっているが、多くの場合、現実的には親が決めることになる。
親は子供が6歳になるといくつかの道具を与える。
子供は成長する中で、与えられた道具のうちの一つ、ないしは複数に愛着を持ち、それを触媒として選ぶことが多い。
ともに長く過ごし、魔力を多く含むほど良い触媒である、というのが一般常識である。
「お前の家の畑からお前が拾ったものだ。条件はクリアしてるだろ?」
「確かにそうだけど」
俺の家は町でも最大規模の農家。
当然、小さい頃から畑仕事の手伝いなんかもしている。
身近にあった、というのも間違いではない。ひと月前、珍しく家に遊びに来たアラタと一緒に畑に行き、何気なしに土を掘ったら出てきた石だ。
その石の魔力含有量はちょっとあり得ないレベルで多かった。
ただし、一見するとただの光沢のある石である。
「父さんや母さんには渋い顔されたぜ。これでしょっぱい召喚獣だったらぶん殴られるかも」
「大丈夫だ。俺を信じろ」
「……」
自信満々なアラタ。その表情だけは、数か月前まで俺が信頼していた幼馴染のリーダーだ。
俺はため息をつき、前を向いた。
先を行くナギサとミヨが目に入る。
ナギサの触媒は大漁旗をモチーフにしたストール。
網元の娘であるナギサに対して母親が与えた、魔力の込められた一品である。
ミヨの触媒は小さな鈴がついた髪飾り。
道具屋の娘であるミヨに対して母親が選んだ、これも見事な一品。
アラタの触媒は小さなナイフ。
魔力を多量に含む希少金属を用いて作られたもので、刃は潰されているがその作りは精巧の一言。
それに比べると俺の触媒は何とも頼りない。
もともと俺は、魔石飾りのついた麦わら帽子を触媒にするつもりだった。
アラタの強い勧めに従い畑で拾った石に変えることになったが、諦めきれずに帽子を身に着けている。
正直、心の奥では未だ迷っている。
通りを曲がると、道の先に神殿が見えてきた。
周囲には、同じように今日召喚の儀に集まってきた同級生たちの姿が増えてきた。
目指す先は同じ。
これからの人生を左右する儀式があそこで始まる。
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