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灯火の詩

作者: SSー12

 パソコンの前に死んだ魚のような目をした男が映っている。

 誰も救えない、ゴミのような男。

 髪は伸び、声も出ない。

 存在価値すら無くなった男。

 ギターに触れなくなって、どれくらい経ったのか。それすらも分からない。

 画面の先では誰かが待っているのだろう。


「…………」


 酷く憂鬱に染まる。

 罪悪感で殺されそうになる。罪悪感で殺したくなる。

 無邪気な笑顔が恨めしい。期待の言葉が憎らしい。

 暗い部屋で一人。

 死んだ肉は今日も無意味に生きている。



   †††



 きっかけは彼女の言葉だった。


「――君のウタ、もっと聞きたいな」


 狭い世界に生きていた俺を呼び、引きずりまわし、そう言って笑顔を向ける、――人生の全て。

 火が灯るには充分だった。

 その笑顔が。その言葉が。灯る(あか)が。

 暗い世界を照らしてくれた。色付けてくれた。教えてくれた。

 君に恋をしたんだ。

 言って無かったけど、言えなかったけど、好きだった。

 その横顔が好きだった。その仕草が好きだった。その笑顔が好きだった。

 照れた表情も、困った表情も、色んな君が好きだった。

 でも、泣き顔だけは好きになれなかった。

 今もそれは変わらない。



   †††



 死ねるのなら死にたい。

 彼女のいない世界なんて僕には似合わない。

 彼女が居るから僕は居た。彼女が居るから僕はここに居たのに。

 どうして



   †††



 手が止まる。首から血が出ていた。


「……死なないで」


 ――どうして。


 それは誰の声? 


 刃物を取りこぼす。金属特有の甲高い音が部屋に響いた。


「約束……」


 最後の言葉。忘れていた。守らなくては。


「……なんだっけ」


 食事を忘れていた。買いに行こう。



   †††



 公園でブランコを漕ぐ。

 キコキコ。ゆらゆら。

 月が綺麗だ。



   †††



「いつまでそうしているの?」

「……いつまでだっていいだろ」


 俯いて応える。


「待っている人、いっぱい居るよ?」

「……待っててほしい人が、居ないんだ」

「……ごめんね」


 風が凪ぐ。静かな夜に。貴方に会うこと、恋願う。



   †††



 ノックノック。

 コンコンコン。

 誰も居ません。いませんよ。


「出なくていいの?」

「出なくていいの」


 居るのは死体。出なくていいの。


「……約束は?」

「…………覚えているよ」


 仕方が無いから扉を開ける。

 スーツの人が、待っていた。

 家賃払って無かったって。三か月。


「…………」


 そんな目で見ないでおくれ。次は気を付けるよ。



   †††



「ねぇ、もうウタわないの?」

「歌わないよ」

「どうして?」

「…………」

「私は、貴方のウタが聞きたいな」

「…………」



   †††



 歌っても、意味が無かった。


「――歌ってくれたら、きっと手術は成功すると思うな」


 めいっぱい歌った。今までで一番。人生を掛けた。

 残る全てを歌に注いだ。これ以上無い位。


「………………なん、で」


 意味が無かった。

 俺のウタなんて意味が無かった。

 100万人に評価されても1000万人に評価されても、意味が無かった。

 ゴミにもならない、無価値のウタ。



   †††



「そんなコト、無かったよ」

「…………」

「素敵なウタだった」

「そんな訳無いッ!!」


 それが本当なら彼女は死んでいなかった。



   †††



 僕は今、何処に居る?


「――はい。食べてください」


 目の前に出されたのは料理だ。何かは認識出来ない。

 きっともうおかしくなっているのだろう。


「食べないのなら無理やりにでもねじ込みますよ!」

「君はだれ?」

「――ッ」


 息を呑む。なんで?


「私は……貴方の妹です」

「そうだっけ?」


 妹はいなかった気がする。


「はい。貴方の……妹です」

「そうなんだ」

「だから、食べてください」


 スプーンが差し出される。

 今になって分かった。オムライスだ。


「食べてくださいッ!」


 見ていたら怒られた。


「食べてッ! 食べてよッ! お兄ちゃんッ!!」

「妹の作るオムライスは美味しいよ?」


 そんなに美味しいのか。じゃあ少しだけ、頂くとするかな。


「――ッ」


 ねじ込むな、妹よ。口を開けたからと言ってねじ込むな。

 でも、確かに。


「……美味しいな」


 妹は泣いていた。



   †††



 どうやら僕は病院に居たらしい。一体いつから病院に居たのだろうか。

 疑問は絶えないが、今日は退院日だ。

 妹に抱き着かれ、病院を後にする。


「――そろそろ離してくれないか? 妹よ」

「やだッ!」

「ふふっ、変わらないね」


 知らない少女が妹を見て笑う。

 妹によく似ているが、誰だろう。



   †††



 今日も悪夢を見た。

 記憶が消えていく夢だ。

 楽しい記憶、嬉しい記憶、悲しい記憶、幸せな記憶。

 あったことは思い出せるのに、何も思い出せない。


「……夢で良かった」


 安心して二度寝した。



   †††



「そろそろ私、愛想をつかしちゃうかも」

「それは困る」

「ふふっ、冗談だよ。ずっと貴方の傍に居る」



   †††



「お兄ちゃん、ご飯出来たよー!」


 今行くよ。そう声を出して、階段を降りる。


「おう、来たか」

「さあ、食べましょう」

「いただきます!」


 家族とご飯を食べた。



   †††



「私、キミのウタ、聞きたいな」

「君はだれ?」

「私は――」


 聞き取れない。

 誰だったんだろう。



   †††



 涙が出る。涙が出る。

 線香の煙が目に染みたのかも。

 みんな泣いていた。

 誰の墓?


「ウタってほしい。貴方の、ううん、キミのウタが聞きたいよ」


 ウタなんて歌えないよ。


「ウタえるよ。私が愛したキミだもの」


 僕には分からないよ。


「分かるよ。かっこいいキミなら絶対に分かる」

「…………」


 歌いたくないよ。


「……む。私のこと嫌い?」

「…………好きだよ」


 ずっと好きだった。


「私も大好きでした」

「知ってた」

「私も」

「でも、歌うのはまた今度ね」

「どうして?」

「……ラブソング、作ってくる」

「それは楽しみ――当然、私に、だよね?」

「勿論」

「良かった」

「じゃあ出来たらまた来るよ」

「うん」


 気を利かせて一人にしてくれていた彼女の家族の元へと帰る。


「もういいのか?」

「はい。ありがとうございました」

「いい顔になったな」

「アイツの彼氏ですから」


 久しぶりの笑顔を作ると、引きつるような感覚があった。


「お兄ちゃん、吹っ切れたの?」


 ド直球な妹の質問。


「いや、未練たらたらだよ」

「むぅ、残念」

「ありがとうな」

「……うん。…………うんッ」


 服は涙と鼻水でべちゃべちゃにされた。



   †††



 今日も彼女へ想いを綴る。


「うーん……」


 しかしどれもしっくりこない。

 何故なのか。

 困惑の中、一度頭の中をリセットしようとベッドに横たわると、不意に遺書を書いていたことを思い出す。

 何かヒントは無いか。

 そんな思いで遺書が入った引き出しを開ける。

 普通に考えれば、ラブソングを作るのに、遺書からヒントを探すのは頭がおかしい。

 だが頭の中の僕が騒いでいた。やめろと。だから封筒から紙を取り出し、中を見る。


「ッ――」


 これが遺書とは馬鹿馬鹿しい。というか恥ずかしい。

 恥ずかしくないけど、恥ずかしい。

 暫く悶え苦しんでから最後に少しだけ書き足した。



   †††



 なんて、最後に。


 ――ありがとう。さようなら。


 ――大好き。




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