012 ベヒモス
日常というものは、ある日突然に非日常へと変貌を迎える。
その日のギルドでは大勢で、ごったがえしていた。
「うへぇ・・・ 何だよ? この混み様は・・・」
「何かあったみたいですね?」
「今日の納品は諦めて、一旦帰るとしよう。」
「賛成です。私もこの匂いには耐えられません。」
俺達は、回れ右をして一旦撤退しようとしたのだが・・・ ギルド受付嬢に発見拉致された。
「で・・・ 何の用かな?」
「災厄級が現れました。」
「災厄級ね・・・ それが何か?」
「強制依頼です。」
「ソレは変ですね?」
「えっ?」
「強制依頼は、Cランク以上のメンバーに限定されるはずです。」
「・・・」
「そして俺達は、Fランクのニュービー。」
「お呼びではない、と認識しますが?」
「・・・・・」
「会員規則に目を通す人達でしたか・・・。」
「ギルマス~っ。 無理です。 ちゃんと、規則を把握されています~ぅ。」
「チッ!」
「なんだ、そう言う事だったか・・・。」
「姑息な手段を弄しますね? これから、ギルドへの接し方は変えた方が良さそうです。」
「そうだな。 礼儀を知らん輩に礼を尽くす義理も無い。」
席を立ち、歩き始めると、ギルマスが口を開く。
「お前たちは、今日からC級会員だ。 よって、強制依頼に参加する義務がある。」
「あのなぁ・・・ あんまりふざけて貰うと、為にはならないぞ?」
少しばかり威圧してみる。受付嬢は、腰を抜かしたようだが・・・ ギルマスはソレを受け流した。
「俺達に仕事がさせたいなら、筋は通せ!」
「こういうやり方では、拒否感しか生まれないですね。」
構わず、歩き出すと・・・
「む~っ・・・ 良いから座れ!」
「聞こえなかったのか? こういうやり方は好きじゃないと言っている。」
更に威圧の効果を上げてギルマスを睨む。
「私達の一番嫌う方法を選びますか?」
更に、ビーナの威圧が加わり、受付嬢は失神、ギルマスはカチカチと歯を鳴らしている。
部屋の壁が振るえ、窓のガラスの何枚かが砕けた。
「高圧的に出て、効果が有るのは格下にだけだ。」
「まさか、自分の方が上だと思い違いをしていないでしょうね?」
「ぐぅ・・・」
「40そこそこの若造が・・・ 舐めるな!」
そこまで言いかけて・・・ ドアからこのギルドで一番の使い手が入ってきた。
「この馬鹿モンが!!」
いきなりギルマスを殴り飛ばした。 それは、解体場のオヤジ、ヤコブだった。
「まずは、その威圧をといてくれんか・・・ 年寄りには”こたえる”し、何より話も出来ん。」
ビーナと威圧を解除して、席に着く。 インベントリからコーヒーを出し・・・
「飲み終わるまでなら、話を聞いても良い。」
更にビーナは、茶菓子にショートケーキを出して、ヤコブ爺さんに差し出した。
今日のあらましを話すと・・・
「それで・・・ 先ほどの威圧はそう言う事だったか・・・」
未だギルマスは伸びていた。
「アンタの教育の賜物だろう?」
少しばかりの厭味を込めて、オヤジに言ってやると、
なんとも複雑そうな表情を浮かべて、
「しゅまん・・・」
盛大に噛んだ。
くそ・・・ このオヤジ出来る。 シリアスな場面が台無しだった。
「それでだが・・・」
「その前に、口の周りを拭け!!」
ケーキのクリームが口の周りに・・・ お笑いの神でも守護神にしているのか?
腹筋が・・・ 腹筋が・・・
「それでだが・・・ その、ケーキというのは、まだ有るのか?」
「話がそれだけなら帰る。」
「いや・・・ 話は有る。 が、ケーキというのも欲しい。」
このオヤジ・・・ 欲望にも忠実なタイプだった。
ビーナがケーキを一つ、仕方が無いので出してやると・・・
二口でソレを平らげ・・・ 親に捨てられた子犬のようにビーナを見つめた・・・
「真面目に話を聞いてやるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。帰るぞ?」
結局、まともに話し出したのは、ビーナからホールケーキを二つ、金貨一枚で勝ち取ってからだった。
「ベヒモスねぇ・・・。」
「災厄級魔獣だ。町の討伐隊に協力して・・・」
「その、厄災級を相手に出来そうな奴は何人居る?」
「・・・・・」
溜息を一つ・・・
「足手纏いはいらない。」
「二人で行きます。」
「・・・」
「サクッと行って、斬って来りゃぁ良いんだろう?」
「アレを斬るつもりなのか?」
「こっちに来て、斬れなかったものは居ないぞ?」
「西の草原の北の山の麓で、目撃された。」
「そんじゃ・・・」
「30mを超える大物だ。」
「ベヒモスにしちゃぁ、だいぶ小さいな・・・。」
「それで、報酬は?」
「ソレは、そいつが目を覚まさんと分からん。」
キッパリと言い切りやがった。
「「・・・当分は無理そうだな?(ですね。)」」
「・・・・・」
「成功報酬を用意して待っていろ。」
そう言い残して町を後にした。
俺達は街を出て、64Dに乗り西の草原の北の山麓を目指して飛んでいった。
~傭兵ギルド~
傭兵ギルド長アイガイオンは、ヤコブに張り倒され・・・ 現在は正座で説教を受けていた。
「馬鹿野郎!! 一度目に威圧が放たれた時点で気付け!!」
「・・・・・」
「一階の奴等も何人か巻き添えを食らって、失神しているぞ!!」
「・・・・」
「あの年齢で、あの波動・・・。」
「・・・」
「お前は、人に合った頼み方も覚えろ馬鹿モンがぁ!!」
「・・」
「アレは・・・ 強く出ればより臍を曲げる捻くれ者だと一目で見抜け!!!」
「・・・」
「俺が止めなければ、ベヒモスが来るより先にこの地が瓦礫に化していたかも知れん・・・。」
溜息を漏らしながら、ヤコブが続ける。
「お前は、苦労も知らずS級傭兵のパーティーで育ったせいで、危険察知がなっていない。」
「・・・」
「良いか? 魂に刻み込め! アレは、怒らせては、いけない者だ。」
「魔族・・・」
「そんな可愛いものか!!」
「・・・」
あの、光の波動は・・・
北西に進むと、草原から山麓へ差し掛かる。
「気配察知に、大き目のものが一つ・・・。」
「他に幾つかの小さめの反応も有りますね。」
やっぱり、町に潜伏中の魔人絡みだったか・・・ デイウォーカーの気配もあった。
失踪事件が無かった事から、共存しているのでは・・・と考えたのだが、
生者と不死者の間の暗くて深い溝は埋まってはいなかった。
対デイウォーカー用封印術《時の棺》の起動準備を行った後・・・
雑魚は殲滅。一応コアが残るとは思うが、全部消し飛んだら、無料奉仕だな。
ベヒモスか・・・ って事は、そのうちにレビアタンとジズも出てくるのか・・・。
「最初から、大物が狩れるとは思わなかったなww」
「デイウォーカーは公爵クラスだったかも知れないですねww」
「確かにベヒモスは、伯爵クラスには荷が重い。公爵クラスが有力だな。」
魔族の中でも最強の一角が、こんなにすぐに見つかるとは・・・。
「ラッキーでしたねww」
「そうだな。ベヒモスからは良い素材が大量に採れるからなww」
「どうやらあの洞穴の中に隠しているようだな?」
「デイウォーカーとはいえ、所詮は闇に棲む蝙蝠の一族ですからねww」
「じゃぁ、何時ものように・・・ ビーナとデイウォーカー狩りは初めてだったな・・・。」
「記憶共有のおかげで、そんな気はしないですけどね?」
「死なない奴等は《時の棺》にぶち込んで、眷属どもの首を刎ねて・・・。」
「「ベヒモスは、瞬間冷凍!!」」
「それでは始めましょうか?」「そんじゃぁ、始めるぞ?」
洞穴の暗がりは、魔物のホームだが・・・
何度も、そんな奴等を相手にして来たんだ。目を瞑っていても対処など訳はない。
暗がりから・・・ 岩の陰から・・・ 天井から襲ってくる眷属共を斬りながら進む。
なにやら、偉そうな奴が何か言っているが・・・ 聞く必要も無い。
光の結界内に魔人を閉じ込め、体の中心やや左寄りに拳を突き入れ、体内から核となる魔石を掴み出す。
体と魔石を《時の棺》に収納して、魔人の封印完了だ。
正体を看破された時点で、魔人共の勝率は限りなくゼロに近い数字だったのだ。
今まで何度も、本当に何度も、この世界よりも厳しい世界に送られていたんだ。
「相手が悪かったな? 俺達も、どこぞの戦闘民族の3段階目並には強ぇえんだよ?」
「30m超級ねぇ・・・。」
「倍近くは有りましたねww」
「まあ、これでも、ベヒモスとしては小ぶりな方だが・・・。」
「「200mくらいは欲しかったな。(ですね。)」」
「後、5年も経てば、それくらいには、成長したはずだが・・・」
「急ぐ理由でも有ったと?」
「理由は分からないが、恐らくは・・・ まあ、そんな事はどうでも良いさ。」
「そうですね。討伐屋は討伐するのが、お仕事。」
「そっ。 それ以上でもそれ以下でもない。 他の事は、俺達の仕事じゃない。」
「ただ・・・ 肝心のデイウォーカーの一匹の腕が無い。」
「これは、闇にまぎれて自分の一部を逃がした。で、間違いないだろうな。」
近場には気配は無い。恐らく俺たちの突入と同時に逃げを選択したか・・・
「用心深いにも程がありますね。」
「公爵級で、油断しないタイプか・・・ 面倒な奴だ。」
~西門前・仮防衛本部~
西の入り口の前では、500を超える・・・ 決死の覚悟で町を防衛する大勢の兵隊や傭兵達がいた。
仮の本部の天幕に近づき、ヤコブの親父を見つけた。
一々説明するのも面倒なので、現物を取り出してやる。
「「「「「ベヒモスの首の氷付け・・・」」」」」
「依頼終了で良いな?」
「「「「「・・・・・・」」」」」
そこに集まった1000を超える視線が呆ける中・・・
「うむ。依頼は完遂された。」
ざわめきが、歓声へと変わった。
「消音結界展開!!」
「まだ話は終わっていないんだ。ちったぁ、空気を読めよ?」
「「「「「・・・・・」」」」」
「依頼以外に追加を請求する。」
「「「「「追加の請求?」」」」」
「その、ベヒモスを操っていた魔人の討伐報酬だ。」
「魔人? 魔人も居たというのか?」
「普通・・・ ベヒモスが独自に動く事はないだろう?」
「ベヒモスが単体で動くときは、レビアタンとの決戦の時だけと決まっています。」
「・・・そうなのか?」
「過去の資料を熟読する事を推奨します。」
「「「「「・・・・・」」」」」
「それで、その魔人は?」
「こいつ等がそうだ。人狼、こちらでは、ワーウルフと言ったか?」
ワーウルフの亡骸を取り出し、眷属の力の源であった魔石を取り出しテーブルに並べる。
「まずは、そいつら、眷属の魔石だ。」
「眷属・・・ まさか、魔人は・・・」
「お察しのとおり、デイウォーカー二匹と僕のナイトウォーカーが6匹。」
「こいつらは、死なないから、体から魔石を取り出し、《時の棺》に魔石を封印してある。」
《時の棺》ガラスのケースのように見えるそれは、純粋な封印術で構築された結界。
触れようと手を伸ばすが、ヤコブによって殴り飛ばされる。
「馬鹿モン!! 封印術式に気軽に触れるな!!」
「ん? オヤジは其れがどんなものか知っているのか?」
「当たり前だ! 昔、デイウォーカーを討伐したときに時代の大魔導師が作ったソレを触って・・・」
「触ったのか?」
「うむ・・・。」
「一月ほど寝込まされたとww」
「「「カウンターマジック。」」」
「当然だ。魔石が無事なら、不死者は数日で蘇る事が出来る。」
「当然、それを狙う魔族や、魔人は存在するという事です。」
「確かに・・・ この魔人の腕が片方無いな・・・。」
「俺達が突入したときには、既に無かったからな。」
「当然奪いに来るでしょうね。」
「それにしては、嬉しそうじゃないか?」
「不死者の魔石は使い勝手が良いからなww」
「魔道具のコアには、うってつけですからねww」
「デイウォーカーをコアに使うってか?」
「無尽蔵の魔素排出装置みたいなものだからな?」
「腕一本分の小さめのコアでも50年位は交換不要の明かりの源になりますからねww」
「「「「「・・・・・」」」」」
「話を戻して・・・ そのベヒモスは買い取らせて・・・」
「断る!!」
「・・・」
「金貨1万枚にはなるぞ?」
「お断りします。」
「「「「「・・・」」」」」
「理由を聞いても?」
「素材として使う。」
「「「「「・・・」」」」」
「この話は以上だ。」
「だが、ベヒモスの死骸が無ければ国主に褒章の申請も・・・」
「その話は終わっている。」
「それでは、王都で褒章・・・」
「必要ありません。」
「「「「「なっ!!!」」」」」
「だいたい、何故わざわざ出向かなければならないんだ?」
「「「「「・・・・・」」」」」
「災厄級を討伐したんだ。英雄になれるんだぞ?」
「その英雄様を呼びつけるのか?」
「いったい、何様のつもりでしょうか?」
「「「「「王様だよ!!!」」」」」
「英雄なんて面倒そうなモノはパス!」
「忙しいので、遠慮させていただきます。」
「そんなモンはどうでも良いから、討伐報酬をサッサと出せ!」
「「「「「・・・」」」」」
大量に積まれた金貨の山から、二人で10枚の金貨を受け取る。
「王都に行けば、10倍・・・いやもっと沢山の・・・」
「亡者が紛れ込んでいるのか?」
「”必要無い”と言っています。」
「全部持っていって構わないぞ?」
「それじゃあ、決死の覚悟で参加した(させられた)先輩たちが哀れじゃないか?」
言葉の意味を正確に理解した聡い者たちから・・・ 先程よりも大きな歓声が巻き起こった。
「おまえ・・・ 妙なところだけは傭兵なんだな・・・。」
「何を言っている? 俺達は普通に傭兵だろう。」
「普通の傭兵が聞いたら泣くぞ?」
俺達は、その場を後にした。
その後、合同での祝勝会という名の大宴会が催された。・・・らしい。
「傭兵ギルドに全部持っていかれたな・・・」
「相手は災厄級。手柄は持っていかれたが、正直被害が出なかった方が有難い。」
「まさか、氷付けにして・・・」
「ベヒモスさえ持っていけば、褒賞は思いのまま・・・」
「あの、アイテムバッグを狙っているなら止めておけよ?」
「そうじゃ。奴等が、暴れだしたら誰にも止められん。」
「止める気もないがな?」
「災厄級、魔人を一刀両断・・・」
「少なくとも、封印魔術と、減速系、結界の使い手。」
「そして、なによりベヒモスすら斬ってのける力量。」
「良いか? 傭兵ギルドは、そうなった場合、敵対関係になると知れ。」
「そうじゃ。ハンターギルドも同意見じゃ。」
「無論、守備隊は悪事に手を貸すつもりは無い。」
マヌケーナは、各ギルドから要注意人物としての評価されていたが、
危険な欲望を抱く、要警戒人物に変更される。本人は気付いていない様だった。
ベヒモスの討伐の成功。その事実だけを、王宮に報告する事になった。
情報は光の速さで国中を駆け抜けた。
「爺、その者をどう見る?」
「扱いにくい頑固者かと・・・。」
「僕の力には・・・」
「欲深き者は、与えれば踊りましょう。」
「・・・」
「無欲な者には、不審感しか与えません。」
「それでは・・・」
「時の導きの為すままに。機知を得るまでは放置するのが最善ですな。」