旅に出ましょうか
そこは満ちた“世界“である。
空間を覆う空気はいつでも新鮮で、出来立てである。木々をくぐり抜ける風はそのモノを包み込んで名残惜しそうに去っていく。
そこには剣が刺さっていた。
台座なんて大したものに刺さってはいない、ただ地面に突き刺さっているだけである。
少し考えれば理解できる現状である。戦場で共に駆け抜ける剣が重宝されるのは戦場だけであり、それ以外では厄介者以外の何者でもない。食卓に剣を持ち込むものがいないのと同義である。
最後の戦場の持ち主である勇者が命辛々抜け出し、致命傷を抱えながら次へ託すために突き刺した訳であるが…そんな意思を背負うものは出てこなかった訳である。現状、その場にはひとっこ一人いない訳である。
剣は最強であった。そして、理外の存在であった。
過去は天使として神に仕えていたのだが、何かのしくじりで堕とされ堕天使に成り、守る立場で無くなった事を良い事に好きなように生きていた。それを為せる実力があった訳である。
その実力は剣になった昔々の昔から受け継がれている。
実力が込められた剣…詰まるところ意思を持つ剣である。それすなわち魔剣である。
人智を超えた力を授かる代わりに意思を乗っ取られるで有名な魔剣であるが…最強の剣は違った。どんな状況になっても持ち主に沿う考えであった。たとえその先が死地であっても向かうのならば最大の力を持って振るわれたし、その行動が悪だったとしても成し遂げようと身を任せた。
剣曰く様々な視点で戦地を見てみたい、訳であった。その結果の都合のいい最強の剣であるが…その話が出回ることはなかった。
持ち主が気を利かせて
「この剣は素質や、運があって初めて巡り合うことができるもの。俺たちが勝手な意見で所有者を決めていいはずがない」
と、都合の良い剣を魔剣と言い触らして使いにくそうに使いやすい剣を使っていた訳である。良い迷惑である。その結果の隙を持て余した魔剣である。
『あー、マジで蝶でもカエルでも良いから使ってくれねェかな。そしたら魔王“蝶“でもカエル“神“でもならせてやんのによぉ…。人生世知辛すぎだろ。剣生だけど』
そんな感じで力の無駄遣いで今日も、変わらぬ視点で『堕聖領焔々地』を観察する。今日も人が一人も通る気配を感じない。
堕聖領地焔々地『最高峰と最高峰が戦った事により、最高峰の魔力が大地に降り注ぎ、満たされたある意味神聖な大地。その影響で悪き存在は生まれなしい、逆に聖なる存在も土地の浄化能力によって上書きされ消される。言って仕舞えば生物は足を踏み入る事さえ許されない秘境である。そんな背景があり、数百年前までは絶対に入るべからず、神聖な大地なり!! で、神として奉られ生贄として生娘が贈られたのだが回り回って現代では存在しても認知できない場所に成り上がっていた。原因としては今を生きる生物の本質的な能力の低下』
同じように、今日も明日も変わらぬ景色を眺め続けるのか…と、まどろんでいた剣であるが仰々しい、だが久しく聞いていなかった懐かしい音が聞こえ始めたのを感じる。
『この音は……フルアーマープレート!!?? 重装備兵か!! こっちだ! こっちに世界を変える力を持つ最強の剣があるぞ!!!! あるぞ!!!!』
声帯はないが、脳内に語りかける系の技術を使って全方向に叫びをぶつける。その影響の周囲の木々が朽ちたのだが今の剣にとってしてみれば誤差である。
そんな剣の叫びが通じたのか足音の持ち主がどんどんと近づいてきてるのがわかる。
剣は目に見えて歓喜の色を出していた。明言するとプルプルと震えていた。
徐々に、徐々に近付き……待ち焦がれた柄を握られる感覚を肉体で言うところの足で感じる。全力で脳内に語りかける。声から歓喜が溢れていた。
『よっッッッッし!!! よくやった、青年? 女? 男? まあ、何でも良いが、お前は今日から最強を名乗って良いぞ!!! 何でかって? 俺が付いてるからな!!! 手始めにこの忌々しい森を焼くか?? いや、土地をひっくり返して埋めるのも良い案だよな!!!』
肉体があったのなら全身で激しく踊りとも言えない舞を踊り、嬉しいオーラーを吐き出しながら狂い回っているのが剣である。まあ、今は声だけだが。
脳内に語りかける系なので声量は超良い塩梅に自動調整されるのだがそれでも持ち主はうるさいな、と感じるほど歓喜が歓喜で塗りつぶしていた。
抜いた当人は“空洞を“響かせ、声を出す。高く、柔らかい。懐かしい、あの声だった。
「…貴方は何時になっても元気ですよね。思念でうるさいと思ったのは初めてですよ…」
『……ん? お前は大天使…だよな?』
引き抜かれ、持ち上げられた事によって広がった視界で見る。そこには白銀の鎧で全身を覆った人形があった。
そもそもの視点の仕組みとして剣単体では剣を中心とした三人称視点なのだが、誰かが持つ事によって視点の中心が変わるのだ。鎧に視点の概念があるのかはさっぱりなのだけど。
天使から鎧に身を落とした長年のツレに不思議そうな視線を向ける。
そんな事を知ってかしらずか。テンションの上げ下げが少ない、何時もの天使スタイルで答える。
「ええ、大天使です。そろそろ休憩しすぎかな、と思ったので旅にでも出ようかと思いまして。貴方もどうですか? と、誘いに来た訳です」
剣は謎が深まった。
そもそも、自身は剣になっているわけで、自立して動けないから人が何世代か繋ぐ悠久の時間を過ごしてきたのだ。いつか担い手が来るのを信じて。だが、対する鎧はフルアーマーな事を良い事に自立して動けているのだ。こんなの不公平じゃないか。俺がしょうがなく突き刺さっていたのに対して向こうは休憩って概念で待機していたなんて…と、謎が謎を呼び、悪循環の自己嫌悪に陥っていた。直ぐに立て直したが。
剣にとっても大天使の提案に、身を乗り出す勢いで返答する。持ち上げられているので実質身を乗り出している訳であるが。
『行く!! っていうか行けないって言われてもついていく予定だけどな! 思念体として!!』
意識だけとなった姿が思念体なのだが…そんな、背後霊ポジションで旅について行くつもりなのか…と、若干引き気味な大天使である。あるが、長年主従関係を続けてきたロールプレイガチ勢である。そんな事を一切表情に出さず、声色に溢さず了承する。
「そう言うと思っていました。では、取り敢えずこの森を抜けましょうか。魔物とかに襲われたら早速の旅日和も台無しですからね」
『まあそうだな。…つか、リビングアーマーな時点で旅日和ではないと思うけどな。ここの絵面だけで判断するとホラーだし』
「…私の旅は手ぶらな方が好都合なので貴方はここで担い手を探す瞑想にでも入りますか? 簡単に言いますと置いて行きますよ?」
『神聖さを醸し出しているお前が居れば魔物なんてケモノ襲ってこねえって! よっ、清楚系鎧!!』
「良しとします。では、適度に進んでみましょうか。周りの空気を感じるに、魔物の数は相当数居るみたいですし」
『(いや、そのヨイショで良いのかよ)』
若干のチョロさを感じながら担がれる堕天使…基、イガイガな見た目が特徴的な剣である。まあ、鎧に対してヨイショするなんて素っ頓狂な人は早々いないのでそんな反応も正しくはあるのが現実である。リビングアーマーに清楚系と声を掛けたのは最初で最後に堕天使だけであろう。剣と鎧な関係性なので何となく良い感じである。米と味噌的なサムシングである。
そんな感じで始まった剣と鎧の日常系旅物語。
少し過去に遡ると血で血を洗う、血で血を作る戦いに明け暮れた両者である。両方とも味方として戦った過去は少なく、ほとんどが敵同士で会合することが多かった身である。そもそもの成り立ちを考えれば普通に思えるが…まあ、なんやかんやあって今は仲良く隙だった時間を塗り替えようと世界を見て回る協力関係になっているのだ。
「そういえば、一個前の所有者は私は女児だったのですが貴方はどんな方だったのですか?」
そう言って剣を握っていない左手で向かってくる狼型の魔物の顔面を殴りつける。キャンっ、と可愛い悲鳴の後に潰れた顔が見え、地に崩れる。
これで出てくるのは十匹越えか、と数えていた剣…名目上堕天使にする、は出てくる魔物の頻度におっかなびっくりしながら、それを雑談の中でお菓子をつまむ感じに無力化する大天使におっかなびっくりする。パンチの強さじゃない音が響いているのだ驚くのが普通と言えよう。
見た目は変でも心は普通なのだ。それが堕天使である。大天使はその逆である。
『女児って言い方すげえな…オレは昆虫族の勇者だったぞ。なんか色々なタイプの虫が競って一番になった奴が所有権を得る的な。直立している関係で腕が四本に限定されているとはいえ結構乱雑な扱いだったのを覚えてるな…』
「虫…ですか? それはムカデとか…?」
『いや、話聞いてた? 直立で四本に限定って言ったよねオレ。普通に甲虫だったぞ。いや、この場合の普通ってなんなのかよく分かんねえけど』
まあ、昆虫が剣を握って戦う世界が異常なのでムカデを例に挙げるのは誤差といえよう。大天使のお茶目と捉えれば可愛いものだ。見た目は聖銀製のピカピカ光を反射する鎧だけど。因みに隙間を覗くと虚空が見える。
「そうなのですか。個人的には私の所有者は虫を好んで食べる部族だったので気になった話ですね」
『お、おう。結構、世知辛い世界なんだな。…つか、人並みの大きさではないか流石に。戦場で飛び散った姿を何度かみたけどあれは食う気になれねえぞ…』
「確かに人並みの大きさではなかったですね…。殆どが芋虫だったので…って、乙女にどんな話させてるんですか、もう…」
『いや、話題提供はお前だけどな…?』
いやーん、もう! 的なノリで動体を真っ二つされた熊型の魔物が視界の端に一瞬で吹き飛ぶ。手刀の威力ではないな、と実感しながらガチャガチャ煩い音を鳴らしながら順調に進んでいく。堕天使としては剣なのに装飾品に成り下がってんだけど…と、思っているところなのだが大天使としては久しぶりの散歩である。体は十分に動かしたいじゃん? 準備運動的な。
そんなノリで結構な強敵に位置される『魔革狼』、そして『魔腕熊』をチョップやビンタで倒している。
『魔革狼』
強さ的にはそこそこで、基本的にバランスの取れた武器種と経験のあるパーティーだと時間さえかければ討伐可能な種族。
空気中の魔力を吸収して自己強化する魔物らしい特性を生かしている種族で『魔革狼』の場合は体表に自己強化をかけている。結構硬い。普通の弓矢とかは普通に通さないレベルに硬い。
『魔腕熊』
凶暴性がヤバイ熊。最低でも体長は5メートルを超え、最大では10メートルになる個体も。
自己強化部位は両腕で、異常に発達した両碗を器用に使って蹴散らすタンクキラーな種族。逆に遠距離に対する耐性はほぼないので魔法とか弓とかで討伐は可能。パチンコみたいに加速して移動するので一発で仕留められなかったら挽肉確定である。
堕天使の記憶の中でも結構な印象を持つ2体をお茶の子さいさいでやっつけている光景をどこかの映画でも見るかのように、流し見る感覚で居る。
どこか、マンネリ化した戦闘に飽き飽きし始めた大天使がまた雑談を開始する。表情はフルフェイスの為確認できないが恐らく見れたのなら盛大に無表情であっただろう。堕天使と会って移動する中でも無表情なので確認しても意味がないのだが。
背丈以上もある木々を掻い潜り、腰ほぼまできている草を適当に踏みつけながら道を進んでいく。道標はないが出口は分かっているのだ。赤子が産道を通って生まれるかのような、必然の行為である。まあ、押し出し方式であるが。
「…因みにですけどここを抜けると戦闘が起きているのですがどうしますか? 食べますか?」
『どんな問いかけだよ…。んー、とその戦闘って何体何とかって分かるか? 劣勢かどうかも知りたいんだが…』
英雄思考な少年少女が大好物な堕天使である。よっぽどの状況がない限り助けに行けたらなー、と思っているのだ。何も考えずに突っ込んで10体1のレベリング作業に出くわしたならオレなら気落ちして虐殺しかねないね、と考えている。
一方の大天使は、何故そんな事を? 突っ込んで纏めて轢き殺せば悩みの種解決ですわよ? と、考えている。あぶねーが、それが大天使である。主従関係を重要視し、所有者以外を道端の小石以下に考える存在であるのだ。今、堕天使に問いかけをしたのが気の迷い的に思えてしまうほどサーチアンドデストロイ天使である。
まあ、現状で堕天使を主として考えているわけではなく、ただの旅仲間として一応聞いておきますわ的な思考であるがそんな事を知らない堕天使である。若干の危険味だけを感じ、それで終わる。
天使としての機能で周囲の生体反応を感知し、状況を判断する。これは墜ちた存在である堕天使には真似できない芸当である。まあ、わかったと所で道導する剣とかトーチかよと突っ込んでしまうだろう。大天使が。
判断し終わり、冷静なテンションで答える。
「1対10。圧倒的な劣勢ですね。少年よ大志を抱け…!!」
『助けに行くぞ!!!! 全速前進!! 寧ろ、オレを投げ飛ばす勢いで駆け出せええええ!!!』
「了解」
『…え?』
投げ飛ばす勢い、とその言葉に全力で答えた結果の投擲体制な大天使である。
全力で足を前後に広げ、これほどか! と驚くほどの腰の捻りで剣を構える。運良く鞘がついてない抜きたてホカホカな剣である。土に埋まっていたとは思えない綺麗な刀身は太陽の光を浴びて妖艶な光に醸し出す。
ちょっと、まじで言ってるの? と、そんな言葉は2、3歩助走を付けた大天使の耳には届かなかった様子である。
『まじで投げ飛ばす奴がいるかあああああああああああああ!!!!!!!?????』
剣は飛び、少年の元へ最速に届く。
考えれば普通な事であろう。
母親が病気で、それを治すための薬草をこの堕聖領焔々地に取りに来たのだ。両親の両親の両親の両親以上の歴史でそこにある聖なる地は未だ衰えぬ魔力の渦を抱え、それに満ちた草木は圧倒的な効果を持つ。そこら辺に生えている雑草でも持ち帰れば最高級のマナポーションの素材へと成り得る。寧ろ成り代わる。
そんな場所であるが故に、病気の進行が早くなった母を思い、薬草を取りに行ったのだ。止める母を置いて。
少なからず病気の母を置いて行く事に後ろめたさはあった。進行してもずっと一緒にいたい、たとえ最後でも最後だから…と、そんな気持ちはあったし、あわよくばすっかり治って昔のように元気な声で朝ご飯の声が聞こえてるかも、と思った日もある。だが、それは幻想である。現状は平行線な訳である。なら行動を起こさないと。
その結果の『魔翼竜』と、その子供のおもちゃである。
当たり前である。
子供でも薬草を採取できたのなら仰々しい名前がつけられる筈がないし、微かな情報、と不安定な話で残っている筈がない。いや、情報がないから現状になったのか。そんな事がグルグルと頭の中を巡る。手には運良く見つけた薬草が一房あるが、単体では役に立たないのが草である。
大人の個体が高い頭から周囲を見渡し、下では子供が待てをされてる。微かに聞こえた他の魔獣の断末魔が原因だろう。耳を澄ませているのだ。今ここで食事をしていいか、狩りの練習をして良いのか。
大人の個体の竜によって全身を軽く打って、痛むのだ。絶好な逃げるタイミングだろうが逃れる体力も体もない。
「…ここまでか」
そう、諦めたシューベル10歳。猛スピードで迫ってくる剣に間一髪で避けることに成功する。
『魔翼竜』
圧倒的な王、のレッサー的な存在であるが凶悪性、凶暴性、実力は負けず。自己強化部位は翼であり、空中戦であれば純潔の竜にも負けない力を誇る。ほぼ空の王であるが子育ての時期になると地上に降りてママになる。だが凶暴性は衰えず。
最低10メートル。最大は20メートル程。圧倒的な体格で体当たりや、子育て時期になり強化された両翼をぶつける。結構な樹齢の木でもなぎ倒される。人は肉になる。隙はほぼ無い。
間一髪のところで避けたショタを盛大に褒め称えながら木に刺さった己を鼓舞しながら脳内に語りかける。距離的に威力が減衰されたから良かったものの、これで突き刺さったままで抜けません。殺されるのを見て終わりました、な結果だと恨むぞ。と、思いながら現状をできるだけ把握する。木しか見えない。以上。
『おい、ショタ!!』
「ショタ!? お、俺はシューベル!!」
緊迫感のない自己紹介に和みながら本題をぶつける。フゴーフゴー聞こえる息遣いは地味に近づいているのだ。一応は飛来した剣におっかなびっくりしている状況で牽制になってはいるがそれも微々たる差だろう。
『この現状、打破したければオレを握れ!! そしたら英雄でも勇者でも、王様にでもしてやれるぞ!』
そんな問いを聞いた瞬間、すぐに行動に移したシューベル。仕事が早いというか理解が早いと言うか…。若干の流れの手際の良さに驚いている堕天使であるが、まあ理解が早いに越したことはない。剣の見た目が魔剣的な物なので『力ある』とすぐに分かるのも流れに一端しているのだろう。
「んーー! ふッ!!」
そして立派な剣を抜いた訳である。
そこそこに綺麗な姿勢で切っ先を、やっと見えた竜に向ける。そして理解する。おっと、剣で挑んで良い相手じゃねーぞ、と。
『ま、オレは素手で火山に挑んだんだけどな!! 良し、シューベル、よく斬れる方法を教えてやるよ!! まずは両足を前後で分けろ踏み込めねえぞ?』
やっと理解した母竜は爆竹かと聞き間違える咆哮で威嚇する。
『おう、良い感じだな。両目を見開き、獲物を見逃すなよ。んで、剣は両手で持て怪我するぜ? オレは良く斬れるからなぁ…ほら、振り下ろせ』
まずは小手調べか、そんな感じで飛んできた母竜の風を斬る翼を振り下ろしで真っ二つに斬る。盛大な血飛沫が両側から立ち上がり、視界を赤く染めるが心が揺さぶられたのは相手だけである。シューベルは歳には似合わないほどに冷静に。だが、年相応に純粋に真っ直ぐ視線を向け、振り下ろした剣の重さを置き去りにするように駆け出す。目指すはやはり、大玉である。
『おおおおおおお!!! 良い感じだな!! 後は良い感じに剣を振え! オレはお前の意思を尊重するぜ!!!!』
自身の剣としての切れ味以外の効果を最大限バックアップに使い、シューベルの身体能力強化に向ける。目に見えて分かる程に動きのキレが変わったシューベルは全身の痛みなど頭に忘れて目の前でただ突っ立っているだけの子竜を踏み台にして2、3歩下がった母竜の顔面に向けて剣を振り下ろす。全力の籠った一撃だ。
だが、シューベルから母竜までの距離は相当にある。母竜の指示が入り、小竜が2匹飛翔し、間に入る。だが、そんな邪魔も関係ない、と言わんばかりに纏めて真っ二つに斬る。心地良い斬れる感触と、掠った事実が同時に目に入る。母竜は傷が浅い。
振り下ろし、完全な無防備な姿になった事を理解していたシューベルは着地地点で構えている子竜の群を剣で突き立てる事で引かせ、少しの距離を置く。
「(切れ味が…やっぱすごい)」
『おぉー綺麗な一刀両断! 見事な状況判断だな!! 後7匹! 楽しもうぜ!!!』
そんな一瞬の間に3匹もの子を失った母竜である。血が上った頭はより一層血が回り、沸騰しかねないほどに冷静さを失う。既に半ば程断たれた翼の出血は止まっており、見えるのは濃縮された怒の気配である。竜は飛べなくなっても竜である。その意味を体感することになる。
息を整えるシューベルだが、それを許すまじと迫ってくる子竜の大群。どれもがシューベルの身長を超える頭頂の持ち主であるが、目指すは母竜の討伐である。なら小さい。そう、考えたシューベルは剣のヤジを頭の隅に置き、習った構えと覚えた術を織り混ぜる。今は亡き、父との思い出である。
「(体勢はそのままで腰を軽く沈め、血の巡りを意識して…放出するッッッッ!)」
鋭く尖った牙が生え揃う、子竜達に飛び込むように一歩踏み出し水平に薙ぎる。
『おおおおおおおおおおおおお!!! おおおおお!!! 使えるのか! すっげえな!!!』
「飛刃ッ!!」
言葉通りに飛ぶ刃が剣で生成され、振るうと当時に放出される。その技術は正確に子竜の胴体を切断し、後ろに続く他の子竜にも深い傷を付ける。合計4体である。沈んだ死体の位置だけ確認し、薄らと感じる疲労感を押し込み、刃を構える。残り3体である。隙間で奥の母竜の姿を見つめる。口内は赤く、大気を吸い込み大きく膨れ上がった姿は今すぐにでも破裂しそうな風船である。これはまさに…
『…竜のブレスか。良し、全力で横に逃げろ! ブレスは基本的に直射型か放射型。そして暴発型の3つがあるんだが…直射型を祈って逃げようぜ! 溶かされて終わっちまうよシューベル!!』
「うん…」
恐らく、自身の子供ごと焼こうと考えているのだろう。逃げる素振りがなく、ジリジリと迫ってきている子竜と、見せ掛けではない熱量を感じる母竜。頬の部分が膨れ上がり、破れそうになる瞬間。鋭く尖った牙を生やす口内を開き、牙ごと溶かしながらブレスが吐かれる。視界一杯を覆い尽くすそれは見間違えることなく放射型である。少しでも守ろうと、シューベルの手から抜けた堕天使は背丈以上もある長い体を生かして守りにかかる。
だが、それは杞憂に終わった。
「逃げる心配はないですよ」
ぶん投げた犯人の声だった。
腰まで伸びた金髪は金色を思わせ、ブレスの威力で生じる風で靡く姿は女神を彷彿とさせる。何故か正面ではなくこちらを見ている表情は無表情であるが、目鼻立ちが整っており、可愛い6割綺麗4割を誇る黄金比率を確認できる。ポンキュッポン、の控え目な肉体も含めて懐かしい見た目の彼女がそこにあった。
『お前、なんで肉体が……』
「受肉したんですよ、私大天使ですし。と言うか貴方と違って最初っから受肉を条件で所有者選んでましたしね」
受肉…それは精神体である天使が用いる下界に常駐できる手段だ。生き物の体に入る事で肉体を得る技である。相手は死ぬ。利点としては物を触ることが出来たりする事である。堕天使や大天使だった頃は力のゴリ押しで下界で暴れまわっていたので知識としてはあっても試すあれは無かった訳だ。
実質ドヤ顔じみた言葉の中と、鎧を換装して巨大なタワーシールドでブレスを完全防御している大天使にあっけらかんとした表情を見せている堕天使である。まあ、顔はない訳だけど。
そんな超絶美女大天使ちゃんの登場で大ピンチから形勢逆転で、大チャンスになった現状を見逃す訳ではない。訳ではないシューベルだ。
逃げ腰だった体制を直し、ブレスの勢いがなくなってきた頃を見計らって抜け出した剣を掴み、走り出す。距離はそこまで遠くないはずだ、と判断し盾の守りから抜ける。
見えた視界はドロドロに溶け、融解し始めている地面と消えた子竜の体である。そして母竜は…顔が熱量に耐えきれず半分程溶け落ちた息が微かに聞こえる程、そこまでに弱った王者の姿があった。
速度を落とさず、崩れるようにして耐えている母竜の首元に剣を振り下ろす。
プシュ、と軽快な音を皮切りに翼を切った時以上の血が噴水のように流れ出る。シューベルを血で覆い、勝利の美酒となった。
戦いが終わった事を確認し、大天使は地面に突き立てるようにしたタワーシールドを抜き、自身の体に戻す。鎧の姿になるのかな? と、思ったら姿は変わらないので体内に収納系だろう。
ふう、と息を吐き大天使はシューベルの方まで近づく。
「…貴方も受肉して見てはどうですか? ほら、使われるだけって嫌じゃないですか」
『そうでもねえけどな。まあ、でも了承してくれる相手がいねえからな。受肉っつたって』
「意外にも繊細なんですね、堕天使なのに」
『堕天使だからだな。ほら、繊細な心を忘れない系堕天使だからオレ』
そんな訳でパーティーメンバーが剣と鎧から、ショタ(剣所持)と美女大天使になった。
いきなり現れ受肉受肉、と言う美女が現れたら冷静になった頭だと不審者確定だよな。分かるぞシューベル…!!