久々の冒険
フィカスの体が空くまでしばらく、私のストレス発散のために、クッキーやプリンを作りまくって過ごした。
クッキーとプリンは、教会のバザーとかで毎年やたら作っていたので、作り方は空で覚えている。
クリスマスケーキやガトーショコラも作っていたはずなのだが、その辺は手順が複雑なため、無難にやめておく。
こういう時に、自分の平凡さを思い知るなあ。
私にも、マンガとかにあるような、絶対記憶能力とかが欲しいよ…!
甘いものが好きなマグは喜んでくれたのはもちろん、甘いものがそんなに好きじゃないユウも、私の作ったものは、美味い美味いと進んで食べてくれた。
試しに少しだけ、砂糖の量を減らして作ってみたりしたのだが、ああいうものって、味付け調味料の量を減らすと、味がボヤっとしてしまうんだな…と、失敗も経験していく。
やっぱり、先人たちが生み出した分量っていうのは、無意味じゃないんだなあ…。
こうなると、色々と作ってみたくなってくる。
あーあ、フリメールでクッキーを買った時、アイシングの作り方を教えて貰えばよかったなー。
…アイシングクッキー…か。
ふと、ハイドのことを思い出した。
あれから1年経つらしいけど、一体どうしているのかな。
まだ人間のことが嫌いなのかな。
嫌がらせを続けているのかな。
私たちはもう東大陸から移動してしまったから、会えないのかな…。
ユウとマグの反応を思うと、会えないに越したことはないんだけど、こうしたふとした時間に、どうしても気になってしまう。
…いや、やめよう。
私から会う方法はないんだから、考えても仕方がないよね。
結局いつも、そうして思考を振り払うことで終わった。
そんなこんなで数日が過ぎると、ある日の夕方に、フィカスが嬉しそうにやってきた。
「よし、明日からリュヴィオーゼに行くぞ」
みんなはもうフィカスの唐突さには慣れているので、誰一人文句は言わなかった。
「期間でいうと……どのくらいになりそうなんだ……?」
マグが最終チェックで質問をしている。
「最短で一週間、最長で一ヵ月…といったところだな。移動は魔道車を使うから、多少荷物を載せても大丈夫だ。あちらは紅葉樹林という森があって、食料が尽きたとしても、ある程度の実りがあるからな。食料の心配はしなくてもいいだろう」
フィカスは、リビングテーブルの卓上に置いてあるクッキーをつまみ食いしながら、いつもの調子で予定を述べていく。
「ぷいぃっ、それではボクはツナさんを引っ張って行かなくてもいいんですねっ。フィカスさんを運転して差し上げます!」
「ああ、アンタローの魔力を頼りにしている。任せたぞ」
「お任せください、ボクはパーティーリーダーですからね、ぷいぷいっ!」
アンタローも、久しぶりのお出掛けなので、とても張り切っている。
「いやー、やっと冒険者らしいことができるって嬉しいな! 俺なんてもうグラディエーターに転職した気分になっちまうとこだったし」
「オレ的には……ガンスミスに転職も……悪くないと思っているが……確かに楽しみだな……ツナと久々の外だ」
ユウもマグも、乗り気だ。
「私は、冒険というものをしたことがありませんので、楽しみ半分、皆さんの足を引っ張らないかという部分で不安半分、といったところですね…!」
ルグレイはちょっと緊張しているようだ。
「わたしも楽しみ! 魔道車ってことは、歩くよりも早く現地に着くんだよね?」
「そうだな。だが、魔力を使い切るわけにもいかんからな、そこまでスピードは上げないで行く予定だ。1日は絶対にかかるが、2日目にたどり着けるくらいだろう」
私の言葉に、フィカスが頷く。
「おー、ちょうどいいじゃん、すぐに着いたら周りの景色を楽しめねーもんな! 俺的には、もうちょっと緑化した世界を見ていきたいとこだったんだよ」
ユウが嬉しそうに笑っているが、マグは何かを考えこむように、そこからずっとだんまりだった。
「よし、そういうわけで、ナっちゃん、飯にしてくれ。明日は料理長に弁当を作らせるから、お前たちは何もしなくてもいい。朝に魔道車で迎えに来る流れだ」
フィカスは尊大に足を組み替えて、アンタローはいつものようにぷいぷいとフィカスの頭の上に登りに行った。
私は「はーい」と言って立ち上がり、マグとルグレイと一緒に、キッチンへと向かう。
実は街で牛肉を見かけるようになったらしく、今日は人参とピーマンのチンジャオロースーだ。
食事の準備も手慣れてきたように思うが、明日からはきっと野営だから、私に手伝えることはないんだろうなあ。
でも、楽しみ…!
その日はずっと、にこにこして過ごした。
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「おーー、車だと、風がすげー気持ちいいんだなー…!!」
バギーの上で、ユウが手の平で風を受けながら言っている。
「ユウ、危ないから立つなよ?」
フィカスは保護者のように、助手席でテンションを上げているユウへ注意を飛ばす。
アンタローは、フィカスの頭の上で、定期的にぷいぷいと魔力の粒を吐いている。
「まったく、こういう時の助手席には普通ナっちゃんが乗るものだろう…マグは融通が利かん」
フィカスは不満げに、許可を出さなかったマグへ文句を言う。
しかし当のマグは、昨日から少し考え事をする時間が増えている気がする。
今も私の隣で、特にフィカスに言葉も返さず、草原のどこか遠くの景色を見ながら、物思いにふけっているようだ。
「マグ、何か、悩みごとでもあるの…?」
心配になって、ついに聞いてしまう。
マグは、現実に引き戻されたような顔をして、私の方を見た。
「いや、悩みではない……単なる考え事だ……すまない、ツナの冒険気分に……水を差したか?」
「ううん、大したことじゃないならいいなって思っただけだから…!」
慌てて首を振ると、ルグレイがマグの方を見る。
「マグ様、昨日から何かを考えていらっしゃいますよね?」
「ああ……大したことじゃないんだが……少しだけ……気になることがあるだけだ」
運転席のフィカスが、一瞬だけ後部座席にいる私たちの方を見た。
「なんだ、気になるな、大したことじゃないのなら、簡単に口にできるだろう?」
フィカスの言葉に、マグは少しだけ考えこんだ。
「……フィカス。今回の旅のことだが……ティランが気を利かせた……と言っていたな? フィカスは1年前から……オレたちと早く冒険をしたいと……ティランの前でも言っていたのか?」
「ああ、そうだな。俺はティランには隠し事はしない。思ったことは何でも伝えている」
「そうか……。ならば……この旅が終わったら……オレをティランに会わせろ……少し確認したいことがある。この場でできる話は……これだけだ……」
みんな、不思議そうにマグを見る。
フィカスは難しい顔をした。
「余計に気になる結果になったが…まあ、わかった。帰ったら手配をしよう。この話はここまでだというのなら、マグも考え事はここまでにして、旅を楽しめ」
マグは少し驚いた顔をしたが、すぐに困ったように笑って、前列にあるフィカスの後頭部を見る。
「そうだな……そうしよう」
「すげえ、羊飼いだ! さっきは牧場もあったし、マジで別の国みたいだな…!!」
ユウはマグたちのやり取りなどそっちのけで、テンション上がりっぱなしだ。
「そうだろう。まあ、そうは言っても、アンタローに頭の上に乗られると、地味に暑いな…ユウ、引き取らないか?」
「げっ、嫌だよ、俺暑いの得意じゃねーし。マグが持つか?」
「オレにはマフラーがある……これはアンタロー単位で言うと…3アンタローだ……これ以上増やす気にはなれない……ルグレイに渡せ」
「い、いえ、私が持つと、フィカス様に渡るはずの魔力を私が吸収してしまいそうなので…」
ルグレイですら、控えめに断っている。
フィカスはため息をついた。
「まあ、そうなるか。仕方がない、我慢しよう」
「ぷいぃいっ、皆さん失礼ですね、愛くるしいボクに触れる幸運をわかっていませんね! 雪の国ではあんなにボクを取り合っていましたのにっ」
アンタローはぷいぷいと怒りながら、フィカスの頭の上でぴょんと跳ねてこちらに顔を向けた。
わかってはいたが、暑いとアンタローは不人気になる。
「あははっ、そうだね、フリメールは最初で最後のアンタローのモテ期だったね!」
「(ぱああああっ)」
アンタローは喜んでいるようだ。
前から思ってたんだけど、アンタローってひょっとして、私が笑顔で何かを言っていると、すべてが褒め言葉だと思うのかな…?
マグのツボにはまったのか、隣で細かく肩が震えているのが伝わってきた。
「しかし改めて、地上は広いですね。フィカス様の黒馬も、ここを思い切り駆けまわるのは楽しそうです」
「そうだな。黒天号は酷使ばかりしているから、たまには気のすむまで走らせてやる手もあるか…。ルグレイは馬を持たないのか? お前には白馬か、栗毛の馬が似合いそうだが」
「えっ、私が、馬…ですか? 確かに騎士団では乗馬を習いましたが、自分の馬を持つなどと大それたことは考えてもみませんでした」
ルグレイは驚きにぱちぱちと瞬きをしている。
「うわあ、でもルグレイが馬って、わたしはしっくりくるなあ…!」
私が思わず言うと、マグも頷く。
「そうだな。オレたちは億万長者になったのだから……馬を飼うという手もあるか……屋敷には厩舎もあるしな」
マグは放っておくといつまでも金持ち気分に浸って一気に3頭くらい買ってきそうで怖い。
「馬かー。ルグレイ、飼うとしたら名前は何にするんだ?」
ユウが興味津々で助手席から振り返ってくる。
「そうですね……。では、ナツナ様のネーミングセンスと、私の尊敬しているお二人を合わせて、『ユウ漏れマグタロー』というのはいかがでしょうか?」
「いかがでしょうかってお前…」
「漏れるのか……」
ユウとマグが困惑している中、アンタローだけが「気に入りました!」と粒を漏らす。
というか、私が根本を考えたみたいな名前になってるのが地味にキツいんだけど…!!!
私がやんわりと否定しようとした瞬間、いきなりガクンと車体が横に揺れた。
「わっ、なに!?」
「お前たち、運転中に、笑わせるのは…やめろ…っ!! 却下だ却下、そんな名前は!!」
どうやらフィカスのツボにはまったようだ。
なんとか魔道車の進路を戻していく。
却下されたルグレイは、めげずに次の候補を考えている。
「では、花鳥風月シュート・ザ・ムーンでいかがでしょう?」
「「「………」」」
その場の全員が、馬を飼うことを諦めた。
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ちょうど、気候が夏から秋へと変わる境目くらいの場所で。
フィカスは車を降りて、野営にするぞと言った。
車での移動は、乗りながらお昼ご飯を食べられるのが強みで、随分と距離を稼ぐことができたらしい。
明日の昼頃には、リュヴィオーゼ跡にたどり着けそうだという目算だった。
「しかし、本当に地上にはほとんど魔物が居ないのですね。私が騎士として教えられたのは、かなり古い情報だったようです」
焚火を囲んでスープを飲みながら、ルグレイが改めて言った。
「まあ、魔王やら魔族やらがほとんど居ないんだからなー。そりゃ狂暴なのは減る一方だろうな。なんだよルグレイ、戦いたかったのか?」
ユウが、自分の思考基準で聞いている。
「あ、いえ…確かにユウ様と毎日手合わせをして貰っている身としては、力を試したい気持ちがあるのは確かですが…。ただ、油断をしてしまいそうで、それはあまりよくないだろうなと思いまして」
「ルグレイはマジで生真面目だよなー。大丈夫だって、いざって時は、この1年で俺とツナが編み出したフォーメーションTがあるんだからな!」
「え!!!?」
寝耳に水すぎて、驚愕の声を上げてしまう。
確かに1年の間に色々修業を積んで戦い方を考えてましたって展開は王道だと思うけど!!?
思うけど、1年間を飛ばしてきた私にそのフォーメーションが伝わってないのはいかがなものか!!!
しかも普通はAとかBとかじゃないの!?
なんでTよ!?
私は、魔力を使いすぎてぐったりしている膝の上のアンタローを撫でながら、必死に平静を装う。
もうフォーメーションは忘れたことにしようかな…。
「こら……戦闘でツナを頼りにするのはやめろ……ただでさえツナは慌てやすい……。オレは基本的に何もさせる気はないぞ……」
マグがユウをたしなめてくれた。
よかった、マグ、ありがとう…!
「冗談だって冗談!」
「お前たち、元気だな…」
ずっと運転して疲れているフィカスが、やっと口を開いた。
ルグレイが慌てて言葉を重ねる。
「あ、フィカス様も皆様も、もうお休みください。明日は早いのですから。マグ様、本当に見張りの後半はマグ様でよろしいのですか?」
「ああ、ユウは一回寝ると……なかなか起きないからな……時間の無駄だ」
「よし、俺は魔力を回復させたいからな、寝心地のいい後部座席は貰うぞ」
フィカスはさっさと立ち上がり、魔道車に乗り込んでいく。
「寝心地いいかあ? 俺は狭っ苦しい所よりも、地面の方がよっぽどマシだけどなー」
ユウは、少し焚火から離れて、片手を枕にするようにして、ごろっと寝ころんだ。
「じゃあルグレイ…おやすみ?」
私も控えめに挨拶をすると、ルグレイは「良い夢を」と微笑んでくれた。
私はアンタローを傍に置いて、ころっと丸まって寝る姿勢になる。
しかし、久しぶりの野営なので、ちょっとまだ精神的に興奮して寝付けそうにない。
「ツナ……眠れそうか……?」
マグのいつものチェックが入ってくる。
「……ン、たぶん、大丈夫……」
「オレもツナのように……楽器か何かを演奏出来たらよかったな……音楽がある方が……寝付きやすい部分もある。絵本か何かの物語の読み聞かせだと……ツナはすぐ興奮するだろうからな……」
「マグの声も、音楽みたいで好きだよ?」
マグにとっては、よほど予想外の言葉だったのだろう。
微妙な顔をして、マフラーをぐいっと口元まで持ち上げた。
「……どう反応すればいいんだ……オレも寝よう」
マグは、私から顔をそらすように、少し離れた場所へと行ってしまった。
あの褒められ慣れてない感じ。
マグは、何年経ってもマグだな、と心のどこかで安心した。
<つづく>




