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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第三章 高校生編
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サーカスのテント



「ねねね、サーカスのテント、外から見るだけでも、してきていいかなあ?」


 街に買い出しに出てきて、まず昼食を済ませると、おずおずとみんなを伺う。

 公演は見られなかった…というか、1年の間に見たことになっているので、せめて外からちらっと見るくらいはしたいのだ。

 先を歩くユウが、こちらを振り向いた。


「おー、ありゃすごかったもんな、もう一回見たいのはよくわかるぜ!」


「ぷいぷいっ、ボクだってあれくらいできますよっ、今日からボクの特技は火の輪くぐりですからね! 残念ながら、おうちに火の輪が常備されていないから、お見せできないだけですっ」


 アンタローがユウの頭の上で、小声で喋っている。

 マグが思案するように、首元のマフラーを巻きなおした。


「ならば効率を重視して……買い出しはユウとオレで済ませるか……本当ならオレ一人で買い物と行きたいが……どうしても荷物持ちが必要な量になるからな……。ルグレイ……ツナを頼めるか?」


「はい、もちろんです。お任せくださいナツナ様、私はもう、この街の地理はしっかりと把握しておりますからね」


 ルグレイが、張り切るように頬を朱に染めて、しゃきっと背筋を伸ばしている。


「それなら……夕方くらいに……あの中央時計塔の前で集合……でどうだ?」


「わあ、ありがとうマグ!」


 反対されることも覚悟していたので、素直に喜んでしまう。

 マグは、晴れ空色の目を細めて微笑んだ。


「リュヴィオーゼへの冒険が……どのくらいの期間になるか……わからないからな……しっかりニヴォゼを楽しんで来い」


 マグは、いつもの調子で私の頭をポンポンと撫でてきた。

 私はその腕に額を擦りつけたくなったが、人通りがあるので我慢する。


「……すげえ…!!」


 唐突に、ユウが通りの向こうを見ながら、何かに反応している。


 なんだろう、と思ってみんなで目を向ける。


「!」


 ユウが見ていたものが何なのか、すぐにわかった。


 すごい、全身鎧だ!!

 あんなの着て歩ける人なんて、ホントにいるんだなあ…!


 人ごみの中に混ざると、ひときわ異様な姿として映る。

 しかし、頭一つ分大きいから目立つ、というわけではなく、マグと同じくらいか、もう少し低いくらいだ。

 鎧を着ていることを考えると、むしろ中の人の背丈は、低い方ではないだろうか。


 そんなことを考えながら、ついついじっと見てしまう。

 あれっ、よく見ると、ひとりで歩いているわけじゃないのか。

 その全身鎧の人は、隣を歩く少年と、何か会話をしているようだ。

 会話と言っても、兜をかぶっているので、口は見えない。

 が、隣を歩く少年の方を見ながら歩いているので、何かを話しているんだろうなということだけはわかる。


 あまりに鎧の人のインパクトが強いので、隣の少年の印象がかすんでしまう。

 線の細い、まだ大人になる一歩手前、という感じの、男の子…かな?

 女の子と言われても納得できるような、中世的な顔立ち。

 薄茶色の目と髪の、優し気な感じの人だ。


 なんというか、人様の事情に対してこう思うのは失礼なんだけど、ミスマッチな組み合わせだなあ、と思ってしまう。


「いやあ、マサカリか、渋い武器選ぶなあ…!」


「そっちか……」


 ユウが注目していたのは、どうやら鎧の人の背負っている武器の方らしい。

 マグが、ある意味で大物を見るような目線をユウに向けている。


「すごいですね、身体強化系の魔法を使っていると見受けられます。日常的に使い続けられるとは…」


 ルグレイも、別の視点で驚いているようだ。


「ぷいぃ…固そうです……みなさんが兜をつけていなくてよかったです…」


 人の頭の上に乗るのが大好きなアンタローが、しみじみと言っている。


「やはりニヴォゼは大きな街だな……普段はなかなか見られないものも……見ることができる……ツナのいい刺激になる」


 マグですら、微妙に私と違う感想だ。

 こんなに受け取り方が人それぞれになるとは思わなかった…。

 個性って、あるんだなあ。


「そうですね、やはり世界は広い。ナツナ様、今日はたくさん、色々なものを見ていきましょうね…!」


 ルグレイが、マグの言葉にやる気を出している。


「うんっ、今日はよろしくね、ルグレイ!」


 私は笑顔で頷いた。



-------------------------------------------



「ナツナ様、今日は私とデートになりますね」


 ルグレイが、にこにこしながら私を見てくる。


「ルグレイそれ、デートって単語を使ってみたかっただけだよね…?」


「バレましたか。人生で初めて使ってみました」


 ルグレイは、ちょっと嬉しそうに頬を染めている。


「地上は楽しいですね、初めてのことだらけです。なんて、何度も同じようなことを言っていますね。私ももう、1年もこちらに居るのですから、いつまでも旅行者気分ではいけませんね」


 そう言いながら、ルグレイは、サーカステントまでの道のりを、迷いなく誘導していってくれる。


「大丈夫だよ、わたしに比べたら、ルグレイはすっかり地元民みたいな足運びになってるもの」


「ああ、それはそうですね。私もマグ様も、ナツナ様にはあまり街を歩かせませんでしたから…。申し訳ありません、せっかくの外の世界なのに。いけませんね、姫様ももう成長なされたというのに、つい過保護になってしまいます」


「あははっ、マグに比べたら、ルグレイはずっとマシな方だよ」


「そう…かもしれません。マグ様には、色々な意味で、敵わないな…とよく思ってしまいますから。私はよくマグ様と買い出しにご一緒させていただくのですが、適度に息抜きをさせていただけるんです。時折、マグ様を気配りの化身のように感じる時があります」


「化身って…!」


 ちょっと笑ってしまう。


「いえ、本当です。ユウ様もですが、私には見習いたいところばかりで、お二方の傍に仕えられることは、人生で二番目の幸運だと思います。…あ、見えてきましたよ、サーカステント」


 角を曲がると、通りの先に大きなテントが見える。

 一番目の幸せが何だったのかを聞きたかったが、タイミング的に聞きそびれてしまった。


「わあ、思ったより…じゃなくて、記憶にあるより、大きく感じる…!」


 ついつい初見のような反応をしそうになって、慌てて正す。


「そうですね。最初は獣臭がして、一体どういうことなのかと戸惑いましたが、今ではそういうものだと認識しております。やはり今日は平日ですから、公演をしている様子はありませんね」


 ルグレイは残念そうに、テントの前で足を止めた。


「あの…でも、ぐるっと一周だけ、してみていい…?」


 控えめに隣を見上げると、ルグレイはニコニコと快諾してくれた。


「もちろんです。せっかくここまで来たのですからね。ぐるっと一周なんて、前回はやりませんでしたし。いい具合に人通りもありませんので、ぜひご一緒させてください。その前に、ナツナ様、結構歩きましたが、お疲れではありませんか?」


「あ…ちょっとだけ。じゃあ、一周が終わったら、休憩してもいいかな?」


「はい、そうしましょう。マグ様も、おそらくそれを見越して夕方集合にしたのでしょうね。さすがと言いますか…」


「化身だもんね、化身」


 二人で笑いあった。


 私は物珍し気に、サーカステントの丈夫な布地をしげしげと見ながら、ぐるっと歩いて行く。

 チケット売り場も空だし、客寄せか何かの野外ステージも、今は誰も居なくて静まりかえっている。


「今日はお休みなのかな?」


「そのようですね。もっと道具の手入れや練習などをしているイメージがありましたが、確かにどんな職業にも休日は必要ですからね。ですが、ゴミなどは散らばって居ないところを見ると、ちゃんと定期的に掃除などはされているようです」


 家では掃除係のルグレイは、すっかりそういう視点になってしまっている。


 ぐるっと歩き続けて、通りの裏側にまで来ると、テントの裏口周辺に柵がしてあり、いかにも関係者以外は立ち入り禁止な空気を醸し出していた。


「うわあ、秘密の場所って感じだね…!」


 つい小声でルグレイに言うと、ルグレイは微笑ましげに私を見てくる。


「そうですね、きっと普段でしたら、こちら側は立ち入り禁止のロープが張ってあるのでしょうね。私もこちら側を見るのは初めてです。あの賑やかさを思い出すだに、今のこの静けさは不思議な感じがします」


 ルグレイも心なしか小声だったので、ダメなことをしている感じがして、ドキドキした。


 というか、待って、このドキドキは、疲れから来るやつだ…!

 思ったよりも、ぐるっと一周の距離が長い…!!


「ル、ルグレイ、ちょっと、待ってもらっていい…?」


「あ…! そうですよね、私もこんなに円周が長いとは思っていませんでした、申し訳ありません、二人きりで歩けるのが嬉しくてつい…!! 少し休みましょう…!」


 とはいえ、座れる場所もなかったので、私は立ち止まって、前のめりに膝に手をついた。

 ルグレイは、おろおろしながら私を見守っている。


 その時、サーカステントの裏口から、一人の男の人が顔を出した。


「おや、驚いた。お客さんかい? …気分でも悪いのかな?」


 顔を上げると、どこにでも居そうな、ぱっとしない感じの男の人が、心配そうにこちらを見ている。


「あ、申し訳ございません。休日のサーカステントが物珍しくて、ついぐるっと一周をしていたところ、連れ合いが思った以上に疲れてしまいまして」


 ルグレイが、疲れている私の代わりに、慌てて背筋を伸ばして、男の人に対応している。


「ははは、なるほど。よくわかるよ、いつもと違うものは、普段近づけない裏側まで見てみたくなる。前にも子供がこっそり覗きに来ていたりしたんだよ」


 どうやらよくあることだったらしく、男の人は特に不信感を抱かず、なんてことないように笑ってくれた。


「そう言ってもらえると助かります。一瞬、物盗りと疑われることを覚悟してしまいましたから」


「いやいや、中にあるのはサーカス用の道具ばかりで、盗るものなんてなんにもないからね、そこは心配ご無用さ。それに、そんなに可愛いお嬢さんを連れた泥棒なんて、今のところ見たことがないからね」


 そう言って、男の人は器用にウインクをしてきた。

 よくよく見ると、愛嬌のある猿顔で、笑うとチャーミングな人だな、という印象だ。


「しかし、ただの疲れ…ということなら、お嬢さん、中で少し休んでいくかい?」


「え、いいのですか?」


 ルグレイは、渡りに船と言わんばかりに食いついた。


「ただし! サーカスの裏側を見るのは、少人数であるほど望ましい。お兄さんにはここで待っていてもらうことになるけど、それでも構わないかい?」


「!」


 ルグレイの表情は、究極の選択を突き付けられたような顔だった。

 その間にも、男の人は、判断材料となる情報を並べていく。


「ちなみに、僕はクラウン。ああ、名前じゃなくて、職業さ。いつもは化粧を塗りたくっているから、サーカス関係者だと言ってもなかなか信じて貰えないのが悩みかな、ははは。今日が休日なのは、ズバリお兄さんの推理通りなんだけどね。僕は無趣味だから、檻の中の動物たちの餌やり係に、いつも任命されてしまうんだ。さすがに動物の腹具合に、休日なんてないからね」


「檻の…! 休憩場所は、危なくないのですか…?」


 ルグレイが、ハラハラしながら聞いている。


「ははは、もちろんさ。部屋はちゃんと分けてあるよ。いくら団員と言っても、公演終わりで興奮している動物たちと、同じ休憩部屋だと気疲れしてしまうからね。そうだ、せっかくだから、お嬢さんだけに、僕の手品を見せてあげるよ。手品って、客寄せには使えるけど、大舞台だと地味になるから、なかなか披露するチャンスがないんだよねえ」


「!」


 今度は私が反応してしまった。

 しかし、ここで私が乗り気な姿勢を見せたら、ルグレイが自分の意見を飲み込んでしまうので、ぐっと我慢した。

 どきどきしながら、ルグレイの横顔を窺う。


「さて、無理強いはしないけど、どうするんだい?」


 クラウンの人…いや、クラウンも、ルグレイの様子を窺う。

 ルグレイは、視線を時計塔の方に向けた。

 街の真ん中にある高い塔は、どこから見ても時間を教えてくれる。


「…では、30分だけ、休憩をお願いできますか? 申し訳ありません、なにぶん、過保護な性分でして…それ以上離れ離れになるのは、心配で仕方なく…! もちろん、貴方を疑っているわけではないのですが」


「ははは、わかっているさ。この街は治安がいいとはいえ、荒っぽい連中がゼロかといえば、そうでもないからね。まあ、闘技場のおかげで、みんないい具合の息抜きができているから、うまい作りだとは思うよ。もちろん、息抜きで言えば、サーカスも負けてはいないけどね」


 そう言って、クラウンはまたウインクをした。

 ルグレイは、つらそうに私を見てくる。


「ナツナ様、では、しばしのお別れとなりますが…!!」


「ルグレイ、心配してくれてありがとうね、元々はわたしの体力が無いせいなんだから、気に病まないで?」


 ルグレイは、私の言葉に涙目になっている。

 なんだか、ルグレイを置いていくことに罪悪感すら感じてくるよ…!!


「決まりかな? それじゃお嬢さん、こちらへどうぞ」


 土壇場で私がまだ迷っていると、クラウンはさっさと裏口の中へと入って行った。

 私は焦って、クラウンの背中と、ルグレイの顔を見比べる。


 どうしても一歩を踏み出せずにいると、ルグレイが促してきた。


「ナツナ様、私のことはお気になさらずに、どうぞ手品を楽しんできてください…!!」


「ルグレイ…! ごめんね、30分したら、すぐに元気に帰ってくるからね!」


 なんだか今生の別れのような空気になってしまいながら、私はクラウンの後を、ふらふらとついていく。


 テントの中に入る前に、一度ルグレイの方を振り返ると、まだ心配そうにこちらを見ていた。

 私は小さく手を振って、テントの中へとお邪魔させてもらった。




<つづく>



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