私の決意
私はすっかり元気になって、午後はこの1年で何が変わったのか、見て回ることにした。
朝も昼も泣いてばかりだったので、きっとひどい顔をしていたのだろうが、マグもルグレイも、特に何かを聞いてくることはなかった。
ただ、私が元気になったのを純粋に喜んでくれた。
「あのね、この1年間にあったことの、おさらいをしたい気分!」
我ながら変な依頼の仕方だったが、私がそう言うと、ユウとマグは家事を請け負うことになって、ルグレイが私の傍で案内をしてくれることになった。
みんな、私の奇行には慣れてしまっているのかもしれない。
アンタローは、薪割りをやるユウの頭の上に行っていた。
「この屋敷内で変わったことと言えば、やはり庭ですね。ちゃんと畑を作ってみました」
まず庭に案内されて、きちんと耕してある土を、物珍しげに見てしまう。
「といっても、闘技場の稼ぎで食材をケチる必要はなくなりましたからね。ほとんど私の趣味みたいなものになっています。そこそこ順調に育っていますので、次は花壇を作ったりもしてみたいですね。姫様は昔から花がお好きなので」
ルグレイはにこにこと説明してくれる。
庭の一角では、薪割りをするユウに、「ユウさん、そこです! そこがソイツの弱点です!」とアンタローが指示しているのが聞こえた。
マグは、私のせいで遅くなった洗濯をしている。
「ユウ様との手合わせは、ほとんど早朝にやると決まっていますね。午後にやろうとすると、洗濯物と被ってしまうのです。で、次はキッチンですね」
二人でもたもたと、キッチンの方に移動した。
「実は緑化以降、私の魔力の扱いが格段に上達しましたので、水などはこうして…」
ルグレイは、人差し指を立てて、指揮棒のように振る。
すると、赤ちゃんの手の平くらいの大きさの水球が、空中をぷくりと浮かび、今はお皿を洗い終えた洗い場に、パシャリと落ちて行った。
「このように簡単に使えるようになったので、食器洗いやお風呂の水張りは私の担当ですね。火の属性は苦手な部類なので、薪の着火程度をする分には問題はないのですが、お湯を出したりはまだ難しいです…。ですが、こうした小さな積み重ねで、以前よりも魔力の量は増えたような気がしております」
そういえば、使えば使うほど、魔力量が上がるっていう話だったね、と納得した。
あれ?
ということは、私が料理魔法を創造して色々とやっているのは、魔力量が増える修業とかになるのかな?
まあ、魔力なんてたくさんあって困ることはなさそうな感じがするから、いいことなんだろうな。
「屋敷内の変化は、これくらいでしょうか。地下道の方も、幸い使うことはありませんでしたしね」
「街の方は、どうなった感じなの?」
質問をすると、ルグレイは、キッチンの中で、街のある方角を見やる。
「そうですね、活気にあふれていますよ。『奇跡の国ニヴォゼ』というキャッチフレーズをフィカス様が広められまして、他大陸から緑化のウワサを聞きつけて、頻繁に人がやってきているようです。船便も1便増やしたくらいだとか。税もそんなに高くないので、重い税を課せられている街から、ちらほらと人が移住してきていたりしているらしいです。それに焦った東大陸のどこかの領主は、慌てて税を下げたりしている、とフィカス様が鼻で笑っていました」
そんなフィカスの様子が容易に想像できて、私はちょっと笑ってしまった。
「フィカス様は相変わらずお忙しくされています。生態系が落ち着くまでは、ハンターによる獣狩りを中止なさっていたのですが、どうしても密猟者が出てきてしまっていたようで、その時期が一番大変そうでしたね。ですが、最近は一段落してきたみたいで、早く私たちと冒険に出たいと、何度も仰られています」
あ…そうか。1年経ったから、そろそろフィカスは自由の身になれるんだ…!
そういうのを待たなくていい部分は、ちょっと嬉しい副産物だ。
「そうそう、街といえば、買い物をしていると、やはりよく使う店は常連扱いになるのですね。私は、生まれて初めて、顔見知りというものができました。たまにオマケもして貰えるんですよね」
ルグレイは、少し嬉しそうに頬を染めている。
もう、地上人への嫌悪はすっかりなくなっているようだ。
「買い物と言えば、マグ様にもですね、行きつけの場所ができたんです。なんでもニヴォゼにはガンスミスがあるらしく、マグ様は暇を見つけては、足しげく通っていらっしゃいますね。先日なんて買い物帰りに、『今は趣味程度だが、いずれ弟子入りするのも手かもしれない』なんておっしゃっていました。マグ様は一つのことに夢中になると、なんというか…お可愛らしい感じになりますよね」
ルグレイは、微笑まし気に思い出し笑いを浮かべている。
そっかそっか、さすが錬金大国、新しい銃器の開発とかもやっていそうだよ、確かに。
「あとは…。個人的なことになりますが、食事の記録を続けていたノートが、そろそろ一冊目を終えそうなんです」
「え!!?」
そんなポエムのことはすっかり忘れていたため、自分でもびっくりするくらい驚いてしまった。
ドキドキと、嬉しそうなルグレイを見上げる。
「それ…少しだけ、読ませてもらっていいかな…?」
ほとんど怖いもの見たさな気持ちで言ってみる。
ルグレイは少し驚いたようだが、「恥ずかしいですが、ナツナ様に隠し事はしたくありませんから」と、快諾してくれた。
2階に上がり、ルグレイが使っている部屋に行く。
テーブルにノートが一冊置いてあるだけの、簡素な部屋だった。
ユウもマグも興味本位で自分の部屋を持ってみたが、マグはともかく、ユウは全然部屋を使った形跡がない。
「おかげさまで、2階の部屋の掃除は楽です」とルグレイは言っていた。
私はドキドキしながら、ルグレイのノートを手に取る。
ルグレイの顔を窺うと、頷いてくれたので、ぱらぱらとページをめくり、ランダムな個所に目を向けた。
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今日は一人で買い出しを許してもらった、店巡りタイムである。
買い物の前に昼食を済ませるため、昼時を少し外して店内へ。
小さなパスタ屋で、カウンターのようなものはないため、心苦しいがテーブル席を占拠する。致し方なし。
だが、残念なことに、そこまで空腹を感じてはいない。
なぜなら、まだ朝露の爽やかさの名残が、窓越しに私の瞳を苛む時間であるからだ。
ふむ。セットではなく、単品で行くという選択肢もあるか。
私はメニューの3行目に書かれたカルボナーラを注文した。
この3行目というところに私の拘りがある。
店主の計らいを確かめるよう、届くまでの、妖精のため息のような時間を楽しむことにする。
10分ほどして運ばれてきたのは、正しくカルボナーラという外見をした一品だ。
少しだけ黒コショウが多めにかかっているのが、この店の売りなのだろうか。
頂きに卵がいないことに、私はそっと不安を覚えつつも、漂う香りにその不安をかき消して、フォークを手に取った。
試しにフォークを絡めてみると、絡まりがいい、とでもいうのだろうか。
まるで前世から赤い糸でつながっていたかのように、馴染んでくれる。
胸を躍らせながら一口。
うん、美味い。
見た目ほどしつこい味わいではなく、かといってあっさりしすぎることもない、ちょうどいいナツカシ系の味だ。
そうか。頂きにいない卵黄の理由はこれだ。卵は偏在するのではない、満ちているのだ。
まるで、絶妙に絡み合う、アンサンブルの掛け合いのように、豊かなハーモニーをひとしきり楽しんだ。
是非、他のメニューも試してみたくなる味わいだった。
隠れ家的な立地のため、喧噪もなく、快適に食事に集中できる環境だ。
また来てみる未来もあるだろう。
さて、買い物に行くとしよう。
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……っ!!!
………っっ!!!
な、なるほど、ノートだと、語り系なんだね…!!
なんか、ごめんルグレイ!!
見ちゃってごめん!!
いや、ありだと思うよ!!?
思うんだけど…!!
私には、ちょっと、なぜか、語り口が痒かったかな!!!?
なんでだろう、身内が書いているからきついのかな…!?
いや…。
………。
もう、いいよ!!
もう、ポエムでも何でもいいよ!!!
受け入れるよ!!!
中身が小学生だろうが、浪費家だろうが、変態だろうが、数字大好き男だろうが、ブラコンだろうが、語りグルメだろうが、もう受け入れるよ!!!
いいよもう、そのままで!!!!
私だってみんなが大事だし、一緒に居たいもの!!!
あーもう、なんか、ダメだなあ今日は、泣きたい。
なんとか…なんとか、気持ちを持ち直して、ノートを閉じ、「ありがとう」と言って、ルグレイに返す。
謎の疲労感は来たが、妙な覚悟というか、決意を胸に抱いたので、気分的にはスッキリしていた。
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「なんだナっちゃん、泣いたのか?」
晩御飯を食べに来たフィカスは、開口一番そういった。
まさかバレるとは思わなかったので、私はちょっと顔を隠すように片手を中途半端に頬に当ててから、結局頷いた。
「う、うん…。ちょっと、今朝、怖い夢を見て、それを引きずっちゃって…。でも、もう内容は覚えてないし、ユウのおかげで気分が治ったから、平気!」
もはや息をするように嘘をついてしまう。
ユウは倫理観がどうのと言っていたが、私の倫理観もかなりアレな感じになってきてるなあ…。
説明できないこととはいえ、嘘ついてごめんね、みんな。
「そうか、ならいいが。ユウにはそういうところがあるからな、俺ではうまく行かなかっただろう、安心したぞ。しかし、今日はマグが飯を作ったのか。そこだけは残念だ」
フィカスはどっかりと席に着く。
マグは、別に拗ねるでもなく、普通に返した。
「オレはツナのように……妙な発想力の料理は作れないからな……我慢しろ」
「いえ、マグ様の料理も、私にとっては十分御馳走です!」
ルグレイがニコニコと食事に手を付けている。
しかしルグレイの頭の中を知ってしまった私としては、まだちょっと、微妙な気分だ。
いや、受け入れるけど…!!
ふとマグの方を見ると、いつもは好きなものを最後に食べるはずなのに、アンタローがてんてんとテーブルを移動してくると、ささっと食事を口に運んでいく。
すっかり横取りを警戒する猫のような食べ方になってしまったらしい。
アンタロー…罪深い。
私が野菜サラダをちまちまと攻略していると、フィカスが顔を上げた。
「よし、ナっちゃん、気分転換に俺とバザールでデートでもするか」
「ほんと!!?」
私はぱっと顔を輝かせる。
すると、なぜかフィカスは凍り付いていた。
しかし、構わずに続ける。
「嬉しい、バザールね、もう一回行きたかったの!」
「あ、ああ、そっちか、焦ったぞ…」
フィカスは、何かにほっとしている。
マグは半眼でフィカスを見た。
「自分から言っておいて……焦るのはどういうことだ……?」
「いや…。仕方がないだろう。ナっちゃんだぞ?」
フィカスが全然よくわからないことを言ってくる。
しかし、忙しさでこの1年、行動を共にできなかったフィカスとなら、バザールを初めて見たような反応をしても怪しまれないだろうし、願ったり叶ったりだ。
すると、ユウが口を挟んでくる。
「なんだツナ、バザールに行きたかったのか、だったら言ってくれりゃよかったのに! …つっても、俺は行けねーか…」
「えっ、どうしたのユウ、食い逃げでもしたの?」
思わず聞くと、ユウは拗ねたような顔をする。
「なんだよその印象! ちげーよ! なんでか、闘技場で優勝してから、俺モテモテなんだよなー。ほら、ヴァンデミエルで、しばらく英雄扱いされてたじゃんか、あんな感じで。ニヴォゼって結構、新聞ってもんの情報を重視してんだってさ。それで一部で有名になったみたいなんだ」
「えっ、すごいね…!」
感想を述べると、フィカスが付け足す。
「まあ、ユウはそれに加えてファンサービスが旺盛だからな。華もある。ティランがユウをファッションショーのモデルに起用したがっていたぞ。考えておいてくれ」
「あ、ファッションショー、やるんだね!」
フィカスは私の方に目を向ける。
「ああ、ナっちゃんのアイデアなんだってな。アイツが自分から何かをやりたいと言い出したのは初めてだから、驚いた。おかげで生き生きとしている。ナっちゃんのこともモデルに使いたがっていたが、そこはユウで我慢しろとは言っておいたからな、安心してくれ」
「なんだよそれ…!!」
ユウは不満げだ。
しかし、モテモテのユウかー。
女の子たちに黄色い声できゃーきゃー言われているんだろうか?
皆のユウになったみたいで、ちょっとだけ寂しいな。
…と言うか、待って?
1年経ったってことは、ユウとマグは21歳ってこと!?
しかも、もうじき22!
2人がもうじき22だとすると、今のリアルの私が…。
<ザ・・ザザザ・・>
うわあ、私が大学3年になったばっかりだから、まだ誕生日前で、ハタチなんだよね。
ユウとマグが、私より年上になってる!!
すごい、感慨深い…!
私がひっそりと感動している間にも、ルグレイが話し続けていた。
「本当にニヴォゼは飽きのこない街ですね。私もユウ様の晴れ姿を見られたりするのでしょうか、楽しみです。フィカス様、バザールに行かれるということは、ついに余裕を持つことができたのですか?」
「然り。まだ長旅までは無理だが、1日予定を空けるくらいはできそうだ。ある程度疑わしい奴は検挙できたし、もう色々と面倒になってきたのでな。一定の地位にいるヤツを全員集めて、今ここで罪を名乗り出れば許してやる、と言ったらまあ、細かいのが出るわ出るわ。面白いのが、俺を敵か何かのように政策に口出ししてきたヤツほど白で、文句ひとつ言わなかったヤツほど細かい罪を行っていてな。人間は面倒だが、面白いものだな」
「そういうものだ……王に口出しをしてしまうほど……この国を愛している……ということだろう……。国に愛着のない者ほど……無難に済ませたがる」
「そうか。その辺りが分かるのは、やはり欲しい人材だ。マグ、大臣にならないか?」
「めんどくさい……」
もはやテンプレートのようなやり取りだった。
「あとは貴族連中に監察官を一年交代でやらせることを詰めていけば終わる。でっち上げで相手を陥れるようなことを考えても、交代制だからな、下手なことをすれば、いつか自分がしっぺ返しを食らうことになるため、大人しく責務をこなしてくれるだろう。というわけで、ナっちゃん、早速明日行くぞ」
「相変わらずフィカスはパっと決めちゃうよね…! マグ、行ってもいい?」
「そうだな、ツナが行きたいみたいだからな……アンタロー、ついて行ってやってくれ……ツナも、財布を渡すから持って行け……自分の分は自分で払おうな」
「ぷいぃいいっ、お任せください! ボクがお二人を至福の買い物タイムに導くことを約束しましょう!」
「マグ、鉄壁だな…」
ユウが感心したように言っている。
フィカスは不満げだ。
「おいおい、アンタローはまだ許すが、俺が奢れないというのはどういうことだ。沽券に関わる一大事だぞ」
「ツナは金を使われると……負い目を感じるタイプだ……そこに付け込ませることを……オレが許すと思うか……?」
「…まあいいだろう。デートは許してもらえたわけだからな、大目に見よう」
フィカスは鷹揚に頷いた。
マグはそれには返答せずに、静かに食後の紅茶を飲んでいる。
「ナツナ様、土産話を楽しみにしていますね」
ルグレイはニコニコとそう述べる。
「あ…そうだね! もう拠点ができたんだから、話だけじゃなくって、形に残るお土産とかも買ってもいいもんね!」
「い、いや、ツナ、気持ちだけでいいからな!!」
なぜかユウが慌てながら言ってくる。
「そうだぞツナ……オレたちの土産を選ぶ暇があれば……ちゃんと楽しんでくるんだ」
マグもやんわりと断ってきた。
えーー、なんでだろう。
可愛いぬいぐるみをプレゼントしようと思ってたのに。
まあいいや、楽しみだなあ、バザール!
<つづく>




