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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第三章 高校生編
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ユウの決意



 その日、私はどうしても気分が上がらずに、2階の部屋の一室で、ぼーっと窓の外の空を眺めて過ごした。

 私が使っている部屋は使用人の部屋で、最低限の家具と、向かい合わせのベッドが二つあるだけの部屋だった。

 私は、ベッドの片側へ、椅子代わりに腰かけている。

 やることもないので、相変わらず腕につけている首輪のブレスレットを、手持無沙汰にチリチリといじっていた。


 心配で様子を見に来たマグに、お昼御飯と晩御飯は、お任せしたいとお願いする。

 マグは、わかったと言いながら、私の口の中にハチミツ飴を放り込んできた。


「ツナ、待っていろ……最近イチゴを……食べさせてやれていなかったからな……すぐに買ってきてやる……行くぞ、ルグレイ」


 マグは私の頭を一撫ですると、ルグレイを引き連れて歩き出す。


「ぷいぷいっ、ボクも買い物係として、後輩の面倒を見てあげますっ」


 アンタローはすっかりルグレイが気に入っているらしく、ルグレイの頭の上でぴょんと跳ねた。

 ルグレイも、なんだかんだで嬉しそうに笑っていたが、部屋を出るときは、心配そうに私の様子を振り返っていた。


 扉が閉じると、一人になる。


 バカみたいだ。

 こうやって、沈んだ気持ちで居る方が、よっぽど一日を無駄にしてしまうのに。

 空白の一年間を取り戻すような気持ちで、一刻も早く、みんなと笑い合いたいのに。


 私は気持ちの切り替えが下手な部類の人間で、どうしてもカチっと器用に切り替えられない。

 でも、…でもきっと、今日だけだ。

 だって私は単純なんだから。

 今日だけ落ち込んで、明日には、元気を出そう。ううん、出せるはず。


 口の中の、甘い飴玉が消えていく。

 お菓子には幸せの魔法がかかっているとか、普段だったら言えるのにな…。

 最後は、やけくそめかして、ガリっと奥歯で噛み砕いた。


「ツナ」


 飴を噛むと同時のタイミングで扉が開いて、ユウが心配そうに顔を出す。


「ユウ…どうしたの?」


「どうしたって…そりゃこっちのセリフだって。大丈夫か? 涙は引っ込んだみてーだが…」


 ユウは私の前に来て、涙の跡を確認するように、私の頬を片手で包み、腰をかがめるようにして覗き込む。

 ユウの新緑色の瞳が、なんだか懐かしく感じる。

 こうして近くで見上げるのは、いつぶりくらいなんだろうか。


 大丈夫、などと言うこともできず、私はじっと黙って、ユウの瞳を見ていた。

 ユウは、しばらく吸い込まれるように私の目を覗き返していたが、少し困った顔をして、ベッドの隣に腰を下ろしてきた。

 そのままユウは、前を向いたまま、喋り始める。


「…前にさ。フィカスが、ツナは俺たちにはわからない部分で悩みを抱えている節があるって。だから、傍に居てやれって。マグも、似たようなことを言ってて…」


 私は思わず、ユウの横顔を見上げる。


「でもさ。俺は少し、それが嬉しかったんだ。ツナが時々、よくわからない理由で泣くのは、俺に『悲しい』がわからないからだと思ってた。だけど、マグもフィカスも理由がわからないって。俺だけが、わからないわけじゃないんだって、嬉しかった。俺だけが、ツナの心に寄り添えないわけじゃないんだって、嬉しかった」


 私は大きく一つ、瞬きをする。

 ユウが、こっちを向いた。


「なあツナ。ひょっとしたら、俺には、傍にいる以上のことができるんじゃないかって、そう思うんだ。マグもフィカスもルグレイも、1で10を知る、察しの良さってのがあって。けど、俺にはそれがなくて、言われた通りのことしか理解できない。なあ、そういう鈍い相手にこそ、言えるようなことって、あるんじゃないか? 事情を知る誰かじゃなくって、行きずりの誰かの方にこそ、深刻な悩みを吐き出せることがあるように」


 その言葉に、今度は瞬きを忘れてしまう。

 ユウはじっと、私と視線を交えた。


「ツナ。何か、悩みがあるんだったら、試しに俺に言ってみないか? 聞くだけしかできねーけど、それだけでずいぶん楽になるんだってのを、俺はツナに教えて貰ったよ。あの時ツナがくれたおまじないの手紙は、俺の宝物だから」


「ユウ…」


 なぜだか、また泣きそうになってしまい、慌てて視線をそらして俯いた。


 正直、知らない間に1年が経っていたことは、どう伝えればいいかわからないから、言えない。

 だけど、もっと根本的な部分で、確かに私には悩みがある。


 そうだ、話してしまおうか。

 どうせこれは、ページが戻る案件だ。

 だったら、何を話してしまってもいいんじゃないだろうか。

 今、私の相手を真剣にしようとしているユウの気持ちを使い捨てるようで、少し申し訳がなかったが、それでも、この一回くらいは、甘えてしまってもいいんじゃないかと、弱い私が甘言を吐く。


「ユウ…甘えてしまっても、いい?」


 恐る恐る顔を上げると、ユウは、優しく微笑んだ。

 いつも、からっとした笑い方ばかりをするユウには、珍しい笑みだった。


「ああ、どんと来いよ!」


「あの! あのね、あのね…!!」


 切羽詰まった物言いになりそうなのを、必死に抑える。

 頭の中で言いたいことを整理しながら、ゆっくりと話し始めた。


「もし…もしもの話だよ? この世界には、預言書みたいなものがあって。ユウもわたしも、その登場人物だったとしたら、どう思う? そこに書かれてある通りの言葉を喋って、同じ行動をとって」


 ユウは、私の話を遮らなかった。

 黙ってじっと、私が言い終わるまで聞いてくれている。

 真剣に、というよりも、慎重に聞いている、という感じだ。


「ユウがわたしに優しくしてくれるのも、そこに書いてある通りだったとしたら? 怖いって思う?」


「ああ…そういうことか」


 急に、ユウは何かを察したような表情をした。


「怖いのは、俺のほうじゃなくて、ツナ自身が感じてることなんだな? そんで、ツナが優しくされてるのは、そこに書かれてあるからで、俺の本心じゃないかもしれないって、それが怖いんだな?」


「それは……」


 ズバリと踏み込まれて、言葉に窮してしまった。

 ユウは、私の様子を見て、少し考えこんでいるようだった。


「なあツナ。その予言書のルールを教えてくれ。まず、ツナにしか見えなくて…?」


「え? あ…。…預言書通りにならなかったら、その通りになるまで、やり直しさせられるの」


「へええ! そりゃいいこと聞いた!」


「え…???」


 さっきから、ユウの反応が予想外過ぎて、混乱してしまう。


「ちょっと待ってろよ、ツナ!」


 いきなりユウは立ち上がり、部屋を出て1階へと降りて行った。


 ユウは、一貫して、何でもないことのように私の話を聞いていた。

 私はぽかんと、ユウが出て言った扉の方を見る。


 すぐにユウは、どたどたと戻ってきた。

 何かを取りに行ったのかと思ったが、ユウの外観に大きな変化はない。

 ユウはまた、私の隣に腰かけた。


「ユウ、どうしたの…?」


 本日二度目の同じ質問をしてしまう。


「いや。でも納得した部分もあるなー。実はあづさが庭にいる間に、フェザールについていろいろと聞いてみたんだよ。なんでも、予知能力がある個体も居るんだってな? 確かにツナって、たまにそういう節があったなーってさ」


 あ…そうか。予知能力って説明をすればよかった。


「そういったことには門外漢だけどさ、やり直しがあるんだったら、光明が見えたって感じだ」


「どういうこと…?」


 不思議そうにユウを見ると、ユウはずいっと私に顔を寄せてきた。


「なあツナ。これから、俺はツナが傷つくことをやると思う。でも、どうしてもやりたいんだ。いいかな?」


「え…っ」


 なんだか、さっきから、ユウには驚かされっぱなしだ。

 全然話の道筋が見えない。

 傷つくこと…って、なんだろう?

 でも、私一人が傷つくんだったら、まあいいかな。

 どうせページが戻りそうな案件だし。


「……ン。ユウがしたいことなら、わたしはいいよ」


 頷いた。

 ユウは、安心したように笑う。


「じゃあツナ、目をつむってくれ」


 言われた通りに目を閉じる。


「で、手を出して、これを持ってみてくれ」


 手に、何か木製のものを持たされる。

 ユウは私の手を掴んで、こうでもないし、ああでもないし、と思考錯誤をしているようだ。


 私は、両手で、ぐっと何かを握りしめる状態にさせられた。


「よし、じゃあ行くぞー」


 そのままユウは、私の手を、思い切りユウの方に引っ張った。


   ドスッ。


 これまでに味わったことがないような、変に鈍い感触が伝わってくる。

 快適か不快かで言うと、かなり不快な手応えだったので、「えっ」と言いながら、思わず目を開けてしまった。



 私が握っていたのは、木製の柄の果物ナイフで、ユウの体に、刃先をうずめていた。



 一瞬、目の前のことが理解できなかった。


「は……。え……?」


「つ……! 悪いツナ、そのまま、動かねーでくれると、助かる…!!」


 ゆっくりとユウの表情に目を向けると、苦悶を浮かべながら、しかし懸命に笑顔を保とうとしている。


「いやあ、覚悟してても痛いもんはイテーんだな…! っく…!!」


 ザーー、っと、私の体から血の気が引いた。


「……っ、ユウ!!! なんで!!?」


 咄嗟に引き抜こうと、力を込めてしまう。


「ぐ…っ!!!」


 すると、ユウがビクっと肩を跳ねさせて反応する。

 私はそこから、固まったように動けなくなった。

 ユウは、優しく両手で、ナイフを持った私の手を包む。


「だ、大丈夫だって、ツナ…! それより、大事なのは、ここからだ…!」


「ど、どういうこと!? ぜんぜん、意味がわからないよ!!」


 恐怖にひきつって、声が裏返ってしまう。


「ツナ、落ち着けって。これは、『預言書に書かれていないこと』だ。絶対に間違いない。だって、ツナが俺を刺すなんて、100%有り得ねー話だからな」


 ユウは、驚くほどやさしい声で、私を諭すように喋りかける。

 それでも、私の頭は混乱したままだ。


「そ、それが、なに!? 早く手当てしないと!」


「ツナ。大丈夫だ、よく聞いてくれ。つまりここから先は、全部が『預言書に書かれていないこと』だ。俺のセリフも、全部全部、あらかじめ決まってる言葉なんかじゃない」


「……ッ!」


 私は、息を呑んだ。


「ツナ。俺は、ツナが、大事だよ。マグも、ルグレイも、フィカスも、ツナと過ごす一日一日を大事にしているのが、鈍い俺でもわかる。預言書に書かれているからじゃない。みんな、自分の意志でそうしている。今の、俺みたいに」


「そんな、ことのために…!!」


「何言ってんだよ、ツナが悩んでることなんだから、大事なことだ。悩みに大小なんてないんだからな。…あーあ、でも、俺じゃツナのことも、マグのことも、幸せにしてやれねーんだろうなー…悔しいぜ。こういうの、一般的に見たら、『頭のネジが外れてる』って行動なんだろ? 俺にとっちゃ普通のことなんだけどなー…。けど、そういう価値観? 倫理観? の違いって、一緒に居る相手を傷つけるもんなんだろ」


 私はもう、言葉が浮かばなくて、何も言えなくなってしまった。


「ごめんな、俺にはこういうことでしか、証明できない。ツナ。俺は、ツナが、大事だよ。命だってかけられる。…ああでも、そうだ、自分のこと大事にするって約束してたんだった、やっぱ一年も前の約束だと、大事な時に忘れちまうなー…。だから幸せにできねーんだろうな…」


 ユウは、物凄く軽薄な顔で、へらへらと笑う。


「ユウ、…ユウ、もう、わかったよ…! わかったから…!!」


 私は、もう我慢できずに、ぼろぼろと涙を流してしまう。

 ユウは、片手で私の手を抑えつけたまま、もう片方の手で、私の目元をぬぐった。


「ああほら、また泣く。大丈夫だって、間違ってもツナに人殺しなんてさせらんねーからな、ちゃんと臓器を傷つけないところに刃を通してあるからさ。たぶん、先祖が医者か何かだったんだろうな、なんとなく、臓器の位置がわかる感覚が受け継がれてる。やっぱこの呪い、便利だわ。あと10分くらいしたら、この痛みにも慣れてくる。なんかこう、体ん中に異物が入る感触って、ある瞬間から、妙に慣れる感じがするんだよなー。人体って不思議だよな。動かれると痛みはぶり返すんだが…」


 こんな時ですら、ユウは饒舌だった。

 痛みがないのかと錯覚しそうになるが、よく見ると、何かを我慢するときの脂汗が額に浮いている。


「そ、そういうことを、気にしてるわけじゃ…ないよ…っ!」


「ごめんな、傷つけて。けど、俺は、勝手に満足してるよ。俺は、どうしても、そういうヤツらしい」


「傷ついてるのは、ユウの方だよ…!!」


「ま、物理的にはな。なんだっけ、もっとこう、気の利いたことが言えりゃいいのにな…。あんま思いつかねーや。ツナ、こんなに泣かせておいて、説得力がねーとは思うけどさ。俺は、ツナが、大事だよ。今のうちに言っておく言葉が、もっとあるような、ないような…」


 ユウは、思案気に視線を周囲に巡らせた後、結局私の方を見て、微笑んだ。


「そうだ、ツナ、俺さ―――」




   <・・・・・パラ・・・・・>




「ツナ。何か、悩みがあるんだったら、試しに俺に言ってみないか?」


 ページが戻った。

 私は泣いてなくて、ユウは傷一つついてなくて、真剣な顔でこちらを見ている。


「聞くだけしかできねーけど……って、わ!? ツナ!?」


 体当たりをするような勢いで、私はユウにしがみついた。

 結局また、ぼろぼろと泣いてしまい、泣き顔を見られないようにするために、ユウの体に深く顔をうずめる。


「ユウ、ユウ…! ありがと…! もう、十分だよ…!! もう…悩み、ないよ…!!」


「ええ…?」


 ユウは、戸惑っているようだった。


「ユウの、おかげで、悩み、なくなったよ…! ユウが傍に居てくれるから、わたし…幸せだよ…!!」


 どれかの単語に反応して、ユウはピクリと動きを止めた。


「本当か…? そんなに泣いてるのに、ツナは、幸せなのか…?」


「うん…!!!」


 全然上手く説明もできていないはずなのだが、ユウは、追及しないでくれた。

 そのまま、ユウは私の頭を撫でる。


「そっか…。…そっか。なら、よかった……」


 私は、ぐりぐりと額をユウに擦りつける。


「ごめんね、しょうもないことで悩んでばかりで、ごめんね…!」


「何言ってんだよ、悩みに大小はないんだぞ。そいつにとっては、重要なことだから、悩むんだ」


「うん…うん…っ!!! ユウ、傍に居てくれて、ありがとう…!!」


「あーあ、ツナはすぐ泣くんだからなー」


 ユウは困ったような声音で言ったが、相変わらず優しく頭を撫でてくれた。


「これからも、たくさん、一緒に居ようね…!!」


 私が必死に声を絞り出すと、ユウは「当たり前だろ」と言って、あとはそのまま。

 二人でずっと黙りこんで、私の涙が過ぎ去るのを待った。

 長いようで、短い時間だった。




<つづく>



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