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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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空白の時間



 いきなりパ、っと場所が切り替わって、私はパチッと目を開けた。


 例えば、瞬きをする瞬間があるとして。

 瞬きをするためには、一瞬目を閉じなければならない。

 その一瞬目を閉じて、次に目を開けたら、違う場所に居た、という感じだった。


 つい、先ほどまで……というか、瞬きする直前まで、みんなで今後の予定を決めていたはずだった。

 久しぶりに訪れたフィカスと、食卓を囲み、わいわいとみんなで過ごしていたはずだった。

 その証に、今後の予定にわくわくした胸の鼓動がまだ残っているし、ウドゥンの残り香だって覚えているし、暖かな室内だって肌で覚えていて。

 それが、それらの景色が一瞬で転換し、背に床の感触を感じている。


 私は、いつもの雑魚寝ルームで、横になっていた。

 隣を見ると、アンタローがすやすやと寝息を立てている。

 窓の外を見ると朝で、外ではユウとルグレイが、日課の組手をやっていた。

 部屋にいるのは私とアンタローだけだ。


「……???」


 全然意味が分からず、とりあえず下に降りてみようと歩き出す。


「わっ!?」


 焦っていたせいか、バサっと布団の上に倒れてしまった。

 遅れて、広げていた翼が被さってくる。


 あれ…でも、布団に足を引っかけたわけでもないのに?


 いや……。

 この感覚、覚えがあるような気がする。


 私は逸る気持ちを抑え、パっと立ち上がって、部屋履きを履いて部屋の外へ。

 しかし1階に降りることはせずに、2階にあるドレスルームに飛び込んだ。


 閉じている等身大の三面鏡をバッと開く。


「うわっ!!?」


 思わず声を上げてしまった。


 映っているのは、前と変わらず、小説の中の私。

 だけど、明らかに前とは違う。


 1日2日だと、変化というものは普通わからない。

 だけど、久しぶりに会う親戚の子供とかは、大きくなったね~、という感想を抱くくらいに違いがわかる。


 まさに、そんな感じだった。


 私は、成長していた。


 鏡の中に居るのは、少しだけ背が伸びて、体格が前よりも、出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる、という、女性らしい体つきになっていた。

 そうは言っても、小学生の時代に比べたら、間違い探し程度の成長度なのだが…。


 じゃあ、さっき転んでしまったのは、やっぱり、手足の長さの比率が、自分の認識と食い違ったからで間違いなさそうだ。

 鏡の中の私は、ますますフィクション可愛くなっている。


 だけど、なんで?

 意味がわからない。


 私は茫然と、ほっぺたを触ったりして色々と確認しながら、しばらく鏡の前で過ごした。


 どのくらいそうしていたのだろうか。


「ナツナ様、こんなところにいらしたのですね。朝食ができたそうですよ」


 私のことを探しに来たルグレイが、ドレスルームの扉を開けて顔を出す。


「ル、ルグレイ…!」


 いきなり現実に引き戻されて、私は混乱のあまり、泣きそうな顔をしてしまう。

 ルグレイはさっと表情をこわばらせて、慌てて私の方に来た。


「ナツナ様、どうされたのですか? どこか、お怪我でもされたのですか?」


 そう言って近寄るルグレイも、少しだけ前とは違って見える。

 お日様のようなオレンジの髪も、一房だけ私と同じ髪色に染めた部分も、前と同じなのに。

 ほんの少しだけ、前よりも大人びて見える。


 ルグレイも、成長している…?


「あ、の、…ルグレイ、って、いくつになったんだっけ…?」


 精一杯、不自然じゃないような言い方で聞いてみたが、冷静に考えると不自然な聞き方をしてしまった。

 案の定、ルグレイはハテナマークを浮かべるような表情をしたが、しかし普通に答えてくれた。


「19です。ナツナ様は16ですね。ですが、もう少ししたら新年なので、念願のハタチになることができますね」


 ルグレイは、少し嬉し気に、さわやかな笑顔を向けてきた。


 私は、驚きに目を見開いた。


 い、1年経ってる!!


 ええ!? なんで!!?

 なんでいきなりこんなことに!?


「あの、ユウの、闘技場参加は、どうなったの!?」


 続け様に聞くと、ルグレイは、合点がいった、というような顔をした。


「ああ、寝ぼけていらっしゃるのですね。これは留守番だった私にとっては伝聞になってしまうのですが、あれはフィカス様の読み通り八百長試合だったようで、ユウ様の出場を阻むために様々な妨害があったようです。しかし流石はユウ様、そのような姦計など物ともせずに、無事に優勝の1万エーンを手に入れられましたよ。その後主催者から勧誘があったそうなのですが、それをフィカス様へ伝えて、経営者はお縄になったそうです。今や闘技場は国営で運営されているようですよ」


「まだ優勝で1万エーンなの!?」


 あまりのことについ驚きを口に出してしまったが、ルグレイは不審に思わず、頷いた。


「はい。ですが、マグ様は、1年前にフィカス様から貰った報奨金を全額ユウ様に賭けていましたからね。ユウ様は初参加ですから、オッズも高く、一生遊んで暮らせる額を稼いだ、とおっしゃっていました」


 うーーん、話だけ聞くと物凄く儲かって聞こえるんだけど、マグの一生遊んで暮らせる額って1万エーン以上だからなー…判断が難しい。


「それは、ルグレイから見ても、一生遊んで暮らせる額なの…?」


 控えめに聞くと、ルグレイは首をかしいだ。


「どうでしょうね。アンタロー様のホットケーキもありますし、少なくともあと数年は、当面の生活費には困らない、という解釈をしています。マグ様の金銭感覚は独特ですからね」


 流石ルグレイ、頼りになるなあ…!


「え…と…、じゃあ、ニヴォゼの観光…とかは?」


「ええ、楽しかったですよね。バザールに行ったり、サーカスを見たり…。特にサーカスには驚かされました。動物とは、あのように賢いものなんですね」


 ルグレイは、思い出しながら、興奮に少し頬を赤らめている。


 そ、そんな…!!

 それ、私が一番やりたかったやつだよ!!!!

 観光して、日常生活を楽しんで、って!!


「そ、それって…わたしも、一緒に、行った…?」


 ルグレイは、きょとんとした顔で私を見る。


「もちろんです。姫様は小さい子供のようにはしゃがれて…微笑ましかったです」


 ルグレイは、まだ姫様呼びになる癖が抜け切れていないらしい。


 うあああ…でも、私も観光してたのか…。

 えええええええーー…。


 それ、誰なの。

 怖いよ。

 というか、ルグレイたちは、外側が私なら、中身は何でもいいの?


 とか、とか、色々な思考が一気にぐちゃぐちゃと頭の中を駆け巡って、意味がわからなくて、耐えられなくて、私はぼろっと涙を流してしまった。


「!? ナツナ様、どうされたのですか…!?」


 ルグレイは目に見えて狼狽しているが、私は手の平で顔を覆って、しばらく嗚咽をこらえることで精いっぱいだった。

 全然説明していられる心境じゃない。


「……っく、……し、食欲……ない…から、アンタロー、連れて、……うっく、…ごはん、たべてて…!!」


「姫様…! しかし、そんな状態の姫様を放ってはおけません…!!」


 後は何も言えず、私はただ、首を振る。


 ルグレイは、しばらくの間、手をさまよわせた後、やがて意を決したように顔を上げた気配がした。


「…失礼いたします!」


 ルグレイは、ぐっと私の頭を抱き込んだ。

 そして、優しく髪を撫でてくる。


 私は一瞬びっくりして、固まってしまった。

 ルグレイも緊張しているのか、ユウやマグとは全然違って、とてもこわばった撫で方だった。

 ちらりとルグレイを見上げると、どこか明後日の方向を向いて、唇を引き結びながら、顔が赤くなるのを必死に抑え込んでいるようだった。


 私は、ルグレイの緊張が少しおかしくて、ほんのちょっと安心できた。


 しばらくそうしていると、ようやく思考が落ち着いてくる。


 16歳…ううん、もうじき17歳ってことは、高校生?

 でも、なんで唐突に?


 ………。


 あ、思い出した!!


 そうだ、高校受験だね!!

 高校受験で、いったん中学で小説を書くのをやめたんだ。

 だって、うちには私立にやれるお金がないから、県立高校に行かねばならなかったんだよ…!

 そこそこ頑張って、勉強漬けの毎日だった。


 一段落してから、さあ続きを、と思ったものの、読み返したくなくて、心機一転で書き始めることにした。

 その時の書き始めの文章だけは、思い出せる。


 『それから、一年の時が流れた』


 確かこれだ!!


 がーーーん…。


 ありがちだけど、ありがちな手法だけど…!!!

 実際にやられると迷惑なことこの上ないな!!!?


 そんな…。

 この小説が、いつ終わるかもわからないのに…。

 大切な、一緒に過ごせる時間だったのに…!!


 1年間も無駄になった…。

 そう思うと、また涙が込み上げてくる。


 結局私は、原文には逆らえないってことなんだ…。


「ツナ、ルグレイ、どうしたんだ? 全然降りてこねーで、こんなとこで…、…どうした?」


 ユウが、半開きになっていた扉に気づいて、私たちを見つけた。

 言葉の途中で、私が泣いていることに気づいて、ユウは焦ったように近づいてくる。


「それが、私にもよくわからないのです。ひょっとしたら、怖い夢でも見られたのかもしれません。ユウ様、アンタロー様を連れて、先に食べていてもらえますか? マグ様にもそうお伝えください」


「あ、ああ、わかった…」


 いつもの日常が始まろうとしている。

 だけど、私にとっては、知らない日常なんだ。

 そう思うと、仲間外れのようで、また悲しくなった。

 どうしても我慢できずに、声を上げて泣いてしまう。

 ルグレイは、また私をぎこちなく撫で始めた。

 私はたまらなくなって、ルグレイの胸に額を押し付け、ぐりぐりと擦りつけた。


 私に1年間の思い出がなくても、私は勝手に1年間を過ごしたことになってしまった。

 全然仕組みがわからない。



 ひとつだけわかっているのは、これを書いているときの私が、高校生になった、ということだけだ。




<第二章、中学生編・完>



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