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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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真夜中の邂逅



 翌日、ニヴォゼのざわめきは、街外れにある屋敷の方まで聞こえてきた。

 何か、お祭りでもしているかのように、わーわーと騒がしい感じだ。


 私たちは遠くから聞こえてくる喧騒に顔を見合わせながら、「喜んでいるのかな?」と意見を交換し合う。


小麦粉があったので、ドライイースト発生魔法を創造し、お昼御飯にピザを作ったら、みんな物凄く気に入ったらしく、晩御飯も具を変えたピザになった。

 ケチャップがないため、トマトピューレから作ったので、物凄く時間がかかったが、ちょっと報われた気になった。

 ユウは鳥の照り焼きと卵の具が一番気に入って、マグはシーフード、ルグレイはマルゲリータなどの単純な具のものを気に入っていた。

 でも、みんなの気持ちはちょっとわかる。

 私も、ピザは大学の時に初めて食べたのだが、こんなにおいしいのかと感動したものだ。

 個人的には、もうちょっとクリスピーな生地が好きなんだけど、あれは失敗すると焦げそうだからなー…。

 パイ生地にも挑戦してみたいが、残念ながらパイ生地の作り方は、流石に空では覚えていない。


 あずみとあまつぶは、午後にはすっかり元気になり、アンタローが「お姉さんお姉さんっ」と庭に懐きに行っていた。

 ルグレイも、魔力の使い方で思うところがあったのか、精霊二人に色々と聞きに行っていた。


 少しずつ生活のペースも掴み始めてきて、これならそのうち冒険に出かけられそうだな、という話で盛り上がった。

 しかし、私の冒険ギルドデビューは、まだまだ許されなかった。


 結局フィカスは来ないまま夜になり、私たちはまだ魔力が回復しきっていないルグレイのために、早めに眠りにつくことになった。



 なぜか、私は夜中にふと目を覚ました。

 窓の外を見ると、まだ満月と言ってもいいくらいの月が見える。

 周りを見ると、みんなぐっすり眠りについている。

 眠りの浅いマグですら、この家に来てからは、快眠をしているようだ。

 ちょっとだけ、外に出て見てみたい気分になったので、バルコニーに通じる大きな窓を開けて、ツッカケを履いて、外に出る。


 空を見上げると、ぐーっと翼を広げて、伸びをした。

 そこからふと視線を下ろして、私は悲鳴を上げそうになった。


 誰か立ってる!!?


 見ると、庭に、真っ白い上等な衣服を着て、何かの模様の書かれた白い面布をつけている、どう見ても怪しい人が、突っ立って私の方を見上げている。

 庭の隅っこには、あずみとあまつぶが体を寄せあって眠っているので、何かをされたわけでもなさそうだ。


 しかし、なぜか、私はその人を、怖いとは思わなかった。


 ……?


 じーっとその人を見下ろす。

 面布越しなので、顔は見えない。

 しかし、私は小さく声をかけた。


「フィカス……?」


 その人は、明らかに動揺した仕草をした。


「…よくわかったな?」


 なんとなく、フィカスだとわかった。

 たぶん、私が魔力の匂いをつけているせいだ。

 あれかな、マーキングみたいなものなのかな?

 この人が、私の縄張りの内側に居る人だと、なんとなくわかる感じがする。


 ひょっとして、目が覚めたのも、フェザールの弱いテレパシーのようなものが作用したのだろうか?

 なんとなく、誰かに呼ばれて目が覚めた気がしている。


「どうしたの、こんな時間に。…ううん、待ってて、そっちに行くね」


 話し声でユウたちを起こしてしまってはかわいそうなので、私はそのままバルコニーの手すりに足をかけ、バッと翼を広げて飛び降りた。


「!」


 フィカスは咄嗟に手を広げ、ふわりと私を受け止める。


「わっ!? ちゃんと着地できたのに…!」


「あ、ああ…そうだったな」


 フィカスは背が高いので、私は地に足がつかず、だらんとぶら下がっている。


「………」


 しかしフィカスは、そのまま私を下ろさずに、じっと見つめてきている。

 妙な沈黙が流れた。


「フィカス…?」


 私は首をかたむけ、怪訝な顔を向ける。

 その時、少しだけ風が吹いて、フィカスからアルコールの匂いを感じた。


「……酔ってるの?」


「いや、酔ってはいない。少し、気分がいいだけだ」


「それ、酔ってるって言うよね…?」


「ははっ、そうかもな」


 そのまま、またプツリと会話が途切れる。

 少し様子がおかしい気がして、私は話を続ける。


「…その恰好、どうしたの?」


「くだらん式典があってな。これはニヴォゼの王の正装だ」


「正装のまま、こっちに来たの?」


「ああ。酔い覚ましに黒天を走らせたら、気が付けばここに居た」


「いつから?」


「さあ。だが、ナっちゃんが出てきたときは驚いた。起こすのも忍びないし、どうしようかと思っていたところだったからな。運命的なものを感じるな」


「…やっぱり、酔ってるよね?」


「かもな」


 フィカスは笑ったようだった。

 しかし、一向に私を地面に下ろす気配がない。


「フィカス……。何かあったの?」


 ちょっと心配になってきたので、問いかける。

 フィカスは、ためらいがちに、「ああ」と言った。


「先日、ナっちゃんに叱られたからな。酒の力を借りて、母ときちんと話をしに行ってきた」


 私は驚いて、黙り込んでしまった。

 フィカスは構わずに話を続ける。


「洗いざらい、全部話してきた。父の企みから、ティランを守るために選んだことだと。母は驚いていた。てっきり俺が、王位欲しさに父を殺したと思っていたらしい。今度は俺が驚いたよ。王位なんて面倒なもの、望んだこともなかったからな」


 フィカスは、一度言葉をちぎった。


「俺はなぜか、母が俺の考えを、正しく理解しているものと、思い込んでいた。そのうえで怒っているのだと。そうではなかったことがわかり、失望したような、安心したような、妙な感じだ。だが、考えてみれば、母がそう考えるのは、当たり前だったんだ。いきなり愛する夫を失った、ただの女なのだからな。正常な判断ができるはずもなかった。俺を憎んで当然だった」


「……。誤解は解けた…?」


「ああ。解けたと思う。だが、だからと言って何が変わるわけでもないがな。たぶん、俺と母の間に空いたこの距離は、もう埋まることはないだろう。ただ、俺を憎まずによくなったことは救いだと、それだけは告げられた。きちんと話せてよかった。ナっちゃんのおかげだ」


「そっか…。…よかったねって、言ってもいい?」


「ああ。言ってくれ」


「フィカス、よかったね」


 私は、いつもよりも近い距離にあるフィカスの頭を、ぎゅっと抱きしめた。

 フィカスは驚きで、少しだけ体をこわばらせた。

 私はそのまま、フィカスの砂色の髪を撫でる。

 思ったよりも、固い毛質ではなかった。

 フィカスも、そのまま大人しくしている。


「ナっちゃん、俺は、欲しいものは何でも手に入れてきた。時々アンタたちのことが、欲しくて欲しくてたまらなくなる瞬間がある。ナっちゃんは元より、ユウも、マグも、ルグレイも、アンタローもだ。アンタたちは、俺のことを王ではなく、フィカスという一個人として見てくれる。呼吸が楽だ。ずっとあの輪の中に浸っていたい」


 私は相槌も打たずに、ただフィカスの髪を撫で続けた。


「だが同時に、俺が手に入れては駄目だという思いが、色濃く浮かぶ。アンタたちには、王族なんてもののシガラミからは無関係な場所で、自由に暮らして居て欲しい。なのに俺は、暇さえあれば、アンタたちをどう囲い込もうかと、謀略に思いを馳せている。俺が最も遠ざけておきたい物の渦中に、俺自身がアンタたちを放り込もうとしてしまう。気が狂いそうだ、なんとかしてくれ」


 フィカスからは相変わらずアルコールの匂いがするし、とても饒舌だった。

 きっと表情を見ても、面布に阻まれて、今フィカスがどういう顔をしているのかはわからないだろう。

 私は少し考えて、結局フィカスを抱きしめたまま、ゆっくりと話し始める。


「フィカスは、好きにしていいんだよ。ただ、みんなのことを信じればいい。ユウはああ見えて、あんまり流されないんだよね。自分で嫌だと思ったことは、絶対にやらないし、やりたいと思ったことには乗っかるよ。マグは、注意深いから、フィカスの言う謀略っていうものもちゃんと見極めて、その上で伸るか反るかを判断するよ。ルグレイは、私の好きなことなら何でもやらせてくれるように見えるけど、ダメなことはちゃんとダメって言ってくるよ」


 「あと、アンタローは何も考えてないから大丈夫だよ」と言おうとしたが、なんとなくやめておいた。


 フィカスは、黙って私の話を聞いていた。

 しばらくの沈黙の後、ようやく口を開く。


「そうか。好きにしていいと言われると、…気が楽になるものだな」


「……ン」


「ナっちゃん。ナっちゃんは、どうなんだ。ナっちゃんは、俺の傍に居たいと、望んでくれるのか?」


 今度は、私が黙り込む番だった。


「……。少なくとも、お別れになるのは、嫌だなって思うよ。でもね、…でもね、フィカス」


 私はフィカスの肩に顔をうずめる。


「でも、なんとなく、わかるの。いつか、お別れが来るって。だから、せめて、それまでは、一緒に居たいよ。ホントはずっと一緒に居たいって、ユウにもマグにもルグレイにも、言って欲しい。でも、無理だって、どこかで知ってるの。だって……」


(だって私は、この小説を、途中までしか、書いていないのだから)


 そう言いそうになって、ぼろっと涙がこぼれた。


 途中で書くのをやめた物語。

 いつか終わりが来るまでのカウントダウンを、私は見ようとしなかった。

 いつまで、みんなで一緒に居られるんだろう。

 いつまで、みんなで一緒にこの世界を旅できるのだろう。

 思い出せないし、思い出したくもない。

 胸が張り裂けて、このまま死んでしまうのではないかと思った。


 私はじっと、嗚咽をこらえるようにして、フィカスに体を預けて泣いていた。


「…ナっちゃん、大丈夫だ。少しナーバスになっているだけだ。俺はアンタが望むなら、どこにも行かない。傍にいる努力をし続けよう」


 今度はさっきまでとはあべこべで、私が髪を撫でられた。


「だからナっちゃんも、俺たちの傍に居続ける努力をしてくれ。俺たちには翼がない。アンタにどこかへ飛んで行かれると、もうお手上げなんだ。たとえ空の向こうにアンタの居場所があるのだとしても、どうか、お互いの望みが一致している間は、行かないでくれ」


 私には、返事ができなかった。

 しかしフィカスも、私に返事を求めなかった。

 しばらく頭を撫でられていると、うとうとと眠気がぶり返してきた。


 フィカスは私の耳元で、「おやすみ、ナっちゃん」と呟く。

 そこで、私の記憶は途切れた。



-------------------------------------------



「まったく……油断も隙もないな……」


 話し声がして、パチッと目を開ける。


「そう言うな、流石にそのままリビングに一人で放置もできないだろう。言わば不可抗力だ」


 私は目の前の光景にぎょっとした。

 マグがフィカスに銃を突きつけ、フィカスはホールドアップしている。

 フィカスはリビングのソファーに腰かけていて、私はフィカスの膝枕で寝ていた。


「つっても、滅茶苦茶びびったぜ、ツナが居ねーと思って1階に降りてみたら、いきなり怪しい奴がリビングで寝こけてんだからさ」


 ユウがぶーたれている。

 ユウは普段のみつあみをする暇がないくらい慌てていたらしく、珍しく髪を下ろしている。

 よく見れば、ルグレイもフィカスを取り囲んでいた。


「考えてみれば、合鍵を持っているのはフィカス様しか居ない、とは思うべきでしたが…。結果的にはナツナ様が無事でよかったです」


 私は目をこすりながら、むくりと起き上がる。


「ごめん…寝ちゃってた…?」


「いや、ナっちゃん、俺が悪いんだ。夜中に起こすような真似をしたのだからな」


 フィカスの言葉に、マグはため息をついて、銃をホルスターに仕舞った。


「まあいい……ツナは気を許した相手には……懐いてしまうからな……。本来ならもっと外の世界の……いろいろな人間と関わるべきだ……ということを考えると……少なすぎるくらいだ……大目に見よう」


 そう言いながらも、マグの眉間のしわは消えない。


「今何時くらいなの…?」


 私はまだ頭の芯が寝ぼけていて、全然噛み合わない会話をしてしまった。

 しかし、ユウは全然そういうことを気にせずに、答えてくれる。


「いつも俺が起きる時間、つまり、6時だなー。マグもルグレイも、俺が『ツナが居ねえ!』っつったら飛び起きちまってさ。アンタローはまだ上でぐっすりだが」


 アンタロー、マイペースな奴め。


「しかしフィカス……正装で来るほど……何か急用があったということか……?」


 マグが、私とフィカスが座るソファーの対面に座ると、ユウもルグレイも腰かけていく。


「いや、酒を飲んでな。酔い覚ましに黒天を走らせていたら、ついここへ来てしまった。窮屈な式典に耐えると、何故だかお前たちの顔が見たくなる。不思議なものだ」


「式典…ですか? そういえば、昨日は街の方が騒がしかったのですが、何かあったのですか?」


 ルグレイが、きょとんと聞き返した。

 フィカスは少し考えこむ。


「…そうだな。まあ、大体終わったし、話すか。昨日は、国王、つまり俺の生誕祭だったんだ」


「えっ、誕生日だったの!? それならそうと言ってよ、お祝いしたのに!」


 私が驚くと、今度はユウとマグが驚いた。


「誕生日って、祝うもんなのか?」


「え…?」


 びっくりしてユウに目を向けると、マグが話し出す。


「そういう風習があるのは……本で知っていたが……オレたちの村では……誕生日は、呪いが受け継がれる日でもあるからな……めでたいとは言い難いんだ」


「あ…そっか、ごめん…。ルグレイは?」


「私は7人兄弟の末っ子でしたからね、祝うほどのものではない、という立ち位置でした。そして私自身もそう思っておりました」


「そっか…そういうものなのか…。じゃあ、年を取るのって、どうカウントするの?」


「新年がきたら、一個年を取ったなーって感じだな」


 ユウの答えに、なるほど…となった。

 フィカスも頷く。


「俺もカウントはそんな感じだな。ゆえに、俺は27のままだ。新年にお前たちと共に年を経る気でいる。しかし、くだらん行事だと思っていたが、今回は役に立った」


 フィカスは、満足げにソファーにゆったりと背を預けた。

 マグが問いかける。


「どういうことだ……? 街に出るなと言ったのと……関係があるのか?」


「ああ。あの日俺は、前もって国民の前で、ある発表をしていたんだ。『西大陸の神、アオラエストからの信託を受けた。国王の誕生祭に、祝福を授けると。それが成ったなら、ニヴォゼには更なる発展が約束されるだろう』とな。そして俺の生誕祭である昨日、国民は砂漠に芽生えた緑を見て、歓喜に打ち震えた…というわけだ」


「うわ、自分でやったことなのに、神さんの仕業にしちまったってわけか」


 ユウが若干引いている。


「まあな。だが、これが最も混乱の少ないやり口だった。そして俺は昨日、民の前でこう宣言した。『この祝福を受けて、まずは砂賊の壊滅を約束しよう』とな。こんな神がかったことをされたわけだ、大騒ぎだったよ」


「しかし、フィカス様の晴れ姿だったわけですから、若干見てみたくはありましたね」


 ルグレイが、残念そうに言う。

 フィカスは、困ったように笑った。


「俺は何故だかお前たちに、王としての姿はあまり見られたくないんだ。正直、こんな正装姿も見せるつもりはなかった。しかし、黙っていたのは悪かったな、許せ」


 フィカスは相変わらず、尊大に謝罪した。

 そして、立ち上がる。


「さて、ナっちゃんも起きたことだし、俺は宮殿に戻るとしよう。あずみがまだ居るうちに聞きたいこともある。とりあえず、庭を借りるぞ」


 言うが早いか、フィカスはさっさと外へと歩き出す。


「おー、じゃあ俺が見送ってやるよ、フィカス!」


 ユウはなんだかんだでフィカスに懐いているようで、一緒についていく。


「まったく……朝っぱらから元気だな……オレも朝食を作るか」


 マグも、のっそりと立ち上がった。


「ナツナ様はまだ眠いのではありませんか? 少しお眠りになってはいかがでしょうか」


 ルグレイが微笑んでから、マグの手伝いをしに、キッチンの方へと歩き出した。


「……ン。そうだね、ちょっとだけ…寝るね」


 その背に声をかけると、ソファーの肘置きに、こてっと頭を預けて横になる。


 夜にフィカスと話したのが、まだ夢の中の出来事のように感じる。

 だけど、よくよく考えたら、この世界に居ること自体が、夢のようだと、かつてそう思ったことをふと思い出した。

 夢なら醒めないで欲しいと、初めてそう思った。




<つづく>



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