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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
85/159

創造魔法クッキング



 家にたどり着くと、ユウは約束通り、私を起こしてくれた。

 窓の外は、もう日が沈みかけている。

 体の、というよりも、心の疲労が凄かったので、ちょっとの睡眠で大分すっきりしていた。


「ツナ、無理して晩飯作らなくてもいいんだぜ?」


 リビングのソファーに下ろされた私を、ユウは心配そうに見下ろしてくる。


「ううん、大丈夫、せっかくだし、作りたい!」


「ツナ……この家は氷室があった……無理しなくとも……食材は腐りにくい」


 マグも言葉を添えてきた。

 私は首をかたむける。


「氷室って…氷でもあったの?」


「いや……霧ヶ峰という……霊峰があってな……そこで採れる冷房石というものが……半永久的に冷気を発するもので……キッチンから行ける地下室に……それが配置されていた……さすが貴族の家ということだろう」


「……へえ、霧ヶ峰の、冷房石…。……。便利だね!!」


 突っ込まない。私は突っ込まないぞ。


「では、こうしてはいかがでしょう? ナツナ様の指示で、私たちを使ってください。初日ですから、それで様子を見ましょう」


「おー、そうだな、それが一番折衷案になるな、やるじゃんルグレイ!」


 ユウに褒められて、ルグレイは照れ笑いをしている。


「よし、じゃあ俺がツナを持つ係な! よいせっと」


 ユウは私を肩に乗せるように持ち上げる。

 いきなりのことだったので、私は「ひゃあ」と驚いてしまった。


「えーー、すごい、天井、近いー…!!」


 私は足をばたつかせてバランスを取りながら、いつもと全然違う目線に感動した。


「ユウ……扉をくぐる時は……ツナをぶつけないように……気をつけろよ……ツナの体型も子供の時とは……違うんだからな」


 マグは、まったくと言いたげに半眼でユウを見て、キッチンへ向けて歩き出す。

 ユウは、「へいへい」と二つ返事をしてついていく。

 ルグレイは、私を見上げながら、ハラハラとしているようだ。


「すごーい、これだけ高いと、指示も出しやすいー…!」


 私はまだ感動の波が引かないまま、キッチンの様子を見渡す。


「ナツナ様、手足と思って、遠慮なく使ってください。一応、ナツナ様が眠られている間に、甕に水は満たして、竈に薪もくべてあります」


 ルグレイは、そんな私を微笑まし気に見上げながら言ってくる。


「あの、じゃあね、まずは…甕の水を鍋に分けて、二つほど、お湯を沸かしておいて欲しいの。それで、お野菜を洗って、ナスは輪切りで…鶏肉は、包丁が汚染されちゃうから、切るのは最後にして…フライパンも二個必要で…」


 あれもこれも、とやることを述べていくと、マグが、「まずは野菜を洗って……切ることからだな」と、きちんと順序だてて整理してくれた。

 ルグレイは魔法が使えるので、パッパと薪に火をつけていく。


 私の指示はもたもたしていたが、ルグレイとマグの手際がいいので、どんどんと料理が出来上がっていく。


「すげー、料理って、こうやって作るんだな。野営の延長って感じかと思ってたのに、もっと本格的だ…」


 私を抱える係のユウは、厨房に立つのは初めてらしく、物珍しげに工程を見ている。


「こちら出来上がりました、味見をお願いします」


 ルグレイがフライパンごとキッチンテーブルにナスのオリーブオイル焼きを乗せ、ユウが早速つまみ食いに走って舌を火傷しそうになっている。


「あっち…!?」


「ユウ、まだ、塩コショウしてないから…!」


 私はつい、べしっとユウにチョップをしてしまった。


「お前な、目の前にあるものを……考え無しに食うなよ……」


 マグが半眼でユウを睨む。


「え…と…これはOKだから、盛り付けてダイニングに持って行っててほしい」


 次々と出来上がる品に、私はユウではなく、ルグレイに指示をする。

 ユウだったら絶対テーブルに乗せる前に半分くらい食べそうで…というのは、ルグレイもマグも共通認識のようで、文句はなかった。


「ツナ、こっちもとろみが出てきた……」


 マグが、シチューを小さな皿に移し、味見を要求してきた。


 ……うーーん、ホワイトソースから作るのは、学校の調理実習以来だったけど、チーズとかゴートミルクのおかげで、そこそこ美味しくできてる。

 でもやっぱり現代文明のあの味が恋しいな~。

 おいしさの素、アミノ酸!

 ………。


 私はユウに頼んで降ろしてもらうと、「仕上げは私がやるから!」と言って、マグとユウには、切ったパンやデザートを運んで行ってもらう。

 その瞬間、キッチンには私一人だけになった。


 今だ!


「チキンブイヨン、グルタミン酸、来い来い来い来い~~~…!!」


 これは、たった今私が創造した、料理魔法である。

 両手を鍋の上に翳し、シチューがおいしくなりそうな粉をイメージする。


   パラパラ、パララ…


 砂のように、ざらざらと流し込まれていく旨味成分。

 魔力消費と引き換えに、私の願いは叶った。

 よかった、やってみるもんだね、化学式とかを知らないとできないかもとか思ってたよ!

 たぶん、一回食べたことのある味は、イメージしやすいってことなのかな?

 具現化するのは1時間だけにしておいたので、何か有害だったとしても、胃の中で消えていくだろう。

 要するに、食べてる瞬間だけあればいいんだよ、この成分は。


 世界一必要ない魔法を使ってしまったな…という脱力感と共に、私はお玉を両手で握りしめて、シチューをぐいぐいかき混ぜる。

 でも、やっぱり、せっかく作ったからには、美味しいって言ってもらいたい。

 だから、このくらいのズルっこくらい、してもいいよね!


 出来上がったシチューを運んで行ってもらって、みんなで食卓に着く。


「おー、壮観だな…!」


 コーンのバター炒めと、ナスのオリーブオイル焼き、トマトと白チーズのカプレーゼ、そして鶏肉のシチュー。

 飲み物は、ルビーオレンジのジュースで、デザートはイチゴだ。

 こうなるとパンも焼いたりしたくなっちゃうね、さっきの感じだと、酵母とかも魔法で生み出せそうだし。

 でもこの体だと、パンをこねるのは無理だろうなー…。

 パンケーキなら作れるけど、なぜだろう、私はこの世界に来てからパンケーキを食べたいと思ったことがない。

 不思議だなあ。


「よーし、食おうぜ!」


 その時、大広間の扉がバーンと開いて、ずかずかと入ってくる人影があった。


「間に合ったか。随分と遅い夕食だな?」


 フィカスが、アンタローを頭に乗せてやってきた。

 あ、そういえばアンタローは庭に置きっぱなしだったね、忘れてた!


「ぷいぃいっ、美味しそうです! 気に入りました!」


「まだ食べてないだろ……」


 アンタローにマグが突っ込む。


「おいおい、ちゃんと人数分用意しろよ、冷たいな」


 フィカスは空いている席に座ると、ルグレイが「今用意しますっ」と慌てて食器を取りに行った。


「大丈夫だ……ちゃんとツナが……多めに作っている……」


 ごめん、大体いつも少人数のご飯しか作ってなかったから、多人数の量がよくわからなかっただけです…!


「つーかフィカスも、晩飯は食えるんなら食えるって言って行けよー」


 ユウの言葉に、フィカスは困ったように笑って流す。


「そう言うな、俺も必死に時間を作ってきたんだ、食ったらすぐに出て行く。往復を走らされる黒天には悪いが、ナっちゃんの初手料理だ、絶対に見逃すわけにはいかなかったからな」


 ごめんフィカス、手を使って作ったのは、マグとルグレイです…っ!!


「で、なんだ、大皿から取るバイキング形式なのか、楽しみだ。もう取るぞ?」


 ルグレイが運んできた皿を並べながら、フィカスはさっさと皿に自分の分を盛りつけていく。

 シチューだけは、鍋ごと持ってきてあるので、そこから各自掬って食べていく感じだ。


「フィカス、テーブルマナーがどうとか言うなよ?」


「馬鹿を言え、今それを言うくらいなら、ヴァンデミエルでとっくに言っている」


 ユウの言葉に、フィカスは鼻で笑いながら、早速取り分けた料理を口に運んでいる。

 こういう部分だけ見ると、ルグレイの方がよほど上品で王族らしく見える。


「アンタローは、わたしのとこにおいで。一緒に食べよう?」


「ぷいぃっ、まったくツナさんは仕方がありませんねっ、ボクが居ないと食事もできないんですから!」


 アンタローは嬉し気にフィカスの頭から降りて、テーブルをチョロチョロ移動してこっちに来る。


「しかし、シチューはともかく、あまり見かけない料理が多いな。庶民料理というものか?」


「いや……少なくとも旅の間に注文したことはない料理だが……美味いな」


 マグはさっぱりしたものが好きなので、カプレーゼが特に気に入っているようだ。

 ユウはバターコーンのお代わりをしている。

 ルグレイは、ナスを口に運んだ。


「これなんて、オイルが染みてて美味しいです。塩コショウをしただけのシンプルなものがこんなに味わい深くなるなんて。注文したことがないということは…ナツナ様はいつの間にこのような調理法を知ったのですか?」


 しまった!?

 そこを突っ込まれるとは思わなかった!!


「あ、の、…なんとなく、野菜を見てたら、こういう風な調理を、されたいのかな~って…」


 咄嗟に返事をしてしまったので、不思議チャンみたいなことを言ってしまった。


「あー、そうか、ツナは野菜ばっか食ってるもんな、その辺がわかるようになったのかもな!」


 こういう時にユウの単純さはありがたい。

 すんなりと納得してくれたようだ。


「そういえば、フェザールは弱いテレパシーがあるとかで、昔はよく私の手の平から、正しく意図を読み取っていたりしてくれましたよね。それと似たようなものなのかもしれません」


 ルグレイまで納得している。

 うぐぐ、しまった。

 今後、無茶振りされる可能性が出てきた。

 ちょっと、あとで、植物の気持ちがわかる魔法とか、できるかどうか試してみよう。


「これは……俺が知っているものより美味いな」


 フィカスが、シチューを一口食べてそう言うと、珍しいものから口に運んでいた他のみんなもシチューを食べ始める。


「うわ、マジだ、思ってたのと違う!!」


 ユウも感動している。

 まあ、旨味成分を直接ぶち込んだからね。

 そりゃ美味しくなると思います。

 ああ……チートをしてしまった気分…。

 罪悪感を飲み込むように、私も肉抜きにした自分の分のシチューを口に運ぶ。

 これこれ、現代人の味はこれですよ。


 アンタローも「あーん」をしてくるので、口の中に色々と野菜を運んでやると、目を横線にしながら、ぷいぷいと食べていく。


「本当だな……パンで腹を膨らませるのが……惜しい気分になる……ツナは料理の才能があるのかもな」


 すみませんマグさん、料理が上手なのは現代人のたゆまぬ努力のおかげであって、私はその上前を跳ねただけです…!!


「嬉しいです、ユウ様とマグ様に貰ったノートに、さっそく書く内容が決まりました」


 ルグレイはニコニコとそう言って、私は慌てて首を振る。


「待ってルグレイ! 書くならお店のちゃんとした料理の感想にしようよ! わたし、(ポエムにされるのが)恥ずかしくてイヤだよ!」


「こらツナ……ノートの中はルグレイの自由な空間だ……ツナが口を出すべきじゃない」


 マグが正論を言ってくる…!!

 でも、自分が作ったものをポエミィに飾り立てられるのって、私は恥ずかしいんだけどな…!?

 ルグレイなら、茹で卵一個作ったところで、ホワイトホールがどうのこうのって書きそうな気がしてならない。


 味わいの物珍しさからか、みんな夢中で食べていて、しばらく会話が止まった。

 でも、気持ちはちょっとわかる。

 体にいいものばっかり食べていると、たまーに、味の濃い、ガツンと来るやつが食べたくなるんだよね。

 そんな感じで、たまに食べ慣れない味のものを食べてみたくなるというか。


「ふう~、食った食ったーー」


 大食いのユウも満足げだ。

 多人数の食事の加減がわからず、大量に作ってしまったシチューが、瞬く間に空になった。

 代わりに、パンが余ってしまったので、明日の朝食に回せそうだ。


「この感じなら、明日も夕食を食いに来たくなるな。いや、来よう」


 フィカスも満足そうだ。

 えーー、魔法で調味料が生み出せるってわかったから、お醤油を使った鶏肉ジャガとかも挑戦してみたいんだけどな…お醤油ってみんなの口に合うんだろうか。


「あの、でも、しばらくは、チャレンジ料理とかに、なると思うから…期待と違う日もあるかも…わたし、あんまり味見もできないし…」


 しどろもどろに言うと、ユウがからっと笑う。


「いいじゃん、俺その方が面白そうだから、チャレンジ料理に大賛成!」


「そうだな……ツナは朝が弱いから……朝食はオレが作ろう……その分、昼と夜は……ツナの好きにすればいい」


 マグも賛成のようだ。


「フィカス様、今のところ、ご予定はどうなっているのですか?」


 ルグレイが問いかけると、フィカスは、「すっかり忘れていた」と言いながら、口を開いた。


「その前に、庭が様変わりしていたようだが、ナっちゃん、植物を生やすことの負担はどうだったんだ?」


「あ、うん、あのね、あづささんが、わたしの魔力を上手に使ってくれるから、思ってたほど負担はなかったよ! やっぱりわたしって、まだ魔法に慣れてないから、魔力の使い方自体は下手みたい」


「なるほど…ならば、決行しても大丈夫そうだな。魔力の面を考えても、明後日の夜がいいだろう。明後日は満月だからな。明日はしっかりと準備をしておけ。それと、明日は街には出てくるな。ギルドの依頼を受けるのもやめておいた方がいい」


「そうか……この街周辺の生態系が……変わるかもしれないからか……」


 フィカスの言葉に、マグが頷く。


「あぶねー、今日たくさん買い溜めしといてよかったな。ったく、フィカスはすぐそうやってパッパと予定決めて行くんだからなー」


「ははっ、ぼやくなよユウ。我ながら性急である自覚はあるが、話は早い方がいいだろう」


 フィカスは相変わらず悪びれない。


「ぷいぷいっ、そういえば、ボクも忘れていました! あづささんが、お話があるそうです!」


 アンタローが、ぴゃっと背筋を伸ばした。


「なんだ…? その言い方だと、指名があるわけではなさそうだな。行ってみるか」


 フィカスが立ち上がると、ルグレイも続いた。


「では、私は片づけをやっておきますね」


「いや、念のためルグレイも来い。魔力を使う話になる場合、お前も無関係ではない」


「あ…そうですね。わかりました」


 ルグレイは、食器に伸ばしかけた手を引っ込めて、頷いた。

 そのまま、みんなでぞろぞろと、庭に出て行く。

 アンタローは、久しぶりに私の頭の上に乗ってきて、懐かしい感触を楽しんでいるようだ。

 あづさは、昼間と変わらない場所で、月光浴をしていた。


「あづささーん」


 私が声をかけると、あづさはパチっとつぶらな目を開いて、「あらあら」と微笑んだ。


「むいぃ、みなさん、御足労いただきありがとうございます…。実は、ワタクシの姉妹のうち、二人と連絡がつきまして…協力をしていただけるそうなのです」


「協力?」

「姉妹って?」


 私とユウの質問が被った。


「ホホホ、精霊にも兄弟はいるのですよ…。二人は距離が遠すぎて断られましたが…土偶沢あずみと、水流ヶ崎あまつぶの二人は、緑化に協力をしてくれるそうなのです…明日には合流できると思いますわ…」


「ぷいぃっ、新しいお姉さん二人ですか、楽しみですっ」


「土偶……」


 マグが、並べられた名前に何とも言えない顔をしている。

 いやあ、名付け親の顔を見てみたいですね…ホント。(※私)


「そのお二方がいらっしゃると、何か予定が変わったりするのでしょうか?」


 ルグレイの質問に、あづさは頷く。


「はい。あずみの力で土に直接栄養を注ぐことになりますので、お嬢さんの仰っていた、緑肥を作る必要はなくなりますね。ですから、お嬢さんのお仕事は、水を含んで整えられた土へ、直接お好きな植物を生やすことになります…」


「なるほどな、それはありがたい、ナっちゃんは油断をするとすぐに倒れるらしいからな。だが、こちらで用意できる礼が思いつかないのだが、いいのか?」


 フィカスは腕を組んで、悩ましげな表情だ。


「むいむいっ、基本的には当日の魔力の提供だけで大丈夫ですよ…ワタクシたちは、その魔力の方向性を整える補助のようなものなので…さほど負担にはなりませんし…」


「…そうか。正直、助かる。場所の指定はあるか?」


「むいぃ、そうですね…。中心部から魔力を広げる方が効率がいいので…この大陸の北部の中心点辺りにお願いしますわ…。ただ、一点だけ注意がございまして…。あまつぶはともかく、あずみは少し気難しい性格なので…そこだけお気をつけあそばせ…」


「…委細承知した、難しい女には慣れているのでな、何とか説得をしてみせよう」


 フィカスは、なぜか私の方を見ながらそう言った。

 …?

 今のは何のアイコンタクトだったんだろう?


「よし、では明後日の決行を楽しみにしている。それじゃあな、ナっちゃん、明日の夜も俺の分の夕食は作っておいてくれ。 ピュイ―――ッ!」


 フィカスが指笛を吹くと、厩舎のほうで休んでいた黒馬の黒天号が、パカパカとやってくる。

 フィカスはひらりと馬にまたがると、即座に手綱をしならせた。


「挨拶もそこそこで悪いが、俺も忙しいものでな。また来よう、さらばだ!」


   パカラッパカラッパカラッ!


 フィカスは風のように去って行き、私たちはしばし茫然とその後姿を見送った。


「せわしねーな…」


 ユウがぽつりと言う。


「ああ……フィカスは前から早食いだったから……日頃から忙しいのだろうとは……思っていたが……ここまでとはな」


 さすが、マグは視点が違った。


「私もフィカス様に置いて行かれないように、素早い行動を見習わなければなりませんね。早速、夕食の片付けに参ります。そうだ、お風呂も、湯を沸かさないと…!」


「あー、んじゃ風呂は俺がやるよ、最初だけやり方教えて貰っていいか?」


 ルグレイに続いて、ユウも屋敷に入っていく。


「あ、それじゃ、あづささん、また明日、お野菜、お願いしますね…!」


「むいむいっ、お嬢さん、きちんと翼に魔力をため込んでおくのですよ…今夜はいい月明かりですからね」


「はーい!」


 私はあづさに挨拶をすると、待っていてくれていたマグと一緒に、屋敷へと入った。


 そして、待ちに待ったお風呂は、宮殿のものには負けるが、そこそこ広い湯舟だった。

 正直、置き型のバスタブ式を覚悟していたので、嬉しい誤算だ。

 だが、お湯はちゃんと水を張ってから薪で沸かすか、直接お湯を入れるかを選ぶタイプで、水汲み係のユウは大変そうだった。

 たぶんこれは、ゆっくりお風呂に入っていたら、みんなが入る時間が無くなっちゃうヤツだ。

 これも、ペースに慣れるまでに、数日を要しそうではあった。


 というか、クルーザーがあって水道がないって、よくよく考えると、どういうことよって思う。

 そもそもユウなんて、最初の頃BB弾とか言ってたくらいリアルの情報出してきてたのに!

 あれか、最初の頃は奔放にやっていたけど、中学生になってちょっと成長して、途中からストイックファンタジーに手を出し始めたってこと!?

 ほんと適当だな、私…!


 いや、気を取り直そう。

 宿屋のお風呂ではないので、私は初めて、アンタローと一緒にお風呂に入った。

 そこでなんと、アンタローは水に浮くことが判明した。

 アンタローは初めてのお風呂にはしゃぎっぱなしで、すぐに壁を三角蹴りしながらお風呂に飛び込んでくるので、すごく困った。

 なんだかんだで、出るまでに時間がかかってしまった。


 お風呂から上がると、ユウが「二階の部屋、雑魚寝ルームにしといたぜ!」と言ってくれたので、さっそく、一足お先に階段を駆け上がっていく。

 わーー、ほんとだ!

 たぶん、もともとここに住んでいた貴族の、夫婦用の部屋だったのだろう。

 一室だけ間取りが広いその部屋からは、ベッドが撤去され、床一面に布団が敷いてあった。


「やったーーー! 我が家バンザイ!」


「ぷいぃいいっ!」


 アンタローと一緒にお布団に飛び込むと、私はうつぶせたまま、バサッと翼を広げる。

 この部屋にはバルコニーに面しており、外に出るための大きな窓がある。

 ごろっと仰向けに転がると、満月にほど近い月明かりが差し込んできていた。


「魔力……翼に、溜め込まないと…」


 そう呟く頃には、もう意識がうとうとしていた。


 今日一日で、いろんな事があったからか、眠気がすぐにやってきた。

 お布団…かけないと…湯冷めしちゃうかな…。

 視線を動かすと、アンタローも、すやっと眠りについている。

 あんまり気持ちよさそうな寝顔だったので、結局私もすぐにそのまま、眠りについてしまった。


 しばらくして、誰かに抱き上げられたような気がする。

 その誰かは、お風呂上がりの匂いがした。

 何かを話しかけようとしたのだが、むにゃむにゃと言葉にならず、結局そのまま、また意識を落としてしまった。

 誰かが、ふっと微笑む気配がした。


 朝目が覚めると、私はちゃんとお布団の中で眠りについていた。

 そして、周囲にはもうアンタローしかいなかった。

 結局私は寝ぼすけだったらしい。


 窓の外から騒がしい音がして、なんだろうと覗き込んでみると、ユウとルグレイが、朝っぱらから庭で手合わせをしているようだ。

 これが、これからの、当たり前の風景になるのかな。

 そう思うと、なんとなく、いつまでもその光景を眺めてしまいたくなって。

 マグが朝ご飯を呼びに来るまで、私は新しい住処を得た余韻を楽しんでいた。




<つづく>



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