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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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オカリナ地獄



 ルグレイは、傍らに荷物を置くと、心配そうにこちらを見てくる。


「ナツナ様、お加減はいかがですか?」


「うんっ、少しここで休憩していけば、大丈夫」


「そうですか、よかった…。私も少し疲れていましたから、休憩になってよかったです」


 ルグレイは嬉しそうに微笑んだ。


「疲れたって…ひょっとして、さっきの、食品店の?」


「あ…はい。なんというか、無駄に身構えてしまって…。…でも、地上人も、天界人も、変わらない…いえ、むしろ地上人の方が、暖かみがあるのですね。フィカス様が、私に買い出しを命じられたのも、わかる気がします」


 そう言うと、ルグレイは通りを見つめる。

 色々な格好をした人が、ぞろぞろと行きかっているのを、しばらく二人でじっと眺めた。


「…ナツナ様。以前、オカリナを聞かせてくださるとおっしゃいましたよね。今、お願いしても、よろしいでしょうか?」


 私は驚いて、ぱちくりと瞬きをした。


「どうしたの、急に」


「いえ、ユウ様とマグ様が居ない間に聞きたくなりました。そうしたら、おれだけのための演奏になりますよね、…なんて。我儘でしょうか?」


 ルグレイは、はにかみながらそう言った。

 私は突然のことに、どきまぎとしてしまう。


「う……別に、いいけど、たぶん、ルグレイが思っているほど、上達してないよ…! そ、それに、ここだと、通りすがりの人にも聞かれちゃうし、目立ちそうで…!」


 なぜか私は顔を赤くして、しどろもどろに意見を述べた。

 しかしルグレイは何も言わずに、ただ微笑んで、私のことをじっと見てくる。

 しばらくの沈黙が訪れた。


「…あのね、心を落ち着けるおまじないをね、あづささんに教えて貰ったの。まだ、あんまり成功したことがないんだけどね、でも、このオカリナを持って、タッチウッドって心の中で唱えるおまじないで…。このオカリナにはね、たくさん心を支えて貰ったんだよ」


 ルグレイは、少し驚いたように瞬きをした。


「…光栄です。安物で申し訳ないくらいに思っていましたから…。おれも、姫様との思い出だけが、心の支えでした」


 私はうつむいて、しばらくオカリナをぎゅっと握りしめ、タッチウッドのおまじないを心の中でつぶやいた。

 それから、意を決してルグレイを見る。


「…聞いてくれる?」


「よろこんで」


 ルグレイは変わらず、柔らかな微笑みを向けてくる。

 私は頬を赤らめて、子供サイズのオカリナに目を向けた。


 何の曲にしようかなあ。

 オカリナで思い入れが深い曲は、ゲームで聞いた、風の焼き魚の歌だけど…。

 あとは、グリーンスリーブスとか、モルダウが好きなんだよね。

 でもやっぱり、あんまりオクターブとかシャープのない、簡単な曲の方がいいよね。

 よし、きらきら星にしよう!


 私は息を吸い込んで、ド、ド、ソ、ソ…と、音階を紡いでいく。

 船旅ではオカリナを吹くくらいしか暇つぶしがなかったので、そこそこ上達していて、ぎこちなかった指の動きも、今ではすいすいと動かせる。


 よし、ちゃんと途切れることなく、曲を吹き終えることができた…!

 私は満足げに顔を上げてルグレイを見ると、ルグレイは少し涙ぐんでいた。


「ルグレイ…?」


「…いえ。すみません。ちょっと、感無量で…」


「もうっ、大袈裟にしないで、恥ずかしいよ…!」


「はい…そうですよね。これからは、いつでも聞けるのですから」


 二人で笑いあった。




   <・・・・・パラ・・・・・>




「よろこんで」


 ルグレイは、柔和な笑みを向けてきている。


 ………ん?


 待って、今、懐かしい音が聞こえてきたんだけど。

 そして、ルグレイの今の言葉は、さっき聞いたような…?

 ………。


「…ルグレイ、わたし、まだ、演奏してない…よね?」


「え? そうですね、今からしてくださるところです」


 ルグレイはきょとんとしている。


 ええええええええええええ…!!!!

 やっぱり、ページを戻されてる!!!?

 な、なんで!?

 こんな何でもないところで、何が引っ掛かったっていうの!!?


 むしろ中学生になってから今まで全然引っかからなかったから、リアルの私と小説のナツナの思考があんまり乖離しなくなって、引っかからずに進めるようになったのかな~とか、勝手に思い込んでたくらいなのに!


 ど、どうしよう、選曲がダメだったのかな?

 試しに私は、メリーさんの羊に曲を変えて、そして先ほどよりも慎重に、オカリナを吹いてみた。


 …よし、ちゃんと吹けた!

 ルグレイの顔を見上げると、先程と同じように、感無量の顔をしている。


「すみません、おれは姫様のオカリナが上達していく様を、見届けることができなかったのかと思うと…悔しくて」


 あ、さっきとちょっと反応が違う。

 これはひょっとして、いけたのかな?




   <・・・・・パラ・・・・・>




「よろこんで」


 ………。


 ぐわあああああっ、これはひょっとして、原文を読まなければならない流れ!!?

 なんで、ここにきてこんなことに!!?


 どうしよう、見たくないのに!!

 またカッコ笑いとかの自分ツッコミが飛んでたらどうすればいいの!!?

 いや、ある意味それはまだマシと言える!!


 「ニヴォゼなう」とか「いい曲キボンヌ」とか「オカリナ吹いてみるテスト」とか書いてあったらどうすればいいの!!!!?

 ハラキリものだよ!!!!?

 私を殺しに来ているとしか思えない!!

 いや、さすがに、さすがにスラングはないはず…!!!

 無いと思いたい…!!!


 うおおおおおお…っ、小学生の時はそんなこと心配する要素なかったのに!!!

 あの頃はよかった!!

 あの頃はよかった!!(2回目)


 しかしこのまま先に進めないのは困る。

 「よろこんで」しか言わないルグレイなんて見たくない。

 ルグレイとは、離れていた分を埋めるくらい、もっともっといろんな話をしたい。


 そう思うと、少しだけ覚悟が決まってきた。

 ルグレイには申し訳ないけど、『ルグレイのために』っていう、私の原動力になってもらおう。

 ごめんね、こんなくだらないことに利用してしまって。

 でも、ルグレイのためなら頑張れるよ。


 私はオカリナを握りしめ、目を閉じて、意識を集中し始める。

 原文を読む魔法。

 久しぶりだけど、鬼気迫った状況でしかやってないので、もうやり方は体に染みついている。

 息を吸って、吐いて…よし、いける!

 この部分の原文、出て来い!


 パ、と瞼の裏にノートのページが広がった。



===========================================


 ナツナはルグレイのために、オカリナを吹くことにした。

 一生懸命吹くと、練習時間の長さ、つまり、一人で居た時間の長さを知って、ルグレイは涙ぐんだ。


 そこに通りすがった老人がいる。

 ニヴォゼに住み、この街の成長を音楽の面から支えてきた楽師、ロウ・ジーンだ。

 ロウは、家に帰ると息子の嫁に語りかける。

「あの娘の演奏には、光るものを感じた」

「おじいちゃん、ご飯はさっき食べたばかりでしょ」

 いつものやり取りでしかなかったが、ロウの口元には、普段とは違う微笑みが浮かんでいたのだった。


===========================================



 誰だよ!!!!!!!

 誰だよ、ロウ・ジーン!!!!


 待って、ルグレイが涙ぐんだところはクリアしてるってことは、この通りすがりで引っかかってるってこと!!!?

 どういう展開よ!!!!?

 なんで私はルグレイのために演奏した曲で見知らぬ老人の心を動かさなきゃならねーんだよ!!

 なんでこの部分を書いた!!?


 ………。

 目を開ける。

 今、私の目の前を通りすぎる人々に、憎しみしか抱けない。

 どいつだ…。

 いや、下手人を探してどうなるというのだろう。

 どの道、私のやることは一つしかないではないか。


「ナツナ様…?」


 突如、死んだ目をし始めた私を、ルグレイは心配そうに覗き込む。


「あ、なんでもない…! じゃあ、はじめるね!」


 きらきら星を吹き始める。

 しかし、このモチベーションが上がらない感じは何だろう。

 ダメだ、先程までのように心が籠められない。

 だってこれ、ルグレイのための演奏じゃないんだもの……。


 というか、地味に、ルグレイは涙ぐんだ、っていう文字が頭の中をちらつく。

 書いてあるから、涙ぐんだみたいじゃない…。

 だから見たくなかったのに…!

 いや、そんなことない、ルグレイは原文に書いてあるから私に優しいわけじゃない…!

 集中しないと、集中を…!


 吹き終わって、ルグレイの方を見ると、先程と同じような笑顔で、私のことを温かく見守っている。


「お上手です、ナツナ様。おれはこれから、このオカリナが上達していく様を見られるのですね…嬉しいです」


 あれ、反応がちょっと違う。

 …やっぱり、心がこもっているのって、伝わるんだ…。

 ……。

 ありがとう、ルグレイ。

 ちょっと、やる気が出て来たよ。


 よし、やろう。

 あと何回ページを戻されたとしても、練習をしていけばなんとか、そのどっかの老人の耳にかなう演奏が、いつかはできるはずだ。

 そう覚悟を決めた瞬間、あの音が聞こえてくる。




   <・・・・・パラ・・・・・>




 これは、小学校の頃、母に無理やり習わされたシリーズ、バイオリンの経験が生きてくるかもしれない。

 あの頃、先生の見本を聞いて、「なんであんなに弦の音を震わせてるんだろう、アル中かな?」とか失礼なことを思っていたのをよく覚えている。

 でもたぶん、あの音を震わせる感じに、質感というか、音に厚みを持たせるのが上手とされるのかも?


 しかし、そんなことを思ったところで、すぐに反映できるわけがなかった。

 私のような素人には、とにかく、1に練習、2に練習しか道はない。

 何度も何度も、ページを戻されてダメ出しを食らう。

 私はこの一日で、一生分のオカリナの練習をしていると思う。


 なぜ、いきなり、スポコンみたいなことに…。

 などと、時々は我に返ってしまうが、ルグレイのためにと思い直して、なんとか意識を奮い立たせる。

 だが、それよりも、被害を受けているのは、きらきら星という曲の方だろう。

 私はこの一日で、この曲が世界で一番嫌いな曲になった。

 私だけかもしれないが、目覚ましに好きな曲を流していても、だんだんとその安眠を妨げてくる曲が嫌いになってくる、あの現象が訪れてきた。

 曲に罪はないのに…!

 曲に罪はないのに、もう二度とこれは演奏したくない!

 しかし他の曲にしたら、今までの練習が無駄になるので、もうこの曲で行くしかない。


 そんなこんなで、何度目かの挑戦の後、何の前触れもなく、いきなり会心の演奏ができた。

 納得できる演奏だったというか、ミスのあるなしじゃなく、急にとてもしっくり来る演奏ができたと感じた。

 自分の曲になったというか、自分の中にあるきらきら星がようやく形になったというか…。

 はたまた、ある時いきなり、ふとたどり着く境地というか…上達というのは、ひょっとするとこういうものなのかもしれない。

 これならいけるだろう!

 不思議とそんな確信が持てる演奏だった。

 そう思ってルグレイを見ると、ルグレイは涙ぐむどころか、泣いてしまっていた。


「姫様……すみません、おれは、そんなにまで…姫様を放置してしまっていたのですね…!!」


「ル、ルグレイ、泣かないで…!」


 私は慌ててルグレイの背中をさする。

 そのままルグレイの涙が収まるまでそうしていたが、そこからページが戻ることはなかった。


「ルグレイ…離れてた分を埋めるくらい、これからもたくさん、お話ししようね…!」


 私はやっと、思っていたことが言えた。

 長かった…ここまで長かった…!!


「はい…。はい…っ!」


 ルグレイは、何度も頷いてくれた。

 それだけで、今日のこの全然必要なかった苦労が報われた気がした。


 ユウとマグが迎えに来た時、泣いているルグレイを見て、二人は慰めるように、ルグレイに新しいノートをプレゼントした。

 夕暮れの中、私は精神的にくたくたになっていて、ユウの背中で少しだけ眠らせて貰った。


「家に着いたら、起こしてね」


 そう言えたことが幸せだった。

 その時初めて、拠点を持てた実感が来たのだった。




<つづく>



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