暮らしワクワク新生活
「さあ、オレたちも……家の整備と買い出しと……忙しくなるぞ」
気を取り直すように、マグが言う。
「ではまず、リビングのテーブルを見に行ってきますね」
ルグレイがさっと立ち上がって歩き出すので、「わたしも行く!」と後に続いた。
アンタローはユウの頭の上にぷいぷいと上って行き、結局全員でリビングに移動した。
テーブルの上にあったのは、この家の見取り図と、輪っかになった鍵束と、そして時計のねじ巻きが置いてあった。
「なるほど……地下道があるのは本当なんだな……後でチェックしておくか」
マグが見取り図を覗き込み、興味深そうに見ていく。
「地下の入口の鍵と…あ、庭の倉庫の鍵もありますね」
ルグレイは鍵に刻まれた文字を読み上げていく。
「めんどくせーな、どうせ泥棒が来るわけじゃねーんだから、普段から全部開けといて、入り口だけ閉めときゃよくねーか?」
どんぶり勘定大好きのユウが言うと、ルグレイが首を振る。
「いえ、ナツナ様に万一のことがあってはいけませんからね。鍵は私が管理しますから、ユウ様にご面倒をかけることはありません。ですが、倉庫くらいは普段から開けておいてもよさそうですね。大広間の柱時計も、私がネジを巻いておきます」
ルグレイは執事役を張り切っているようだ。
「じゃあ次は、お庭に何を植えるかだよね!」
「あ、それなんだけどさ、植物を生やすのは、倉庫とか水のポンプのある側にだけにしてくれねーか? もう半分の側は、剣振る場所に使いたいんだよ、なまるのは困るし。ルグレイ、手合わせとかやろうぜ!」
私の意見に、ユウが添えた。
ルグレイは嬉しそうに微笑む。
「はい、私でよろしければ。ユウ様のお相手ができるなんて、光栄です」
「よし……庭に出るか……」
着々と決まって行っている中で、マグがマイペースに外に出て行くので、私もついていく。
あづさは、先程と同じ場所で日向ぼっこをしていた。
「あづさ……生やす植物は……なんでもいいのか?」
マグは、あづさの前に片膝をついて、質問をしている。
「むいむいっ、ワタクシが居る間ならば、季節は問わずに大体のものはお育て出来ますわ…。ワタクシが去った後でも、ということでしたら、この街の気候に沿ったものを生やしておくことをお勧めしますね…」
「…あ、じゃあ、金色のリンゴとかも、生やせますか?」
私の問いに、あづさは驚いた様に、ひょんと頭の上の花を揺らした。
「まあまあ、あのような珍しいものをよくご存じですね。ですが、残念ながらあれはここでは無理です…現存するのは、雪山の頂上に一本だけ…この街の気候では、暖かすぎるのです」
「そうだったんだ…」
ほとんど独り言のように呟いた。
それでハイドはあのあたりに住処を作ったのだろうか。
「雪山……」
マグがピクリと片眉を上げたので、私は慌ててあづさに質問を重ねる。
「あの! じゃあ、その、植物を成長させるのって、わたしにもできますか!?」
「むいぃ、そうですね、成長させるだけなら、可能でしょう…。ですが、実をつけさせるのが目的なら、少し難しいかもしれませんね…。育て上げながら受粉をさせるのは、少しコツが要りますので…」
「あ、そうか、じゃあ、雄株と雌株で分かれているのは、どっちも用意しないと実が生らないのか…」
すっかり失念していたので、頭を掻く。
「へええ、ツナ、難しいこと知ってるんだなー」
ユウが後ろからやり取りを覗き込んできた。
「あ、うん、銀杏とか、実が生るやつと生らないやつがあって、なんでかなって思ったことが―――」
そこまで話して、しまったこれリアルの話だった!! と焦ったが、ユウは全然気にせずに、「なるほどなー」と納得していた。
よかった、ユウがこういう人で。
「あ、の、じゃあ、何育よっか! 砂漠緑化の練習にもなるし、何でも言って!」
またも私は慌ててまくし立てる。
「そうだな、昨日の会食のジュース美味かったし、ルビーオレンジっていうやつにしようぜ! あれならここの気候で育つだろ?」
「そうだね、あれならわたしもまた飲みたい! マグ、どの辺に生やせばいいかな?」
こういったデザインセンスはマグ担当なので、マグ窺う。
マグは立ち上がって、改めて庭を見渡した。
「そうだな……果樹ならば、頻繁に水をやらずとも……雨である程度育つというから……水場から離れたところで大丈夫だろう……かと言って塀が高いから……あまり塀に近いと日光が遮られる……あの辺りか」
私はあづさをよいしょと持ち上げて、示された辺りに移動していく。
「あづささん、ここに一本お願いします。試しにわたしの魔力を使ってもらえますか?」
「むいむいっ、わかりました…むいむいむいむい~~」
あづさはひょんと頭の上の花を揺らし、何か気合のようなものを込める。
すると、目の前の雑草の中から、明らかに種類の違う芽がぴょこっと生えてきて、瞬く間にぐんぐんと成長していく。
まるで早送りで映像が再生されているような光景だった。
あづさがこうして植物を生やすのを見るのは二度目だが、木のような大きなものは初めてだったので、圧巻だった。
あっという間に全員の伸長よりも大きな幹がそびえ立ち、バサバサ、ガサガサと葉っぱが音を立てたかと思うと、ポンポンと実が生っていく。
「…はい、できましたよ」
5分も経たない間の出来事だった。
あづさの言葉で、全員が我に返る。
「ぷいぃいっ、美味しそうです!」
「…あれっ、わたしの魔力を使っていいって言ったのに…これだけですか?」
全然体調に変化がなくて、きょとんとしてしまう。
例えるなら、採血を一本だけ取られた後みたいな、もっと物凄い貧血になるかとかを覚悟していたのに、そこまででもない…という感じだった。
「あらあら、お嬢さんは普段、よほど大きな魔法を使ってばかりなのですね…フェザールの魔力の大きさに比べれば、この程度はわけもないということなのでしょう…もちろん、ワタクシとしましても、上手にお嬢さんの魔力を使うように心がけは致しましたが…」
「なるほど、あづささんの魔法の使い方が上手だからっていう部分が大きく関係しているのかもしれませんね。じゃあ、緑化も、ひょっとしたらうまくいくのかも!」
俄然自信がついてきたところを抑えつけるように、マグが私の頭をポンとたたいた。
「ツナは油断するとすぐに倒れるから……調子に乗るのはダメだ」
「う……はい」
「じゃあ次は……イチゴだな……畑を作る必要があるのか?」
マグがあづさを窺うと、あづさは首を振って否定するように、左右へと頭の花をひょんひょんと揺らした。
「雑草の中では植物が育たないなんて、どなたが決めたことなのでしょうね…。ワタクシが居る限りは、大丈夫ですよ…」
「……そうか。畑がどうのというのは……人間側の常識だったのかもしれないな……では、あの辺りに一列お願いする……ユウ、ルグレイ……お前たちは何か……希望はないか?」
ルグレイは首をかしげた。
「私は、農作物などは、門外漢ですので…」
「俺は夏野菜が好きだなー。トウモロコシとかトマトとかナスとか! あと芋も腹が膨れるし、肉にも合うよなー」
「あ、だったら、ニンジンと玉ねぎも! これがあれば大体何でも作れるし」
ユウと私の言葉に、あづさは「了解しました」と頭の花で頷く。
「むいむいむいむい~~」
あづさは何かを念じているのだが、今度は先程の木とは違い、雑草の中での出来事なので、全然変化が分からなかった。
ところが、ある段階から、にょっと細長い枝が雑草の中から伸びてきた。
瞬く間にナスやトマトなどの、背の高い植物が、枝を添え木にするように伸びていく。
「ワタクシが居る間はこれで大丈夫ですが……本格的に畑を作る場合は……連作はおやめくださいね」
あづさは注意のようなものを添えて、満足げに生えてきた植物たちを見る。
しかし、ジャガイモ人参タマネギは雑草の中に埋まっており、どこにあるのかを見分けるのはちょっと難しそうだ。
「次からは……背の高い植物を頼んだ方が……よさそうだな……ルグレイ、倉庫を開けてくれ……収穫するぞ」
マグは倉庫へ行くと、ルグレイがはっとしてついていく。
「あ、はい。いや凄いものですね、圧巻でした…」
「俺も水やりとかやる!」
「ぷいぃ、ボクは食べる係をやりますよ!」
ユウもアンタローも行ってしまった。
私は手とかをぶらぶらと振って、体に変調がないかを確かめる。
「うんっ、これくらいなら平気みたい。あづささん、ありがとうございました」
「むいぃ、お役に立てて光栄ですわ…緑化、楽しみにしておりますね…ワタクシもこの間に、魔力を溜めておきましょう」
私は「はいっ」と返事をしながら、元通りあづさを日向の上にそっと置く。
「わたしね、イチゴ摘む係やる!」
役割を決めながら、私もみんなのところへと駆けていく。
新しい生活は、順調にいきそうな予感がした。
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「ここまで結構歩くなー、やっぱ途中までツナをおんぶで正解だったな」
ユウがしみじみと呟いている。
収穫を終え、買い出しのためにニヴォゼの商店街へたどり着いたのは、随分と昼を回った頃だった。
アンタローは、あづさの隣でお留守番中だ。
私たちはちゃんと、貴族服から、目立たない普段着に着替えをしている。
「街外れにあると……前もって確認できていたしな……買い出しはオレとルグレイだけで……担当していくのがよさそうだ」
「そうですね。ナツナ様、今日は買うべき調味料をしっかり私に教えておいてくださいね」
マグとルグレイの言葉を受けて、物珍し気にきょろきょろしていた私は、慌てて「うんっ」と頷いた。
「あ、そうだ、お金の管理、ルグレイに任せるのはどう?」
私がユウとマグを見て提案すると、ルグレイは慌てて手をばたつかせた。
「何をおっしゃるのですか! ユウ様とマグ様を差し置いて、私ごときがそんなことを…!」
ルグレイはすっかり恐縮している。
「俺は別に構わないけどなー、ルグレイだったら安心っつーか」
ユウも賛成してくれたが、お金を使いたいマグは無言だ。
そこで私は、一計を案じた。
「ねねね、マグマグ、問題です、じゃじゃん! 10個の商品があります。そのうち9つは100エーンで買えますが、1つだけ、1万エーンの商品が紛れ込んでいます。ですが、見た目では区別はつきません。さあ、どうしますか?」
「全部買えば……元は取れるだろう……なにせ100エーンだぞ……? 買わなければ損だ……」
マグは迷いなく答える。
「あっ私がお金を管理しますね」
ルグレイはあっさりと申し出てくれた。
マグは「何故だ……?」と不満げにルグレイに財布を渡している。
「マグ様、ひょっとして、ご出身の村では、金銭のやり取りがなかったのではありませんか?」
唐突にルグレイが聞いて、マグは頷いた。
「ああ、金銭は争いの元だとかで……村の数ある掟の一つとして……禁止されていた……物々交換が基本だ」
「えっ、そうだったの!?」
初耳の情報に驚くと、ユウが付け足してくる。
「そうすると、意外にみんなサボらずに働くんだよなー。物々交換なんだから、物がないと始まらねーっつうか、そういうので。だから大陸に出てびびったぜ、エーンってなんだよ、みたいなさ」
「うわーー、苦労したんだねえ…!!」
それなら、二人がお金の管理にずぼらなのも納得できる。
金銭感覚って、小さい頃の学習が大事だもんね。
「やはりそうでしたか。マグ様には聡明な印象を受けていましたので、そういう理由があるのだとは思いました」
「……褒めても何も出ないぞ」
ルグレイの言葉に、マグは視線をそらしてマフラーを口元にグイと上げる。
「あ、マグが照れてるー」
「……。ほらツナ……入るぞ」
マグはさっさと食料品店に入って行った。
私たちは、慌てて追いかける。
「ツナ、俺肉食いたいなー、肉。ハムとかも買ってこうぜ!」
「ユウ、それは肉屋でやれ……ここは紅茶とか乳製品とか……香辛料の店だ」
ユウとマグがわちゃわちゃやっている間に、私はルグレイとお店をぐるっと回っていく。
しかし、目当てのものが見つからない。
……ん?
まずい、これは…。
ひょっとして、私は料理ができる方だと思っていたのは……錯覚だったのでは?
私が探しているのは、シチューのルーとか、コンソメキューブとか、お醤油とかオイスターソースとか、みりんとか料理酒とか、ゆずポンとかカツオダシなのだが…。
……ない。
特に、菜食の私には、ドレッシングがないのが痛い。
ケチャップとマヨネーズがないのも地味に痛い。
どうしよう、私のやり方では、お肉や野菜は古いものを使っても、調味料だけはケチらずに良いものを使うと、そこそこイケる、という料理スタイルなのに…!
うわああああああ、どうしよう、現代社会が生んだ素晴らしい発明の数々が、店頭にない!!
というか、何でクルーザーとかあるクセにそういう現代文明の部分はないんだよ!!!
ムラっ気が多すぎる、気分屋か!!?
…あ、そうか、私この頃中学生だからだ!!
あんまり料理に興味なかったね、あの頃は!!
ぶわっと冷や汗が出てくる。
「わたし、料理担当するね!」「するね!」「するね…」(エコー)
ど、どうしよう…!!!
あそこまで豪語しておいて、失敗するわけには…!!
いや、流石ニヴォゼは砂漠の街だけあって、香辛料がわんさか!
とりあえず、塩コショウ、カレー粉、これがあればひとまずユウは誤魔化せる!
あとは、バターとチーズでしょ、ゴートミルクなんて初めて見たけど、まあミルクはミルクだよね、で、小麦粉があれば、ホワイトソースができるはず。
私は目についた知っている食材を、どんどんとルグレイの持っている籠に入れていく。
メニューの組み立てなんて後回しだ。
そして当然のように日本酒がないので、小さいワインも籠に入れる。
あとは卵に、砂糖に、オリーブオイル…って、結構、瓶ものがあって重くなるね。
「よ、よし、とりあえず、これで!」
「了解しました。では、購入してまいりますね」
なんとか無事に買い物ができて、私はやれやれと額の汗をぬぐう。
ふと清算をしている姿を見ると、ルグレイはお店のおばさんに何やら話しかけられているようだった。
「あらら、たくさん買って行ってくれるんだね。見ない顔だけど、うちは初めてかい?」
「あ、ああ…いや、昨日この街を訪れたばかりで…」
「そりゃ嬉しいね、いい街だろ? 今の王様になってから、アタシら庶民は随分と暮らしやすくなってね、この街で暮らすのは、手放しでお勧めできるよ!」
ルグレイは、初対面で親し気に話しかけられている現状に、かなり戸惑っているようだった。
「そう…なのか…」
「ほら、オマケに飴玉の瓶を入れとくから、そこのお嬢ちゃんに食べさせてあげな!」
「いや……しかし、赤字になるのでは…?」
「なあに、これからうちを贔屓してってくれれば御の字さ!」
「……礼を言う」
ルグレイは躊躇いがちに、大荷物になった紙袋を受け取る。
「おー、終わったか? ルグレイ、次はこっちな!」
ユウはとっくにマグと一緒に外に出ていて、肉屋の前で手を振っている。
マグはパン屋の方へと移動していて、財布を持ったルグレイは慌てて荷物を持って追いかけていく。
「ルグレイ、ファイト…っ!」
私は荷物持ちができないので、ルグレイの傍で応援ばっかりして過ごした。
「おっしゃ、もう持てねーし、帰るかー」
ユウもマグもルグレイも、両手で紙袋を抱えている。
「…あ、すみません、ユウ様、マグ様、先に帰っていただけますか? ナツナ様に、少し休憩をさせてあげたいのです」
いきなりルグレイが言い出して、私はびっくりして隣を見上げる。
「ああ、そうだな……そろそろツナが疲れる頃だった……それじゃ、オレたちは一旦荷物を置きに帰って……すぐに迎えに来るから……それまで、あそこで座って待っていてもらえるか?」
「そうですね、お手数をおかけするのは心苦しいですが、そうしていただけると助かります」
マグの言葉に、ルグレイは頷いた。
「おっけー、んじゃパっと行ってくるから、ツナ、大人しくしとけよな」
「う……わかった。ごめんね」
ユウは、「今更だろ」と言って笑うと、マグと一緒に帰路を歩き出す。
私とルグレイは、二人の背を見送ると、示されたベンチに腰を掛けた。
<つづく>




