ニヴォゼ緑化計画ver.1.00
街外れまでの道中で、フィカスはルグレイに事情を説明し、ついでのように、ニヴォゼでは魔力持ちは狙われないことを、ユウとマグへ告げた。
「今から行くお前たちの家も、3年前、子供への魔力搾取の虐待の罪で捕らえた貴族から押収した屋敷を改装したものだ。あまりいい気はしないだろうが、聖水で清めさせたからな、まあ我慢しろ」
えっ、聖水ってそんなハウスクリーニングみたいな使い方をするものなの?
「構わない……ただで住める場所だ……贅沢を言う気はない」
「俺も平気だな。その話だと、結構広そうな家ってことだろ、逆に楽しみだなー」
マグもユウも楽しそうだ。
「ああ、小さいが庭もある。きっと住みよいだろう」
「むいむいっ、お庭は嬉しいですね、お嬢さん、ワタクシは当面の間、お庭においていただければ、それで構いませんよ…」
あづさも乗り気だ。
「そうですよね、家の中よりも、その方が精霊には落ち着きますよね、そうします」
私が頷くと、アンタローがフィカスの頭の上でぴょんと跳ねた。
「ボクは温室育ちですからね、おうちがいいです!」
「うんっ、アンタロー、一緒に寝ようね!」
私は笑顔で頷くと、フィカスに続けた。
「フィカス、さっきのこと、ジェルミナールは関係ないの。緑化で、少しでも結界内と外界の温度差が減らせれば、ニヴォゼを維持するための魔力の節約ができるよね?」
フィカスは、複雑な顔をした。
「…ティランから何か聞いたのか」
「うん、魔力の提供を申し出たら、断られちゃって。それで、それなら別の方法でと思って…」
フィカスは、くしゃりと前髪をかき混ぜる。
「断られたにもかかわらず、か…。要するに、言い出したら聞かないということだな。まったく、少しもじっとしていられないんだな。困った女だ。…いいだろう、家に着いたら、計画を聞かせてもらうぞ」
「お、見えて来たんじゃねーか?」
住宅街を過ぎてしばらくした頃に、ユウが窓の外を見ながら言う。
確かに街外れというにふさわしい場所に、家というよりも、屋敷が建っていた。
「これは…普通よりも塀が高いですね。やましいことをしていた証拠でしょうね」
貴族のルグレイは、屋敷の大きさよりも、塀の高さの方に驚いていた。
フィカスは「ああ」と頷く。
「おそらく、何代も前からやっていたことなんだろうな。全く忌々しい。身体コントロールが下手な奴ほど、ニヴォゼに魔力を献上するよりも、自分の身体の維持に魔力を使いたがるからな。…だが、今となってはこの塀の高さは好都合だ、見張りが置かれるとしても、門からの出入りを見守るのがやっとだろう」
「なあ、身体コントロールってことは、50とか60になってもフィカスはその姿ってことか? ひょっとして、魔力持ちの奴は100を超えてたりするのか?」
ユウが好奇心で質問をする。
「いや、例えば眠っている間はコントロールも何もないからな、不可能だ。どうやっても少しずつ年は取る。理論上では長生きはできるはずだが、ニヴォゼにはこういう格言がある。『長寿の秘訣は、人と関わらないことだ』と。だが、王族や貴族にはそれは不可能だ。そしてすべての魔力持ちが、暗殺や軋轢、策謀によって命を落としていき、100を超えて生きたものを、少なくとも俺は知らない」
「うげ…厳しい世界だな」
フィカスの回答に、ユウはべっと舌を出して嫌がっている。
「そうですね、そういった意味では、ナツナ様が王族から離れることができて、私はほっとしています」
ルグレイが、実感を込めて言う。
「しかし……思ったよりも広い家だな」
マグが、話題を変えるように感想を述べた。
私もすぐにそっちの方に思考が行く。
「あんなに広いと、掃除が大変そう…!」
思わず言うと、ルグレイが首を振る。
「ナツナ様、家の維持は私にお任せください。私は庭師や使用人とも仲が良かったですからね、ある程度のことなら覚えております。見様見真似ですので、完璧とはいきませんが、皆様のお手を煩わせるようなことは致しません」
「そりゃ助かるけど…薪割りとかの力仕事なら俺がやるから、気づいたら言ってくれよな、ルグレイ!」
「わたし、お料理作る係!」
「じゃあオレは調理補助と……食器洗いとか……洗濯とかだな」
ユウ、私、マグの順番で、瞬く間に割り当てが決まった。
「なんだ、頼もしいことだな。ナっちゃんの手料理が食えるのなら、俺も通い甲斐がありそうだ」
フィカスがそう言うと同時に、屋敷の前で馬車が止まる。
わらわらと降りると、ルグレイとユウとマグが、馬車に積まれた自分たちの荷物を回収していく。
フィカスはバスケットを片手に、さっさと外塀の門扉に鍵を入れて開け放つと、すぐに塀の内側にある屋敷の扉へと歩いて行った。
外門と屋敷までは、思っていたほど距離はなくて、私は安心した。
その間の空間には、庭と呼べる空間があり、隅にはちゃんと、古びた手押しの給水ポンプがあり、傍らには倉庫もあった。
奥には厩舎があるようで、クルーザーの中に置いてきたはずの台車が、既に運ばれてきていた。
「まあまあ、しばらく土が休眠しておりますのね…これならお嬢さんのお好きな植物を生やして差し上げられますよ…」
「ほんとですか? リンゴの木や、野菜も?」
「可能です」
「おー、そりゃうまくすれば食費が浮くかもな!」
あづさの言葉に、ユウが楽し気に言いながら荷物を運んでいく。
「よかったなツナ……イチゴ畑……作ろうな」
マグも荷物を運ぶ通りすがりに、そう言って行った。
「ホホホ、急ぎではありませんからね…ゆっくりと考えて決めてくださいましね…。お嬢さん、それではワタクシは、あすこの日当たりのいい場所にでも置いてくださいませ…」
「あ、はーい」
私は言われるままに、あづさを雑草だらけの庭に、ちょこんと置いた。
「むいむいっ、きちんと水を含んだ、いい土ですね…」
あづさは目を横線にして、嬉しそうに日向ぼっこしている。
私はその様子にちょっと笑って、邪魔しないように、黙って屋敷の中へと歩き出す。
そして私たちは、待ちに待った住処の中へと、足を踏み入れた。
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「うわーー、アンティークの風情があるね!」
一歩入った大広間を見て、私は歓声を上げた。
落ち着いた色の絨毯。
中央に飾られた柱時計。
二階に通じる階段。
右手側にも、左手側にも、部屋がある。
「狭い部類の家だが、4人と1匹で住む分には十分だろう。ナっちゃん、家の中では翼を出しても大丈夫だぞ」
「おっ、じゃあ俺、早速着替えてくらあ、いやー貴族服って肩がこるな!!」
ユウがどたどたと二階に上がっていく。
「すげえ、一人一部屋ある!」という歓声も聞こえてきた。
「ツナを一人にはできないからな……寝る場所はまたあとで考えないとな……」
マグは、ユウの言葉を聞いて、そう呟いた。
私は嬉しくなって、マグの腕にスリスリと額をこすりつける。
もう私のそういう癖には慣れてきたのか、マグは微笑みながら、頭を撫でてくれた。
「あ、ナツナ様、まだその癖があるのですね。懐かしい…嬉しいときに、よくそうしてきましたよね」
ルグレイが目を細めている。
「そうなの、これをやるとね、どうしてか、すごく落ち着くんだよね」
「おい、いったん昼食にするぞ」
右手側の部屋から、フィカスの呼ぶ声がする。
みんなでぞろぞろと部屋に行くと、ラフな格好に着替えたユウが、遅れて走ってきた。
「まだ屋敷見回ってねーのに!」
「後にしろ、すぐに見飽きる。腹を満たすのが先だ」
右手側の部屋は、ダイニングルームだった。
大きなテーブルの傍に、使われていない暖炉がある。
フィカスはバスケットを開けて、宮殿から持ってきた軽食を広げている。
私たちは、思い思いの席に座っていき、配られたクラブサンドを受け取っていく。
私だけ、フルーツサンドだった。
フィカスは水筒からスープを紙コップに入れていき、配膳していく。
「弁当も豪勢なんだなー」
ユウの言葉に、フィカスは首をかしいだ。
「そうか? こんなものだろう。さて、ナっちゃん、早々に計画を話せ。俺もそれを聞いてから、スケジュールを調整する必要があるからな」
フィカスは私を見ながら、さっさとクラブサンドを口に運んでいる。
片手間に、アンタローにもパンをちぎって食べさせてやっている。
アンタローは、ぷいぷいと満足げだ。
「計画って程じゃないんだけど……。フィカス、カレーズってあるの?」
「ああ、よく知ってるな。あるぞ。むしろ、なければニヴォゼは維持できん」
「そっか、じゃあ、地下水はあるってことだよね……」
マグたちは、ハテナを浮かべながら、私を見ている。
「素人考えなんだけど、ここは昔は緑の大地だったってことは、気候自体は元から暑いものじゃないと思うの。ただ、地表が砂ばっかりだから、お日様の照り返しでどんどん温度が上がっちゃうんだと思うんだよね。だから、その照り返しのシールドとなる植物を生やしておけば、少しは暑さも和らぐんじゃないかって思って」
「…確かに、ジェルミナールから距離のある西の方などは、木の生えているところもあるし、徐々にだが、そこから緑が広がっては来ている。いつか、砂漠化も和らぐのではないかという兆しは、ニヴォゼの方でも感じてはいる」
フィカスは賛同してきた。
私はスープを一口飲みながら、思考を整える。
「でもまずは、そのための土壌づくりをした方がいいなって思ってるの。だから生やすのは、緑肥になるような植物にしようと思って、あづささんに聞いてみたら、可能だって言われた感じ」
「緑肥…って、なんだ?」
ユウが首をかしぐ。
「緑肥は、そのまま畑の肥やしになるような植物のことなんだー。例えば、クローバーの生えている地面をね、そのまま耕すと、いい土になる…という感じ!」
私は都会っ子と違って田舎出身なので、休眠畑を見慣れている。
レンゲソウが一面に生えているところなんて、綺麗で好きだった。
「ナツナ様、しかしそれでは、耕す、という動作が必要なのではありませんか? ナツナ様は混血ですから、まだフェザールよりは少し丈夫かもしれませんが、それでもナツナ様の体力では無理です」
ルグレイが心配そうに見てくる。
「うん、だからね、サンドワームの巣とかに行こうと思ってて」
「ぶっ、ゴホッゴホッゴホッ!!」
スープを飲んでいたフィカスがむせた。
「それはまた……なんでだ?」
マグの質問に、私は自信ありげに胸を張る。
「あのね、一面をクローバーでいっぱいにして、サンドワームを刺激して追いかけさせたら、勝手に耕していってくれるんじゃないかなーって。いい考えでしょ!」
「馬鹿か! 却下だ却下! 1%でも危険が伴う可能性があるなら、俺は何もやらせんぞ!」
珍しくフィカスが声を荒げている。
「つーか、さっきあのまま行かせてたら、そんなことやらかすつもりだったのか!?」
ユウも若干怒っている。
「え…と…わたしは飛べるから、大丈夫かなって…」
「ツナ……今度から何かをやろうと思ったら……絶対に相談はしろ……いいな?」
マグが有無を言わせずに、静かに述べる。
「ナツナ様、魔物と関わることなど、そんな衝動的にやるようなことではありません! そもそも飛ぶには体力が必要なんですから、逃げきれたかどうか…! 何かあったらどうなさるおつもりだったのですか!」
ルグレイもカンカンだ。
「そうかなー、いい考えだと思ったんだけど…」
反対意見の多さに、あれ? と首をかたむけた。
アンタローがテンテンとテーブルの上を跳ねながらやってきたので、私もフルーツサンドをちぎって、アンタローの口の中に入れてやる。
アンタローはなんだかんだで、全員から一口分ずつ、ぷいぷいとお昼ご飯を貰っていっている。
「まったく、ユウとマグには同情する。よくぞここまで無事に育ててこられたもんだ。計り知れん苦労だったろう」
「いやー、普段は大人しいんだが…」
フィカスの言葉に、ユウは私をフォローしようかどうしようか悩んでいるようだ。
「昔は……自分の限界が分かっていなかったらしく……目を離すと倒れていたからな……最近はその頻度が減って……少し油断しているんだろう」
マグは眉間にしわを寄せている。
「で、でも、それくらいじゃないと、全部耕すなんて無理だよ!」
私は躍起になって主張した。
「ナっちゃん、ゆっくりやればいい。一日ですべて終わらせるのは土台無理な話だ。土系の魔法なら、俺も使える。耕すのは俺がやろう。ルグレイ、水系の魔法は出せるか?」
「あ、はい、私は逆に、土系がちょっと相性が悪いですから、水系なら任せてください」
「よし。耕すのは後日にやるとして、その緑肥とやらを生やすのは、一気にやってもらった方がいいな。地表の温度を下げる目的なら、余計にな。どうするか…」
フィカスは、口元に手を当てて考え始める。
「フィカス……その前に……砂漠の移動手段はあるのか?」
マグの質問に、フィカスは「ああ」と顔を上げる。
「うちは錬金大国だからな。魔道車がある。まあ、試作品だが…船と同じく、魔力で動かせる」
フィカスの返答に、マグも考え込んだ。
「馬車のようなものか……ならば……夕方から夜にかけて……一気に生やすのがよさそうだな……その後はその魔道車とやらで……緑肥の上を……くまなく走ればいい……車輪が勝手に耕すし……魔物や砂漠の生き物が動けば……勝手に土を混ぜてくれるだろう……ルグレイは魔道車に乗りながら水やりだな……それで地表の温度が下がるかどうか……見てみればいい」
「いい手だな、それなら俺も魔力の節約ができる」
フィカスはマグの案に賛成した。
「はいはい! じゃあ俺からも一案あるぜ!」
意外なことに、ユウが話に加わってきた。
「土を整えるってことは、そっから本命の草を生やすってことだろ? 俄然牧草を推すね、俺は! 牛とか羊とか放牧しようぜ、ニヴォゼには居ないんだろ?」
ユウの言葉に、フィカスはゴーグルの奥で驚いているようだった。
「どうしてわかった?」
「半分は勘だけどな。けど、昨日の食事で、肉とか言いながら鴨肉だっただろ? ああいう時は血の滴るような牛肉って相場が決まってるってのにさ! あと、今食ったクラブサンドも鶏肉だったし、ヴァンデミエルでは蛇肉は宮廷料理でも出る、って言ってただろ? 俺の故郷でも、牛は居なかったから、ひょっとしたらと思ったんだ」
「…その通りだ。やるじゃないかユウ、食い物に対しては情熱があるな」
「ちぇっ、そういう時は余計なこと言わずに手放しで褒めてくれよ、フィカス」
ユウが拗ねるようにそっぽを向くのを、ルグレイは微笑まし気に見守りながら、口を開いた。
「しかしそうなると、ニヴォゼの人々にとっては、一晩で国の外の景色が変わるということになりますよね? 騒ぎにならないのでしょうか?」
「あ…そうだね」
私は盲点を突かれた気になった。
が、フィカスはにやりと口端を上げる。
「俺にいい考えがある。要するに、吉兆にしてしまえばいい。ナっちゃん、一日二日、決行を先送りにしても大して変わらないだろう。数日待てるか?」
「うんっ、それは構わないよ!」
「そうですね、先日魔力を使い果たしてしまった私としても、先送りになるのはありがたいです。明日には、魔力が全快するとは思うのですが」
ルグレイも同意をすると、フィカスは立ち上がる。
「よし。ならば俺は早速動くことにするか。…買い出しの案内が必要なら、残るが?」
フィカスが私たちの顔を窺うと、マグが首を振る。
「問題ない。馬車の中で……大体の道筋と商店の場所は把握した。広い街なんだな……バザールとは別に……商店街まであるとは」
「えっ、すごいマグ、いつの間に!?」
「マグ様、流石ですね!」
私もルグレイも驚いた。
フィカスは、「頼もしいな」と笑った。
「このダイニングルームの奥がキッチンで、正面玄関から左手がリビングルーム、奥がバスルームと厠。二階がベッドルームとなっている。鍵束や、家の整備に必要なものは、リビングのテーブルに置いてあるから、あとでチェックしておけ。何かあった時の連絡法としては、直接宮殿に来て俺の名を出せばいい、門番に話は通しておく。が、緊急時以外はなるべくやめておけ。貴族連中に目を付けられるからな」
フィカスは最低限の情報を一気にまくし立てると、挨拶もなしにそのまま部屋を出て、外に待たせている御者の方へと向かう。
私たちは、ポカンとそれを見送った。
「…ひょっとしてわたし、フィカスの仕事を増やしちゃった…?」
反省気味に呟くと、ユウは笑って、クラブサンドの包み紙をアンタローに食わせた。
「いやー、俺にはフィカスが楽しそうに見えたけどな。気にしなくていいんじゃねえか?」
アンタローは、ぷいぷいとゴミを平らげていく。
マグもアンタローに紙コップを食わせながら、ふっと笑った。
「そうだな……オレにもそう見えた……」
「そっか…。だったら、いっかな」
私はもう一度、フィカスが去ったほうを見て、少しだけ笑みを浮かべた。
<つづく>




