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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
81/159

枕投げと、貴族ごっこ



「ただい…わっ!?」


 大部屋の扉を開けると、いきなり目の前に枕が舞っている。


「これは…何事ですか?」


 ティランも隣で茫然としている。


「何って、枕投げだよ枕投げ!」


 ユウが楽しそうにアンタローを投げつけている。

 フィカスが「おっと」と言いながらキャッチした。


 小学生か!?


「楽しそうですね、どういうルールなんですか?」


 意外なことに、ティランが乗り気で靴を脱ぎ、はだしで布団の敷き詰められている部屋に入っていく。

 私も急いで後に続いた。


「この真ん中の線から、フィカスの領地と、俺の領地で分かれてて、一個でも多く枕を相手の領地に投げ込めば、勝ちだ! で、枕一個は一点なんだけど、アンタローは3点な! 逆転を狙おうと思ったら、アンタローを利用するんだ!」


 よく見ると、ルグレイは正座をして、ユウの説明を聞いて何度も頷いていた。


「ぷいぃいっ、ボクはお高い男ですよ! 覚悟してくださいユウさん!」


 アンタローはフィカスの手から飛び上がり、自らユウの陣地に入っていく。


「ちょっ、お前、自分からはずりーだろ!!? 俺が不利じゃん! おい、ツナ、マグ! ティランが来たんだから、二人とも俺の味方しろよ! ルグレイは人数合わせであっちな!」


「いいだろう。ティラン、兄弟の絆を見せる時が来たな」


「はい、兄さん!」


「ナツナ様…すみません、本当はナツナ様と敵対なんて、したくないのですが…!」


「ルグレイ…! 大丈夫だよ、心はいつも一緒って、わかってるよ…!」


 チーム分けが決まったので、私とマグはユウの陣地に行く。

 ルグレイは涙ぐみながら、フィカスの傍に控えた。


「ツナ……危ないからオレの後ろに……しっかり隠れているんだぞ」


「う、うんっ」


 マグは遊びでも過保護だった。


「じゃあ、制限時間は10分な! よーい、スタート!」


 ユウの合図で、枕投げ大会が始まった。


「ティラン、マグはあそこから動けない。反対側に枕を投げ込むんだ」


「はい、兄さん!」


 ティランがもうフィカスのYESマンみたいになって枕を投げていくのだが、暴投が多く、何故かすべての枕がユウの顔面に叩きこまれていく。


「て、てめえ…!! 容赦しねーぞ!!」


 ユウが投げ返すも、すべてフィカスが防いでいく。


「無事か、ティラン」


「はい、兄さん!」


「ほらツナ……枕だぞ……試しに投げてみるか……?」


 マグが優しく私に枕を渡してくる。


「あ、ありがとマグ…えい!」


 私は下投げで、なるべくフィカスチームの後ろ側に投げて行った。


「ほらツナ、アンタローだぞ……」


 私はアンタローを投げる。


「ぷいぃいいっ!(もろもろ、もろもろっ)(フライング粒漏れ)」


「ナツナ様、今から私も投げますね、ちゃんと受け取ってくださいね、はいっ」


「う、うん、ルグレイとこうやって遊ぶの、初めてだから嬉しい…!」


 ルグレイと私は、平和なキャッチボールを行っていく。

 この体だと激しい運動は無理だが、このくらいならできる。


「よし、あと30秒! 勝てる!!」


 ユウが勝利を確信した、その時だ。


「アンタロー、ユウの足にへばりつけば、ご褒美にブラッシングをしてやる」


「ぷいぃいいいっ!!」


 フィカスの言葉に、アンタローが目にもとまらぬ速さでユウの足にまとわりついていく。


「だあああっ!? 買収は卑怯だぞ!!」


「ぷいぷいっ!(ちょろちょろ、ちょろろっ)」


「つーか、別に普段からフィカスにブラッシングして貰ってるだろアンタローは!!?」


「(ハッ!)」


「よし試合終了だ」


 フィカスは、アンタローに気を取られているユウの方へ枕を一個放り込んでから、そう告げた。


 マグ以外の全員は、結構全力で取り組んでいたので、はあはあと息が荒い。


「やりましたね兄さん、僕たちの勝ちですよ!」


「当然だ。俺は欲しいものはすべて手に入れるからな。勝利も然り」


「すみません、ナツナ様、騎士である私が勝ちをいただいてしまうなんて…!」


「ぷいぷいっ、ボクたちの勝ちですね!」


 フィカスチームは勝利の余韻を味わっている中に、ちゃっかりとアンタローも加わっている。


「くっそーー、途中までは俺らが有利だったのに…!」


 目の前しか見えてないユウは、マグがあまり動いていないことに気づいてなかったようだ。


「ツナ……残念だったな……だが、ツナが誰より頑張ったのは……オレがちゃんと見ていたからな」


「誰より頑張ったのはユウだと思うよ…!?」


 意外にマグも目の前しか見えていないようだった。


「ですが、とても斬新な遊びで、楽しかったです。地上の皆さんは、寝具まで遊びに変えてしまわれるのですね、発想の柔軟さには、脱帽です」


 ルグレイが感極まったように言いながら、散らばった枕を回収して、元の位置に戻していく。

 フィカスが、ぐるっと周囲を見渡しながら、口を開いた。


「俺も初めてだったが、庶民の遊びというものはなかなか刺激的でいいな。これなら今日はよく眠れそうだ。しかし…6人と1匹か。壮観だな。ユウは一番端で寝ろよ、寝相が悪そうだからな」


「わ、わかってるよ…!!」


「なんだ、自覚はあるのか」


 フィカスはからかうように笑う。


「では、ユウ様の隣は私が担当します。私が防波堤となり、絶対にユウ様の暴力を、皆さんの元へ通したりはしません!」


「お前、言い方…!?」


 ルグレイが無自覚にユウを傷つけていく。


「兄さん、僕は兄さんの隣ですからね!」


「なんだティラン、まったく、お前はいくつになっても甘えたがりだな。仕方のない奴め」


「ツナは……オレと一緒だな……くれぐれもフィカスの傍には……寄らないようにな」


「う、うん、マグがそう言うなら」


「ぷいぃいっ、ツナさんツナさん、ボクをぎゅっとしてくれても、いいんですよ!」


 次々とフィールドが決まっていき、配置が決まっていく。


「じゃあ、明かりを消すぞ」


 言うが早いか、フィカスはランプの明かりを落とした。


「人数多いと、ワイワイしていいね」


 私が寝ころんだまま、にこにこと話すと、暗がりの中で返事が返ってくる。


「そうだな……ツナは賑やかなのが好きだからな……」


 この声は、マグだ。


「うん、誰かと一緒に過ごすことを知ってしまうと、一人になった時にね、寂しくなるよね」


「……そうだな」


「ナツナ様、もう大丈夫です、絶対にあの部屋でナツナ様を一人にはさせません…!」


 ルグレイが、ちょっと潤んだ声で言っている。


「うん……ありがとルグレイ…。……そうだフィカス、明日、果樹園に連れて行ってもらってもいい?」


「構わないが、どうした?」


「ちょっと試してみたいことがあるの」


「また何か突拍子もないことを始める気か…いいだろう。楽しみにしている」


「ああ…明日には、ナっちゃんさんたちは隠れ家に行ってしまうのですね。名残惜しいです。今日はとても楽しかったので」


 ティランがしみじみというと、フィカスが応える。


「また機会があれば王宮に招けばいいだろう。二年は長いぞ。じっくりと付き合っていけばいい」


「…そうですね」


「あ、そういえば、わたしたち、フィカスとティランのご家族に挨拶してないけど、いいの?」


 私の問いかけに、空気が少しだけ張りつめた。


「構わん。俺の母もティランの母も、離宮に居るからな。特に俺の母は、俺とは絶縁状態だ。何も気にすることはない」


「絶縁って、何かあったのか?」


 ユウの声が割って入る。


「まあ、俺が牽制のために、わざと周囲が推察できる方法で父を毒殺したからな。おかげで貴族連中は俺を恐れて大人しくしているよ。ただ、母はな…。表向きには知らない振りをしているが、相当怒っていてな。おそらく、俺を最も暗殺したいのは、俺の母だろう」


 ユウたちにとっては、いきなり降って湧いた事情なので、驚きで黙り込んでしまった。


「すみません兄さん、僕のせいで…」


「ごめん、無神経だったね…!」


 私が慌てて言うと、フィカスは軽く笑う。


「気にするな。よくある話だ。俺は図太いからな、この程度で何かを思うほどやわでもない」


「それは違うよ、フィカス。傲慢で居ようとするのと、本当に傲慢であるのは全く別の話なのと同じように、平気で居ようとするのと、実際に平気なのは、全然違う話だよ。本当はどっちなのか、きちんと自覚しないと、いつか、はじけちゃうよ」


 私は思わず叱りつけるような口調になってしまった。

 フィカスの居る方から、戸惑うような空気が伝わってきた。


「……そうか」


「そうです。フィカスはわたしたちに、ちゃんと話し合えっていうけど、フィカスもちゃんと、お母さんと話し合った方がいいと思う」


「……、…そうか」


「…ふふふ、兄さんが叱られるところなんて、初めて見ました」


 ティランの忍び笑いが響いた。


「…そうだな、俺は出来がいいからな。叱られたこと自体、初めてだ」


「何さりげなく自慢してんだよ」


 おそらくこの中で最も叱られた回数の多いユウが、フィカスに文句を言う。


「……ツナ。ツナは、はじけてしまったことが……あるのか?」


 マグが、心配そうな声を出した。

 私は、少し答えに窮した。


「……ある…と思う。でも、よく…思い出せない……」


「……そうか。そういうものなのかも……しれないな」


 一度会話が途切れて、シンと静まりかえった。


「……マグ、ツナ」


 不意に、ユウが呟くように声を出す。


「俺さ。うまくできるか、わかんねーけど。もうちょっと…自分のこと、大事にしてみるよ。今まで、ごめんな」


 ユウは、やっと会食の時に言われた答えを出せたようだ。


「ああ」

「うんっ」


 マグと私は、同時に応える。

 フィカスとティランとルグレイは、少し微笑んだようだった。


 私はなんだか安心して、すやすやと寝息を立てているアンタローの頭を撫でる。

 ティランとフィカスはまだ何か喋っていたようだが、私はそのままぐっすりと眠りにつくことができた。



-------------------------------------------



 翌朝、私たちはなんちゃって貧乏貴族の格好をして、これ見よがしに宮殿中をフィカスとティランと共に練り歩いて、家族ぐるみで親し気にしている様子を色んな人に目撃させた。

 ルグレイは付き人設定なので、いつものように青い軽鎧をまとっている。

 宰相だか貴族の人だかとすれ違って挨拶をしたが、もう誰が誰だかわからないくらいたくさん居て困った。


 幸い、ここにきてデューが私に施した社交界の挨拶の仕方とかが生きて、無事に貧乏貴族は演じられたと思う。

 特筆すべきはやはり貴族のルグレイで、物腰の一つ一つが人目を引いてくれる。

 だいたいの人の視線は、よく動く付き人のルグレイに集まったため、ユウや私がボロを出すこともなかった。

 マグはいつも通り、そつがない。


「よし、このくらいでいいだろう。よく頑張ったな。もう後は自由の身だ。まずは家に寄る前に、果樹園だな」


「あー、しんどかった…!」


 馬車に乗ると、ユウは早速、貴族服の首元を緩めている。

 見送ってくれたティランに手を振りながら、馬車が発進すると、遠目にティランが豪奢な服を纏った人たちに質問攻めにされているのが見えた。


「よし、存外うまくいきそうだな。ゴシップ好きが多いと、こういうところで役に立つ」


 フィカスは満足げだ。


「当然だ……あれだけツナにべたべたと触れておいて……失敗したじゃすまされない」


 マグのほうは不満げだった。


「ははっ、許せ。俺としては、役得だったが」


「ナツナ様、そういった服もお似合いですね、騎士として鼻が高いです…! これからもたくさん、色んな服を着ましょうね…!」


 ルグレイは、私が色々な経験をできることを、我が事のように喜んでくれる。


「うんっ、ルグレイも、普段着をたくさんもらえて、よかったね! いつも鎧だと、肩がこるもんね…!」


「そうですね。ですが、今や鎧がないと落ち着かないのも事実です。早く騎士として魔物退治などをして、お金を稼いでみたいです」


「なになに、ルグレイ、買いたいものでもあるの?」


「はい、ノートを一冊買いたいのです。それで、食べた食事の記録をつけたいなと」


 ルグレイ、ポエム書く気満々だ……。


「……、……そっか、ルグレイが、たくさん好きなこと見つけて、笑顔になると、わたしもうれしいよ…!」


 なんとか、なんとか自分の心を持ち直す。


「つーか、ノートくらい、別にわざわざ稼がなくても、パーティー資金から出せばいいだろ? 何遠慮してんだよ」


 ユウの言葉に、ルグレイは慌てて首を振る。


「そんな、滅相もない! むしろ私がパーティー資金を溜めて、ユウ様たちには悠々自適な二年間を過ごしていただきたいくらいです!」


「おいおい、ルグレイ。お前の役割は、門番と買い出し係だろう。まあ、貴族共が動くのはしばらく先だろうから、この一週間は自由時間にしても構わんが」


「あ…そう、ですね、なかなか、両立は難しいです。ですが、この身の所在を求められているというのは、嬉しいですね」


「…ふふっ、やること、いっぱいあるね」


 私が笑うと、ルグレイも嬉しそうに、「はい」と笑った。


「まあ、資金が足りなくなれば、いつでも俺に言うといい。協力をして貰っている身だからな、いくらでも融通しよう」


「それはありがたいが……ここまでの道中でそこそこ出してもらっているからな……ニヴォゼの財政は潤っているのか……?」


 マグが質問すると、フィカスは事も無げに頷いた。


「ああ。俺は少しばかりズルをしたからな、ニヴォゼの貿易は黒字なんだ」


「ズルって、犯罪じゃねーだろうな…?」


 ユウが訝しげに聞くが、フィカスは首を振る。


「そんな割に合わんことをせずとも、方法はいくらでもある。お前たちと最初に出会った時、俺自らが、挨拶回りついでに貿易を指示していただろう。さすがに王族に対して値切ってくる商人は居ないからな。その上で、俺はこういう呪文を唱えた。『特技は人の顔と名を覚えることだ』とな。なかなか、取引を優遇して貰えたよ」


「うわあ、えげつねーな…商人泣かせというか」


「馬鹿を言うな、嘘はついていない。まあ、味を占めて、今度はティランに挨拶回りをさせてみたが。おかげで財政難の心配はなくなったな。孤児院もきちんと政策の一環にできたし、言うことはない」


「…フィカス様は、昔の陛下によく似ています。陛下も、そのようなお人柄でしたから…少し懐かしくなりました」


 ルグレイが、何かを思い出すように、目を眇めた。

 フィカスは、微妙な顔をする。


「ジェルミナールか…。怨敵とまで言う気はないが、そう言われても少し複雑だな。まあ、ナっちゃんの父親なんだ、気が合うに越したことはないが。…よし、着いたぞ」


 流石に街中なので、馬車での移動は早かった。

 全員で馬車を降りて、果樹園の前に立つ。

 昨日の会食のジュースに出てきた、ルビーオレンジの果樹だ。


「ここ、勝手に入っても、大丈夫?」


 念のためにフィカスに聞くと、「構わん、俺の国だ」と返ってきた。


「うまくいくかわからないけど、ちょっと待っててね」


 私はみんなに言うと、絹の手袋を脱いで、手前にある果樹の一本に、手をついた。

 本当はしゃがみ込みたかったのだが、まだ貴族服を着ているので、もったいなくて汚せない。

 そのまま、木の幹に額を当てて、念じる。


「…あづささん。花守あづささん。聞こえますか?」


 あの日、エンゼルストランペットの群生地で。

 精霊のあづさは言った。

 植物を通して、いろんな場所の、いろんなことを知っている、と。

 だったら、私のこの声も、カクテルパーティー効果とかで届くはずだ。


「あづささん、ちょっとお聞きしたいことがあるんです…よろしければこちらに来ていただけませんか?」


 とはいえ、自分がやっていることが奇行である自覚はあるので、こそこそっと小声で呼んでいる。

 しばらく同じことを続けて、やっぱり無理だったかな、もうやめようかな…と思っていた時、私の足元で、土がもこもこと動いた。

 そして、ひょん、といきなり、一本の花が生えた。

 私は驚いて一歩下がると、入れ違いにルグレイが私を庇うように出てきた。


「ナツナ様、これはいったい…!?」


「待ってルグレイ、私の知り合いの精霊の人だから!」


 私の言葉と同時に、もももっと土がせりあがり、ぴょこんと緑色の、丸いアンタローもどきが出てきた。


「これは……驚いたな」


 初対面のフィカスも、それだけ言うと黙り込む。


「むいむいっ、おひさしぶりですね、お嬢さん…そして餡太郎様。どういったご用件でしょうか?」


 アンタローは、フィカスの頭の上で、「ぷいぷいっ」と呼応して跳ねている。

 私はスカートをたくし上げると、あづさに視線を合わせるように、その場にしゃがみ込む。


「あづささん、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。聞きたいことがあるんです」


「むいぃ、どうぞ遠慮なく仰ってみてくださいませ…このあづさ、力になりますよ…」


 私は、どう切り出そうかとちょっと考え込んでから、控えめに話し始めた。


「あづささんの力を借りれば、わたしは植物を大地に息吹かせることは可能でしょうか?」


「可能です」


 あづさは特に悩みもせず、あっさりと頷いた。


「では、レンゲソウ・クローバー・スミレ・ヨモギ…この4つを、広い範囲へ、可能でしょうか?」


「可能です。例えば、針葉樹林の森を生やしてくれと言われましたら、不可能と答えますが…今お嬢さんの仰ったそれらは、あまり深く根を張らず、地表を覆うように生えるのみですからね…。ただ、広い範囲というのは、どのくらいのものか、お聞かせくださいまし…」


「この大陸の砂漠を、覆うくらいの範囲です」


「な…!?」


 私の後ろにいる皆が驚いた。


「素人考えですが、緑化をしてみようと思っているんです」


 私は揺るがずに続ける。


「まあ、まあ、途方もないことですわね…。ただ、今ある生態系を崩すことはあまりお勧めできませんわ…。ですから、ここの周囲、つまり、西大陸の北部だけ…と範囲を狭めることを推奨いたします…そうすれば、今生えているサボテンさんたちは、ワタクシが南に移動させればよいだけですので…」


「あ…そうですね。軽はずみでした…」


「むいむいっ、いえいえ、ほんの数百年前は、ここは緑にあふれる大地でしたものね…そもそもそちらが正しい在り方なのですから、お嬢さんが気にすることではありませんわ…緑が増えるのは、ワタクシにとっては嬉しいことでもありますし、むしろ申し出に感謝をしておりますよ…」


「現地にあづささんを連れて行けば、その都度指示をいただけると考えてもよろしいでしょうか?」


「ええ、ええ、もちろんです。ワタクシは動けませんので、どうぞ運んで行ってくださいませ…」


 私はそっとあづさを抱き上げると、みんなの方を振り返る。


「じゃあちょっと、行ってくるね! うぐっ!?」


 翼を出そうとしたところで、フィカスに思い切り服の首根っこを掴まれて引き留められた。


「落ち着けナっちゃん、何を当たり前のように飛ぼうとしているんだ、本当に前しか見えない娘だな…!!」


「ツナ……ちゃんと説明しろ……そして、みんなでやるぞ」


 マグも半眼で睨みつけてくる。


「えっ、でも、いいよ、個人的にやりたいことだし、一人でやるよ…!」


「ツナ、水臭いこと言うなって、面白そうじゃん、俺も混ぜてくれよ! な?」


「そうですナツナ様、そもそもお一人で砂漠なんて過酷な場所に行って、倒れてしまったらどうする気ですか…!」


 ユウとルグレイに立て続けに言われて、それもそうか…と思い直した。


「あづささん、一緒に居てくれる期限って、ありますか?」


「むいむいっ、いつまででも大丈夫ですよ、そもそも植物は、風の吹くままに種を飛ばしますからね…今はお嬢さんのところへ、風が吹いているということですわ…。森はトランペッターに任せていますし…今の住処はここから西の紅葉樹林帯ですから、ほどほどに近いのですよ…」


「よし。だったらナっちゃんのやりたいことは明日からだ。いいな?」


 あづさの言葉を聞いて、フィカスが無理やり計画を決めてくる。

 私はしぶしぶ、「わかった」と頷き、あづさを抱きしめる。


「そもそも、もうジェルミナールとナっちゃんは関係がないんだ。西大陸の砂漠化で、そこまで責任を取らなくていい」


 フィカスが言い含めるように言ってくると、ルグレイが反応した。


「フィカス様、どういうことですか? ジェルミナールが、何かしたのですか?」


「……とりあえず、立ち話で言うことではない。全員、馬車に戻れ。俺は今や有名人だからな、国民に見つかると厄介だ」


 私たちは、わらわらと馬車に戻っていき、馬車は街外れの家に向けて出発した。




<つづく>



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