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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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プチファッションショー



 お風呂から上がって、部屋に戻る途中で。


「あ、ナっちゃんさん、ちょうどよかった、今呼びに行くところだったんです」


 同じく湯上りのティランとばったり出くわした。


「ティラン、どうしたの?」


「試しに一着、背中に切れ込みを入れてみたので、具合を試してほしいのです」


「ええ? そんなに丁寧にしなくても、適当でいいのに」


「ダメです。細部までこだわるのが、趣味人という者ですよ」


 ティランはお説教をするように、人差し指を立てて私へ主張してくる。


「後ほどお持ちする予定だったのですが…そうですね、少し恥ずかしいですが、僕の部屋へ来ていただけますか?」


「えっ、いいの? 行きたい!」


 王族の部屋というものが大変気になるので、二つ返事でついていくことにした。




「こちらです、どうぞ」


 案内された扉は、特別大きいわけではないが、隅々まで意匠のこらされたものだった。

 ティランに続いて部屋の中に入って、私は歓声を上げる。


「かっ、かわいい!!」


 そこは柔らかな白とピンクを基調とした、レースが飛び交う乙女の部屋だった。


「すごーい、ティラン、趣味いいね…! きちんと統一感あるよ! わたしね、可愛いって思って買ったものって、部屋に置いてみると、ちょっと違和感が出る感じに浮いちゃうんだよね…! 部屋の色彩とか考えずに、バラバラに購入すると、そうなるんだって、思い知ったの!」


 興奮気味に、ついリアルの部屋の話をしてしまった。

 ティランは特に不審には思わなかったようで、少しほっとしたように微笑んだ。


「よかった…大の男がって、気持ち悪がられるかと思いました。だけど、なぜでしょうね、ナっちゃんさんなら、そうやって受けれてくれるんじゃないかって…嬉しいです」


「ええ…? 誰かに気持ち悪がられたことがあるの?」


「いえ、それはありませんが…。父は、厳粛な方だったので、ついそういう思考になってしまうんです。この部屋も、父が亡くなってから、模様替えをしました」


 ティランはまつげを伏せる。

 しかし、翼がどうの姫がどうのというアレな設定を素面でやり通さなければならない私にとって、ティランがその程度で何を恥ずかしがるのかが真面目にわからない。

 ティランさん、この世で最も恥ずかしい存在は、あなたの目の前に居るんですよ!


「……たぶん、堂々としていれば、大丈夫だと思うよ。演劇と一緒で、恥ずかしがってやってると、余計恥ずかしく見えるから。そういうものだと、わたしは思うよ」


 ティランは驚いたように顔を上げた。


「…そんな発想は、僕にはありませんでした。…ありがとうございます」


 やっぱり、実感を持って言う言葉は伝わりやすいのだろうか。

 私ももう、開き直るしかなかったので、ティランの気持ちはよくわかる。

 というか、会話中に突然ミュージカルの方が恥ずかしいと思うよ…?


「ではナっちゃんさん、こちらへどうぞ」


 ティランは、部屋を隔てるレースのカーテンをめくる。

 すると、ハンガーラックに山ほどの服がかかっていた。


「えっ、すごい、これ全部ティランが作ったの!?」


「はい、行き詰った公務の合間にやると、いい気分転換になるのですよ」


 そっか、ティランってストレス無さそうに見えるけど、やっぱりあるんだね…王族って大変そうだもんね。


「以前、宿場町でナっちゃんさんに出会ってからは、ナっちゃんさんの服ばかり作ってしまいました。やはり女の子はいいですよね、飾り甲斐があるというか…ナっちゃんさんは肌が白いので、淡い色合いが似合いますよ。さ、まずはこれを着てみてください」


「……まずは?」


 私は差し出されたロリータファッションのワンピースを受け取りながら、笑顔を凍り付かせた。


「せっかくですから全部着てみましょうね。ご安心ください、魔道写真機に納めますので、一度着ていただければ僕は満足しますから」


 ティランはにこにこしながら予想外のことを言ってくる。


 ご、強引!

 こういうところはフィカスと兄弟だな!?


「あの…」


「会食は気に入ってただけましたか? ご安心ください、あれは国民の税金からではなく、僕と兄さんのポケットマネーで出した食事ですからね」


 こ、こいつ、恩を着せてきた…だと!!?


「大丈夫ですよナっちゃんさん、堂々とやってください。恥ずかしがってやると、余計に恥ずかしく見えるって、どこかの誰かが言っていましたし」


「わかったよ、着るよ…!!」


 口では敵わないと悟り、私は大人しくティランに従って、着替えを始めた。

 湯上りのネグリジェを脱いで下着だけになると、ティランは「失礼します」と、私が服を着るのを補佐するように、袖を用意してくれたり、リボンを絞めてくれたりと手慣れている。

 私はもう言いなりで、「翼を出してください」と言われると、バサッとやっていく。

 服に合わせて、髪型もささっと変えられていった。


 ふと、ティランは私の手首を掴んで、そこにある首輪のブレスレットに目を向ける。

 チリンと、今や慣れ親しんだ鈴音が鳴る。


「昨日から気になっていたのですが…。これは、ユウさんのプレゼントなのでしょうか?」


「えっ、なんでわかったの!?」


「ふふふ、やっぱりそうでしたか。ユウさんなら、やらかしそうだなと思いまして。可愛らしい方ですよね」


「それ、本人には言わないであげてね…」


「もちろんです。ですが、音が鳴るものを身に着けるというのは、なかなかいいですね。発想の参考になります」


 流石にティランは研究熱心のようで、私を着替えさせながら、色々と考え事をしているようだ。


「ティランの子供は、毎日着せ替えショーとかさせられそうで、大変だね」


 私は想像しながら笑ってしまう。

 しかし、ティランは首を振るだけだった。


「いえ。結婚をするときには、この趣味ともお別れですね。すべての女性が、ナっちゃんさんみたいに、受け入れてくれるわけではありませんから」


「ええ…? 勿体ない。せっかくこんなに可愛い服が作れるのに! ティランはわかってないよ、何かを作ろうと思っても作れない、白紙を眺めるだけしかできない人だっているんだよ…!」


 私はつい、リアルで溜め込んでいる、白紙のノートを思い出しながら言った。

 本当は私だって、女の子らしくお絵かきとかしてみたい時期があったが、壊滅的に下手なのだ。

 ティランの反論が来ることは分かっていたので、畳みかけるように言葉を続ける。


「大体、ティランはもう政治に関われる立場なんだから、もうちょっと趣味でやればいいんだよ! ファッションショーとかの大会を、王国主催でやればいいんだよ! で、素性を隠して参加したりね、そしたらきっとわかるよ、こういう趣味が気持ち悪がられるものってだけじゃないって。何も作ったりできない人からすれば、すごいことなんだから…! ね、やってみなよ、そしたら、理解ある出会いとかもあるよ」


 ティランは、ぽかんとして、私のことを眺めていた。

 やがて、困ったような顔で、ふっと笑う。


「ナっちゃんさんは、おかしな人ですね。趣味で政治をやるなんて、考えてみたこともありませんでした。でも、そうですね…ニヴォゼの発展の仕方は、いろいろな方面からアプローチがあってもいいんですよね。革新的なことは兄さんに任せて、僕は古いしきたりを守ることばかりにとらわれていました。ありがとうございます…少し考えてみます」


 その返答に、ほっとした。

 好きなことを封印して生きていくのは辛いということは、よくわかっていたからだ。


「…あ、そうだ、ファッションで思い出したんだけど、ティラン、帽子ってある? 前に被っていたものが、海に落ちちゃって…。でも、街の観光をするときは帽子を被らなくちゃダメで」


 着替えの合間にそう聞くと、ティランは首をかしいだ。


「ひょっとして、兄さんから何も聞いていないのですか? ニヴォゼでは、魔力持ちであることを隠す必要はありませんよ」


「えっ、どういうこと?」


「3年前、あれは兄さんがナっちゃんさんと会った後ですね。急に国を挙げての魔力持ちの保護を言い出したんです。それによって、魔力持ちの特徴は全国民に知れ渡り、裏家業の一部が知るだけの情報ではなくなりました。魔力持ちは、名乗り出れば褒賞と将来を約束するという条件で、本当に唐突に思いついたかのようにおふれを出したんです。当時の僕には、それがどういうことなのかはわからなかったのですが…」


 ティランは喋りながら、私を人形のように動かして、ポーズを取らせる。

 会話の合間にパシャリと写真機の音がして、写真を一枚撮られた。


「そこから名乗り出てきた人々を見て、驚きました。貴族が、魔力の確保のために愛人を多く作って、子を産ませていたことが判明したのです。そうしてできた子供は、地下室に幽閉され、魔石に魔力を込めるだけの道具にされていたようで…。ですが、母親はどうしても子の幸せを願ってしまうものなのですね。次々とその情報を持って名乗り出てきたのは、すべてその子たちの母親でした」


 自分の境遇と重なって、胸がずしんとした。


「兄さんは一石二鳥を狙いたがりますからね。本当は、ナっちゃんさんをニヴォゼに招くことを、あの時に決めていたのだと思います。今や魔力持ちは国の宝扱いとなり、孤児院できちんとした教育を受けて貰っているところです。彼らのトラウマが癒えた頃に、兄さんはニヴォゼの維持をお願いするのだと思います。事情が事情だけに、あまりアテにしすぎるのはよくないのですけれど」


 何着目かの服に袖を通しながら、自由を得られない子供が減ったことを嬉しく思った。


「ですから、もし街を歩いてナっちゃんさんに悪さを仕掛ける者が居たら、街の人みんなが守ってくれる状態ですね、今は。安心して観光していってくださいね」


「そっか…。フィカスって、やさ―――」


 っ!!

 あぶなっ、優しいっていうところだった、ティランの前でフィカスを誉めたらミュージカルが始まるんだった!!

 なんで日常会話をしているだけで地雷原を歩いてる気分にならなくちゃならねーんだよ!!!

 全員一見まともなのが不便すぎるわこの世界!!


「やさ…?」


「野菜、好きかなあ!?」


「…? そうですね、好き嫌いはないと思いますが…」


 ティランは不思議そうに答えながらも、手を動かすのはやめない。

 私はまたポーズを取らされていく。


「あと、この辺りって、森とか、ある!?」


 誤魔化すように、私は質問を重ねた。


「森…ですか? そうですね、東大陸のような森は、かなり西のリュヴィオーゼ跡まで行けば、紅葉樹林がありますが…。近場で言うなら、ニヴォゼ内の果樹園が一番、それらしいですね」


   コンコン―――


 唐突に、ノックが割って入る。

 しかしノックの意味がないのではないのかと思うくらい、間髪入れずに扉が開いた。


「ティラン、入るぞ。ナっちゃんが大部屋に戻っていなかったんだが、お前何か知らな……」


 会話の途中で、湯上りのフィカスと目が合う。

 フィカスは湯上りだろうと何だろうと、ゴーグルをつけている。


「なるほどな、ティランに掴まっていたわけか。随分と可愛い恰好をしているじゃないか」


 私はちょうど、薄絹を纏った踊り子のような格好をさせられていたところだった。

 足首に二連の足輪…アンクレットというのかな? をつけているので、動くとシャランと音が鳴る。


 フィカスは部屋に入ってくると、私がその辺に脱ぎ散らかしておいたネグリジェを拾い上げる。


「ナっちゃん、嫁入り前の娘が無防備に男に素肌を晒すのはどうなんだ? 全く、危なっかしいことこの上ないな。マグが知ったら卒倒するぞ」


 言われてはじめて、自分のやったことにハッと気づいた。


「でも、ティランだよ!?」


 咄嗟に、聞きようによっては失礼なことを言ってしまう。

 しかしティランはいいように受け取ってくれたようで、にこにこと笑った。


「僕は信用されているようですね、嬉しいです」


「ほおおお、俺は変態で、ティランは信用できると…?」


 フィカスはずいっと顔を寄せてくる。

 私はひるんで一歩下がった。


「だ、第一印象の差ですから…!!」


「何を言う。ナっちゃんみたいにパっと見儚げな少女という質の悪い詐欺をやらかすよりも、俺はよほど善良だぞ」


「人のことを歩く悪質業者みたいに…!! ぶわっ!?」


 いきなりネグリジェをばさりと顔にかけられた。

 フィカスは何事もなかったかのように話を続ける。


「ティラン。お前はどうせ放っておいたら徹夜をやらかしかねんからな。今日はここまでにして、きちんと寝るんだ。大部屋で待っているぞ。考えてみれば、お前と共に眠りにつくのは初めてだからな。楽しみにしている。ではな」


 フィカスは用件だけを言うと、さっさと部屋を出て行った。

 私がネグリジェを顔からはがした頃には、もういない。


「もーー、意地悪い…!」


 私が拗ねたように言うと、ティランはくすくすと笑っている。


「ふふふ、僕は嫉妬をされてしまったようですね」


「ええ…? 今のが…?」


 今のをどう見ればそうなるのだろうか。

 兄弟の絆とかで何かを感じ取ったということ…?


「しかし申し訳ありません、つい夢中になって、長いこと付き合わせてしまいました。この一枚を撮ったら、お開きにしましょう」


 ティランは相変わらずにこにこして、嬉しそうだ。

 まあ、ティランの気分転換になったのなら、いいかな…。




<つづく>



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