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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第一章 小学生編
8/159

悪夢のホットケーキ(下)

 名前……。

 生き物を持ち上げて、じっと観察する。


 これはひょっとして、間違えたらページを戻される案件じゃないだろうか?

 この非常時に!


 でも、しょせん私が思いつくような名前でしょ?

 そんなにヒネったものをつけるわけないし、安直というか単純というか、見たままを付ければ正解な気がする。

 小木木製薬のネーミングセンスとか大好きだしね……わかりやすいのが一番だよね!

 ゲームでペットとかモンスターに名前を付けることも普通にあるし、そう、手慣れたもののハズ!【注1】


 その綿埃のような生き物は、丸くて、白くて、猫のような耳がちょこっと生えている。

 ふかふかしているが毛足は短くマシュマロのようで、しっぽは無く、目は点だ。


 うーーん…。

 これはもう、悩むまでもないかな。


「だいふく!」


「―――!」


 あれ、怒っちゃったかな…!?


「(ぱあああぁああっ)」


 やった、嬉しそうに顔を輝かせてる!


「よかった、きまりだね!」


「気に入りました!」


「じゃあ、いこう!」


 居ても立っても居られない、という足取りで、私は二人を残してきた方へ駆け出した。




   <・・・・・パラ・・・・・>




「ではその前に、ボクの名前を決めてくれてもいいんですよ?」



 ………………


 ダメだったじゃん!!!?


 駆けだしたはずの足は止まっていて、場所も先ほどの行き止まりのところに戻されている。

 ページを戻された!

 な、なんで? 明らかに今いけそうな流れだったよね?

 まめだいふく、がよかったかなあ?

 いや、もう時間が惜しいから、手あたり次第に行くしかない……!



「つぶれあんまん!」


「(ぱあああぁああっ) 気に入りました!」


 即座にダッシュ!




   <・・・・・パラ・・・・・>




 ………………ッッッ



「マシュマロチョコチップ!」


「(ぱあああぁああっ) 気に入りました!」


 さてはコイツなんでもいいんだろ!!?




   <・・・・・パラ・・・・・>




 はあ、はあ、はあっ…!


 だ、ダメだ、暗中模索にも限度がある…!!


 おかしいな、大福が一番似てると思うんだけど…!!

 もうしょうがない、こうなったら原文を見てカンニングしよう!


「ではその前に、ボクの名前を決めてくれてもいいんですよ?」


 期待交じりのつぶらな瞳を向けてくる生き物を、無言で足元に置く。

 期待の表れか、足元でぴょんぴょんとじゃれるように跳ねているのを後目に、そのまま指を組み、目を閉じて集中する。

 ちょうどいい、実は試してみたいことがあった。


 全文を読もうとするから疲れるんじゃないだろうか? という部分の検証だ。

 つまり、一部分だけ抜き出して読めば、あんな抗いがたい眠気もマシになるんじゃないだろうか。


 この不思議生物の名前の部分だけ、出てこい!!!


 気合を込めると、思っていたよりもずっと早く、瞬時にぱっと文字が浮かんだ。

 なぜかいつもの汚い文字ではなく、書道で書かれたような、バーンとした字だ。



===========================================


『粒漏れ餡太郎』


===========================================



 わかるか!!!!!!!?



 いや、でもある意味見たままだ!!!?

 妙に納得してしまった。

 すぐに目を開いて、同じ言葉を口にする。


「つぶもれ、あんたろう!」


「(ぱあああぁああっ)」


 この達成感のなさよ!!



 って、あれ…?


 違和感を感じて、きょろきょろとあたりを見渡す。

 目を閉じる前と、何かが違う。

 視界が暗いような…?


 少し視線を下に落として、ようやく気付いた。

 地面に無数に転がっていたDHA的な魔力の粒がすべて無くなっており、洞窟は本来の暗さを取り戻していた。

 空気が潤って呼吸が楽な感じも、最初からなかったかのようにすっかり無くなっている。


 思わず自分の手を見た。

 ぐーぱーとして、眠気も何もないことを確認する。


 ひょっとして、ここにたくさんあった魔力を、私が全部使い切ってしまったということ?

 ということは、原文を読む行為って、こんなに魔力の消費が激しいの??

 何気なくやっていたけど、ひょっとしてアカシックレコードがなんちゃらかんちゃらの大仰なことだったりするのかな。


 待って待って、じゃあこの子が居てくれれば、彼の魔力を使ってリアルに帰るとかできたりするのかも?

 魔力さえあればできそうな気がする!

 だって小学生の私だったら、難しい法則とか全然考えずに、魔法=なんでもできる! という単純な認識しか抱いて無さそうだし!


 その思いつきに、ドキドキと胸が高鳴る。


「あんたろう、まりょく、いっぱい、だせたりする?」


「いっぱいって、どれくらいですか?」


「えっと…きせきがおきるくらい!」


「ぷいぃぃ……」


 考え込むような間が空く。

 それから餡太郎は、ぴょんぴょんと弾んで、また私の腕の中に飛び込んできた。


「ボクが死ぬ時に、それくらいの魔力は放出されると思います」


「しぬとき……」


 私はショックを受けて黙り込んでしまった。


「撫でてくれていいんですよ?」


 餡太郎はそう言いながら、自分からぐりぐりと額を私の手に押し付けてくる。


 かわいいなあ……。

 やっぱり餡太郎を使う手段はあきらめよう。

 そう思って、一息をついた時だった。


「―――ツナッ!!」


 声に続いて、急いで駆けてくる足音が二つあった。


「あ……ユウ、マグ!」



------------------------------------------------------



「バカ!! 心配したんだぞ!!」


 ユウに噛みつくような勢いで怒鳴られて、私は餡太郎と一緒にビクっとした。


(もろもろ、もろもろっ)


 餡太郎の口元からまた魔力の粒がこぼれていく。


「ご、ごめん、なさい…っ」


 萎縮するように身を縮めて、でも食い下がるように続ける。


「で、でも、ふたりのこと、たすけたかった……!」


 二人は一瞬言葉を詰まらせると顔を見合わせて、はーーーー、と大きくため息をついた。


「次からは……お前だけでも外に出て……助けを呼びに行け……それが正解だった」


「まあでも、俺らがツナのおかげで助かったのは事実だ。今回だけは、結果論として受け入れるさ。一体何が起こったんだ? 急に体が楽になって……ソイツはなんだ?」


 今まで私以外は目に入っていなかったのだろうか。

 やっとユウが私の腕の中の生き物に目を向ける。続いてマグも。


「魔物……?」


 マグが自分の腰元に手をやりながら身構える。


 餡太郎は何も考えて無さそうな顔で、ぽけーっと二人のことを見た。

 シーンとその場が静まり返る。


(もろもろ、もろもろっ)


 餡太郎はつぶらな目を見開いたまま、口から粒を漏らし始めた。


 あっ、緊張してるのかな……?


 その場を取り持とうとして私が口を開いたとき、同時にユウが歓声を上げた。


「お、BB弾じゃん!」


 不意打ちに噴いてしまった。

 なつかしい!!!!

 そういえば裏山に落ちてたのをよく拾い集めてたよね!!


 私が必死に笑うのを我慢している苦労も知らず、ユウは嬉しそうに餡太郎の口から出る粒を拾い上げている。

 しかし彼の手の中で、つぶつぶはスーっと氷のように溶け消えていった。

 飽和状態じゃなければ、ちゃんと気化していくみたいだ。


「魔力を吐くだけで……害意はなさそうだな……自然発生の魔物の部類か」


 マグがゆっくりと警戒を解いていく。

 興味深い単語に、私は思わず聞き返した。


「しぜんはっせい…じゃないのも、いるの?」


「ああ、魔王とか魔族が強引に生み出すやつは凶暴だし、主が死んでも人を襲うんで、よく残党狩りの依頼が出たりするんだよ。むしろそっちの方が一般的で、だいたいのヤツは魔物=害獣だと思っちまってるんだよなあ。大人しいのも居るってのに」


 ユウが答えてくれる。


「あのね、このこ、ここで、ふるえてて、それだけだったよ、それでね、」


 私はたどたどしく、餡太郎との出会いと状況を説明していく。

 マグは得心がいったと頷いた。


「知能があるから……外が怖いことを知っていた……それで動けなくなっていた……ということか」


「で、今は緊張して固まってるってことか。どうすっかなあ……名前とかあるのか? あ、俺はユーレタイドってんだ、略してユウ。こっちはマグシランで、マグって呼んでる。ツナの保護者役みたいな立ち位置かな? だから怖がらなくてもいいぜ」


 ユウにがにこやかに餡太郎に笑いかける。

 こういう時には彼の性格は救いだよね…と、最初に出会った時の安心感を思い出す。


「ボクは粒漏れ餡太郎といいます、ナツナさん……いえ、ツナさんに名前を付けてもらいました!」


 その時の感動を思い出しているのか、餡太郎の表情は(ぱあああぁああっ)っとしている。


「つぶもれ………」


「へ、へえ、……独特のセンスで、まあうん、いい名前だな」


 二人がドン引きしているのが伝わってくる。


 ち、違うんです、その名前を付けたのは過去の私で、今の私じゃないんです……!!


「じゃあアンタローって呼ぶかー。アンタローはどうしてこんなところに居たんだ?」


「ぷいぃぃ、ボクは気が付いたらここに居ました。きっとこの世に発生したばかりだったのだと思います。でもこれからは皆さんに三食のお世話をして貰えるようで、嬉しいです!」


「あ! ……このこ、かっても、いいかな?」


 気まずげに二人の顔を窺うと、何とも言えない表情をしている。


「そ、それが、そとにつれだす、たちのき? のじょうけんで……」 


 と付け足すが、どんどん小声になってしまう。


「……まあ、そういうことなら……」


「こんなポケっとしたやつを放置して退治されたとしても寝覚めが悪いしな…」


 二人は渋々といった感じで了承をしている。

 すぐにユウが言葉を続けた。


「メシとかは何食うんだ? あと便とか出るのか?」


 この人は他人のトイレ事情を聞いておかないと死ぬ呪いにでもかかっているの?


「ぷいぃぃ、ご安心ください、ボクは何でも食べられますし、なんなら線などが好物です」


「線……?」


「赤外線、紫外線、あとはブルーライトですかね」


 なんか生き物としては嫌だなそれ。


「そしてトイレはですね」


 アンタローはぽんと飛び跳ね、私の腕から地面に降り立つ。


「うーーーーん!」


 ポコンッ!


(そこにはホカホカのホットケーキが!)


「おっ、美味そうだな!」



 頭おかしい!!!!!!!!!!!!!!



 いや、ユウのことじゃなく!!

 これを美味しそうと感じるユウも大概だけどな!?


 何この展開!!

 私はアンパンでもキメているのかと疑いを持つレベルよこれ!!!!?



「ちゃんと皿ごと……出てくるのか……」


 唯一の良心であったマグも、変なところに感心している。


「これなら……売れるな……」


「………………え?」



-------------------------------------------



「600エーンになります」


 エーンて。

 なんて適当な単位なんだろう。


 でももっと適当なのは、皿に乗っただけの丸裸のホットケーキを買い取る店員だと思う。


 いや、でも確かに、RPGのお店って「え? こんなものまで?」というアイテムも買い取ってくれるもんね。

 その辺に影響を受けたと考えるなら、正しいっちゃ正しいのか…?


「そこそこの値段で売れたなあ! エサ代もかかんねーし、ホットケーキが毎日出てくるって考えたらむしろ儲けたかもな、へへっ」


 私は日本人特有の曖昧な笑顔でユウに頷いておく。


「おっしゃ、そんじゃこの勢いでギルドの報告に行ってくるか!」


 そう息巻いてギルドに乗り込んでいったユウを、私はマグと噴水公園のベンチで待つことにした。

 アンタローにはしばらくぬいぐるみのふりをして貰うことになり、私はアンタローを膝の上に置くように抱え込んでいる。

 アンタローが居てくれるおかげで、二人きりになるのはこれからも避けられそうだ。

 目標が果たせそうでホっとする。


 マグの方をちらりと見上げると、まだ少し顔が青ざめていた。

 洞窟で合流したときには周囲が薄暗くてわからなかったのだが、ユウもマグも疲労を隠し切れないほどに顔色が悪かった。


「だいじょうぶ…?」


 私の問いかけに、マグは意外なことでも聞かれたかのように、少し面食らったような顔をした。


「ああ……ユウがオレの分まで喋ってくれるから……むしろ楽をさせてもらっている……オレのことはいい……ツナが無事ならそれで」


「そっか…、ごめんね…」


「いや……もう解決した話だ……ただ、あまりユウの心胆寒からしめるのは……やめてやってくれ……アイツはいいやつだからな……失うのを極度に恐れる」


「う、うん…」


 なんだかこの人たちはいつか私を庇って死にそうで怖いな……困ったことに小学生ナツナチャンはそういう展開大好きだろうし……。

 登場人物の一人となってしまった今では、そういった展開の好きな作者ほど鬼畜なものはないなと思う。


 いや、そんな凄惨なものを書いたような記憶はないから大丈夫だとは思うけど……というか、そういう山あり谷ありの話は私には書けなさそう。

 それだけに全然先が読めなくて、ちょっとハラハラしてきた。

 念のため、二人が庇う必要のないくらい、もうちょっと私自身が強くなる手立てを考えるべきかもしれない。


「あ、でも、マグも、おなじくらい、すごく、いいひとだよ」


 話が流れてしまう前に、きちんと思っていることを告げておく。

 マグは驚いたように、大きく一度、瞬きをした。

 彼のアクションはそれだけで、お互いにしばらく黙り込んでしまった。


 その隙をついて、アンタローがこっそりと、額をぐりぐり私の手の平に押し付けてくる。

 はいはい、「撫でてくれてもいいんですよ?」攻撃だね。なでなで。


「……魔力を、何に使った……?」


「え?」


「ユウは単純だから……もう忘れているだろうが……オレたちが動けなくなるほど濃い魔力が……どこに消えたのか……と」


「………」


 しまった、どう返せばいいんだろう。

 そういえばその辺りを聞かれる可能性はゼロじゃなかった。

 ……どう返せばいいんだろう!?

 未来を見てました、とか?

 未来視ができる設定にしておく!?

 確かにこれなら、ある意味本当のことだし!

 いや、でも、この設定が足を引っ張ったらあとでどんな影響が出るか…!?

 だけどそんなことを言ってたら何もできなくなるし…!?


 あわわという感じで、必死に考え事を繰り返す。

 見かねたように、マグが言葉を付け足した。


「いや、すまない……本当はその辺りは……どうでもいい」


「え…?」


 頓狂な声を返してしまった。


「ツナがいきなり……恥ずかしいことを言うから……無理やり話題を探しただけだ」


 視線をそらして、口元を隠すようにマフラーを巻きなおすマグを、私はぽかんと見つめた。


「てれてる…?」


「うるさいな……」


「おーーい!」


 その時、横からユウの声が割り込んできた。


 彼は先ごろの疲労感など忘れきったかのような笑顔で、うきうきと駆け寄ってくる。


「やったぜ、難航してた依頼だってことで、めちゃくちゃ高報酬だった! すげー儲かった!」


 うわーー、それはよかった!

 これで買ってもらった服代とか宿代とか食事代とか、全然気にしなくてよくなりそう!


「今回は全部ツナのおかげだな!! ほら、じゃーーん!」


 紙幣を一枚、私の顔に突き付けてくる。


「聞いて驚け、なんと、一万エーンだ!」


 エーンって単位やめようよぉおお!!!!


 妙な生々しさを伴った上ですごく少なく感じるんだけど!!!

 そうだよね、小学生にとっては大金だよね、一万円!!【注2】

 確かに大人になってからもハシタ金って額じゃないはずなんだけど、なんだけど……!!

 私が社会人だからかな、時給換算して3人で割るという残酷なことを始めてしまうんだよ!!!


「よかったなツナ……一生遊んで暮らせるぞ……」


 私は日本人特有の曖昧な笑顔でマグに頷いておく。


 ひょっとして金銭感覚の面では私がしっかりするべきなんだろうか?

 頼りにしきれない保護者二人を前に、自分のスタンスについても思い悩む。


「今日は食って食って食いまくるぞーー!」


 凱旋気分で宿屋へ歩き出すユウの姿を、アンタローを抱いたままマグと一緒に追いかけた。


(もろもろ、もろもろっ)


 私がいきなり動いたから、アンタローはびっくりしてしまったんだろう。手元に粒が当たる。


「む、むだづかい、だめ……!」


 私は必死にユウに話しかけながらついていく。

 こうして四日目も何とか乗り切れたのだった。




<つづく>

【注1ナツナのネーミング例】

 魔法の絨毯   → 腹巻き

 獣系モンスター → くさそう

 ハムスター   → ハム公(ハムハムと読む)

 箱型モンスター → ゴミ入れ

                 

―――――――――――


【注2:ナツナの金銭感覚】


 参考までに、小学生時代のナツナの小遣い額

  1年生…10円

  2年生…20円

  3年生…30円

  4年生…40円

  5年生…50円

  6年生…60円


 これほど年を経るのが楽しみになる仕組みもないなと、時折思い出しては感動している


―――――――――――

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