ニヴォゼ王国(上)
夕方になった頃、クルーザーを運転していたフィカスが、計器類を確認してから、声を上げた。
「そろそろニヴォゼが見えてくる頃だ」
「!」
私たちは顔を上げて、みんなでクルーザーのデッキに出て行く。
どうやら途中から、西大陸の沿岸部に沿った移動になっていたらしく、陸地は思ったよりも近く、ニヴォゼの王宮が視認できるほどの距離にあった。
「…え!?」
「なんだ、思ってたのと違うな…!?」
私とユウは声を上げ、マグもルグレイも、声には出さなかったものの、驚いているようだった。
確かに、砂漠の中に王国があるのだが。
外壁で囲われた中は、過酷な環境とは程遠いほどに緑や自然が溢れ、鳥も飛んでいる。
外壁から先の、あるラインから、砂漠と、緑の大地が、くっきりと線を引かれたように分かたれていた。
外壁の外の、ラインの内側の部分には、普通に畑があり、作物も茂っている。
とても、豊かな国に見えた。
「……そうか。フィカスが言っていた……魔力持ちの貴族を……冷遇できない理由はこれか」
マグが、思案気に呟いて、ルグレイが頷いた。
「そのようですね。あの楽園のような国を保つために、間違いなく魔力が使われています。おそらく、ある特定の気候風土を保つための、フィールドが展開されていると考えていいでしょう。ジェルミナールはそれを、大地を浮かせるために使用しているのですが……それにしても、これは素晴らしい」
「なるほどなあ…! んじゃ、さっそく答え合わせに行くかー」
ユウがサッサと船室の方へUターンしていく。
私たちもぞろぞろと後に続き、さっそくフィカスにマグとルグレイの考えを報告した。
「さすがだな、その通りだ。かつてジェルミナールは魔法王国と呼ばれていたが、ニヴォゼは錬金大国と呼ばれていてな。東大陸に近い、東南のヴァントーゼ辺りから、急速に砂漠化が広まった際、王国中の技術を駆使して、あのフィールドを作り上げたと聞いている」
「錬金術…ですか…! 古代の技術だという話を聞いたことがあります、まさかこの目で見られる日が来るなんて!」
ルグレイが感動している。
「かつて、ニヴォゼの遥か西側に、リュヴィオーゼという、機械文明を有する大国があってな。今はもう滅びてしまったが、錬金術はそこから伝わってきたという話だ。ニヴォゼは昔から、貪欲に他国の知識を吸収する特性があってな。そうして発展して、あの大きさにまでなった」
「確かに、こっから遠目に見ただけでも、テルミドールが何個入るんだ? って大きさだったなー」
フィカスの言葉に、ユウが頷いた。
「まあ、西大陸は東大陸と違って、そんなに街の数自体が多くはないからな。その分、一点に集中してしまっているという部分もある。ヴァントーゼも、街というよりは、オアシスの集落に近い。ニヴォゼはいいぞ、大抵のものは揃う。決してお前たちに退屈はさせん。好きに観光をするといい」
フィカスはそう言いながら、大きく舵をきった。
船を泊める桟橋が見えてくる。
他の停泊所から少し離れたところにある様子から、王族専用の桟橋らしいとわかった。
「…あれっ、ティランがいる!」
見ると、ティランを含めて数人の日焼けした人たちが、フィカスのクルーザーの到着を待ちわびているようだった。
ティランは色が白いので、とても目立つ。
「やれやれ、待ちきれなかったか。王弟が王座から離れて何をしているんだか。困った弟だ」
フィカスは眉根を下げて笑う。
「ああ、お前たち、荷物はアイツらに運ばせる。手ぶらで降りていいぞ。今日は時間が時間だからな、王宮に泊まっていくといい。お前たちの住まいは明日、明るいうちに案内しよう」
フィカスはてきぱきと指示しながら、ハンドルから手を離した。
脱いでいた黒いコートを羽織りなおして、さっさと船室のドアを開けて出ていく。
「兄さん! お久しぶりです!」
「ティラン、いい子にしていたようだな。変わりはなかったか」
私たちも、最低限の荷物だけを持って、船室を出た。
話し込んでいるフィカスの方に行くと、ティランは私を見て、華やぐように笑った。
「ナっちゃんさん、お待ちしておりました。詳しい話は王宮の方でするとして、馬車を用意しております。まずはそちらへ」
「ナっちゃん、俺は荷物を運ばせ終えたら、修理のために船をドックへ入れなければならん。ティランと先に行っていてくれ」
二人からほとんど同時に言われて、私は「わかった…!」と二度くらい頷いた。
ユウはフィカスから、魔力の粒を出し尽くして爆睡しているアンタローを受け取っている。
桟橋を抜け、用意されている馬車の方へと歩いて行くと、ある瞬間に、ヴッと空気が変わった。
砂漠の暑さの残り香が消え、快適な温度の夕暮れの中に居た。
「おわ!? なるほど、こうなるのか…こっからは結界かなんかの中ってことだよな?」
ユウがティランに聞くと、ティランは「そうです」と頷いた。
「…ふふふ。ユウさん、前に会った時とは別人のようですね。まさかそのように僕に話しかけてくださるなんて、思ってもみませんでした」
ティランに言われて、ユウは気まずそうに鼻の頭を掻く。
「あー、その…前は、悪かったな。できれば、これからよろしくしてくれると助かる」
「もちろんです。改めまして、マグさん、そして…ルグレイさんですね、先程兄に軽く事情を聞きました。僕はティランジータと申します、よろしくお願いしますね」
ルグレイは、頭を下げるティランを、ポカンと見つめている。
「…? どうされましたか?」
「あ、いえ…。私の知っている王族の方々とは、イメージが違いましたので。こちらこそ、至らない点もありましょうが、よろしくお願いします」
ルグレイも、深々と頭を下げた。
マグはマイペースなので、さっさと馬車に乗り込んで、私に手を差し伸べる。
「ツナ……ほら、窓際がいいだろう……?」
「あ、ありがと、マグ…! 昔乗った幌馬車とは全然違う感じなんだね!」
私はマグの手を借りて、馬車の高い段を上がる。
ガラス窓付きの、瀟洒な感じの馬車だった。
「俺も窓際いただき~!」
マグは、ユウと私に挟まれて、狭そうにしている。
対面の椅子に、ティランとルグレイが乗ってくる。
御者用の小さな窓に向けてティランが頷くと、馬車は静かに進み始めた。
ティランはその窓を閉めて、御者との空間を遮断する。
「ナっちゃんさん、今の時点で、何かご質問とかはあるのでしょうか?」
「あ…と…。ティランが、一体どこまでこっちの事情を把握しているのか、わからないっていうのと…」
そこまで言うと、ティランが頷いた。
「そうですね、その辺りは今夜、兄から聞かせてもらう予定になっています。隠しておきたい事情があるなら、その前に兄へ注意しておいてくださいね」
「あ、それは、大丈夫だよ、ここからお世話になるわけだし…! ね、ユウ、マグ、ルグレイ」
私が話を振ると、3人とも頷いてくれた。
「…わかりました。では遠慮なく、土産話として聞かせていただきますね」
ティランはにこやかな表情を浮かべ、楽しみだと手を合わせる。
「あと…今現在、ニヴォゼの維持のための魔力って、足りてるの?」
気になっていることを聞くと、ティランは思いもよらなかった質問と言わんばかりに、ぱちくりとした。
「…ひょっとして、足りていないと答えたら、ナっちゃんさんが頑張ってくださるという話なんでしょうか…? でしたら、僕よりも兄の意見を先に聞いた方がいいかもしれませんね。兄はそういう目的でナっちゃんさんを呼んだわけではありませんので」
「そ、それは、そうだろうし、わかってるけど…! でも、役に立てることがあるなら、協力したいなって。今回ね、フィカスにたくさんお世話になったから。本人に聞いても、言わないと思うし…」
ティランは、少し考えこむように、口元に手を当てた。
「…そうですね。兄は、各国へ視察に回るにあたって、まず維持装置の改良を技術者たちに命じました。温度の変更や、範囲の調節など、細かい変更をできるようにしたのです。それによって、魔力が足りなくなりそうなら、使用エネルギー量を細かく変更し、騙し騙しで維持装置を働かせることができるようになりました。ですから、今現在は、兄が長期遠征に向かっていても、魔力が賄えるようにはなっているのですが…」
「……今回のことで……うまく下手人を炙り出せたなら……最悪の場合、貴族が減る」
マグが、外の景色を眺めながら呟くと、ティランはまつげを伏せた。
「…はい。犯罪者として牢の中で魔石に魔力を溜め込ませたりはする予定なのですが。無事に捕らえられるかもわかりませんからね。今よりも貴族の数が減った場合、少し厳しいことになるでしょう。かといって、兄も僕も、当面は婚姻の予定はありませんので、早急に王族が増えることもありません」
「わたし、魔石に魔力を込めるの、得意だよ! 小さい頃からの、わたしの仕事だったんだから!」
私が顔を上げると、ルグレイが眉をしかめて、「ナツナ様」と、咎めるような声を出した。
「ナツナ様の魔力でこの国の維持を行った場合、ナツナ様が去った後はどうなると思われますか? 衝動で行う手助けは、無責任とも言えるでしょう」
「あ……ごめんなさい」
しゅーんと項垂れる。
「いえ、ルグレイさん、今のナっちゃんさんの気持ちは嬉しく思います。ニヴォゼを代表して、感謝の気持ちしかありません。どうかお叱りにならないでください」
ティランの言葉に、ルグレイははっと体を硬直させた。
「申し訳ありません。今のは…。……。出過ぎた真似をしてしまいました」
「ルグレイ…?」
問いかけても、ルグレイは拳を握りしめたまま、何も言わない。
「そうですね、本当に困った時はナっちゃんさんに頼ることもあるかもしれませんが、今はニヴォゼの観光を楽しんでください。僕からは、以上です」
ティランはにこやかにそう続けて、それを私の問いの答えとした。
「なあ、観光って、どっかオススメとかあるのか?」
ユウが屈託のない笑顔で話を変えた。
「そうですね…。バザールなどは、気に入っていただけるのではないかと思います。活気もありますし、客寄せの大道芸は見ものですよ」
ティランの答えに、ユウは顔を輝かせる。
「すげえ、大道芸とかあるのか!」
「はい、それとは別にサーカスのテントがあったり、闘技場があったりもします。そちらは、少々血の気の荒い者が多いので、おすすめはできませんね。ギャンブル場でもありますし」
「それは……ツナはダメだ……近寄らないようにしような」
「え……うん……マグがそう言うなら」
私はしぶしぶ頷いた。
「闘技場かー。飛び入り参加が可能なら、俺もガンガンバトルしていきてーな。っと、すげえ、やっぱ間近で見ると、でっけーな…!!」
ユウが、ガラス窓にべたっと引っ付くようにして、夕闇の中の宮殿を見上げる。
「そろそろ到着ですね。大きいですが、古いだけだとも言えますよ。みなさんには客室を用意させています。兄さんが帰ってきた頃に夕食にお呼びしますので、どうぞごゆっくり、くつろいでいてくださいね」
「自由に歩き回るのはダメなのか?」
「ふふふ、夕食に遅れてもいいのなら、もちろん存分に探索していってください」
ティランは微笑まし気にユウを見る。
ユウはお腹が空いているらしく、「じゃあいいや」と早々に諦めた。
「ルグレイ、宮廷料理だよ、楽しみだね!」
私はルグレイの笑顔が見たくて、一生懸命話しかける。
しかしルグレイは、「そうですね」と寂しげに笑うだけだ。
「ところでユウさん、先程から気になっていたのですが…そのぬいぐるみ、可愛らしいですね?」
「へ? …ああ、アンタローのことか。これはぬいぐるみじゃなくて精霊なんだってさ、ツナが拾ってきたんだ」
「精霊…ですか?」
ティランは興味津々に、平べったく眠っているアンタローを見ている。
ちょっとそわそわしているように見えるのは気のせいだろうか。
「ティラン、ひょっとして、アンタローに触ってみたいの?」
「いいんですか!?」
私の問いに、ものすごく前のめりに反応するティランに、私たちは気圧された。
ユウは、「じゃあこれ…」と、若干引き気味にティランにアンタローを渡す。
「わあ、ありがとうございます! ふかふかですね!」
最近アンタローは、フィカスにブラッシングされているので、ふかふか度が増している。
頬を上気させながらアンタローをふかふかするティランは、宮殿に馬車が停車しても、なかなか降りようとはしなかった。
そのうえアンタローを手放しもしなかったので、ユウはアンタローを取り戻すために交渉するという謎の苦労をさせられていた。
「ティラン……アンタローの腹を……押してみろ」
マグの一言で、状況が動いた。
「こうですか?」
「ん? ん? ん? ん? ん? ん? ん? ん? ん? ん?」
汚いおっさんの声が、馬車の中に鳴り響く。
「わあ。ありがとうございます、満喫しました」
ティランは笑顔であっさりとユウへアンタローを返却する。
えー、かわいいのに。
と、不満げなのは私一人だった。
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何と、案内された客室は二人部屋で、私はガーンとなった。
だって、アンタローは絶対私よりも先に寝るし。
急いで廊下に居るティランを呼び止めて、大部屋はないのかと聞くと、快く大部屋の予備会議室を使わせてくれることになった。
「すみません、普通は個室がよかろうと思い込んでしまいました。すぐにベッドを配置させますね。…えっ、床に直接布団を敷くのですか?」
庶民慣れしていないティランは、とても不思議そうな顔をしている。
「うんっ、たくさんの布団をね、絨毯みたいに敷き詰めるの!」
私が力説すると、マグが微笑む。
「デューの家で……やったやつか……ツナはよほどあれが気に入ったんだな」
「だって、仕切りがない感じで、距離が近くていいよね、タコ部屋で雑魚寝!」
「ナツナ様はとても不思議な発想をなさるのですね」
ルグレイも戸惑っている。
「ですが、面白そうです。誰かと共に寝るなんて、やったことがありませんからね。僕も兄さんがそれをやるなら、ご一緒させてもらいましょうか」
ティランは乗り気だ。
使用人数人に指示をすると、準備が整うまでは、私たちは客室で待機だ。
ユウは、すやすやと寝ているアンタローをベッドの上に置いた。
「さて、今のうちに、みなさんのサイズを測らせてもらえますか?」
ティランはどこからかメジャーを取り出し、私たちを順繰りに見た。
「え…どういうこと?」
「一応、貴族らしい服をあらかじめ仕立てさせてもらいました。もし公式な場に出るようなことがあった時に、普段着ではいけませんからね。あとは細かい手直しが必要かを確認するだけです。多分あっていると思いますが。僕は見ただけでサイズが大体わかりますので」
「マジかすげーな、というかティランが自ら作ったってことか…!?」
ティランは照れたように笑いながら、まずは大人しいマグのサイズを測っていく。
「ええ、趣味みたいなものです。兄さんにみすぼらしい服を着させるわけにはいきませんからね。兄さんは昔から着るものに無頓着過ぎるんです。先程船着き場で見た時も、またあんな安物のコートを着て…と、はらわたが煮えくり返って死ぬかと思いましたね」
ティランはにこやかに笑いながらそう言うので、ちょっと怖い。
「あ…すまねえ、あれは俺が不甲斐無いせいで前のコートをダメにしちまって」
「いいんですよ、ユウさんのせいではありません、兄さんはそういう人なんです。さて、マグさんは大丈夫そうですね。次はユウさんです。ルグレイさんとは初対面ですから、一から作りますのでね、すぐにはお渡しできませんことをご了承ください」
ティランはてきぱきとユウのサイズも測っていく。
ルグレイは、「私の分もですか?」と驚いた。
「ええ、ルグレイさんは使用人兼護衛ということで、その鎧スタイルでも構わないのですがね。事情はまだ聴いておりませんが、先程の船着き場で、兄さんから着の身着のままでいらっしゃったという情報を仕入れております。普段着もないのはお辛いでしょう」
「あ、そうだね、ここからはきちんとお布団で休息をとれるんだから、普段着は欲しいよね!」
私が言うと、ルグレイはやはり戸惑っている。
「それは、そうですが…。すみません、実は金銭の持ち合わせがなくて…」
「ふふふ、御遠慮なさらないでください。先ほども言いましたが、僕の趣味ですからね。ご迷惑でなければ、どうかお付き合い願います」
ティランはユウを測り終えると、私のサイズを測り始める。
「…はい、ユウさんもナっちゃんさんも大丈夫ですね。正直、ナっちゃんさんは多少サイズの変化があると覚悟をしていたのですが…ちゃんと食べなくちゃダメですよ?」
「もーー、フィカスと同じこと言ってる…! ちゃんと食べてますから!」
私が言い張ると、ティランは楽しそうに笑い、ルグレイのサイズを測り始める。
「ルグレイさんは、随分と鍛え上げているのですね。これなら兄さんの古着を何点か直すくらいでいけそうです。古着に抵抗はありませんか?」
「とんでもない、王族の服をいただくなどと!」
「ふふふ、ご安心ください。兄さんはよくお忍びで街に降りたりしていましたから、ちゃんと庶民的なデザインの服もあるんですよ」
「う……。恐縮です……!」
ルグレイは、見ていて可哀想なくらい縮こまっている。
「ティラン……申し訳ないが……ツナの服は、少し手直しが必要だ」
マグが、言おうかどうしようか悩んだ末に、ようやく口を開いた。
「? どういうことでしょうか、ナっちゃんさんの服の背に切れ込みがあることと、何か関係があるのですか?」
流石というか、ティランは既にそのことに気づいていた。
マグが私を見て頷いてくるので、私はバサッと翼を出した。
あれだけ練習したので、もはや出し入れはスムーズだ。
「!!!!!?」
ティランは、ぽとりとメジャーを落とした。
「このように……ツナは万が一のことがあった時に……飛んで逃げられるような仕掛けを……作ってやっている……できるか?」
暫く呆然とこちらを眺めていたティランだったが、マグの言葉を受けて、突如として全身を震わせる。
「…………失礼します」
俯き加減で、その表情は窺い知れない。ティランはマグの問いへと答えないまま踵を返し、瞬く間に部屋を出て行った。
それは、一瞬の出来事だった。
私たちは、しばしぽかんと閉まった扉を見つめていた。
「怒った……のかな?」
みんなの顔を窺うが、誰も答えられるものは居ない。
特にやることもなくなったので、みんなで駄弁りながら客室で待っていると、ノックもせずに扉が開いた。
「入るぞ。そろそろ食事だ」
「あ、フィカス。…ティランは?」
確か、食事はティランが呼びに来る手はずだったはずなので、私はつい聞いてしまう。
フィカスは、困ったように髪をくしゃりとかき混ぜながら、今は仕舞われている私の翼の方を見てくる。
「ナっちゃん、さてはアイツに翼を見せたんだろう?」
「え、うん、ダメだったの? でも、服を仕立ててくれるって話だったから…」
「いや、ダメではない。そうだな、確かに必要な流れだったか。言い忘れていたが、アイツはそういう…レースとか羽とか、メルヘンチックなものが異常に好きなんだ」
女子か!?
「まあナっちゃんの中身がメルヘンかどうかは置いておいて、とにかく創作意欲に火がついたらしくてな、今は鬼のように服のデザインを描きまくっている。ああなると食事も手につかん。食事は俺たちだけで行くぞ。それと、湯浴みをしたらこの服に着替えろ。こういう用意だけはしてあった」
言いながら、フィカスは客室のベッドに私たちの部屋着を置いていく。
「この部屋は着替え用の更衣室にでも使うといい。使用人から聞いたが、寝室は大部屋だそうだな? 楽しそうだから俺も参加しよう。では、ついて来い」
指示慣れしているフィカスはざっと喋ると、すぐに廊下に出て行く。
私たちは慌ててフィカスの後をついていった。
<つづく>




