騎士を囲む夜会
夜になり、みんなで焚火を囲んで、温かいスープを飲んだ。
アンタローはユウの膝の上で、すやすやと眠りについている。
無理もない、フィカスの指示で、たくさん魔力の粒を吐いたのだろうから、疲れているのだろう。
「やはり食事というものは、温かいだけで随分と変わるものだな」
船旅ではお弁当や携帯食ばかりだったので、フィカスはしみじみと述べる。
「フィカス様は王なのに、こういった食事もなされるのですね」
ルグレイは、今日何度目かの驚きを口にしている。
「おいおい、そんなに世間知らずでは、ナっちゃんの騎士としてやっていけんぞ。ナっちゃん自身が世間知らずなんだからな」
「そ、そんなことないよ、随分と、物知りになってきたよ…!」
フィカスに言い張るが、マグもユウも、生ぬるい目で私を見てくる。
「ま、おいおいやっていくしかないな。さてルグレイ。ひとまずジェルミナールの情報を寄越してもらおうか。こちらの出方を変える必要があるのかどうか、判断する材料が欲しい」
フィカスが話を振ると、ルグレイは食べ終わったスープを置いて、背筋を伸ばした。
「はい。しかし、私とみなさんの常識の違いがどこにあるのか、判断が付きかねます。まずは質問をしていただいてもよろしいでしょうか?」
「妥当だな。ユウ、マグ、何かあるか? 俺は最後でいい」
フィカスが二人の方を見ると、「じゃあ俺から!」と、ユウが手を上げる。
「ツナって、小さい頃はどんな感じだったんだ?」
いきなりユウは興味本位の質問をして、ジェルミナールの政治的な質問をされると身構えていたルグレイは、少し面食らったようだった。
「そう…ですね。ナツナ様は…。いえ、今だけは昔のように、姫様と呼ばせてください。姫様と最初にお会いしたのは、おれが8歳の時で、姫様は5歳。お綺麗というよりも、無垢で愛らしい印象の方でした。いつもぼんやりと、空の描かれた天井を見上げていらして…。おれが部屋を訪れると、本当に嬉しそうに駆け寄ってくるのです」
ルグレイは、騎士口調の時の一人称は私で、素が出るとおれになるのか、と、私は場違いな分析をしながら聞いていた。
「姫様の仕事は、大量の魔石に魔力を込めて、それをジューン様に納めることでした。小さな子には負担になるほどの量で、おれもこっそりと手伝っていましたが、ジューン様は目的の量が達成されないと、とてもお怒りになって、姫様につらく当たっていたようです。ですがあの部屋に訪れるのは、おれとジューン様くらいでしたから、姫様はジューン様のことも大好きなようでした」
姫様と呼ばれるたびに、私は自分のお姫様設定を突き付けられるような感じで嫌な気持ちになるのかな、と危惧していたが、何故かルグレイが姫様と呼んでくるのは全く平気だった。
それが当たり前で、とても自然なことに感じられた。
「ジューン様は、国民からは聖女と呼ばれていました。民のために、惜しげもなく魔力を使うからです。おれはその魔力の出所の真実を知っていましたが、特に何とも思ってはいませんでした。王族に逆らうことなど、思いつきもしなかったからです。そんなことよりも、おれは姫様と一緒に過ごす時間の方がずっと大事で、貴族の勉強の時間以外は、ずっと姫様に会いに行っていました」
ユウは、ジューンの名前が出てくるたびに、いらいらと指で膝をタップしていたが、大人しくルグレイの話を聞いている。
「おれに姫様の世話を申し付けた陛下は、よく、アレの様子はどうだったか、とお聞きになられて、姫様をとても気にかけていらっしゃるご様子でした。…ところが、そこから2年ほどの年を経て、おれが姫様と仲良くなるにつれて、姫様の様子が少しずつ変わってきました。お別れの時間になると、とても寂しそうにするのです。聞けば、もう姫様の部屋を訪れるのはおれだけだとか」
マグは、マフラーを巻き直しながら、ルグレイの話を聞いている。
「姫様は、あんな寂しい部屋で、ずっとお一人でいるようなのです。その時、おれは気づきました。そういえば、最近陛下は、おれに姫様の様子をお聞きになられないな、と。不敬と知りながらも、おれは自ら陛下に謁見を申し込み、陛下に、姫様の様子をご報告に行ったのです。すると…」
そこで、ルグレイは一度言いづらそうに口を閉じた。
「ルグレイ、大丈夫だよ、先日、姉さまに、父さまのご様子は聞いたから」
私が添えると、ルグレイは辛そうに眉をしかめた。
「…陛下は、まるでお人が変わってしまったようでした。二度とそのゴミの話はするなと、吐き捨てるようにおれに言うと、その後は一切の面会の許可はおりませんでした。それまで陛下は、民衆に寄り添う賢君として名を馳せておられました。王族主義や貴族の権利などを撤廃するために動き、住みよい国にしていくために尽力するお方。それが陛下の印象だったのですが…、その政治すら、ある日を境に変わってしまわれました」
「…なるほどな。それで騎士団長とやらが反乱を起こしたわけか」
フィカスの言葉に、ルグレイは頷く。
「…はい。おれは、何もできない自分を嘆きました。姫様はいつも寂しげで、笑顔も少しずつ減ってきました。そこでおれは、決意をしました。騎士団に入って、陛下に進言できるような地位を手に入れようと。一目置かれる存在になれば、あの部屋から姫様を連れ出すことすらも可能になるかもしれないと。おれは、修行に集中するために、姫様にオカリナのペンダントを渡しました。一人でいる時間が増えても、少しでも寂しくないように、と」
「あ…なるほど、ツナのペンダントは、ルグレイがプレゼントしたものだったのか」
ユウが、納得したように声を上げた。
ルグレイは、少し照れたように笑う。
「はい。今日、姫様の姿を見た時に、まだ大事にペンダントを下げてくれていたとわかり、おれはあまりの嬉しさに、気が狂ってしまうのではないかと思ったほどです。同時に、隣にいるのが自分ではないことに、激しい憤りを覚えました。…いえ、話を戻します。おれが騎士になる修業を始めて、3年ほど経ったある日のことです。母から、騎士団長が反乱を起こしたという知らせを受けました」
ということは、私が12歳で、ルグレイが15歳の頃かな…と、頭の中で整理をする。
「慌てて姫様のいる部屋に向かうと、そこはもぬけの殻でした。ジューン様に事情を聞くと、騎士団長の反乱に乗じて、賊が侵入して姫様を攫って行ったとか。今は行方を調べている途中だと言われながら、おれは絶望しました。どうして修行などに明け暮れてしまったのか。どうして姫様の傍に居てやれなかったのか…と」
「ルグレイ…。ルグレイのせいじゃないよ…!」
私は必死に声をかけると、ルグレイは辛そうに笑う。
「ありがとうございます。おれにはもう、どの道、剣しか残されていませんでした。いつか姫様の行方が分かった時に、すぐに駆け付けられるように、ずっと修行を続けて…。姫様のことを忘れないようにと、一房だけ、姫様と同じ色に髪を染めました」
そう言ってルグレイは、横合いから一房だけ、尻尾のように垂れている、エメラルドグリーンの髪を手に取った。
「あ、それ…そうだったんだね。なんだか、恥ずかしい…!」
理由を聞いて、私の頬はちょっと朱に染まった。
ルグレイも、もう一度、照れたように笑った。
「そして先日、ジューン様から行方が分かったとの連絡を受けたというわけです。ジェルミナールに流刑にされた者たちの子孫が、腹いせに姫様を攫って地上へ連れて行ったのだと」
「あんの女…っ、どこまで…!!」
そろそろ我慢の限界とばかりに、ユウがわなわなと拳を震わせる。
「だが、なるほどな、時系列は大体わかった」
フィカスが頷く横で、マグがじっと何かを悩んでいるようだった。
ユウが「どうしたんだよマグ」と言うと、マグはようやく口を開く。
「いや……。細かい所だが……ツナの情報と……一致しない箇所が……ひとつだけある」
「え……?」
私は驚いて、マグを見る。
「ツナは……母親が自分を産んだことで亡くなったから……父親は自分を憎んでいる……と言っていた」
今度はルグレイが驚いた。
「それは違います! おれも、母に聞いたことがあるのです。どうして姫様はあんなところへ閉じ込められているのかと。おれの母は、姫様のお母上…つまり、亡くなった第一王妃様の代わりに、姫様の乳母をしておりました。ですから、当時の事情に詳しいのです」
ルグレイは一拍置くと、話を続ける。
「陛下は第一王妃様を深く愛しておられました。子を産まずとも構わないとまで仰られて、第一王妃様のか弱いお体を案じておいでだったそうです。しかし王族としての務めを果たすために、第二王妃様を娶られ、ジューン様とブルー様を授かりました。しかし第一王妃様は、陛下の愛をこの世に残したいと強く主張されて、姫様をお産みになったそうです。その時に第一王妃様はお隠れになったのですが…。おれの母は、第一王妃様の死には、第二王妃様の企てがあるのではないかと疑っておりました。陛下もそれを勘づいておられたようで、…ですが証拠がないのです」
「うわ…。その母にしてその子有りって感じだな」
第二王妃の話に、ユウは顔を歪めた。
「フェザールはか弱い種族だということで、毒殺ほど容易なことはありません。しかし、それが本当なら、第二王妃様が次に狙うのは、姫様ということになります。陛下は姫様に極力興味のない振りをして、王位継承者をジューン様とブルー様だと暗に匂わすことで、姫様をお守りになられていたのです。あの部屋は、姫様を閉じ込めるためのものではなく、姫様を守るための部屋だったのです。部屋に入る人間が限られていれば、毒殺しようとしてもすぐに足が付くのですから」
私はびっくりしていた。
それでは、私は途中までは愛されていたということになる。
「それを知っていただけに、陛下の豹変には驚いたという他ありません。一体、何が起こっているのか…。せめて、あれが陛下の演技であればと、今はそう思います」
ルグレイはそう言って、うつむいた。
フィカスは、フムと唸る。
「なんとも臭う話だな。ところでルグレイ、王妃は第二までか?」
「あ、いえ、国力の増強にと、ごく最近、陛下は第三王妃様を娶られました」
「…なるほどな。実に効率的だ。本当に情があるのかと疑いたくなるほどに…な。しかしそうなると、第二王妃の関心はしばらくはその第三勢力の方へと向かいそうだな。ひとまずは安心できるか…」
フィカスはそう呟いた。
私には、気になることがひとつある。
「ルグレイ、わたし、一緒に居ようって言っちゃったけど…。ウバヤのところへ、帰らなくてもいいの?」
ルグレイは、眉根を下げて微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます。ですがおれは…いえ、私は、ナツナ様の騎士です。ここへ来る前に、母には挨拶も済ませました。私が戻らずとも、母はわかってくれます。それに、おれには兄弟もたくさんいますからね」
「でも…ルグレイのお母さんは、せっかく生きているのに、会えないなんて」
私の言葉に、ルグレイは首を振る。
「もしいつか、ジェルミナールに戻る日があるのだとしても、今ではありません。先程、ユウ様やマグ様と、楽しそうに笑うナツナ様の笑顔を見て、思い知りました。私のやり方は間違っていたのです。貴族が王族に触れることなど、許されるわけがないと、私の方からは姫様に積極的に触れたことはありませんでした。ですが、本当は……。頭を、撫でれば、よかったのですね。それが、ナツナ様の、求められていた、ことだったのですね」
ルグレイは、自分の手の平を見ながら、一言一言、噛み締めるように口にする。
「…どうか、同道をお許しください。私には、ナツナ様のために、まだまだ学ばなければならないことが、たくさんあると思えてならないのです」
私が返事をしようとしたその時だった。
ユウの膝に居たアンタローが、パチッと目を覚ました。
「ぷぃいいい??」
きょろきょろと周囲を見渡すアンタローに、ユウが安堵の息を吐いた。
「おー、やっと起きたか。衝撃で目を回してから、そのまま爆睡してたんだぜ、アンタロー」
アンタローはきょろきょろしていた視線を、ルグレイで止めた。
ぴゃっと驚いている。
「し、知らない人が、居ますね…! まったくユウさんはすぐに拾ってくるんですから! ちゃんとお世話できるんですか?」
ルグレイも、ポカンと驚いている。
「精霊だという説明は受けましたが…。地上には不思議なことがたくさんあるのですね」
「アンタロー、この人はね、ルグレイだよ。今日から一緒に旅をしてくれるの」
私が紹介をすると、アンタローは偉そうに胸を張った。
「では、ボクの後輩ですね? ボクは粒漏れ餡太郎と言います、ツナさんが名前をつけてくれました! ルグレイさんは先輩であるボクを敬う係に任命してあげますっ、ぷいぷいっ!」
「さすがナツナ様、素晴らしいネーミングセンスです、私などには思いつきもしないステキな名前ですね」
いきなり太鼓持ちみたいな感じに豹変するのやめてよ!!
と思ったが、ニコニコしている様子を見ると、ルグレイは心の底から言っているようだった。
そしてアンタローは、褒められているのが私だとは気づいておらず、ものすごく自慢げに顔を上にそらしている。
私の戸惑いを知ってか知らずか、フィカスが口を挟んでくる。
「ルグレイ、地上には…と言ったが、こちらは逆に空の上での植生や風習を知りたく思っている。…が、今日はもう遅い。道中で聞かせてもらってもいいか?」
「はい、それは、もちろんです! 皆様のお役に立てるのであれば、光栄と言う他ありません…!」
「いちいち大げさだなールグレイは」
ユウがその様子を笑い飛ばした。
不意にマグが、私の方に目を向ける。
「ツナ……誤解が解けて……よかったな」
「え?」
一瞬何のことかわからずに聞き返す。
「ツナはちゃんと……両親の愛情を受けていた……」
「あ…。……。…うん、そうだね。ルグレイのおかげで、知ることができたよ、ありがとね」
「ナツナ様…」
ルグレイは言葉を詰まらせていた。
「子供を産むなんて、鼻からスイカを出すようなものだしね、少なくとも母さまの愛がないと無理なんだろうなっていうのは、わたしも想像するべきだったんだろうけど…やっぱりちょっと、自分の目線しかないと、難しくって」
いきなりマグが、ものすごい勢いで前のめりに手をついた。
「!?」
私はびっくりして、マグに目を向ける。
マグは、肩を震わせて、腹に手を当てていた。
「い、いきなり不意打ちで……笑わせてくるのは……卑怯……だろう……っ!」
「え!? どれで笑ったの!?」
「いやすまんツナ、俺もここで鼻からスイカはちょっと、笑っちまった…!」
ユウがちょっと我慢しながら言う。
よく見るとフィカスも、口元を拳で隠すようにしながら、声を震わせていた。
「そうか、つまり俺たちは、スイカの集いというわけか…」
「やめろフィカス……っ! 殺す気か……!?」
マグが死にそうに喘いでいる。
あれ!?
こっちの世界では鼻からスイカって言わないのか…!
私が昔通っていた教会では、普通に妊婦さんとかがいらっしゃったし、牧師さんの奥さんが4人くらい子供を産んでいたので、よくそういう話になるんだけどなー。
そして、私にはスイカは無理だと思ったものだ。
「さすがナツナ様です、素晴らしい発想力ですね」
早速ルグレイのテンプレができつつある。
「ぷいぃいっ、ルグレイさん、もっと褒めてください!」
そしてなぜかアンタローが、ルグレイの存在はすべて自分を褒めるためにあるものと思い込んでいる。
なんだか私一人が道化みたいで拗ねそうになったが、でも、今日はいろんなことがあって、最終的にはこうやって笑って過ごすことができたのが嬉しくなって…。
私もユウたちと一緒に笑った。
<つづく>




