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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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謎の騎士



 騎士の人は、慣性に逆らえず、砂に突っ込んだ船から放り出されるように、前方へと飛んでいく。

 しかし、器用に体をひねって、砂地を滑るように着地するのが遠目に見えた。


 どうやらよほど体を鍛えている人らしい。


 船室から、よろめきながらフィカスが出てくる。

 どこかを打ち付けたりでもしたのだろうか?


「くそっ、ナっちゃんよりもユウの方がよほど危なっかしいな…!」


 フィカスはそうぼやきながら、出血をしているユウの方へと歩み寄る。

 マグは手すりから手を放し、ユウを庇うように前へ出て、今は遠い騎士の方を睨みつけている。

 私はやっと陸地の方に追い付いて、フィカスの傍へと降り立った。


「ユウは大丈夫!?」


 回復魔法をかけているフィカスを窺う。


「ああ、思ったよりも浅い。どうやら一撃を入れる途中で何かに気を取られたようだ」


「ツナだ…! アイツの狙いはツナだ、逃げろツナ…!」


 ユウは息を荒くして、痛みに耐えている。


「そんな…でも、なんで?」


 ユウの言葉に、こちらへ歩んでくる騎士の方を見る。

 どうやら先程の衝撃で、ゴーグルが脱げてしまったようだ。

 初めて見た騎士の人の表情は、怒りで満ちていた。


 フィカスは、ユウに回復をかけながら、一瞬だけ自分のゴーグルの横の部分をいじって、騎士の人を観察する。


「…魔力をほとんど使い切っているようだな。無理もない、あの乗り物で海を越えてきたわけだ、途方もない量の魔力を消費しただろう。マグ、魔法はもう来ないと考えていい」


「……了解した」


 マグはハンドリロードで銃弾を補充しながら、視線は油断なくタイミングを計っている。


 騎士の人も、十分に近づいたと判断したのだろう。

 ユウを切りつけた剣を構え直し、いきなりスピードを上げ、こちらに向けて砂地を走り出した。


   ガァン、ガアン、ガンッ!!


 マグが騎士の動きに合わせて銃を撃っていく。

 騎士の人は、まるで弾道を読んでいるかのように、左右にぶれるような動きでこちらに向かってくる。


「さて、どうしたものか。俺もナっちゃんは逃げるべきだとは思うが。狙いがナっちゃんだとすると、あの男がナっちゃんを追いかけていく可能性が高い。むしろこちらの手元で守る方が安全度は高いと断じていいだろう」


 フィカスが冷静に戦況を分析していく。


「う、うん…わたしも、戦うよ!」


 騎士の人に向き直ると、フィカスは私の肩を片手で掴む。


「今は余計なことはするな。魔物とは違うんだぞ。万が一にでもナっちゃんに手を汚させることになれば、俺は後悔してもしきれん」


「でも…!」


「よしユウ、治療は終わったぞ」


 フィカスがユウから手を引くと、ユウはガバッと起き上がる。


   ガチィンッ!!


 金属音がした方を見ると、マグがダガーで、騎士の人の双剣に対応しているところだった。


「姫様を返せ!!」


 その瞬間、怒声が響き渡る。

 私たちは驚いて、騎士の人の顔を見た。

 怒りで前が見えていない、という表現がふさわしいような表情だ。


 ……あれ?

 私は、あの人を知ってるような気がする。

 どこかで見たような…?


「やはり、ジェルミナールの刺客か……!」


 騎士の人は、×字に組んだ二本の剣で、ギリギリとマグのダガーを押し込み始めている。


「何が刺客だ、賊風情が我が国を貶めるなど、恥を知れ!!」


「はああああっ!!」


 ユウが大剣を大上段に構え、大きく飛んでから、騎士の人へと振り下ろした。

 騎士の人は、咄嗟にマグのダガーを大きく弾き、その反動を利用して後ろへ下がった。


「誰が賊だって!? 俺らからツナを奪おうとしてるのは、そっちだろ!!」


 ユウは大剣を砂地に突き立てながら、騎士の人を睨みつける。


「黙れ下郎が!! ジューン様から話は聞いている、姫様を洗脳した挙句、このような不自由な暮らしを強いるなど…!! 地上の野蛮人め、この私が骨の欠片一つ残さず抹消してくれる!」


「…なるほど、事情は理解した。が、多勢に無勢だな。まずは諦めろ。話はそこからだ」


 ヒュルン、とフィカスの鎖鞭が飛び、騎士の人の剣を片方絡めとった。


「くっ…!!」


 騎士の人は、砂に足を取られて動きづらそうだ。


 その時、私はこの人が誰なのか、確信した。

 あのストーンヘンジでの夜に見た夢。

 小さい頃の私……いや、小説のナツナに、優しくしてくれたお兄さんの思い出。


「お前たちごとき…このポーションで魔力を回復させればどうということはない!」


 騎士の人は、フィカスに絡めとられた剣を離し、あいた片手で腰元から小瓶を引き抜く。

 瓶のコルクに親指をかけた瞬間だった。


「…ルグレイ!」


 私はたまらずに叫んだ。

 騎士の人は、ピクリと動きを止める。


 お日様のような髪の色はそのままなのに、体つきは屈強な男の人になっていて、全然イメージと噛み合わなかった。

 いったいどれほどの修業を積んできたのだろう。

 優しげな細身の面影は消えて、…そして、優し気な微笑みも今はない。

 だけど、この人はルグレイなのだと、確信があった。


「ルグレイ…だよね?」


「……、……姫様。……大きくなられましたね……!!」


 ルグレイは、喜んでいるような、同時に泣いているかのような顔を、私の方へと向けてきた。


「ツナ、知り合いなのか…!?」


 ユウが、追い打ちをかけようとしていた動きをピタリと止める。

 マグも、スローイングダガーを投げつける寸前だった。


「あのね、わたしが閉じ込められていた部屋で、わたしのことを世話しに来てくれた人で…! 悪い人じゃないの! わたしの、唯一の、話し相手だったんだよ…!!」


 私にとっては初めて会う人なのに、なぜか懐かしさで胸がいっぱいになってくる。

 この人に傷ついてほしくないと、心底思った。


「ルグレイ、お願い、止まって…! ユウもマグもフィカスも、わたしのことを大事にしてくれてるんだよ…! ルグレイと同じくらい、優しい人たちなんだよ! ケンカしないでほしい!」


「な……」


 ルグレイは絶句している。

 フィカスはその様子を見て、静かに声をかける。


「ルグレイとやら。ナっちゃんをジェルミナールに連れ帰るのは、お前の本意なのか? 少なくともこちらには、ナっちゃんを部屋に幽閉して安堵する類の人間に、ナっちゃんを渡す気はないのだがな」


「それは……。お前たちはそうやって、姫様に甘言を浴びせ、洗脳をしているのではないのか…!!」


 ルグレイには、明らかな迷いが見えた。


「その様子……どうやらお前にも……ジェルミナールに思うところが……あるんじゃないのか……?」


 マグの視線に油断はなかった。

 いつでもスローイングダガーを投げられる姿勢のまま、言葉を投げる。


「…姫様! 今の陛下は少し、心を乱されているだけなのです…!! あの日私に、姫様のことを頼むと初めて命じられた陛下の瞳は、本当に暖かなものだった…!!! きっと何らかの誤解があるだけなんです、戻りましょう、話せばわかってくださいます!」


 マグとは対照的に、ユウは剣を下ろした。

 ルグレイは、少し驚いたようだった。


「ルグレイ…だっけ。俺も多分、あんたみたいな感じだったんだろうな。偏見と嫌悪に満ちた目でしか、自分の信じたもの以外に目を向けられない。俺はバカだから、蒙昧に突き進んじまっただけだったが。あんたは違うんじゃないのか? 気づいているんじゃないのか? 本当にこの子を守るためには、どうすればいいのか、どうしたいのか、わかっているんじゃないのか?」


 ユウの言葉に、マグが添える。


「本当に……話し合いをする場が設けられるのか……? 魔力を搾取するために……利用されるだけの人生しか……この子には用意されていない……。違うか?」


「それ…は……」


 ルグレイは、膝をついた。

 フィカスは、鎖鞭を瞬時に引っ込める。


「私は……どうすれば……。ただ、姫様を守るために……騎士になったはずなのに……!」


「ルグレイ…!」


 ルグレイがあまりにも板挟みになっていて、私も泣きそうになった。

 フィカスが、一歩前に出る。


「わからんな。何を悩む必要がある? それがお前の答えではないのか?」


「……?」


 ルグレイは、希望を失ったような表情で、フィカスを見上げた、


「いいだろう。わからないなら教えてやる。お前はジェルミナールの騎士をやめろ。ただ、お前の姫のためだけの騎士になればいい」


 ルグレイは、目を見開いた。


「だが、そうだな。お前の迷いを晴らしてやろう。ルグレイ、お前が持っているその小瓶を、空高く放り投げてみるといい。それだけで、すべてがわかる」


「どういうことだ…?」


「いいからやってみろ。たったそれだけのことで、俺たちが有利になるわけでも、お前が有利になるわけでもないのはわかるだろう?」


 ルグレイは戸惑っているようだった。


「ルグレイ、お願い。フィカスの言う通りにしてみてほしい。フィカスは、意味のないことを言う人じゃない」


「………。……わかり…ました」


 私の言葉を受けて、ルグレイは意を決して空を見上げる。

 そして、持っていた小瓶を、空高く放り投げた。


「マグ」


「わかっている」


 フィカスの言葉に、マグは軽く手を振り、スローイングダガーを小瓶へと投げつけた。

 ダガーの刃が、小瓶の腹に埋まった、次の瞬間。


   ズガアアアアアンッ!!!!


 空中で大爆発が起こった。


「ハルー・ドルシィ!」


 即座にフィカスが呪文のようなものを唱えて、空に手を上げる。

 すると薄い膜が私たちを守るように空を覆い、爆風を散らした。


「だああああビビった!?」

「な……!?」

「ひゃああああ…っ!!」


 ユウ、ルグレイ、私はひたすら驚いた。

 花火よりもずっと乱暴な轟音が周囲をえぐり、フィカスの呪文の外にあった砂は、大きく抉られていった。

 爆発の余韻が過ぎた頃、フィカスは魔法を解き、ルグレイを見下ろす。


「さて。ジェルミナールの魔力回復ポーションとやらには、あのような爆発オプションが付いているのか?」


「そんな…バカな…! あれは、ジューン様が、いざという時に姫様を守れるようにと…!!」


 ルグレイが、茫然と呟いた。


「やはりな。おかしいと思ったんだ。魔力を回復できる手立てなど、少なくとも俺は聞いたこともないし、広く普及すれば、王族の有する強大な魔力の価値を薄めることになる。あるはずがないんだ。そもそも、そんな便利なものがあるのなら、魔力を有する人物を補充する必要もないだろう。どうしてわざわざ地上に降りてまで、ナっちゃんを連れ帰る必要がある?」


 フィカスは、ため息をつくように、一度言葉を区切る。


「つまりは、そういうことだ。ルグレイ、お前があの瓶の蓋を開けた瞬間に、お前もろとも愛しい妹を葬り去ろうとした。それが、あの女の策略だったわけだ。そうすれば、妹の死をお前のせいにでき、王位の継承権が揺らぐ要素はなくなる。父親に逆らわずに妹を亡き者にする、実にイヤラシイ計略だ」


 私は、俯いてしまう。

 わかっていたことだが、誰かに殺意を向けられるのは辛い。


「ツナ……大丈夫だ……オレたちがいる」


 マグが、そっと私の肩に手を置く。

 私は何とか、頷いた。


「そんな…まさか……」


 ルグレイは、心が折れたように項垂れた。


「だがこれは好都合とも言える。ルグレイ、ここでお前がジェルミナールに戻らずにいれば、あの女は目的を果たせたと、ほくそ笑むだろう。ある意味で、ナっちゃんはこれ以上ないほどの安全を手に入れられる。ルグレイ、お前の行動でナっちゃんを守れるんだ」


 フィカスは淡々と続ける。


「ジェルミナールのことだ、どうせ騎士にはまず王に従う教育を施してきたのだろう。だが、案ずるな。俺の名はフィカスラータ・ニヴォゼ。ニヴォゼの王だ。下らん迷いがお前の足を止めるのであれば、騎士の教え通り、王である俺に従えばいい。ひとまずはこれで過ごせ。落ち着いてきた頃に、お前の道を選び直せばいい」


「……乱暴な話だな」


 マグの声音は、少し笑いを含んだものだった。


「けどまあ、わかりやすいよな。ルグレイ、俺からも、どうすればいいか、教えてやるよ。こういう時は、まずは自己紹介だ。俺はユーレタイド。ユウでいいよ。こっちはマグシラン。マグって呼ばれてる。フィカスのことは、今聞いたよな?」


 ルグレイは、ぽかんとしながらユウを見上げている。

 みんなでしばらく、ルグレイを急かすこともなく、じっと待った。


「…ルグレイ・ニウ・ベラルゴ。いえ…もう、貴族でも何でもない。ただの、ルグレイです。…私を、姫様の騎士として、傍に仕えることを…許していただけますか?」


 ルグレイは、他の誰でもなく、私を見て問いかける。

 私は小走りにルグレイの傍に行き、しゃがみ込んだ。


「ルグレイ…。わたしもね、もう王族でも何でもないよ。ただの、ナツナだよ。ユウがつけてくれた名前なの。だから、一人の人間同士として、一緒に居よう? ルグレイに会えて、わたし、すごく嬉しいよ…!」


 ルグレイは、ぼろりと一粒だけ、涙をこぼした。

 涙は砂に落ちて、何もなかったかのように、すぐに乾いた。


「ナツナ様…。おれも…ずっと、お会いしたかった……!! 喋るのが、お上手に、なられましたね…!!」


 そこからずっと、ルグレイは肩を震わせて、嗚咽をこらえるように俯いた。

 なんだかその様子に、たまらなくなってしまって、ルグレイの手の上に自分の手を重ね置き、私の方が泣いてしまった。

 ユウたちは何も言わずに、私たちをじっと見守ってくれていた。



-------------------------------------------



「本当に申し訳ありませんでした…っ!!」


 砂浜に乗り上げたクルーザーの前で、ルグレイは土下座の勢いで頭を下げている。


 私はルグレイに一通りの説明を行った。

 姉に空から投げ捨てられたこと。

 ユウとマグに拾われたこと。

 フィカスにもお世話になっていること。

 おかげで外の世界で楽しく旅ができていること。


 それを聞いたルグレイは、自分のしでかしたことに青褪めて、謝罪を始めた。


「構わん。許す。その代わり、お前が乗ってきたあの乗り物は、こちらにいただくぞ。実に興味深い機構だ、流石ジェルミナールといったところか。お前のゴーグルも後で回収しよう。大陸越しでナっちゃんの魔力を追えてきたのだからな、俺のものよりも性能がよさそうだ。使える技術はすべて貰うぞ」


 フィカスはいつものように、わざと傲慢な感じに判決を下した。


「それは、もちろん構いませんが…。それだけでよろしいのですか? ユウ様や、マグ様は…?」


 ルグレイは恐る恐る顔を上げて、二人を窺う。


「つーか、ユウ様って、堅っ苦しいな。別に呼び捨てでいいんだぜ?」


 ユウの言葉に、ルグレイは首を振る。


「いいえ、ナツナ様の恩人にそのような口のきき方はできません! ユウ様もマグ様も、どうか私を自分の騎士と思い、好きなようにお使いください!」


 頑として言い張るルグレイに、ユウとマグは困ったように顔を見合わせた。

 フィカスの方は、何も気にしていない顔で、ルグレイを呼び寄せる。


「ルグレイ、ジェルミナールは機械文明の吸収に熱心だったな。お前は整備等をできるのか?」


「それは、もちろんです! 専門家には劣りますが、一通りは手ほどきを受けております」


「ならば来い。まずは修理だ」


「あ、はい…!」


 フィカスはひらりとクルーザーに飛び乗ると、船室に入っていく。

 ルグレイは慌てて後に続いた。


「なんていうか…実直な感じなんだな、ルグレイって。まあ、騎士なんてみんなあんな感じなのかもしれねーが」


 ユウは、調子が狂ったような顔で、二人の後に続く。


「ツナも行くぞ……ここで突っ立っていても……体力を消耗する……屋根のある所へ行こう」


「う、うん…!」


 とはいえ、もう夕暮れが近いせいか、覚悟していたほどは暑くない。

 逆にここからの冷え込みが懸念されるような気候だった。


「うわ、こりゃひでえ…!」


 先に船室を覗き込んだユウが声を上げた。

 マグと私も後に続いて驚いた。


 陸地に突っ込んだ衝撃で、内装がぐちゃぐちゃになっている。


「す、すみません、本当に……」


 ルグレイが反射的に謝罪をして、ユウは焦ったように手を振る。


「いや違うんだ、責めたわけじゃねえって!!」


「然り。俺としては、愛馬が無事ならもうそれだけで被害はないと判断を下せるからな。この程度のこと、どうということはない」


 柵の中にいる黒天号は、フィカスの言葉に、ブルルと嬉し気に鼻を鳴らした。


「ほらユウ、アンタローは目を回していたからな、介抱してやれ。さっさと直すぞ、ルグレイ」


「…はい!」

「うわ、アンタロー!?」


 ユウの悲鳴が聞こえる。


 しかしフィカスは懐が広くて、本当に安心するなあ。

 ルグレイのことはフィカスに任せて大丈夫と判断した私は、一度デッキに出て、うーんと考え事をする。


 たぶん、ここで一晩を過ごすことになりそうだから…。

 何か、そのための、みんなの負担が減るような魔法を考えてみよう。

 私は攻撃魔法が使えないらしいので、せめてこういうところで役に立たねば!


 暑さからも、寒さからも、守れるような


 えっと…何があるだろう?

 雨風を防げる、と単純に考えるなら、家だよね?


 家を出す…。

 …すごい、途方もない考え方になっちゃったけど、なんだかできそうな気がする?


 私は手の平を空に向けて、頭の中にイメージを浮かべ始める。


「―――ボンボニエールの甘い中身、蜜蝋の燃える匂い、陶器の市場、水底の真珠貝」


 願いにこそ意味があるので、言葉には何の意味もない。

 好きなものを並べた呪文を唱えると、うっすらと空気が揺らいでいく。

 最後にぎゅっと目をつむり、イメージを圧縮するような間をあける。

 次にパチッと目を開けた時には、クルーザーどころか、付近の砂漠を覆うような、大きな大きな、半透明のテントが出現していた。

 その瞬間、砂を含んだ風が遮断される。

 暑くも寒くもない、温暖な空気が、テントの中に滞留している。


 やっぱり、キャンプといえばテントだよね!

 流石に家くらい複雑なものは無理だけど、三角形に張られた布、くらいのイメージなら私にだってできる。


「ツナ、どうした……? なんだ、これは……?」


 私の様子を見に船室から出てきたマグが、驚いたように周囲を見渡す。


「あのね、テントを張ってみたよ!」


「テントって……」


「なんだ、いきなりアチーのがなくなったな?」


 ユウも出てきたので、同じ説明をすると、マグとは違い、ユウは素直に喜んだ。


「すげーじゃんツナ! これならその辺で安全に火も焚けそうだな、偉いぞ~!」


 ユウは嬉しげに、私の頭をわしゃわしゃとしてくる。

 私は嬉しくて、「でしょー」と笑顔になった。


 ふと気が付くと、ルグレイが驚いたように私たちのやり取りを見ている。


「あ、ルグレイ、どうだった?」


「…あ、はい。フィカス様の知識もあり、明日までには直せそうです。…ナツナ様は、いつもそうやって過ごされているのですか?」


「そうやって…って?」


「いえ…。なんでもありません。貴族社会とあまりに違うので、驚いてしまって。しかも、王族自らが、下位の者のために魔法を行使するなんて…」


「あー、なるほどな。ルグレイはまず、俺らとの距離感に慣れるところから始めねーとだな」


 ユウが朗らかに笑いかけると、やはりルグレイは戸惑ったままのようだった。

 会話が聞こえていたのか、奥からフィカスが出てきて、ルグレイの肩に手を置く。


「ルグレイ、こっちは大体わかった。まずはユウとマグにキャンプの仕方を教えて貰うといい。元貴族と言えど、今後雑用を頼む機会も増えるだろう。覚悟しておけ」


「はい…!」


 ガチガチになっているルグレイに、マグが声をかける。


「気負うなルグレイ……今日は見ているだけでいい……。何故か、ツナと居ると……人手が足りないと感じることが多いからな……手数が多いのは……それだけで助かる」


「うぐぐ、御迷惑おかけしてます…!」


 私が何も言い返せないでいると、マグはふっと笑って、ポンポンと頭を撫でてくる。

 フィカスは満足げにその様子を見ると、また船室へと引っ込んでいった。


「つか、ルグレイは疲れてるんじゃねーのか? とりあえずそこに座っておけよ、あとは口頭で説明すっからさ」


「え? あ、はい…! お気遣い、痛み入ります…!」


 ルグレイはすっかり恐縮しているようで、ユウに言われるままに砂の上に座り込んだ。

 私は、少しでもルグレイが気を抜けるようにと、隣に座り込む。


「ナツナ様、ここは地面の上ですよ…!?」


 露骨に動揺するルグレイを見て、まだまだ先は長そうだと感じた。




<つづく>



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