謎の騎士
騎士の人は、慣性に逆らえず、砂に突っ込んだ船から放り出されるように、前方へと飛んでいく。
しかし、器用に体をひねって、砂地を滑るように着地するのが遠目に見えた。
どうやらよほど体を鍛えている人らしい。
船室から、よろめきながらフィカスが出てくる。
どこかを打ち付けたりでもしたのだろうか?
「くそっ、ナっちゃんよりもユウの方がよほど危なっかしいな…!」
フィカスはそうぼやきながら、出血をしているユウの方へと歩み寄る。
マグは手すりから手を放し、ユウを庇うように前へ出て、今は遠い騎士の方を睨みつけている。
私はやっと陸地の方に追い付いて、フィカスの傍へと降り立った。
「ユウは大丈夫!?」
回復魔法をかけているフィカスを窺う。
「ああ、思ったよりも浅い。どうやら一撃を入れる途中で何かに気を取られたようだ」
「ツナだ…! アイツの狙いはツナだ、逃げろツナ…!」
ユウは息を荒くして、痛みに耐えている。
「そんな…でも、なんで?」
ユウの言葉に、こちらへ歩んでくる騎士の方を見る。
どうやら先程の衝撃で、ゴーグルが脱げてしまったようだ。
初めて見た騎士の人の表情は、怒りで満ちていた。
フィカスは、ユウに回復をかけながら、一瞬だけ自分のゴーグルの横の部分をいじって、騎士の人を観察する。
「…魔力をほとんど使い切っているようだな。無理もない、あの乗り物で海を越えてきたわけだ、途方もない量の魔力を消費しただろう。マグ、魔法はもう来ないと考えていい」
「……了解した」
マグはハンドリロードで銃弾を補充しながら、視線は油断なくタイミングを計っている。
騎士の人も、十分に近づいたと判断したのだろう。
ユウを切りつけた剣を構え直し、いきなりスピードを上げ、こちらに向けて砂地を走り出した。
ガァン、ガアン、ガンッ!!
マグが騎士の動きに合わせて銃を撃っていく。
騎士の人は、まるで弾道を読んでいるかのように、左右にぶれるような動きでこちらに向かってくる。
「さて、どうしたものか。俺もナっちゃんは逃げるべきだとは思うが。狙いがナっちゃんだとすると、あの男がナっちゃんを追いかけていく可能性が高い。むしろこちらの手元で守る方が安全度は高いと断じていいだろう」
フィカスが冷静に戦況を分析していく。
「う、うん…わたしも、戦うよ!」
騎士の人に向き直ると、フィカスは私の肩を片手で掴む。
「今は余計なことはするな。魔物とは違うんだぞ。万が一にでもナっちゃんに手を汚させることになれば、俺は後悔してもしきれん」
「でも…!」
「よしユウ、治療は終わったぞ」
フィカスがユウから手を引くと、ユウはガバッと起き上がる。
ガチィンッ!!
金属音がした方を見ると、マグがダガーで、騎士の人の双剣に対応しているところだった。
「姫様を返せ!!」
その瞬間、怒声が響き渡る。
私たちは驚いて、騎士の人の顔を見た。
怒りで前が見えていない、という表現がふさわしいような表情だ。
……あれ?
私は、あの人を知ってるような気がする。
どこかで見たような…?
「やはり、ジェルミナールの刺客か……!」
騎士の人は、×字に組んだ二本の剣で、ギリギリとマグのダガーを押し込み始めている。
「何が刺客だ、賊風情が我が国を貶めるなど、恥を知れ!!」
「はああああっ!!」
ユウが大剣を大上段に構え、大きく飛んでから、騎士の人へと振り下ろした。
騎士の人は、咄嗟にマグのダガーを大きく弾き、その反動を利用して後ろへ下がった。
「誰が賊だって!? 俺らからツナを奪おうとしてるのは、そっちだろ!!」
ユウは大剣を砂地に突き立てながら、騎士の人を睨みつける。
「黙れ下郎が!! ジューン様から話は聞いている、姫様を洗脳した挙句、このような不自由な暮らしを強いるなど…!! 地上の野蛮人め、この私が骨の欠片一つ残さず抹消してくれる!」
「…なるほど、事情は理解した。が、多勢に無勢だな。まずは諦めろ。話はそこからだ」
ヒュルン、とフィカスの鎖鞭が飛び、騎士の人の剣を片方絡めとった。
「くっ…!!」
騎士の人は、砂に足を取られて動きづらそうだ。
その時、私はこの人が誰なのか、確信した。
あのストーンヘンジでの夜に見た夢。
小さい頃の私……いや、小説のナツナに、優しくしてくれたお兄さんの思い出。
「お前たちごとき…このポーションで魔力を回復させればどうということはない!」
騎士の人は、フィカスに絡めとられた剣を離し、あいた片手で腰元から小瓶を引き抜く。
瓶のコルクに親指をかけた瞬間だった。
「…ルグレイ!」
私はたまらずに叫んだ。
騎士の人は、ピクリと動きを止める。
お日様のような髪の色はそのままなのに、体つきは屈強な男の人になっていて、全然イメージと噛み合わなかった。
いったいどれほどの修業を積んできたのだろう。
優しげな細身の面影は消えて、…そして、優し気な微笑みも今はない。
だけど、この人はルグレイなのだと、確信があった。
「ルグレイ…だよね?」
「……、……姫様。……大きくなられましたね……!!」
ルグレイは、喜んでいるような、同時に泣いているかのような顔を、私の方へと向けてきた。
「ツナ、知り合いなのか…!?」
ユウが、追い打ちをかけようとしていた動きをピタリと止める。
マグも、スローイングダガーを投げつける寸前だった。
「あのね、わたしが閉じ込められていた部屋で、わたしのことを世話しに来てくれた人で…! 悪い人じゃないの! わたしの、唯一の、話し相手だったんだよ…!!」
私にとっては初めて会う人なのに、なぜか懐かしさで胸がいっぱいになってくる。
この人に傷ついてほしくないと、心底思った。
「ルグレイ、お願い、止まって…! ユウもマグもフィカスも、わたしのことを大事にしてくれてるんだよ…! ルグレイと同じくらい、優しい人たちなんだよ! ケンカしないでほしい!」
「な……」
ルグレイは絶句している。
フィカスはその様子を見て、静かに声をかける。
「ルグレイとやら。ナっちゃんをジェルミナールに連れ帰るのは、お前の本意なのか? 少なくともこちらには、ナっちゃんを部屋に幽閉して安堵する類の人間に、ナっちゃんを渡す気はないのだがな」
「それは……。お前たちはそうやって、姫様に甘言を浴びせ、洗脳をしているのではないのか…!!」
ルグレイには、明らかな迷いが見えた。
「その様子……どうやらお前にも……ジェルミナールに思うところが……あるんじゃないのか……?」
マグの視線に油断はなかった。
いつでもスローイングダガーを投げられる姿勢のまま、言葉を投げる。
「…姫様! 今の陛下は少し、心を乱されているだけなのです…!! あの日私に、姫様のことを頼むと初めて命じられた陛下の瞳は、本当に暖かなものだった…!!! きっと何らかの誤解があるだけなんです、戻りましょう、話せばわかってくださいます!」
マグとは対照的に、ユウは剣を下ろした。
ルグレイは、少し驚いたようだった。
「ルグレイ…だっけ。俺も多分、あんたみたいな感じだったんだろうな。偏見と嫌悪に満ちた目でしか、自分の信じたもの以外に目を向けられない。俺はバカだから、蒙昧に突き進んじまっただけだったが。あんたは違うんじゃないのか? 気づいているんじゃないのか? 本当にこの子を守るためには、どうすればいいのか、どうしたいのか、わかっているんじゃないのか?」
ユウの言葉に、マグが添える。
「本当に……話し合いをする場が設けられるのか……? 魔力を搾取するために……利用されるだけの人生しか……この子には用意されていない……。違うか?」
「それ…は……」
ルグレイは、膝をついた。
フィカスは、鎖鞭を瞬時に引っ込める。
「私は……どうすれば……。ただ、姫様を守るために……騎士になったはずなのに……!」
「ルグレイ…!」
ルグレイがあまりにも板挟みになっていて、私も泣きそうになった。
フィカスが、一歩前に出る。
「わからんな。何を悩む必要がある? それがお前の答えではないのか?」
「……?」
ルグレイは、希望を失ったような表情で、フィカスを見上げた、
「いいだろう。わからないなら教えてやる。お前はジェルミナールの騎士をやめろ。ただ、お前の姫のためだけの騎士になればいい」
ルグレイは、目を見開いた。
「だが、そうだな。お前の迷いを晴らしてやろう。ルグレイ、お前が持っているその小瓶を、空高く放り投げてみるといい。それだけで、すべてがわかる」
「どういうことだ…?」
「いいからやってみろ。たったそれだけのことで、俺たちが有利になるわけでも、お前が有利になるわけでもないのはわかるだろう?」
ルグレイは戸惑っているようだった。
「ルグレイ、お願い。フィカスの言う通りにしてみてほしい。フィカスは、意味のないことを言う人じゃない」
「………。……わかり…ました」
私の言葉を受けて、ルグレイは意を決して空を見上げる。
そして、持っていた小瓶を、空高く放り投げた。
「マグ」
「わかっている」
フィカスの言葉に、マグは軽く手を振り、スローイングダガーを小瓶へと投げつけた。
ダガーの刃が、小瓶の腹に埋まった、次の瞬間。
ズガアアアアアンッ!!!!
空中で大爆発が起こった。
「ハルー・ドルシィ!」
即座にフィカスが呪文のようなものを唱えて、空に手を上げる。
すると薄い膜が私たちを守るように空を覆い、爆風を散らした。
「だああああビビった!?」
「な……!?」
「ひゃああああ…っ!!」
ユウ、ルグレイ、私はひたすら驚いた。
花火よりもずっと乱暴な轟音が周囲をえぐり、フィカスの呪文の外にあった砂は、大きく抉られていった。
爆発の余韻が過ぎた頃、フィカスは魔法を解き、ルグレイを見下ろす。
「さて。ジェルミナールの魔力回復ポーションとやらには、あのような爆発オプションが付いているのか?」
「そんな…バカな…! あれは、ジューン様が、いざという時に姫様を守れるようにと…!!」
ルグレイが、茫然と呟いた。
「やはりな。おかしいと思ったんだ。魔力を回復できる手立てなど、少なくとも俺は聞いたこともないし、広く普及すれば、王族の有する強大な魔力の価値を薄めることになる。あるはずがないんだ。そもそも、そんな便利なものがあるのなら、魔力を有する人物を補充する必要もないだろう。どうしてわざわざ地上に降りてまで、ナっちゃんを連れ帰る必要がある?」
フィカスは、ため息をつくように、一度言葉を区切る。
「つまりは、そういうことだ。ルグレイ、お前があの瓶の蓋を開けた瞬間に、お前もろとも愛しい妹を葬り去ろうとした。それが、あの女の策略だったわけだ。そうすれば、妹の死をお前のせいにでき、王位の継承権が揺らぐ要素はなくなる。父親に逆らわずに妹を亡き者にする、実にイヤラシイ計略だ」
私は、俯いてしまう。
わかっていたことだが、誰かに殺意を向けられるのは辛い。
「ツナ……大丈夫だ……オレたちがいる」
マグが、そっと私の肩に手を置く。
私は何とか、頷いた。
「そんな…まさか……」
ルグレイは、心が折れたように項垂れた。
「だがこれは好都合とも言える。ルグレイ、ここでお前がジェルミナールに戻らずにいれば、あの女は目的を果たせたと、ほくそ笑むだろう。ある意味で、ナっちゃんはこれ以上ないほどの安全を手に入れられる。ルグレイ、お前の行動でナっちゃんを守れるんだ」
フィカスは淡々と続ける。
「ジェルミナールのことだ、どうせ騎士にはまず王に従う教育を施してきたのだろう。だが、案ずるな。俺の名はフィカスラータ・ニヴォゼ。ニヴォゼの王だ。下らん迷いがお前の足を止めるのであれば、騎士の教え通り、王である俺に従えばいい。ひとまずはこれで過ごせ。落ち着いてきた頃に、お前の道を選び直せばいい」
「……乱暴な話だな」
マグの声音は、少し笑いを含んだものだった。
「けどまあ、わかりやすいよな。ルグレイ、俺からも、どうすればいいか、教えてやるよ。こういう時は、まずは自己紹介だ。俺はユーレタイド。ユウでいいよ。こっちはマグシラン。マグって呼ばれてる。フィカスのことは、今聞いたよな?」
ルグレイは、ぽかんとしながらユウを見上げている。
みんなでしばらく、ルグレイを急かすこともなく、じっと待った。
「…ルグレイ・ニウ・ベラルゴ。いえ…もう、貴族でも何でもない。ただの、ルグレイです。…私を、姫様の騎士として、傍に仕えることを…許していただけますか?」
ルグレイは、他の誰でもなく、私を見て問いかける。
私は小走りにルグレイの傍に行き、しゃがみ込んだ。
「ルグレイ…。わたしもね、もう王族でも何でもないよ。ただの、ナツナだよ。ユウがつけてくれた名前なの。だから、一人の人間同士として、一緒に居よう? ルグレイに会えて、わたし、すごく嬉しいよ…!」
ルグレイは、ぼろりと一粒だけ、涙をこぼした。
涙は砂に落ちて、何もなかったかのように、すぐに乾いた。
「ナツナ様…。おれも…ずっと、お会いしたかった……!! 喋るのが、お上手に、なられましたね…!!」
そこからずっと、ルグレイは肩を震わせて、嗚咽をこらえるように俯いた。
なんだかその様子に、たまらなくなってしまって、ルグレイの手の上に自分の手を重ね置き、私の方が泣いてしまった。
ユウたちは何も言わずに、私たちをじっと見守ってくれていた。
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「本当に申し訳ありませんでした…っ!!」
砂浜に乗り上げたクルーザーの前で、ルグレイは土下座の勢いで頭を下げている。
私はルグレイに一通りの説明を行った。
姉に空から投げ捨てられたこと。
ユウとマグに拾われたこと。
フィカスにもお世話になっていること。
おかげで外の世界で楽しく旅ができていること。
それを聞いたルグレイは、自分のしでかしたことに青褪めて、謝罪を始めた。
「構わん。許す。その代わり、お前が乗ってきたあの乗り物は、こちらにいただくぞ。実に興味深い機構だ、流石ジェルミナールといったところか。お前のゴーグルも後で回収しよう。大陸越しでナっちゃんの魔力を追えてきたのだからな、俺のものよりも性能がよさそうだ。使える技術はすべて貰うぞ」
フィカスはいつものように、わざと傲慢な感じに判決を下した。
「それは、もちろん構いませんが…。それだけでよろしいのですか? ユウ様や、マグ様は…?」
ルグレイは恐る恐る顔を上げて、二人を窺う。
「つーか、ユウ様って、堅っ苦しいな。別に呼び捨てでいいんだぜ?」
ユウの言葉に、ルグレイは首を振る。
「いいえ、ナツナ様の恩人にそのような口のきき方はできません! ユウ様もマグ様も、どうか私を自分の騎士と思い、好きなようにお使いください!」
頑として言い張るルグレイに、ユウとマグは困ったように顔を見合わせた。
フィカスの方は、何も気にしていない顔で、ルグレイを呼び寄せる。
「ルグレイ、ジェルミナールは機械文明の吸収に熱心だったな。お前は整備等をできるのか?」
「それは、もちろんです! 専門家には劣りますが、一通りは手ほどきを受けております」
「ならば来い。まずは修理だ」
「あ、はい…!」
フィカスはひらりとクルーザーに飛び乗ると、船室に入っていく。
ルグレイは慌てて後に続いた。
「なんていうか…実直な感じなんだな、ルグレイって。まあ、騎士なんてみんなあんな感じなのかもしれねーが」
ユウは、調子が狂ったような顔で、二人の後に続く。
「ツナも行くぞ……ここで突っ立っていても……体力を消耗する……屋根のある所へ行こう」
「う、うん…!」
とはいえ、もう夕暮れが近いせいか、覚悟していたほどは暑くない。
逆にここからの冷え込みが懸念されるような気候だった。
「うわ、こりゃひでえ…!」
先に船室を覗き込んだユウが声を上げた。
マグと私も後に続いて驚いた。
陸地に突っ込んだ衝撃で、内装がぐちゃぐちゃになっている。
「す、すみません、本当に……」
ルグレイが反射的に謝罪をして、ユウは焦ったように手を振る。
「いや違うんだ、責めたわけじゃねえって!!」
「然り。俺としては、愛馬が無事ならもうそれだけで被害はないと判断を下せるからな。この程度のこと、どうということはない」
柵の中にいる黒天号は、フィカスの言葉に、ブルルと嬉し気に鼻を鳴らした。
「ほらユウ、アンタローは目を回していたからな、介抱してやれ。さっさと直すぞ、ルグレイ」
「…はい!」
「うわ、アンタロー!?」
ユウの悲鳴が聞こえる。
しかしフィカスは懐が広くて、本当に安心するなあ。
ルグレイのことはフィカスに任せて大丈夫と判断した私は、一度デッキに出て、うーんと考え事をする。
たぶん、ここで一晩を過ごすことになりそうだから…。
何か、そのための、みんなの負担が減るような魔法を考えてみよう。
私は攻撃魔法が使えないらしいので、せめてこういうところで役に立たねば!
暑さからも、寒さからも、守れるような
えっと…何があるだろう?
雨風を防げる、と単純に考えるなら、家だよね?
家を出す…。
…すごい、途方もない考え方になっちゃったけど、なんだかできそうな気がする?
私は手の平を空に向けて、頭の中にイメージを浮かべ始める。
「―――ボンボニエールの甘い中身、蜜蝋の燃える匂い、陶器の市場、水底の真珠貝」
願いにこそ意味があるので、言葉には何の意味もない。
好きなものを並べた呪文を唱えると、うっすらと空気が揺らいでいく。
最後にぎゅっと目をつむり、イメージを圧縮するような間をあける。
次にパチッと目を開けた時には、クルーザーどころか、付近の砂漠を覆うような、大きな大きな、半透明のテントが出現していた。
その瞬間、砂を含んだ風が遮断される。
暑くも寒くもない、温暖な空気が、テントの中に滞留している。
やっぱり、キャンプといえばテントだよね!
流石に家くらい複雑なものは無理だけど、三角形に張られた布、くらいのイメージなら私にだってできる。
「ツナ、どうした……? なんだ、これは……?」
私の様子を見に船室から出てきたマグが、驚いたように周囲を見渡す。
「あのね、テントを張ってみたよ!」
「テントって……」
「なんだ、いきなりアチーのがなくなったな?」
ユウも出てきたので、同じ説明をすると、マグとは違い、ユウは素直に喜んだ。
「すげーじゃんツナ! これならその辺で安全に火も焚けそうだな、偉いぞ~!」
ユウは嬉しげに、私の頭をわしゃわしゃとしてくる。
私は嬉しくて、「でしょー」と笑顔になった。
ふと気が付くと、ルグレイが驚いたように私たちのやり取りを見ている。
「あ、ルグレイ、どうだった?」
「…あ、はい。フィカス様の知識もあり、明日までには直せそうです。…ナツナ様は、いつもそうやって過ごされているのですか?」
「そうやって…って?」
「いえ…。なんでもありません。貴族社会とあまりに違うので、驚いてしまって。しかも、王族自らが、下位の者のために魔法を行使するなんて…」
「あー、なるほどな。ルグレイはまず、俺らとの距離感に慣れるところから始めねーとだな」
ユウが朗らかに笑いかけると、やはりルグレイは戸惑ったままのようだった。
会話が聞こえていたのか、奥からフィカスが出てきて、ルグレイの肩に手を置く。
「ルグレイ、こっちは大体わかった。まずはユウとマグにキャンプの仕方を教えて貰うといい。元貴族と言えど、今後雑用を頼む機会も増えるだろう。覚悟しておけ」
「はい…!」
ガチガチになっているルグレイに、マグが声をかける。
「気負うなルグレイ……今日は見ているだけでいい……。何故か、ツナと居ると……人手が足りないと感じることが多いからな……手数が多いのは……それだけで助かる」
「うぐぐ、御迷惑おかけしてます…!」
私が何も言い返せないでいると、マグはふっと笑って、ポンポンと頭を撫でてくる。
フィカスは満足げにその様子を見ると、また船室へと引っ込んでいった。
「つか、ルグレイは疲れてるんじゃねーのか? とりあえずそこに座っておけよ、あとは口頭で説明すっからさ」
「え? あ、はい…! お気遣い、痛み入ります…!」
ルグレイはすっかり恐縮しているようで、ユウに言われるままに砂の上に座り込んだ。
私は、少しでもルグレイが気を抜けるようにと、隣に座り込む。
「ナツナ様、ここは地面の上ですよ…!?」
露骨に動揺するルグレイを見て、まだまだ先は長そうだと感じた。
<つづく>




