ハロウィンの夜
そんなに距離を飛んだわけではなかった。
101という看板のある建物の上に、一人の人影が立っている。
あの人が私を呼んだのだと確信して、私はその人の前に降り立った。
その人は、濃い翡翠色の髪を一つに束ねた、とても綺麗な人だった。
顔の片側だけを覆うクラウンの仮面をつけているが、それは人間離れした美貌を余計に引き立てていた。
その人は、髪と同じ、濃い翡翠色の瞳で、私を見つめてくる。
涼やかな口元は、紫紺の口紅が飾っている。
すらりと背も高く、世界中の綺麗なものを集めたら、こういう形になるんじゃないだろうか、という印象の人だ。
「いらっしゃい、よく来てくれたわね」
その声を聴いて、私はびっくりした。
低くてかっこいい男の人の声だ。
外見からして、女の人かと思っていたのに。
男の人が、女の人の仮装をしていたということなんだろうか?
「見かけた時は、まさかと思ったのよ? けれど、本当にフェザールなのね。こんなところで会えるなんて」
その人は、愛おしげに私の頬を片手で包む。
私には、なぜだか、その人のことが懐かしくて仕方がなかった。
胸がいっぱいになって、何も喋れない。
「…あなたは、空にいる者達とは違うのね。あれらはすっかり、人間に従うことを覚えてしまった。卑屈になった精神からは、美しいものは生まれないわ。せっかく自由な生を謳歌できるようにしていたのに…」
その人は、悲しげに瞳を伏せる。
それだけで、私も悲しくなった。
悲しませてはいけないと、心から思った。
一瞬、これは前にハイドが言っていた、チャームか何かなんだろうかと、懸念が頭をよぎる。
だけど、自分ではよくわかってないが、私には魔力抵抗というものがあるらしいので、きっとそれとは違うのだろう。
私は今、初めて会うこの人に尽くしたいと、心底思っていた。
私のそういった気持ちが伝わったのだろうか。
その人は柔らかく微笑んで、少し考えるような仕草をした。
「そうね、今日はあなたにしましょうか。一緒に来てくれるわよね?」
私の頬に触れていた手を引き、手の平を上に向けて、差し伸べてくる。
一緒に…。
一緒に行きたい。
私は吸い込まれるように、片手を伸ばした。
(チリン、)
ほんの小さな鈴音が鳴った。
その人の手を取る直前で、ぴたりと止まる。
見れば私は、腕に首輪のブレスレットを巻いていた。
とっくに慣れきったその音が、今この瞬間だけ、とても大きく私の中に響いた。
私は、指を震わせて…。
手を取るのをやめた。
その人は、驚いたように瞬きをする。
「あら。アタシに逆らえるなんて、ひょっとしてあなた、混血かしら」
私も驚いて、その人と目を合わせる。
「そんなに綺麗な翼を持っているから、すっかり純血のフェザールだと思い込んでしまったわ。残念ね」
明らかに気落ちするその人を見て、私の心は罪悪感でいっぱいになった。
この人の思い通りにできなかったことが、この世で一番重い罪に感じられて、ぼろぼろと涙をこぼす。
「あら、ごめんなさい。泣かないで、愛しい子。いいのよ、地上に未練があるのでしょう? あなたがその道を選んで幸せなら、それでいいの」
その人は、慈愛に満ちた瞳で、私の涙をぬぐってくれた。
そして、下に見える、街の通りに目を向ける。
近くにあるはずの喧騒は、とても遠く感じられた。
「ここは不思議な街ね。アタシみたいなのが紛れ込んでも、誰も気づかないで居てくれる。心地がいいから、時々訪れることにしているの。美しいものを見つけたら、持ち帰りたくなってしまうのが困りものだけれど」
そう言って、その人は、悪戯っぽく笑った。
「記念に名前を教えてくれないかしら? この出会いは、胸の内に大事にしまっておくわ」
「……ナツナ」
「ナツナ、かわいい名前ね。アタシはアリウレオ。レオでいいわ。あなたたちフェザールの生みの親よ。あなたたちの遺伝子は、まだアタシのことを覚えていてくれるのね。嬉しい限りよ」
アリウレオ……レオは、名残惜しそうな顔をすると、ふわりと浮き上がる。
私はレオの手を掴まなかったくせに、レオがこのまま行ってしまうかと思うと、胸が張り裂けそうなほど苦しくなって、咄嗟にレオの衣服を掴んで引き留める。
「あら。うふふ、かわいい子ね。でもダメよ、帰る場所があるのでしょう? …そうね、お呼び立てしてしまったからには、責任をもって送り届けるのが礼儀よね。目を閉じて?」
私は、せめてこれだけはと思い、その要求にだけはすぐに従った。
レオが柔らかく笑う呼吸音がする。
「それじゃ、幸せにね……」
トンと、額を指で押されたような気がした。
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「ツナ……ッ!」
誰かが私を必死に呼ぶ声がして、私は目を開けた。
気が付くと私は、建物の上ではなく、道のど真ん中にぽつんと立っていた。
「あれ…?」と言いながら、辺りを見渡す。
「ナっちゃん、無事か、心配したぞ!」
わらわらと周囲を取り囲まれる。
みんな背が高いので、私はすぐに埋まってしまう。
「フィカス…? ユウも、マグも、アンタローも、どうしたの?」
「どうしたって、そりゃこっちのセリフだぜ!? どうしたんだよ、いきなり飛んでくなんて! 誰にも見られてなかったからいいようなものの…!!」
ユウは半分怒っているような、半分安心したような、そういう口調だった。
「聞き込みをしていくと、花火の夜は神隠しがたまに発生するとかで、かなり焦ったな。この街では誘拐はご法度のはずだから、神隠しということになるらしい」
「かみ……」
かみさま…。
そう口にして、なんだか、しっくりときた。
なぜなら、ここは不思議が集う、ハロウィーンの会場なのだから。
「…ごめんね、でも、もう大丈夫だから。もう、どこにも行かないから」
私が必死に伝えると、みんなはひとまず安堵したようだった。
「まったく、目が離せんな。大人しいかと思えば、とんだ跳ねっ返りだ。やはりナっちゃんは計り知れん」
フィカスは、諦めたように、くしゃりを前髪をかき混ぜる。
「ツナ……オレには事情はわからないし……戻ってきてくれた以上……何があったかを聞く気もないが……それでも、二度とこんなことはやめてくれ……。オレは、鳥籠に閉じ込めておきたいと言った……ハイドの気持ちをわかりたくはないんだ」
マグは、本当に憔悴していた。
「ごめ…」
「ぷいぷいっ、まったくツナさんは、空を飛ぶならボクを連れて行ってくれないと、約束が違うじゃないですかっ」
謝ろうとしたのに、ベクトルが違う方向に怒っているアンタローの声にかき消された。
「何の約束だよ…。よし、ツナの気が変わんねーうちに宿に戻るぞ! 問答無用だからな!」
ユウはそう宣言すると、断りもせず、いきなり私を小脇に抱えた。
「え!? も、もう、逃げないから…!」
足をばたつかせるが、ユウは取り合ってくれない。
私は連行される犯罪者のように、宿に連れていかれた。
こうして、不思議な一夜は終わりを告げた。
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次の日、ヤーシブを出港してしばらくしても、私に空を飛ぶ練習をする時間は与えられなかった。
「またどこかへ飛んで行かれてはかなわんからな」
フィカスの言葉に、マグも同意した。
みんな仮装をしなくなったので、なんとなくまだ普通の格好に違和感が残っている。
やっぱりインパクトのある格好って、印象に残りやすいのかなー。
「その代わり、こんなものを買ってみた」
いきなりフィカスは、じゃんとブラシを取り出した。
ヘアブラシというよりも、もっと高級な、ふわふわした洋服ブラシという感じだ。
「代わりって…?」
いまいち意図が分からず、私は首をかたむける。
「夜になって運転をしなくなってから、俺がナっちゃんの羽根を梳いてやる」
「えーーーー」
私は露骨に嫌な顔をした。
なんとなく、羽根を触られるのは嫌な感じがする。
「なるほど……そういう手があったか……手入れなど、思いつきもしなかった……」
マグが感心している。
船の中なので、私は翼を出しっぱなしなのだが、なんとなく仕舞いたくなってきた。
「フィカス、伝書鳩の羽根とかは放置してるじゃない…!」
「あれは下手にいじって飛べなくなったら困るだろう。…ああ、そうだった、そろそろティランに鳩を飛ばす頃合いだな。ヴァントーゼに行くことを伝えておかねば。マグ、頼めるか?」
「ああ、どうすればいい……?」
二人が話し込んでいる隙に、私はそろりと船室を出る。
デッキでは、ユウがアンタローを背中に乗せて、腕立て伏せをしているところだった。
「ぷいぷいっ! ユウさん、今日はいつもよりももっと重くしますよっ!」
そう言うアンタローは少し大きく膨らんでいるようにも見えるし、いつもと変わらないようにも見える。
「…おっ、ツナ、やっぱり飛ぶのは無しだって言われたか?」
ユウは私を見上げながら、聞いてくる。
「うん、ダメだって」
「あー、ツナにはわりーけど、俺もやっぱその方が安心できるな」
「ほらユウさん、ペースが落ちてますよっ、きりきり腕を立ててください!」
アンタローが、ユウの背中でドスドスと跳ねている。
「くっそ、アンタローに指図されるのは腹立つな…! やめやめ!」
ユウは仰向けになり、ごろっと大の字に寝そべる。
アンタローは、キャーと言いながら、コロコロと横に転がっていった。
「ツナ、なんだったら、高い高いくらいはしてやろうか?」
ユウは息を整えながら、私の方を見ている。
「えー、いいよ、もうわたしは大人になったんだからっ」
「ははっ、俺はツナの背が伸びようがなんだろうが、全然安心できねーけどな。よくわかんねーことですぐにボロボロ泣くしさ。その泣き虫が収まったら、大人になったって認めてやってもいいぜ」
「うぐぐ…! ユウだって、全然大人になってないじゃない!」
「俺はいいんだよ、図体がでかくなったら周りが勝手に大人扱いしてくれるんだから!」
ユウがむくりと上体を起こすと、アンタローが「ボクを高い高いしてもいいですよっ」と寄って行く。
ユウは手持無沙汰に胡坐を組み、アンタローをポーンと高く空へ飛ばした。
晴天に、キャッキャとアンタローのはしゃぐ声が響く。
「でもユウは、いきなり思い立ったようにコーヒーのブラックを頼んで、結局フィカスに飲んでもらってたじゃないっ」
「あ、あれは…! 辛かったら飲めてたんだよ! 苦いのと辛いのは別物だからな!」
「もーー、すぐ言い訳するし…! 言っとくけど、わたしがチビなんじゃなくて、ユウが大きいんだからね!」
「へいへい、そういうことにしといてやるよ。ほらツナ、そろそろ船室に戻るぞ。暇になってきたし、トランプでもやろうぜ」
「よーしいいよ、わたしが勝ったら、何でも言うこと聞いてもらうんだからねっ」
「ツナは読み合いが下手だからなー、勝つのは俺だ!」
その後結局、勝ったのはマグだった。
その日の夜、私はイスに座らされ、背後をフィカスに陣取られていた。
「…どうしても、やらなきゃダメ…?」
そわそわしながらフィカスに聞く。
フィカスは、手に持ったブラシを、器用にくるりと回した。
「やる前から嫌がってどうするんだナっちゃん。案ずるな、俺は黒天号の毛並みを毎日整えてやっているんだぞ。ほら行くぞ」
フィカスは私の翼を手に取ると、ブラシでそっと撫でてきた。
「……っ!!!」
「ぞるうっ」という音を感じた。
実際、そんな音はしなかったのだが。
私は鳥肌を立てて震えあがる。
「ツナ、嫌なのか……? だが、神経が通っているようには……見えないが」
マグがまじまじと私の翼を見てくる。
「う、確かに、神経は通ってないと思うけど…! でもなんだか、ぞわぞわするの…! 例えるなら、首の裏の産毛をそーっと撫でられてるみたいな…?」
「慣れていないからだろう。そのうち慣れる」
フィカスは全然気を遣わずに、さっさと手を動かしていく。
「なっ、なんでフィカスはそんなに、手入れしたいの…!?」
必死で声を絞り出す。
フィカスは手を動かしたまま、首をかしいだ。
「何故と言われると困るな。俺なりにナっちゃんを可愛がっているつもりだが。そのための手段は多い方がいい。俺のストレス解消にもなる」
「くうっ…!」
ストレス解消とまで言われては、涙目になりながら、必死にこの時間を耐えるしかない。
「逆にツナのストレスが溜まってねえか…?」
ユウが心配そうに覗き込んでくる。
「そうか。そうなると本末転倒だな。仕方がない、今日この瞬間は我慢してもらって、明日からはアンタロー専用ブラシにするか」
「ぷいぃいいっ、気持ちよさそうです! 気に入りました!」
「まだ何もされていないだろう……」
はしゃぐアンタローに、マグが冷静に突っ込む。
「ぷいぷいっ、みなさん、もう寝る時間ですよっ、早く明日にしましょうよ!」
アンタローは待ちきれないとばかりに、そこらじゅうを跳ねまわる。
「やれやれ、ああも喜ばれると、まあ無駄にならずによかったと思えるな」
フィカスはそう言いながら、容赦なくシュッシュと私のブラッシングを続けてくる。
「…さてはフィカス、わたしが嫌がるのを、楽しんでる…?」
恨みがましく振り返ると、フィカスはしらばっくれるように笑った。
「何のことだ?」
「もーー…! あとで、フィカスの嫌がること、お返しに、やるんだからね!」
「ははっ、何をされるんだろうな、楽しみだ」
「フィカスは……嫌がることなんて……あるのか……?」
マグが疑惑の目を向ける。
そしてマグの予想通り、私がいきなり「ワッ」と驚かしても、何をしても、フィカスは面白そうに笑って済ませてくる。
私はフィカスの器の大きさを知るだけになった。
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2日後。
「陸が見えて来たぞ!」
デッキに居たユウが、やっと船旅から解放される喜びを満面に浮かべながら、船室の扉を開いて報告してくる。
私はオカリナの練習をしていた手を止め、マグは本を読んでいた顔を上げる。
「思ったよりも……早かったな。ツナ……翼の仕舞い方を……忘れていないだろうな?」
「あっ、そうだね、今のうちにやっとかないと…! 帽子もかぶるの久しぶりだなー」
いそいそと上陸準備を始める。
船旅って、のんびりと過ごせてよかったなー。
家で過ごすってこんな感じなのかな、などと思えて楽しかった。
「言い忘れたが、ヴァントーゼは海に面しているわけじゃないからな。船を泊めたら多少歩くぞ」
「うわ、大事なこと言い忘れるのやめろよ…ただでさえ、あちーなって思ってたところだったのにさ」
ユウのテンションがちょっと下がった。
「ははっ、まあそう言うな。完璧に見えて多少はミスした方が愛嬌があるだろう」
フィカスは悪びれずにそう言う。
「完璧って、自分で言うかよ、ったく。まあいいけど」
ユウはぼやきながらさっさと上陸準備をすませると、よほど待ちきれないのだろう、すぐにデッキに出て行った。
私もなんだかんだで準備を終えたら後に続く。
「あれっ、ホントに陸見えてる?」
私は目を眇めて遠くを見るのだが、ようやくちょこっと陸地の頭が見えたくらいだ。
「あ、そうか、ツナはチビだから俺と見える世界が違うんだなー」
「もーー、ユウはすぐにからかってくるんだから…!」
私は軽くユウを睨みつける。
その瞬間だった。
ドオオンッ!!!
ビカっと右手側の空が光ったかと思うと、何かが着弾したかのように水柱が立ち昇る。
「ひゃあああああっ!!!?」
私の悲鳴と同時に、船の船体がぐらりと揺らいだ。
転びそうになった私の手を、ユウが乱暴につかんで引き寄せた。
被っていたキャスケット帽が脱げて、海に落ちて行く。
「あ、帽子が…!」
「今は自分のことだけ考えろ! くそ、なんだいきなり…!?」
ユウは船の後方に目を向けると、ぎょっと体をこわばらせた。
釣られるように私も目を向けてみる。
…え!? 人!?
信じられないことに、エアバイク…とでもいうのだろうか? 空飛ぶスクーターのようなものに跨った人が、手の平にバチバチと雷の球を維持しながら、片手運転でクルーザーを追いかけてくる。
遠いので、その人の表情までは見えない。
「どうした……!?」
マグが慌てて船室から顔を出す。
「マグ、危ない、出ちゃダメ!」
私がそう叫ぶと同時だった。
バシイイイッ!!
雷撃がほとばしり、今度はクルーザーの左手側に、大きな水柱が上がる。
今度は反対側に、クルーザーが傾いた。
「やだあああああっ…!!」
何が何だかわからず、私は若干パニックになってしまった。
「ツナ、大丈夫だ、落ち着け…!」
ユウが私を落とさないように、力を込めてホールドしてくる。
「なるほど、理解した……。フィカス、スピードを上げろ……」
マグは扉に掴まりながら、船室に短く声を投げると、ホルスターからM500を抜き放つ。
そのままピタリと銃口を空飛ぶスクーターに定め、マグはピクリとも動かなくなった。
代わりのように、クルーザーが上下に激しく浮き沈みを始める。
スピードを上げたのだろう。
「くそ、俺はこっからじゃ手を出せねえ…! 頼んだぜ、マグ…!」
ユウは悔し気に、私を庇うようにしゃがみ込んだ。
マグは返事すらしない。
風景の一部のように、動きを止めたままだ。
その間にも、空飛ぶスクーターはぐんぐんと私たちの方へと迫ってくる。
向こうもスピードを上げたのだ。
やがて、乗っている人の様子が視認できるほど近くになってきた。
風にはためく、太陽のようなオレンジ色の髪には、尻尾のように一房だけ、エメラルドグリーンの束が混じっている。
風避けのためなのか、フィカスと同じようなゴーグルをしていて、表情までは見えない。
一点だけ、普通の人と違う点があるとするならば、青い軽鎧を身にまとっているという点だろう。
ファンタジーに出てくる、騎士のような鎧に、同じく青いマントをつけている。
パリ、バシイインッ!!
その騎士のような人が手を振ると、今度は船体を掠めるほどの間近に、雷撃が放たれた。
いや、ほとんど当たったと言っていいのかもしれない。
それくらいの衝撃が来た。
ガアンッ!!
ほとんど同時に、マグナムの銃撃音。
空飛ぶスクーターの車体に、ボコンと大きな穴が開いた。
「おっしゃ、やった!」
ユウがガッツポーズをとる。
が、すぐにその表情が凍り付いた。
明らかにクルーザーのスピードが落ち、そして逆に空飛ぶスクーターのスピードは衰えず、そのまま船にぶつかる勢いで突っ込んできたのだ。
「っ!?」
マグは直線状に居たため、回避のために一度船室に引っ込んだ。
ガッシャアアアアンッ!!
空飛ぶスクーターはデッキに激しくぶつかると、そのまま地を滑るようにして、クルーザーの手すりにぶつかり、火花を上げて止まった。
その時には、もう、空飛ぶスクーターには誰も乗ってはいない。
持ち主は、乗り捨てるようにして、ユウの目の前に着地していた。
その騎士のような人は、何の迷いもなく、腰元から二振りの剣を抜き、ユウへと切りかかってくる。
「ツナ、飛んで逃げろ!!!」
ユウは防御もせず、その騎士に背を向けて、私を思いっきり空へと投げ飛ばした。
「あっ、やだ……っ、ユウーーーー!!」
投げ飛ばされる視界の端で、ユウの背から赤い鮮血が飛び散る。
しかし騎士の人は、ユウに見向きもせず、私の方に目を向けていた。
「くっ…!!」
落下しながら、バサアッ、と背中から翼を出す。
フィカスが練習時間を取ってくれていなければ、こんなに咄嗟に翼を出すのは不可能だった。
二度、三度と羽ばたいて、なんとかバランスを取り戻すと、騎士の人はクルーザーの手すりに足をかけて、私の方へと飛ぼうとしているところだった。
ガァン、ガアンッ!!
また船室から飛び出したマグが、騎士の人へと銃弾を浴びせる。
騎士の人は、舌打ちをしながら、デッキを転がるようにしてそれを避けた。
「ユウ、手すりに掴まれ! ブレーキが利かないらしい!」
マグが叫ぶ頃には、あんなに遠かった陸地は、もう目と鼻の先で。
私はクルーザーのスピードについていけず、ほとんど上空に取り残されている状態で、必死に船を追いかけて行った。
「ユウ、マグーーーーッ!」
ドオオオオオオオンッ!!
クルーザーは、砂漠の柔らかな砂に、頭を突っ込んで止まった。
<つづく>




