禁断の大都会
「おー、あれが中央大陸か…!」
ユウが、手で庇を作りながら、遠くに見えてきた陸地を眺めている。
運転手のフィカスとアンタロー以外の3人でデッキの上に群がって、「楽しみだね」と、目的地が見えてきた喜びを分かち合う。
あれから航海は順調に進み、夜の間にフィカスから、中央大陸についての講義を日々ちょこちょこと受けていた。
なんでも中央大陸には亜人が多く移り住み、亜人も人も入り混じった中立都市としての役割を果たしているそうだ。
船を停泊できる港があるのは、これから行く街の一か所だけで、あとは深い森や山などの自然が大陸の大半を占めているのだとか。 中立都市の性質上、人攫いなどはご法度中のご法度らしく、私もアンタローも安心だという話だ。
ちなみにフィカスからは、かなり変わった街だから覚悟をしておけと脅されている。
しかし今のところ、私たちは新しい街にワクワクと胸を躍らせていた。
「明るいうちに……たどり着けそうなのは……よかった」
マグがぽつりとつぶやくと、ユウが退屈そうにあくびをした。
「俺はもう、このクソ狭い空間から脱出できるんなら何でもいいや。最初の頃は目新しかったんだけどなー。この狭さじゃ日課の走り込みもできねーし。アンタローが居なけりゃ、もっと航海に時間がかかってたかと思うと…ぞっとするぜ」
確かにユウは、ここ数日は甲板に出て、筋トレばっかりしていた。
マグですら、本か何かを荷物に入れるべきだったと言っていた。
私は空を飛ぶイメージトレーニングと実践を繰り返していたり、オカリナの練習に精を出したり、そして夜には月明かりを翼で受け止めて、魔力を溜め込む練習をしていたので、暇を感じることもなく、この船旅を純粋に楽しめていた。
「ごめんね、わたしばっかり楽しんじゃって…。ニヴォゼに行くときは、トランプとか、暇つぶし、たくさん買って行こうね!」
私は拳をぐっと握りながら、二人へと言った。
マグは困ったような顔で笑いながら、私の頭をポンポンと撫でてきた。
「いや、ツナが悪いわけじゃない……オレも初めてづくめだったからな……だが、次に生かせる経験ができたのは……僥倖だと言えるだろう」
「そうだなー。俺も室内で過ごす方法をもうちょっと考える転機だと思うことにするよ。雨が降ったときとかに生かせるしな」
ユウはそう言うと、船室の方へと歩き出す。
「さて、そろそろ上陸準備しねーとな!」
「うん!」
近頃、私は純粋に旅を楽しめている。
なぜかと言うと、もう恥ずかしい設定を出し切ったからだ。
翼が生えてて、お姫様設定で?
ふふふ、もう開き直ってやる!!
別に誰に見られているわけでもないしね!
ここで開き直りさえしておけば、これ以上威力のあるモノは来ないだろう!
もはや私は恥の出涸らし。
もう何も怖くない!
満喫するぞ、中央大陸!
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変わった街だというから覚悟をしていたのだが、船着き場は普通だった。
「おー、待ってました久々の陸地! って、なんかまだ揺れてる気がするな…?」
ユウは首をかしげながら、不思議そうに体の調子を確かめている。
「陸酔い……というらしい……話には聞いていたが……こんな感じなんだな。あれだけ長いこと……船に乗っていたんだ……それは、こうもなる」
リアルで何回か体験したことのある私にとっては、陸酔いは久々の感覚だ。
これ、夜寝るときに一番来るんだよね。
だけど今は、新しい街への期待で乗り越えられそうだ。
船着き場は普通だと思っていたが、一点だけ、他とは違う点がある。
それは、街へ向かう道に、英語の書かれたアーチがあるということだ。
「Hello Win」と書いてあるのを、じっと見上げる。
ハローは分かるけど、ウィンって、何に勝つんだろう…?
いや、「勝利よ、こんにちは」っていう意味になるのかな?
えっ、じゃあ、街中でバトルを仕掛けられるような、結構殺伐とした街だったりする…?
「よし、待たせたな。もう行けるぞ」
船を停泊させてきたフィカスが、愛馬を引き連れて合流してくる。
アンタローは、相変わらずフィカスの頭の上に居る。
「ここはヤーシブという街で、変わったしきたりがある。俺たちはまず一直線に宿に行き、そこからすぐに衣料品店に向かうぞ。そして、アンタローは別に喋っても大丈夫だ。何かの亜人の一種だと思われるだけだろう」
「ぷいいっ、いい街ですね! 気に入りました!」
「まだ街を見てもいないだろう……」
マグが半眼でアンタローへ言いながら、4人と1匹でぞろぞろとアーチをくぐり、先へと進む。
何らかのゲートみたいな、灰色の無機質な囲いをくぐり、私たちはついに、ヤーシブの街の光景を目にした。
「!!!!!!?」
その光景に異常なまでに驚いたのは、私だけだった。
立ち並ぶビル群。
101と書かれた看板。
書店の看板、忠犬の銅像。
センター街と書かれたアーケード。
ぞろぞろと歩く、人、人、人。
ってこれ、渋谷じゃん!!!!!
ええええええええええええええ、なんで!!?
「うおおお、すげえ、異世界みたいだな…!」
ユウが驚いているが、まんまその通りだよ!!
なんで…、……。
……?
あああああああああ、思い出した!!!!
そうだ、この頃、私にとって渋谷は聖地だったんだ!
だって好きなゲームで渋谷ばっかりでてくるんだもん!!
私が中学生の時だけでも、5、6作品あったよね、渋谷が出てくるゲーム。
基本的に滅びるのは東京だったりね。
しかも最近でもさらにどんどん増えてるんだよね、東京が出てくるゲーム。
で、渋谷に行ってみたくて行ってみたくて…!
でも田舎者には遠すぎて…!
その結果がこれってこと!!!?
うわあああああああああ…!!!!
何が、恥の出涸らしだ…!!!
田舎者の憧れがストレートに出すぎてて、もう…!!!
ヤーシブて!!!
この恥ずかしさは、都会の人には全くわからないんだろうな…!
私は顔を真っ赤にして、何も言えなくなっていた。
しかし改めて見ると、リアルの渋谷とは大きく違う部分がある。
それは、歩いている人々が、みんな、カボチャ頭をしていたり、シーツを被っていたりすることだ。
そして、至る所に「Hello Win」と書いてある看板が立っている。
あれは何なんだろう?
だけど、今のところ何かバトルをしている人たちは居ないし、平和な街並みだ。
「これは……すごいな……」
ひたすら圧倒されていたマグが、やっと口を開いた。
フィカスはその様子に、微笑まし気だ。
「あれは仮装行列だ。この街では、亜人だとバレないようにするために、ああやって正体を隠すように変装をしなければならない決まりになっている。ここでは種族差をなくすために、人間もそれに合わせないといけない。俺たちもこれから衣料品店で、仮装をするぞ」
「マジか、すげー楽しそうだな!!」
盛り上がるユウの隣で、私はすべてを理解した。
Halloweenだよ!!!!!
スペルミスってるんじゃねーよ!!!!
ぐわあああああっ、死ぬほど恥ずかしい…っっ!!!
そういえば私はめちゃくちゃ英語が苦手だった。
Susieなんて、未だにどうしてスージーって読むのかわからない。
スシエじゃん。
でも、KnightはKが要らないじゃんっていう人がいるけど、あれは許せるんだよね。
右衛門の右とか、和泉の和とか、読まない黙字とか普通にあるし、日本語でもあるあるだよね。
まあ、カードゲームをやっていると、英語を読めないとやっていけない場面が多々あったから、中学生の時よりは少しはマシになってきたけど…。【注1】
ああああ、しかし、くそ…っ。
これは…いけるか!?
開き直れるだろうか…!?
もう任せてよ、タイムという名のハエは矢が好きですってなもんよ!!【注2】
って感じで、行けるか!?
うぐぐ、渋谷と来て英語という、この追い打ちは、やはりキツイような…!?
この、渋谷といえばハロウィンだろうという安直な考え方も、地味にダメージが来ている。
いや、耐えねば…!!
「おいナっちゃん、どうした? 行くぞ?」
私が理性を持っていかれないように必死で恥じらいを抑え込んでいると、フィカスに声をかけられた。
「あ、ごめん、今行く…!」
私は慌ててフィカスの後ろについていく。
フィカスは前にこの街に視察に来ていたというだけあって、道を覚えているようだ。
まだ観光も始まっていないのに、私はどっと疲労を感じていた。
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「うおおおお、すげえ、選り取り見取りだな…!?」
衣料品店の奥にある、更衣室コーナーで、ユウが並んだ服の数に圧倒されている。
私はそれよりも、この建物の見せかけだけ感に驚いていた。
101という看板のある、背の高い建物に入ったはずなのだが、普通に1Fのワンフロアだけだ。
ひょっとして、高い建物はみんなそうなのかな…。
こういうの、なんて言うんだろうね、上げ底でもないし…ハリボテ?
などと考え込んでいたが、フィカスの言葉でまた現実に引き戻される。
「金は俺が出す。好きなものを選べ」
フィカスはとっくに決めていたかのような動きで、ヴァンパイア用の、あの襟首が凄い立っているマントを手に取った。
フィカスは普段から裾の長い黒コートを着ているので、あんまり違いが感じられない仮装になりそうだ。
マグも迷うことなく、包帯を手に取った。
「マグはミイラ男なの…?」
意外そうに聞くと、マグは「楽そうでいい」という一言で理由を済ませた。
せっかくキレイな顔立ちをしているのに隠すのか、と、私はちょっと勿体なく感じた。
「んじゃ俺は狼男かなー」
ユウは耳と尻尾のセットを手に取って、そんなに悩まずに決まったようだ。
私もお店の中をうろうろと探していると、フィカスが声をかけてきた。
「ナっちゃんは仮装をしなくても、堂々と翼を出せばいいだろう。そうすれば、周りは勝手に仮装だと思い込むだろうしな。そもそもこの街はそういう仕組みなんだ」
「えーーっ」
私は露骨に残念な反応をしてしまう。
「どうしたツナ……何かやってみたい仮装でも……あるのか?」
マグも寄ってきた。
「あのね、蝙蝠女をやりたい! 蝙蝠って、獣側が有利になったら獣側に行くし、鳥側がよさそうだったら鳥だって言い張るんだよ! ちょっとそういう卑怯な寝返りをしたい気分なの!」
「……、……。そうか……ツナは面白いな……」
「面白いかあ…?」
マグの言葉に、ユウが首をかしげる。
「つくづくナっちゃんは変わっているな…。だが、翼を仕舞ったままだと窮屈なんだろう?」
「うっ、確かに、そうなんだよね。たまにぐーっと翼を広げたくなるよ」
「ならば今のうちに翼を出しておくといい。卑怯な寝返りはニヴォゼでやれ。あっちでは、もうあまり翼を出させてはやれんからな」
「そっか…。わかった」
私は、少しだけ扱いが上達してきた翼を、バサッと服から出した。
「よし、ならばサッサと着替えるぞ」
フィカスはユウとマグに指示すると、アンタローを私の頭の上に置く。
「ぷいいっ、フィカスさんフィカスさん、ボクの仮装がまだですよ!」
アンタローは抗議するように、私の頭の上でぴょんぴょんと跳ねた。
「アンタローはそのままでも十分に化け物だよ!」
「(ぱあぁあああああっ)」
私の言葉にアンタローは顔を輝かせて、事なきを得た。
更衣室コーナーをぞろぞろと出ると、フィカスが店員のチャラそうなお兄さんに精算をしに行く。
私は暇だったので隣で見ていると、衣服の料金ではなく、更衣室の使用料金を払う制度になっているようだ。
そうか、自前で用意できる人が、自前だとバレないようにするためなんだね。
当然のように、私の更衣室使用料も払われた。
私は更衣室を使ってないのに、勿体ないなー、と、つい思ってしまうが、仕方がない。
「つか、フィカスは吸血鬼のクセに、なんでまだゴーグルをつけてるんだ?」
店を出ながら、ユウが不思議そうにフィカスを見る。
「ニヴォゼの王は、家族以外に顔を晒すことは許されない、という古いしきたりがあってな。そうすると影武者も立てやすいし、暗殺もされにくくなる」
「えっ、そうだったの?」
私がびっくりしてフィカスを見ると、フィカスは妙に意味深な間を開けて、困ったように笑った。
じゃあ、私に素顔を見せたのは何だったんだろう?
あの時はまだ、私を攫って身内に取り込む気満々だったということだろうか…?
すっかり聞きそびれてしまったことなので、今更聞く気にはなれないけど…。
「まあ、吸血鬼が……ゴーグルアレルギーという伝承も……ないしな。ありだろう」
包帯ぐるぐる巻きのマグが言う。
ユウは、「それもそうだな」とあっさり納得した後、付け耳と尻尾が取れていないかを確認してから、嬉しそうに私の方へやってくる。
「ほらほらツナ、狼だぞ、ガオー!」
「ぷいぃいっ、ボクがやっつけて差し上げますっ!」
アンタローが私の頭の上から飛び降り、ユウとバトルを始めた。
「もーー、ユウってば子供なんだからっ」
私は大人ぶって言うと、フィカスが笑った。
「ははっ、可愛いもんじゃないか。ナっちゃん、疲れの方はどうだ? 夜まで起きていられるか?」
「…えっ、大丈夫と思うけど、夜に何かあるの?」
「この街は夜の方がライトアップが凄いからな、見せてやりたい」
あっ、知ってます。
「それと、週に一度、夜には花火が上がるんだ。いつだったか…」
フィカスが、適当な仮装の人を呼び止めて、2、3言葉を交わして礼を述べる。
「花火は明日らしいな」
「だとしたら……今日は早めに寝て……明日に備えた方がよさそうだな。というか……花火があるわけでもないのに……普段からこの人の量なのか……すごいな」
マグが改めて周囲を見渡す。
「そうだな。ナっちゃんには、はぐれないように、またロープでも結んでもらうか」
「もーー、そんなにすぐに迷子にはならないよっ」
「ははっ、冗談だ。よし、少し早いが夕飯にするか。この街は、ケバブという食い物が美味いぞ。ナっちゃんはクレープだな。おいユウ、アンタロー、行くぞ!」
フィカスがもうすっかり引率の先生みたいな立ち位置になっている。
なんだかんだで、ユウもマグも、フィカスを兄貴分のように慕っているように見えた。
途中で道にある顔出し看板を見つけて、アンタローが興奮気味に顔をハメに行く。
ユウのツボに入ったようで、爆笑していた。
よし、恥ずかしがってばかりもいられないし、ここは私も、みんなと一緒にヤーシブの観光を楽しむ感じに心をスイッチさせていこう…!!
しかし、少し進んで案内されたクレープ屋は、原宿のアレだ。
ちょっと道玄坂を歩けば、宮下公園もある。
なんというか、有名どころを一ヵ所に集めましたという感じに、地理がめちゃくちゃだ。
バカの描いた日本地図、みたいなふわっとした地図の感じで、これは紛れもなく、バカが思い描く渋谷。
なんか…どうせなら天下の渋谷を忠実に再現しようよおおお!!!
ああああ……。
まさかこんなところで、自分が田舎者だということを思い知らされるとは…!!
くそおおおおっ、きっと都会の人には、本の発売日が1日遅かったり、見たいテレビが放映されてなくて渋々DVDを借りに行く気持ちなんてわからないんだろうなー…!!
………ううう、ダメだ、憤りにシフトしようとしたけど、思考を逸らせない、やっぱり、恥ずかしいよーー…。
その日の夜は、陸酔いがくるよりも、恥ずかしいことを思い出してウッとなる感覚の方が強かった。
<つづく>
【注1:カードゲーム】
ギャザと略される、米国発祥のカードゲームがある。
日本発祥のカードゲームにも言えることだが、かなり広まって多言語翻訳されると、ホビーショップに並ぶバラ売りのレアカードなどは、英語のモノが多い。
必然的に対戦相手のデッキに英語のカードが入っている機会も増え、カードゲームをするには多少英語ができないとやっていけない状態になっていくことが多くなるのだ。
ちなみにナツナが愛用していたカードは、黒死病。
「レッツパンデミック!」という決め台詞を使いたかったが、あまりにも不謹慎すぎるので封印している。
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【注2:Time Flies Like An Arrow】
光陰矢の如しという意味の英語。
これを、時間バエとも訳せる、という有名な誤訳があるが、ナツナはこれを、英語ができないものへの皮肉だと受け止めている。
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