判決と出航
そこは、会議室のような広い部屋だった。
フィカスを中心に、私たち全員と、そしてヴァンデミエルの街の代表者数人で、円卓を囲っていた。
私はもう、派手な魔法を使ってしまった後なので、今更帽子で髪を隠すなんてことはしていない。
アンタローの席はないので、私の膝に置いている。
「では、沙汰を下す」
フィカスがわざと尊大な物言いをすると、町長はびくっと小さく肩を揺らした。
「結論から先に言おう。『個々人で罪は償え。ただし、子に過ちを伝えることは絶対に許さん』。以上だ」
街の人たちは、拍子抜けをしたような顔で、フィカスを見返す。
「誓約書を読ませてもらったが、やはり領主の課税は高すぎる。まずはここから正すぞ。ここに、やりすぎだという書状をしたためさせてもらった。簡易的なものだが、追って正式な書状を送る旨も書いてある。お前たちはまずこれを領主の屋敷に持っていけ。これがまずひとつ」
フィカスは、懐から金色のハンコのようなものを取り出すと、魔力を込めるような仕草の後、バシンと無造作に、書状に判を押した。
えーー、すごい、金印みたいなものかな?
私はフィカスの隣の席なので、興味津々に書状を覗き込む。
………ちょっと待って、『漢委奴国王』って印が押されてるんだけど!!?
まんま金印じゃん!!
どういうこと!?
発想が昭和というのはよく聞くフレーズだけど、発想が弥生時代ってどういうこと!!?
私が、中学生の頃の私の頭のおかしさに戸惑っていることは露知らず、フィカスは話を続ける。
「ふたつめ。ここ数日、逆らいもせず、よく動いてくれた。話した通り、あのウミヘビの肉で、当面の間は食いつなぐことができるだろう。蛇肉など、宮廷料理でも出てくるものだ。安心して食すがいい。脅威が消えたことにより、しばらくすれば魚たちも戻ってくるだろう。そして、ここからは、ナっちゃんから提案があるそうだ」
フィカスが私の方を見る。
私は頷いて、町長たちの方へと目を向けた。
「あれから少し街を回ってみました。漁のための道具はたくさんありましたが、魚を育てるという発想をお持ちではないことを確信しました。確かに、自然からの恵みを感謝と共に享受することは、立派な生き方の一つに思います。しかし、いざという時のために備えをしておかないというのは、ある種の怠慢とも言えるのではないでしょうか?」
私は背筋を伸ばし、話を続ける。
ちなみにアンタローは、難しい話が始まった瞬間、すやっと眠りについている。
「この街の特徴は、縦横無尽に張り巡らされた板橋にあると思われます。その板で囲まれた海を、さらに網で囲うだけで、簡易的な生け簀のようなものが作れます。そこに同種の魚を放ち、餌をやり、育ててみるのはいかがでしょう? 区画ごとに魚の種類を分けたりするだけで、捕れる魚にも幅が出ると思われます。最初は手探りでしょうが、やってみる価値はあると思います」
話し終えると、私はフィカスに目を向け、バトンタッチの合図をする。
フィカスは私のセリフを引き継ぐ。
「…ということだ。以上の二つをやり遂げ、街の地盤を作り直したなら、お前たちが罪を償う行動に出ることを許そう。やり方は任せるし、基本的に俺からは口出しをする気はない。しかし行き詰ったというのならば、場を提供することくらいはしてやろう。ニヴォゼには寺院があるからな。いつでも迎えよう。俺からは以上だ。楽にしろ」
フィカスはさっそく椅子に凭れて、楽にしている。
「ユウとマグからは、何かあるか?」
フィカスが、私の反対側に座る二人に目を向けた。
ユウが、はいはいと手を上げた。
「んじゃ、俺から! あん時はブチ切れちまったけど、結果的にツナが無事だったからな、俺からはアンタらに思うところはなーんもないぜ。それどころか、毎日俺のこと英雄扱いしてくれて気分がいいっつーか。アンタたちのこと、許さないって人もいるだろうけど、許すやつも居るんだってこと。それだけは忘れないでくれよ」
ユウが言い終えると、マグの方を見た。
「正直……ツナに怖い思いをさせたことだけは……心中複雑だ。が、ツナを守り切れなかった……こちらの落ち度を棚に上げるほど……図太くはなれない。罪に対して必ず罰が下されるという決まり事も……好きではないし……罪を糾弾できる権利があるのは……今までに罪を犯したことがない者だけだ……とも思う。許しはしない……が、責めもしない。オレの結論は……そうなった」
マグは一度言葉を切ると、街の人々の顔を見渡して、続ける。
「結果的には……宿代も浮いたわけだし……ユウの武器の手入れも……無料にして貰えたからな。感情論を抜きにすれば……随分と助かっている……ことだけは、事実だ。……オレからは、以上だ」
「では、こちらからはここまでとしよう。何か質問はあるか?」
フィカスが、改めて町長の顔を窺う。
町長は、本当にそれでいいのかと不安そうにして、何かを言おうとしたが、結局は頭を下げた。
「ありがとう…ございます」
「よし、では解散だ。ご苦労。今後何かあれば、ニヴォゼに書簡を送ってくるがいい。すぐに対応するように手配をしておこう」
それ、対応するのは弟のティランでは…?
と思ったが、口には出さないでおいた。
「あー、終わった終わったーーっ!」
ユウが、ぐーっと伸びをする。
それだけで、場の空気が弛緩して、街の人たちは、笑顔を浮かべて会議室を後にした。
フィカスは笑って立ち上がる。
「ユウのそういう部分は、ある意味才能だな」
「へ? 俺何かしたか?」
「いや。欲しい人材だと思ったまでだ。どうだ、ニヴォゼに来ないか?」
「やーだよ。冗談だろ」
「まあ、そうだろうな。よし、場を宿屋に移すぞ。今後のことを話そう」
「へいへい。しっかし王族ってのも、めんどくせーことが多いんだな」
ユウは立ち上がりながら、フィカスへ言う。
「ははっ、まあな。場合によっては恨みも買うし、因果な商売だ」
「商売って…。偉そうにするのをやめればいいんじゃねーか?」
私も立ち上がって、アンタローを抱えなおしながら、二人の方を見る。
「それがなかなかそうもいかん。あまりへりくだったものに上に立たれるのは面白くないと感じる者が多いからな。立場に合った態度というものがあるんだ。お前達にはまだピンとこないかもしれないがな」
「まだも何も、俺には一生わかんねー感覚なんだろうなー」
……なんだか、フィカスとユウが、仲良くなってる…?
私はちょっと嬉しくなって、弾む足取りで、宿まで帰った。
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「ぷいぃいいっ!」
宿に帰った瞬間、アンタローが元気いっぱいに、6つのベッドを行き来するように飛び跳ねている。
私たちの部屋は、そのまま宛てがわれたスイートルームを使っている。
「ユウさんユウさん、またあのおっきくなるの、やってくださいっ!」
アンタローは最近ずっとこればっかりを言ってくる。
よっぽど大怪獣バトルが気に入ったんだろう。
「だから、あれはもうやらねーって! だいたい、戦う相手が居ねーだろ?」
「ぷいぷいっ、ボクが戦ってあげますよ! 一緒に余波で街を破壊する喜びを感じ合いましょうよ!」
「お前は破壊神か何かか!?」
「ぷいいいぃいいっ!」
アンタローはテンテンと飛び跳ねて、最終的にはフィカスの頭の上に行きつく。
「最近アンタローって、フィカスの上がお気に入りだよね?」
私がアンタローを見上げると、アンタローは嬉しそうに飛び跳ねた。
「はいっ。フィカスさんは偉そうなので、ボクに支配される喜びを感じさせてあげてるんです!」
「よくわからん理屈だが、まあいい。今後について話すぞ」
フィカスはどっかりとベッドに腰かけ、私たちもそれぞれのベッドに腰かけてフィカスを見る。
「お前たちは、明日俺の船に乗れ。ニヴォゼに帰るついでに、途中で中央大陸まで連れて行ってやる。まだこの東大陸を旅して行きたいのは山々だろうが、ジェルミナールの魔法陣からできるだけナっちゃんを遠ざけておきたい」
「オレは構わないが……フィカスの用事はいいのか……?」
マグの質問に、フィカスは頷く。
「かまわん。欲を言えば他の領主の様子も見ていきたいが。まあ今回のことで、重税を課したら古い国の王が飛んでくるとわかったんだ、噂もすぐに広まるだろう。東大陸の情勢を見るのは、後回しでいい」
「フィカス。オレたちはもう……お前を疑ってはいない……が、どうしてそこまでしてくれるのかを……改めて聞いておきたい」
フィカスはふむと唸り、腕を組んだ。
「お前たちのことを気に入っているからだ。よもや、王族は個人的な付き合いを持つべきではない、などと宣うわけではあるまいな?」
「そういうわけではないが……」
「いや、言いたいことは分わかる。が、俺も上手くは言えん。……。…正しく伝わるかどうかはわからんが。お前たちは、俺にとって自由の象徴のようなものだ。俺が動く世界の、輪の外に居る。そういった姿に、俺は憧れてすらいるのだろう。助けになりたいと思うのは、ごく自然なことだ」
フィカスは、自分の中の言葉を探るように、口元に手を当てて考えている。
「逆に言えば、ジェルミナールに鎖をつけられているナっちゃんなど、絶対に見たくはないな。せっかく翼があるんだ、自由に世界を飛び回らせてやりたい。渡り鳥が高く飛ぶのは、遠くまでもを見渡すためなのだから」
「フィカス…」
私はジーンとしてしまった。
「なんだナっちゃん、惚れ直したか」
「待って、それだとわたしが既にフィカスに惚れていたことになるよね?」
「おいおい、多少はおだてることを知っておけよ。人付き合いの潤滑油だぞ」
「ええ…? じゃあ、フィカスって、かっこいいよね!」
「じゃあって…。ハイドの言っていた通りだな。ナっちゃんはなかなか手強い」
フィカスは、やれやれと首を振った。
ユウが嫌な顔をする。
「うわ、不意打ちでハイドの話するのやめろよフィカス、俺たちのパーティーでは、その名前は禁句なんだからな!」
「…そうか、それはすまなかった。しかしまさかナっちゃんが魔族にまで狙われていたとはな。つくづく危なっかしい娘だ」
「フィカス、それだと、狙われるのはわたしのせいみたいじゃない…! 不可抗力ですから!」
「ははっ、冗談だ」
私は、「もー」と言って、少し拗ねた顔をした。
しかしそれは一瞬で、既に私は明日の船旅が楽しみで仕方がない。
「でも、船に乗るの、楽しみ!」
私が笑顔を向けると、マグが思い出したようにフィカスを窺う。
「何か、調達しておいた方がいいものはあるか?」
「ああ、そうだな、真水はいくらあっても困らないから、樽ごと買い占めて来い」
フィカスはそう言いながら、マグに革袋を投げてよこす。
マグがキャッチすると、じゃらりとお金の音がした。
「俺は今から、近くの浜に泊めてある船を持って来よう。物資を用意して、船着き場まで持ってこい。ナっちゃんは、明日までに心残りのないようにしておけよ」
「うんっ、生け簀の作り方とかをね、あとで商工会の人たちと話し合うんだー。卵を産み付けやすいように、水草があったほうがいいのかなとか、水底の土を整えた方がいいのかなとかね、役に立てるって、嬉しい」
立ち上がるフィカスを見上げながら、私はうきうきと微笑んだ。
フィカスは、少しだけ困った顔をした。
「やれやれ、健気なものだな。そんな風に頑張らずとも、ナっちゃんはもう、外の世界と繋がっているよ」
それだけを言い置くと、フィカスは部屋の外へと歩き出す。
アンタローは、「お船、ボクが一番乗りですね!」と、船の持ち主の頭の上で張り切っている。
「……くっそおおおお、ツナの言う通り、フィカスって、かっこいいよな…!!」
ユウはなぜか悔しそうに頭を掻きむしっている。
「だよねだよね、特にあのゴーグルがかっこいいよね!」
私が同意をすると、マグが微妙な顔をする。
「ゴーグルは……フィカスの一部なのか……?」
「つーか、ツナ、まさか、フィカスのことが好きなのか…!?」
ユウが必死な顔で私を見てきた。
「うん、最近好きになってきたよ! ユウもマグもそうなんじゃない?」
私の言葉に、二人はきょとんとする。
二人は、互いに顔を見合わせて、困ったように笑った。
「そうだな、そうかもな」
「ああ……悪くない旅になりそうだ」
「だね!」
私もにこにこして、頷いた。
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次の日の朝。
私たちは、ヴァンデミエルの街の人たちに見送られながら、フィカスの船に乗り込んでいく。
小型艇だという話だったから、ボートか何かと思っていたのに、船着き場に停泊していたのは、小型のクルーザーだった。
確かに、前にメッシドールで見た貿易船に比べたら小さいけど…!
試しに「なんていう種類の船なの?」と聞いてみると、「魔道クルーザーだ」という返事が返ってきて、私は久々にクソファンタジー感を味わうことができた。
なんでも魔力で操作する船らしく、船員の存在はない。
フィカスは運転席を離れることはできないが、私とアンタローとユウとマグは、クルーザーの甲板に出て、街の人たちに手を振りながら出航の瞬間を味わった。
「さよならーー!」
「ありがとうーー!」
「どうかご武運をーー!」
街の人たちが、口々に手を振ってくる。
お互いに見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
私が手を振ると、首輪のブレスレットがチリチリと鳴るので、アンタローは「もっと鳴らしてくださいっ」と、手を振るリズムを気に入っていた。
こうして、東大陸を巡る旅は、一度終わりを告げたのだった。
<つづく>




