大怪獣バトル
「アンタロー、ありったけ魔力の粒を出して!」
私は即座に頭上のアンタローにお願いする。
するとアンタローは、怯えていたのはどこへやら、急にキリっと顔を引き締めて、「ぷいっ!」と力強く鳴いた。
そして私は、心を落ち着けるために、体勢を整え始めた巨大ウミヘビの方に背を向けたまま、見ないことにした。
私の前に居る、ユウと、マグと、フィカスにだけ集中する。
そして、スーッと息を吸って、手の平を上にして、気持ちが落ち着くような呪文を唱える。
「―――さくら、もくれん、梨、すもも、ヒヨコにツバメに、鈴が鳴る」
「ぷいぃいいっ!(もろもろっ、もろもろ)(キリっと粒漏れ)」
アンタローの口から零れる魔力の粒は、地面まで落ちず、瞬く間に消えていく。
代わりのように、宙に浮かび上がってくる物質がある。
やがてその物質は、上に向けた私の手の平に、ストンと落ちてきた。
よし、成功した!
アンタローの魔力の粒のおかげで、私はほんの一瞬、くらっとしただけで魔力消費の弊害は済んだ。
私は満足気に、手の中にある、変身ヒーローベルトを見る。
工芸祭りの景品で見かけたものと、同じものだ。
「ツナ、それは…?」
ユウが不思議な顔をして、ベルトを見ている。
フィカスもマグも、興味津々に覗き込んでいる。
「ユウ、あのね、本当なら、わたしが自分で使うのが筋なんだろうけど。でも、わたし、体力に自信がないし、ユウみたいに体をうまく使えないから、ユウに頼るしかないの。いいかな?」
ユウは返事の代わりに、私の手からベルトを取り上げ、しげしげと眺める。
「ベルトだよな、腰に巻けばいいのか?」
「うん! それでね、『変身』って言いながら、岬から飛び降りるの! 怖いかもしれないけど、信じてくれる?」
「もちろんだ!」
ユウはさっと腰にベルトを巻くと、全然ためらいとか無しに、大剣を手にいきなり岬に向けてダッシュした。
マグもフィカスも、ユウのその思い切りの良さに、思考がついていってないようだ。
「ギシャアアアアアアアアッ!!」
ユウが立ち向かう先には、左目から血を流して猛り狂っている巨大ウミヘビが牙をむいている。
「おっしゃ行くぜええええええええええっ!! 変……身!! とおっ!!」
ウミヘビは、ユウが自分のところに来ずに、全然違う方向から岬を飛び降りたことに、理解ができない戸惑いを見せている。
「―――っ!」
マグとフィカスが、その光景に息を呑む。
次の瞬間、ユウの巻いているベルトが、まばゆい光を発して輝きだした。
ザッバアアアアアンッ!
光が収まると、巨大な水柱が空へ立ち上っていた。
まるで、大きなものが海の中へ落ちてきた時のような水柱だ。
また、飛沫が周辺へ雨と降る。
雨が晴れた時。
そこには、巨大なウミヘビと同じくらいの大きさの、ものすごく巨大なユウが立っていた。
「おーーーー、すげええええ、俺、でっかくなってる!!」
ユウは、自分の手足を確かめるように眺めて、歓声を上げた。
ウミヘビは、目の前で起こったことが理解できないように、硬直している。
フィカスもマグも、ポカンとしている。
「ユウーーーっ、30分経ったら元の大きさに戻っちゃうから、気を付けてーーっ!」
私は両手でメガホンを作るようにしながら、ユウへと叫んだ。
「同じ大きさだったら、ユウは、そんな蛇に、絶対、負けないんだからーーっ!!」
「…ああ、そうだな! おっしゃ、燃えて来たぜ!!! そのヒョロ長い図体、ちょうちょ結びにと言いてーところだが、俺は固結びしかできねーからな。固結びにしてやらあ!!」
―――そこから、稀代の大怪獣バトルが幕を開けた。
ウミヘビは、火こそ吐かなかったものの、圧縮された水のビームを口から発射して、ユウと戦っている。
ユウは、海に足を取られてはいるものの、いつものトリッキーな動きで、ウミヘビの牙と切り結んでいる。
「ぷぃいいいっ、ユウさん、そこです! かつて夕陽に向けて共に修業した日々を、思い出してください! ユウさんはボクが育てたのですから!」
アンタローが大盛り上がりでユウに指示を出している。
やがて、フィカスとマグは我に返ったように私の隣に立った。
「なあ、ナっちゃん。あのベルトには何の意味があったんだ…? 直接ユウに巨大化の魔法をかける方が手っ取り早いよな?」
「もーー、フィカスはロマンってものがわかってないよ! あのプロセスがいいんじゃない!」
「……やはりナっちゃんは変わっているな」
そこから、みんなでユウとウミヘビのバトルを眺める。
はーーー、やっぱり巨大戦っていいよね…!
うずうずするよ!
「ツナが元気になったようで……よかった」
マグはもう、リラックスモードで微笑んでくる。
フィカスは、すっかり濡れそぼった前髪をかき上げながら、私の様子に笑った。
「まったく、フェザールは臆病な種族だと聞いたが。ナっちゃん自身は、勇敢なようだな。あの日、電流の流れる鉄格子に突っ込んだ時点で、わかってはいたが」
「あ……そうだね、そういえば、もう怖くないみたい」
つられるように、私も笑った。
「だああああっ!?」
いきなり海に足を取られるようにして、ユウがザバーンと転んで尻餅をつく。
どうやら海中に忍ばせたウミヘビの尻尾が、ユウのバランスを崩させたらしい。
やはり、あんな先っぽだけが切れただけでは、尻尾の動きを殺すまではいかなかったのだろう。
「ユウ!?」
さっと緊張が走る。
血まみれになったウミヘビは、マウントを取るようにしてユウに牙を向けて襲い掛かった。
ユウはなんとか、大剣の刃をガチンと牙にあてがうように防いでいるが、じりじりと押され始めている。
「く…そっ、あとちょっとなのに…!!!」
ユウが悔しげに歯噛みする。
マグは一度ホルスターに収めた銃を手に取ろうとしたが、思い直すように手を止めた。
「くっ、ユウとウミヘビの……距離が近すぎる……! 援護が難しい……!」
「わ、わたしも、もうほとんど魔力ない…!」
「…となれば。原始的な手段だが、応援をするしかないな」
フィカスはそう言うと、一歩前に出た。
「おい、ユウ! お前はそんなもんじゃないだろう! 踏ん張れ!」
「マグ、わたし、マグの分も応援するから、黙ってていいからね。ユウーーーーッ、ファイトだよーー!」
私はフィカスの横で、必死にユウを応援した。
その時だ。
「……がんばってーーーーっ!!」
いきなり女の人の声が割り込んできた。
びっくりして振り向くと、食堂のウエイトレスさんが居る。
「頑張ってくだされーーーっ、応援しますぞーー!!」
町長さんも、その横に並んだ。
いつの間にか、ヴァンデミエルの街の人たちが、ぞろぞろと戻ってきている。
「おい兄ちゃん、勝ったらうちの武器全部持ってっていいからなーーっ!」
「やっちゃえーーーっ!」
「頼みます、しかしどうか、御無事で!!」
「あんた、かっこいいよぉーーーっ!」
「ぷいいいっ、ユウさんはそんなものじゃありませんよ!」
わあわあとユウを応援する人たちを見て、私はなぜか、泣きそうになった。
フィカスは、困った顔でため息をつく。
「やれやれ、避難しろと言ったのにな。だが、こういう流れは嫌いじゃない。おいユウ、役者はそろったぞ! 男を見せろ!」
ユウは、まるで声援に応えるかのように、ぐぐぐ、ぐぐぐぐと、少しずつ巨大ウミヘビを押し返し始めた。
「…ああ、そうだよな!! ここで期待に応えねーと、男じゃねえよな!!!」
ユウは、大きく深呼吸をして、そして、カッと目を見開いた。
「おっりゃああああああっ!!」
ユウは渾身の力を込めて、大剣をウミヘビごと振り上げた。
「キシャアアアアアアアアッ!?」
ウミヘビは奇声を上げながら、空高く舞い上がる。
ユウは、下段に大剣を構え、溜めを作るように、腰を低く落とした。
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、
急にユウが点滅を始めて、私は慌てて叫ぶ。
「ユウ、時間が! そろそろ変身が解けちゃうよ!!」
ユウは動じる様子もなく、落下してくるウミヘビを見ながら、いつになく真面目な顔で、低く声を発した。
「大丈夫だ。あとは、一瞬だ」
―――ズバンッ!!
ユウはただ、ウミヘビを撫でるように、大剣を振りぬいただけに見えた。
しかし、斬撃音は一度だけだったはずなのに、空中で次々とウミヘビの体が分断され、バチャバチャと無数の破片が海に落ちていった。
「……ふうっ、これすげー集中力使うんだよなー」
ユウは片刃の大剣を肩に担いで、私たちの方を見て笑いかけてきた。
「応援サンキュー! 倒したぜイエーイ!」
わああああああっ、と歓声が上がる。
ユウがブイサインをした瞬間、いきなりフッと姿が掻き消えた。
「ユウ!?」
私たちは岬の突端に駆けよって、下の海面を見下ろす。
元の大きさに戻ったユウは、いきなり足がつかなくなったことに戸惑って、溺れそうになっていた。
周辺に浮かんだウミヘビの細切れ肉に掴まって、なんとか耐え凌いでいる。
細切れ肉と言っても、元の大きさが大きさなので、余裕で浮き輪の役割を果たしていた。
「大変だ、ボートを出すぞ!」
街の人々が、わーっと駆け出した。
「…やれやれ、一安心だな。このパーティーなら何故か、なんとかなるとは思っていたが」
「……そうだな」
フィカスとマグが笑い合う。
私はへなへなと、その場にへたり込んでしまった。
「ツナ、大丈夫か……!?」
マグが片膝をついて、私に視線を合わせてくる。
「う、うん、ちょっと、改めて見ると、高い場所だなって……怖かったのを思い出しちゃって」
「だったら命の恩人であるぼくに、この上ない感謝の言葉をいただかないとね。なんだったら、キスでもいいけれど?」
背後から声がしたと同時、マグは私を片手で抱き寄せて、抜き放った銃をハイドに突き付ける。
マグの腕の中で、何とか体をよじって振り返ると、ハイドが涼しげな顔で、宙に浮いていた。
頭の上のアンタローが、ハイドを威嚇するようにぷいぷいと言っている。
「おいおい、お前たちはぼくに多大な貸しを作ったんだぜ? そんな態度でいいのかよ?」
ザ、とフィカスが、私たちを守るように、マグとハイドの間に割って入る。
「さっきはそれどころじゃなかったため、追及はしないでいたが。ナっちゃん、よもや魔族と知り合いなのか?」
「知り合いも何も、同じリンゴを食べあった仲さ」
「な…!? 間接キス…だと…!?」
いやピュアか!!?
「もうその話はいいから!! ハイド、クッキー、食べてくれた…?」
ハイドは、一瞬何を言われたかわからないような顔をして、すぐに「ああ」と鼻を鳴らした。
「捨てたよ、あんなもの。人間が作ったものなんて、何が入っているかわかったものじゃないからな」
「……そっか…」
私は俯いてしまう。
「そんなことより! ナっちゃん、さっきの魔法は最高だったぜ。どうやったらあんな馬鹿なことを思いつくんだい? 腹を抱えて笑っちゃったよ。やっぱりナっちゃんを見ていると、退屈はしないなァ。どうだい、そろそろ人間に嫌気がさしてきた頃だろ? ぼくのところへ来いよ」
ハイドはいつもの調子で勧誘をしてくる。
マグは、私の肩を抱く腕に、いっそうの力を込めた。
「渡すわけがないだろう……今回のことも……本当にお前が仕組んだものじゃないのか……怪しいものだ」
「マグ、決めつけるのはよくないよ!」
私はつい、マグに逆らってしまった。
「ツナ……それは優しさではない……ただの油断だ」
マグはハイドを睨みつけたまま、静かに私を諭す。
フィカスは、一度息をついた。
「まあ……事情は大体わかった。ハイドと言ったな? 今回ナっちゃんを助けてもらったことは、揺るぎようのない事実だ。結果的に、ヴァンデミエルが抱えていた問題を解決するきっかけを得たのも、お前の活躍によるものだ。だが、ナっちゃんに手を出すというのなら、こちらとしても引くことはできない。そこはわかるな?」
「……いいぜ、面白いものも見られたし。今回は手を出さないでおいてやるよ。惜しかったな、まさかお前たち二人に余力が残った状態で戦いが終わるなんて思ってもみなかった。ぼくの予定では、弱ったお前たちの目の前で、ナっちゃんを掻っ攫ってやるつもりだったんだけどなァ。つくづくナっちゃんは手強い…」
ハイドはくすくすと笑い声をあげると、東の空を見ながら、ふっと姿を消した。
ちょうど、朝日が昇ってくるところだった。
「…長い夜だったな」
陽の光に目を向けながら、フィカスが呟く。
怪獣バトルの飛沫のせいで、全員びしょびしょのまま。
しばらく太陽を眺めていた。
「…マグ、フィカス。結果的にわたしは無事だったんだから、わたしのことについてだけは、街の人たちを責めないで欲しい」
フィカスもマグも、眉根を寄せて私を見る。
マグは何か言いたそうだったが、結局言葉を飲んでくれた。
「いいだろう。さて、ここからだが。俺は王族であることを明かし、そこそこ偉そうに振る舞うことになる。ここの地方領主が課した税についてを調査したいのでな。どうにもそれが街の住民を追い詰めた原因になっているように感じてならん。で、お前たちは俺の付き人という扱いになるが、文句は言うなよ?」
「わかった」
マグも私も頷いた。
ちなみに、難しい話が始まった瞬間に、アンタローは私の頭の上で、すやっと眠りについた。
「そうだな、近日中に沙汰を下す場でも作らせよう。ナっちゃんも結果がどうなるか気になるだろう。それまでは体を休めておくといい」
「えっ、裁判でもやるの?」
私の問いに、フィカスは首をかたむける。
「何故そんな面倒なことをやらなければならない? 王族が結論を下すだけだ。領主など、古い血を重んじる連中ほど、面白いようにへつらってくるからな。なにせ自分たちも血筋で領主になったのだから、軽んじられるはずがないんだ。ゆえに裁判などをやらずとも、問題はない」
「すごい、フィカスって、そんなに力を持ってるんだね…!」
私が改めて感動すると、フィカスは変な顔をする。
「…ナっちゃんも王族のはずなんだがな。まあいい。ジェルミナールがまだ存在していたことを除けば、この世に現存する王国は、ニヴォゼだけだからな。必然的に偉くもなる。他大陸にまで口出しをするのは、稀だがな」
マグはようやく銃をホルスターに収めると、私を抱きかかえたまま立ち上がる。
「ツナ、疲れただろう……少し眠るといい」
「え……でも、何か、手伝えることは…」
「「ない」」
二人が同時に言ってくる。
私はちょっとだけ拗ねた顔をしたが、疲れているのは本当なので、仕方なく、コテっと頭を預ける。
「…わかった。じゃあ、甘えさせてもらうね。おやすみ…」
軽く目を閉じただけなのだが、まるで真っ逆さまに落ちるかのようなスピードで、私は眠りについてしまうのだった。
<つづく>




