ヴァンデミエルの真実
なんだか、妙な臭いがするような気がする。
そう感じた瞬間に、いきなり私の体がぐわっと揺れた。
(チリリリリッ、チリリリッ!)
ものすごい鈴音がする。
何が何だかわからない。
「!」
バッと目が覚めた。
そこは宿屋の部屋の中なのに、バタバタと騒がしい音で満ちていた。
たくさんの手が、私を掴んで引っ張っていく。
「っ! っ!?」
声が出ない。
あ、ちがう、正しく言うと、なんだか…痺れている。
意識は覚醒したはずなのに、呼吸をするごとに、また朦朧としてきた。
ひょっとして、この変な臭い、薬か何か…?
まずい、私は混血とはいえ、フェザールは薬が効きやすい設定なのに…!
「ツナッ!!」
「くそ、ナっちゃん…!」
「いい加減にしろ……!」
「ん? ん? ん? ん? ん? ん? ん? ん? ん? ん?」
どさくさに紛れて、アンタローがお腹を押されてる音がする…!?
声の方に目を向けると、人々が団子状になって、物凄いゴタゴタしている。
とても広いスイートルームのはずだったのに、狭くすら感じる。
あれではアンタローももみくちゃだろう。
しかし、全然状況が分からない。
そう思っていると、だんだんとユウたちの声が聞こえてきた方角が遠のいていく。
「早く連れていけ…!」
…あ、この声は、町長さんの声だ…。
どうやら私は、数人の男がかついだ神輿の上に乗せられて、運ばれて行っている感じらしい。
ユウたちの名を叫びたかったが、やっぱり声が出ない。
景色が目まぐるしく変わっていく。
宿から外に出たと思ったら、バタバタと走って、陸地の方へ。
外はまだ、夜中だった。
私はぐったりして、動けない。
そうか、お香か何かを扉の前や、天井裏に置かれたら、防ぎようがなかったのか…盲点だった。
ユウたちは大丈夫なんだろうか。
私程じゃないにしても、動きが悪くなってしまっているはず。
それは、私が攫われてしまっても仕方がないかな…。
などと、ぼんやりと思って居ると、神輿は陸地の岬の方を駆け上がり、その突端に一度置かれた。
外の空気が吸えたので、少しだけ、私の意識は戻ってきていた。
岬の方には人だかりができていて、私をわっと囲む。
雑貨屋のおばさんや、洋服屋の紳士や、食事処のウエイトレス、郵便局のお兄さん、他にもたくさん、ヴァンデミエルオールスターズといった感じだ。
…私は、静かに驚いていた。
みんな、物凄くつらそうな顔で、私を見下ろしていた。
雑貨屋のおばさんに至っては、「本当にごめんねぇ!」と言いながら、顔を覆って泣き始める。
よくよく考えれば、決行は少人数でいいはずだ。
彼らはこんな夜中に、わざわざ、こんな岬にまで来る必要はなかったんじゃないか?
だって、犠牲者である私が、口汚く彼らを罵るかもしれないのに。
ただ、寝て起きたら、生贄の儀式は終わっていました、みたいな結果が待っているはずなのに。
なのにこの人たちは、わざわざこんなところまで来て、罪と向き合おうとしている。
いい人であればあるほど、こんなに辛いことはないだろう。
この人たちも、辛いんだ…。
もっと早く、そのことに思い至るべきだった。
そうしたら、話し合いで解決できたかもしれないのに。
今からでも間に合うかもしれないのに、どうしても喋れない。
翼を出したり、魔法を使おうともしてみるが、やはり無理だった。
「許してくれとは言いません……どうか、恨んでください」
町長が沈痛な面持ちで言うと、男の人たちが神輿の両端を持ち、そして、大きく横に振って、私を海へと投げ入れた。
「――――――っっ!!」
声にならない悲鳴を上げ、私は海へと落下していく。
怖い!!
どうしよう、どうしよう!
こんなところで終わるの!?
ユウ、マグ、アンタロー、フィカス――――っっ!!
私はぎゅっと目をつむって、暗い海から目をそらした。
ドサッ!!
………。
……。
痛……く、ない……?
耳に、ちりんと鈴の音が届く。
この音は、私が付けている、首輪のブレスレットの鈴で…。
じゃあ、私…生きてる……?
そっと目を開けてみた。
「まったく、人間って本当に馬鹿だよな。イマドキ生贄なんて、時代錯誤もいい所だぜ?」
ぬばたまのサラサラ髪から覗く、尖り耳。
金色の目。
風に翻る、青藍のマント。
私は、ハイドの腕の中に居た。
「やあ、ナっちゃん、ぼくの可愛いルリカケス。危ない所だったな。どうせポヤっとしていたから、こんなことになったんだろう?」
そこは、岬の下の、波でえぐれた窪みの中のようだ。
ハイドはいつものように宙に浮かんでいて、上から見ても私が助かっている様子は見えないだろう。
私は何かを喋ろうとして口を開くのだが、声が出ない。
「…フウン。薬でも盛られたってワケ? 流石にこれで目も覚めただろ。人間なんて見限って、ぼくのところへ来いよ。って、返事はできないか」
ハイドは困ったように笑う。
「いいぜ、じゃあいいことを教えてやるよ。この街の真実を」
ハイドは、唇を湿らせるように、一度舌なめずりをした。
「あれは、ぼくがまだほんの子供だった頃の話だ。この街を狙っていたのは、若作りのいけ好かないババアでさ。ババアは勇者に退治された時、大怪我を負いながら、海に逃げ込んだ。そして死を迎える際に、可愛いペットのウミヘビに、自分の中の魔王の卵を全部分け与えたんだ。もう何百年も前の話さ」
私は、瞬きができる程度には落ち着いてきていた。
ハイドは私を見て、楽しげに笑う。
「そのウミヘビが、今も生きているとしたなら…一体どれくらいの大きさになっているだろうな?」
私は、目を見開いた。
その時だ。
「ツナーーーーッ!」
真上の方、つまり、岬の方から、ユウの叫び声がした。
みんな、来てくれたんだ…!
上の様子は見えないが、息を呑むような間があいた。
「お前たち……まさか……!!」
マグの声は、震えていた。
たぶん、空っぽの神輿を見てしまったのだろう。
「仕方がなかったんだ!」
町長の声がする。
「年々漁獲量は減るばかりで、私たちにはどうしようもない…!だが、守っていかなければならない家族や暮らしがある! 魔がさして、古い記録にあった、水神様への生贄を…藁をも掴む思いで投げ込んだ! するとどうだ、ほんの少しだが、漁獲量が戻ってきたんだ!」
町長の言葉はもはや懺悔にしか聞こえないほどに、悔恨に満ちていた。
「最初は一年は持った。だが、10か月、半年と、だんだんと魚の捕れるスパンが短くなる…! 先日などは男を投げ込んだが、不漁は続いたままだ。やはり、若い女じゃないとダメだったんだ!」
「ふざ……、ふざけんなよ!!!? お前たちの勝手で、どうしてツナが命を落とさなきゃならねえんだよ!!」
ユウの叫びに、ハイドはくすくすと笑い声をあげている。
負けじとの勢いで町長が叫んだ。
「だったらもう、我々を殺してくれ!! この街ごと、滅ぼしてくれ!! 最初に一人を犠牲にしてしまった以上、後戻りはできない! もう我々には、手の打ちようがないんだ! もう、こうして生きるしか…道がないんだ!!!」
「うわああああっ」と、雑貨屋のおばさんが泣き崩れる声がした。
「…はは、あっはっははは! 自分たちが悲劇の中心かよ! そうかよ、そう来るかよ…!! いいぜ、じゃあ、望み通りにしてやる…!!! フィカス、マグ、下がってろ!!」
「おいユウ、早まるな! まだナっちゃんの反応が、この先に―――」
「離せフィカス! コイツラを殺したあとは俺も死んでツナのところに行くだけだ!! ツナは寂しがりだからな…!! それで万時解決だ!!」
……!
少し薬が抜けてきた体を何とか動かして、私はハイドの服を掴む。
すがるような目で彼を見た。
ハイドは笑顔を引っ込めて、じっと私を見つめ返した。
「………。いいぜ、面白いものが見られそうだしな。協力してやるよ。朝露まとう花の麗しさにかけて誓おう。貸しひとつな?」
私は頷くと、もう限界とばかりに、ぐったりと体をハイドに預けた。
「…やれやれ。そんな風に無防備に甘えられちゃ、期待に応えたくなるよな。ナっちゃんって意外に罪な女かもな」
ハイドは喉の奥でクッと笑うと、ふわりと浮かび上がって、岬の上へと現れた。
「そこまでだ、馬鹿な人間ども!」
場の全員が、こちらに目を向けた。
「ツナ!?」
「ナっちゃん!」
「ツナ……!」
「ぷいぃっ!」
ハイドは、最高に気分のいい顔をしている。
「ああそうさ、ナっちゃんはぼくが助けてやったのさ、感謝しろよな、あはっ!」
風が吹き、ハイドの髪を揺らして、尖り耳を月光の元へと晒した。
「馬鹿な、魔族…!? では、また、魔族の仕業だったのか!?」
町長が愕然と言うと、ハイドはふんと鼻を鳴らした。
「心外だな、今回の犯人はぼくじゃないぞ。お前たちが、どれほど頓珍漢なことをしていたか、教えてやるよ。この海には、かつて勇者に滅ぼされたババアの怨念が、まだ残っていただけさ。巨大なウミヘビの形をした、怨念がね」
「なんだと…?」
フィカスが驚きの声をこぼす。
ハイドは満足そうだ。
「で、ソイツがこの辺りの魚を全部食いまくっていたっていうだけのことさ。簡単な話だろ? お前らは元を断つこともせずに、古臭い慣習に引っ張られてたってだけ」
「そんな…!? 生贄は何の意味もなかったとでも…!?」
心をざわつかせている町長へ、ハイドは冷たく声を投げる。
「安心しなよ。もちろん生贄の効果はあったさ。投げ込まれた生贄は、めでたくウミヘビの餌になって、しらばくは腹を満たしていたってワケ。…ふふふ、でも、人間の味を覚えたウミヘビは、今後どうなっていくと思う?」
その場にいた全員が、顔色を変えた。
「安心しろよ、赤毛。お前が手を下さなくても、いずれこの街は、空腹に荒れ狂ったウミヘビに滅ぼされてしまっていただろうさ! 因果応報ってやつだね、あはっ! ああでも、安心しろよ!」
ハイドは注目を引くように、パチンと指を鳴らした。
「ぼくは優しいからな。この街を助けてやって欲しいっていう、ナっちゃんの願い事を聞いてやるよ。最高に、エキサイティングな方法でね」
ピュイーーーーッ!
おもむろにハイドは、指笛を鳴らした。
その音は、済んだ音色で遠くまで響き渡る。
「ハイド……何をした……!」
戸惑うマグの方へ、ハイドは「ほら!」と私を投げつけた。
マグは咄嗟に私を受け止める。
ハイドは、フィカスの方を見ていた。
「見ない顔が増えているな、ナっちゃんに解毒魔法でもかけてやれよ。動けないみたいだ。…で、ぼくが何をしたかは、すぐにわかるんじゃないかな」
そう言ってハイドは、思わせぶりに夜の海の方を見る。
「今のは、昔よくババアがやっていた、かわいいペットを呼ぶときの合図さ。何百年も待ち焦がれた合図だろうからな、きっとすぐにくるぜ。感謝しろよ、お前たち人間に、元凶を断つチャンスを与えてやったんだからな!」
ザザ、ザザザブンッ!
いっそう大きく、波が寄せてきた。
「まさか…!?」
ユウが息を呑む。
ハイドはケラケラと笑い声をあげた。
「じゃあな、あとは頑張れよ! そうそう、ぼくの可愛いナっちゃんを死なせたら、許さないぜ?」
そして、ハイドは姿を消した。
「お前たち、ここは俺たちに任せて、逃げろ!!」
フィカスが腕を振り、ヴァンデミエルの人たちへと非難の指示を出した。
「で、ですが…!」
「俺はナっちゃんの思いを汲んでやるだけだ! お前たちが怪我することを、彼女は望んでいない。邪魔だ、去れ!!」
ほとんど恫喝と言っていいようなフィカスの叫びに、ヴァンデミエルの人たちは、何度もこちらを振り返りながら、わらわらと逃げだしていった。
すぐさまフィカスは、マグの腕の中に居る私に手をかざして、解毒魔法をかけてくれる。
「キオルシード」
「フィ…カ、ス……ありがと……」
なんとか言葉を絞り出すと、フィカスは困ったような顔をした。
「やれやれ。ナっちゃんが無事だったから言えたようなセリフだぞ」
「フィカス、ツナを連れて逃げろ!」
ユウが、私たちの前に立ちはだかって、海の方を睨みつける。
「いや、酷なことを言うが…数百年を生きた魔物だぞ? お前たちだけでは無理だ。みすみす犬死をさせる気はないし、ナっちゃんもそう思っているだろう」
「くそ……やるしかないか……!」
マグが私をフィカスに預けて銃を抜くと、ユウもアンタローを私のお腹の上に置いて、剣を抜いて構えた。
ザザザ、ザザザザバアアアアアッ!!
海面がみるみるうちに盛り上がったかと思うと、見上げるほどの巨大なウミヘビが、岬の前に現れた。
雨のように、飛沫が降ってくる。
「うそだろ!? でけえ……!!?」
「もう蛇というより……竜だな……」
ユウとマグがそう言い終わったと同時に、フィカスの手の平から治癒の光が消えた。
「よし、終わったぞナっちゃん、動けるな?」
「う……」
私はてをぐーぱーとして、具合を確かめる。
そして、アンタローを抱きしめながら、フィカスの腕から降りた。
アンタローは、大きな魔物の気配に、ぶるぶると震えて怯えている。
「動ける!」
「あまりナっちゃんを働かせたくはないが、さすがにこれは魔法に頼るしかない、任せるぞ!」
フィカスは腰元から鎖鞭を抜いてこちらを威嚇してくるウミヘビへと向き直る。
私は一番後ろで、そのウミヘビの巨体を見上げていた。
「シャアアアアアアアアッ!」
ウミヘビは、自分を呼んだのが愛しい主人ではなかったことを知り、威嚇のように牙を向けてくる。
それだけで私は身が竦んでしまった。
こ、こんなの、どうすればいいの!?
原文を見たら、攻略法が書いてあるかな!?
いや、そろそろもう私は自分がどんな風に文章を書くかくらい、把握できるようになっている。
絶対「ナツナは魔法を使って、みんなで戦って何とかなった」みたいな書き方をしてるでしょ!!?
前から言いたかったんだけど、それ小説っていうか、あらすじだからな!!?
そんなことを考えていると、視界の端で何かが動いた。
「! 横手から尻尾!!」
私は咄嗟に叫ぶ。
一番後ろだから見えたが、たぶんみんなは目の前にある牙しか見えてない。
「ぁぁぁあああああああ―――ッッ!!」
シャアアアアアアッ バヅンッ!!
横合いから私たちを薙ぎ払うように、ウミヘビの尻尾が迫ってきた、と思った瞬間だった。
何かが斬れる音がして、ウミヘビの尻尾の先端が、緑色の血飛沫と共に空へと舞い上がる。
そして、ユウの体も。
ユウは私の叫びで、脊髄反射のように、尻尾と私たちの間へと身をねじこむと、片刃の大剣を振るうことはせず、ただ、尻尾の軌道上に、刃を置くように構えただけだった。
ウミヘビの尻尾は、自らユウの刃に突っ込んでいき、自動的に切れていった。
切り口の鋭さから、よほど速く、そして重たい一撃だったのだろうとわかる。
威力を殺しきれず、ユウの体が空に舞い上がるほどに。
「俺が行く! マグは牽制を頼む!」
回復魔法の使えるフィカスが、かなり後方にドシャリと転がっていくユウを追いかけた。
「ギシャアアアアアアアアッ!!」
尻尾の切れたウミヘビが、痛みにのたうち回る。
ウミヘビが動くたびに、周囲に飛沫の雨が降る。
「いや、チャンスだ……牽制で終わらせる気はない」
マグは銃を構えたまま、じっと何かを待っている。
やがて痛みのピークが過ぎた頃、ウミヘビはカッと目を見開いて、マグを丸のみにしようと、頭だけで突進してきた。
「マグッ!?」
「ツナ、オレの後ろから動くな」
私は悲鳴を上げてしまうが、マグは冷静に、ある一点を狙って、銃を連射した。
ガァン、ガアン、ガアンッ!
パッと、緑色の血飛沫が上がる。
見ると、巨大ウミヘビの左目がつぶれていた。
痛みのせいか、それとも銃の衝撃のせいか、ウミヘビの突進は、マグを逸れて横の方へと、顎を擦りながら倒れ込む。
「……やはり、若干手応えが固いな……一撃では潰せなかっただろう……念のために連射をしてよかった」
マグは即座に背後に居る私の方を向くと、掻っ攫うように私を抱き上げ、後方へと走り出す。
次の瞬間には、先程まで私が居た場所で、ウミヘビが頭をドッタンバッタンと打ち付け、痛みに悶えていた。
「あ、ありがと、マグ…!」
「いや……ここまでは、なんとかなったが……問題はここからだな……たとえ両目を潰せたとしても……アイツが死ぬとは思えない。一番最悪なのは……後一歩というところで……海に逃げられることだ。それを防ぐためには……一気呵成に……倒す必要がある」
ザザ、とマグは摺り足をして、フィカスとユウが居るところでブレーキをかけた。
フィカスがユウに回復魔法をかけ続けながら、マグの言葉に頷く。
「同感だ。だが、畳みかけるにしても、致命傷を狙えるかどうかが微妙だな。多少の切り傷など、ものともしないだろう」
「俺…が、行く…!」
土で衣服を汚したユウが、フィカスに寄りかかりながら起き上がろうとした。
フィカスはユウを抑えつける。
「無茶をするな、脳震盪を起こしていたんだぞ」
「俺が…行く…! 策が、ある…」
「……内容を聞いてからだ」
マグはユウへ言いながら、私を地面に下ろす。
私はユウの様子に、アンタローを抱きしめる手に力を込めた。
「蛇っつったら、丸飲みだろ? 俺が敢えて飲まれて、腹の中で暴れてやればいい。セオリーだろ?」
「バカか……ただの蛇じゃないんだぞ……竜のように……火を吐く可能性だってある」
マグがユウを睨みつけるが、ユウは笑顔だ。
「そん時は、俺はそれまでだったってことだ。安心しろよ、火だるまになったって、相打ちくらいはしてやるさ」
「そういうことを言っているんじゃない!!」
マグが珍しく声を荒げた。
ユウは笑顔のままだ。
「わかんねーな、なんで怒るんだ? 俺は人の役に立って死ねるなら本望だぜ。マグさえ生き残っていれば、ツナは旅を続けられる。いいことづくめだ」
「ユウ…!」
私も咎めるような声を出してしまう。
ダメだ、ユウは、悲しい気持ちが見つけられないから、残された側の気持ちもわかることができないんだ…!
三年前、あの崖で、アンタローを助けるためにユウが飛び降りた時に、気づくべきだった。
ページを戻されて事なきを得たけど、だけど、ユウは飛び降りる瞬間ですら、笑顔だった。
「…よし、回復は終わった。だが、俺もユウの作戦には反対だ」
フィカスはユウに翳していた手を引きながら、巨大ウミヘビの方へと目を向ける。
ウミヘビはある程度バタついた後、気を取り直すように頭を振っている最中だ。
「だったらどうするってんだよ! やるなら今がチャンスだろ! 早くしねーと、またアイツが動き出しちまう!」
ユウは完全に体調が戻ったように、自力で立ち上がる。
「待って、ユウ!」
私はアンタローを頭の上に乗せると、ユウの進路をふさぐように、両手を広げて立ち塞がる。
「ツナ、わかってくれ。今がチャンスなんだ」
ユウは、私を諭すように、見降ろしてくる。
どうしよう…!
このままじゃ、ユウが死んでしまうかもしれない、行かせられないよ…!
でも、何ができるんだろう!?
薬が抜けてからずっと考えているのに、焦ってばかりで、全然いい魔法が思いつかない!
いや、ダメだ、思いついてみせる!
私は息を吸った。
「……ユウ、ちょっとまってて、かんがえごとを、たくさんしたい!」
この言葉を言うのは二度目だ。
三年前、魔女に見せられた夢の話をしたユウに、手紙を渡して、考えを伝えたあの日と、同じ言葉。
ユウは、はっとしたように私を見た。
…覚えててくれたんだ。
「…わかった」
ユウは剣を握りしめたまま、私の前で突っ立つ。
フィカスとマグも、私のことを見守っている。
よし、ここからだ。
考えろ、考えろ…!
あの巨大な蛇に一気に勝つ方法、勝つための魔法…!
私は頭の中で、今までのことを目まぐるしく振り返る。
「落ち着きを取り戻せるおまじないです…」「創造魔法とは、望む効力を持った魔法自体を創造できる」「フェザールは攻撃魔法があまり得意でない」「ぷいぷいっ、ボクは身体コントロールの術を伝授されました!」「なんでもいいから好きなものを列挙してみてくれ」「あれは地元民の間じゃ有名な、工芸祭りさあ」「身体強化の魔法は向いているのかもしれんな」「どうせ小学生の私は、魔法=なんでもできる、という単純な認識しか抱いて無さそうだし!」
「!!!」
顔を上げて、ピンと背筋を伸ばす。
思いついた!!
これなら、いけるかも!!
<つづく>




