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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
65/159

水上都市ヴァンデミエル(上)



   チリンチリーン!


 ヴァンデミエルの入口にあるアーチをくぐると、脇に立っていた人が、ものすごい勢いでベルを鳴らした。


「おめでとうございまーーす! あなた方は今年に入ってから、7777組目の旅行者でーーす!」


 私たち4人と1匹は、びっくりして固まった。


 その人の大声で、通りすがりの人たちが次々に足を止め、わーーっと拍手をして祝ってくれる。


「すぐに町長を呼んできますね!」


 完全に通りすがりの人なのに、気を利かせて踵を返し、ダーっと来た道を戻っていく。


「…参ったな。目立ちたくなかったんだが…」


 フィカスの呟きに、マグも頷いた。


「ああ。ツナ……帽子を目深にかぶれ。アンタロー……喋るなよ」


「しゃーない。俺が衆目の的になるから、みんなはなるべく必要なこと以外は喋らねー方向で行こう。印象に残るようなことは言うなよ?」


 ユウが作戦を伝えてくる。

 こういう時のユウは、とても頼りになる。


「ぷ、ぷい…っ」


 私の腕の中のアンタローが、緊張でぷるぷると震え始めたので、私は急いでアンタローを撫でてやる。


 ヴァンデミエルは水上都市ということだが、水の都という感じなのかなと思っていたら、ちょっと違っていた。

 この街の入口の部分から、もう海の上なのだ。

 とても丈夫な板橋が、蜘蛛の巣のように張り巡らされており、家々も軽くて丈夫な材質の木でできているようだった。

 津波が来たらアウトという感じだが、随分な発展を遂げてきたことからも、穏やかな海が売りなのだろう。

 足元はほんのわずかに振動しており、波に揺られる船の上のようだった。

 構造上、二階建ての建物は一つもなく、平屋ばかりだが、海の上という広大な土地を利用しているので、家は建て放題という感じで、さほど問題はないようだった。


 やがて、背が低く、だんごっ鼻の、禿げあがっているわりに口ひげを蓄えたおじさんが急いでやってきて、入り口近くに居る、旅行者のカウントをしている係の人と短く話をしている。

 たぶん、あの人が町長なのだろう。

 すぐに彼は、嬉しそうにこちらを向いた。


「いやいやいや、おめでとうございます! キリ番を踏まれたようで!」


 私は噴いた。


 キリ番って懐かしいな!!?

 そうか、中学生の頃って確か、インターネットデビューしたてで、キリ番っていうシステムを知ってから、踏んでみたくて仕方がなかった時期があったんだよね!

 だからってその熱情をこういう場所にぶつけるのやめようよぉ!!

 なんか…虚しいでしょ!!?

 しかも今となっては恥ずかしいわ!!


 私は顔を真っ赤にして俯いてしまうが、町長はお構いなしに話を続ける。


「7777番目のお客様は、この街で一番いい宿に無料で滞在いただけます! ささ、どうぞどうぞ、ご案内します!」


 町長は有無を言わせずに案内しようとしている。

 ユウは慌ててそれを制した。


「待った! それって、泊まる部屋が決まっていたりするのか? 俺ら、4人パーティーなんで、4人部屋がいいんだが…」


「ええ、ご心配なく、6人部屋のスイートルームとなっておりますよ!」


 ユウは一瞬だけ何かを考えたようだった。

 が、ここで断る方が不自然に目立つと考えたのだろう。


「お、やったー! 何泊できるかは決まってるのか?」


「いえいえ、とんでもない! 幸いというかなんというか、観光シーズンは外していますからな。お好きなだけ泊って行ってください。ただ、できれば…ヴァンデミエルのいい噂を、他の街で流していただければ…という下心はありますがね、えっへっへ!」


「ああ、なるほどなるほど、そういうことなら任せてくれよ! 俺って三度の飯よりも喋ることが好きでさあ、親からも舌が二枚あるんじゃないかって呆れられた程なんだぜ!」


「お客様、それだとウソつきという意味になってしまいますよ、はっはっは! いや面白い方だ!」


 ユウと村長は談笑しながら歩き出す。

 台車を引いたユウと、黒馬の手綱を引くフィカスがその後に続く。

 マグとフィカスの様子を見ると、村長の下心に、むしろホっとしたようだった。

 確かに、目的の見えない善意は注意した方がいい時もあるのだろう。


 街の人々は、私たちの傍を通りすぎるたびに、「キリ番おめでとう!」と祝ってくれた。

 私は正直、やめてほしかった。


 たどり着いた宿は、確かに立派で、そしてすぐそこが町長の家なのだそうだ。

 宿の受付に話を通した後、何かあればぜひお申し付けくださいと言って、町長は去って行った。


「ずいぶんと腰の低い……町長だったな……」


 厩舎に馬と台車を入れ、6人部屋で一段落ついた頃に、マグが感想を述べる。

 フィカスが首をひねった。


「そうか? どの町の町長もあんなものだろう」


「いや、そりゃ今までフィカスは王族として接してきたからだろ…。俺たちみたいな若輩の冒険者にああいう態度を取るのって、結構珍しいんだぜ? 所詮よそ者だしな」


 ユウはアンタローでボール遊びをしながら、フィカスへいう。

 アンタローは、先程までの緊張はどこへやら、ユウに放り投げられるたびに、キャッキャとはしゃいでいる。


「…となると、裏があるかもしれんと警戒しておいた方がよさそうだな」


 フィカスは腕を組み、唸った。

 ヴァンデミエルの良くない噂というのはどんなものなのか、ここに来るまでにフィカスに聞いてみたのだが、「ナっちゃんには刺激が強すぎる、観光の妨げになるから話す気はない」と、情報開示を断られてしまっていた。

 フィカスはおもむろに椅子を持って来ると、その上に乗って、どこかの天井が開くかどうかのチェックを始める。


「フィカスって、いつもそういうことをしてるの?」


 私はベッドに腰かけながら、つい聞いてしまう。


「ああ、そうだな。俺はナっちゃんと違って、日頃の行いが悪いんでな、いつ暗殺されるかもわからん。その分、昨日はゆっくりと休ませてもらったが。見張りが信頼できるというのは、なかなかいいものだな。っと…」


 フィカスの手が、部屋の隅の天井を持ち上げて止まった。

 人一人分が通れるだけの、四角い穴が開いている。

 フィカスはさっそく頭を突っ込んで、ゴーグルの横をいじりながら、屋根裏のチェックをしている。


「……そこまで調べるのは……やったことがなかったな……参考になる」


 マグが感心したように言う。

 これでまたマグの負担が増えるのではないかと、私は若干ハラハラした。


「どうだった?」


 一通り調べ終えたフィカスに、ユウが聞く。

 フィカスは難しい顔をしながら、椅子から降りた。


「まだ何とも言えんな。例えば蜘蛛の巣が張られているから人が行き来していない、と考えるのも難しい。蜘蛛は一日あれば巣を張るからな。参考の一助にしかならん。かといって、巣が張られていなければ、清掃が行き届いているという要素も出てくる。なにせスイートルームだからな」


「今回はどっちだったんだ?」


「…蜘蛛の巣はなかった」


 私たちは、ウーンと唸り声をあげる。

 フィカスは気分を変えるように、ユウの持っているアンタローに視線を移した。


「そういえば、そこの精霊?…には挨拶がまだだったな。ちょうどいい、この際だから交流を図ろうか」


「お、そうだな、ほらフィカス、パス!」


 ユウがアンタローを投げつけると、フィカスは「おっと」と言って受け止めた。


「こんなに乱暴に扱っていいものなのか…?」


「ぷいぃっ、楽しいです! もう一回やってください!」


 アンタローは目をキラキラさせながら、フィカスに言う。

 フィカスは眉根を下げて笑った。


「アンタロー、挨拶が遅れたな。俺はフィカスという。故あって一時的にパーティーに加わることになった。よろしくな」


「……!」


 アンタローは、なぜか唐突に硬直した。

 全員、ハテナを浮かべてアンタローを見る。

 しばらく、シンとした時間が流れた。


「……ひょっとして……ぬいぐるみのフリ……か?」


「いや今更かよ」


 マグの言葉にユウが言う。

 私は慌ててアンタローへと口を開いた。


「アンタロー、フィカスにはもう、黙ってなくていいんだよ…!」


「ぷいぷいっ、フィカスさんですか? ボクはパーティーリーダーの粒漏れ餡太郎といいます! ツナさんが名前をつけてくれました!」


 アンタローは何事もなかったかのように自己紹介をしている。

 フィカスは、微妙な顔をして私の方を見てきた。


「……そうか。ナっちゃんは独特なセンスをしているな…わかっていたことだが」


 アンタローの自己紹介の仕方、変えてくれないかなあ…。


「ぷいぃっ、フィカスさんフィカスさん、ボクを撫でてくれてもいいんですよ?」


 アンタローは自らぐりぐりとフィカスの手に頭を押し付けていく。


「………」


 フィカスは、しばらくじっとアンタローを見ていたが、やがておずおずと頭を撫で始めた。


「ぷいぃいいっ、フィカスさんは撫で方がなっていませんねっ、もっとしっかりやるんですよ!」


「…こうか?」


「違います、ヘタクソ、人でなし、能無し、デクノボー!」


 フィカスはそれから、アンタローに何故か罵倒されながらも、丁寧にアンタローを撫でていく。


「ぷいいっ、合格ですよ、ボクの下僕にしてあげますっ」


「……。…そうか。アンタローは可愛いな」


 「当然ですっ」と言って胸を張るアンタローに、フィカスは「なんだこの可愛い生き物は」とでも言うように尽くしていく。


「俺の中の王族像が…」


 まだ若干のわだかまりが残っているらしいユウが、何らかのショックを受けていた。

 私も、フィカスが意外に可愛いもの好きなことに驚いていた。

 まずいなあ、ギャップがある人って好きなんだよね…。


「そろそろ頃合いか……ひとまずは昼食に行こう……街の様子も見ておきたい」


 マグの提案に、お留守番のアンタロー以外の全員が頷いた。



-------------------------------------------



「キリ番、おめでとうございまーす! あなた方は5555組目のお客様でーす!」


 可愛い魚のバッジのついた、マリンブルーの制服を着たウェイトレスが、ニコニコしながら出迎えてくれた。

 そこは魚の看板を掲げている、全体的に青で塗られた内装の、カフェという感じの食堂だ。


「「「「………」」」」


 全員、困った顔をして入り口に突っ立った。

 ウエイトレスはニコニコ笑顔のまま、私たちを奥の席へと案内していく。


「こちらにどうぞー。5555組目のお客様からは、お代をいただきませんので、たくさん食べて行ってくださいね!」


「おめでとう!」

「よっ兄ちゃんたち、キリ番おめでとう!」


 案内されるまま食堂の中を歩くと、地元民のようなお客さんたちが、口々に私たちを祝ってくれる。

 みんなは困惑しているが、事情のわかっている私はひたすら顔を赤くして俯いていた。

 観光シーズンから外れているというのは本当のようで、店内はそこそこ空いており、私たちは席を分断されることもなく、奥にある4人席に座ることができた。


「ご注文はお決まりですか?」


 ウエイトレスの催促に、マグは気を取り直すように黒板の文字を見たり、メニューを開いたりして、マグにしては珍しく、自分から注文を取り始める。


「ヴァンデミエルは……黄金アジが食べられると聞いたが……」


「あっ黄金アジですね、もちろんありますが、残念ながら今年は不漁で、残りは3尾しかありませんから、お客様の人数分ご用意するのは難しいんです。いかがなさいますか?」


 ウエイトレスは申し訳なさそうに顔を曇らせて、マグの様子を窺う。


「3尾で大丈夫だ……フライで頼む」


「マグ、俺も食いたい!」


「お前……魚は骨があるから苦手だと……いつも言ってるくせに」


「だってあんな風に言われたら気になるじゃんか」


 いつもは肉しか頼まないユウが、食指を動かされたのか、こういう時だけ注文に割り込んでくる。


「俺のも頼む。3人で、1尾ずつだな」


 フィカスも乗ってきた。


「黄金アジフライが一皿ずつですね、かしこまりました!」


 ウエイトレスはニコニコ笑顔のまま、メモを取っている。

 マグは半眼で二人を見ていたが、仕方なく他の注文も取る。


「あとは白身魚のムニエルと……サーモンの塩焼き……パンとスープのセットを3人分……それと、この子には……果物の盛り合わせを頼む」


「かしこまりました。同時にお持ちしますので、しばらくお待ちくださいね!」


 ウエイトレスが去ると全員で内緒話をするように顔を寄せた。

 昼時を外しているので、幸い周囲の席に他の客はいない。


「またキリ番だそうだが……どう思う?」


 マグの言葉に、ユウが唸った。


「いくらなんでもおかしいよな?」


 すいません、おかしいのは中学生の時の私の頭です…!!


「念には念を入れた方がよさそうだな。全員、食事に手を付ける前に、俺に毒見をさせろ。俺は幼い頃から毒には慣らされている。味で判別もできるし、万一の時も生き残る自信がある」


 フィカスが堂々と言い張ると、マグは不思議そうにフィカスを見る。


「普通は……王族のために庶民が毒見を……するんじゃないのか……? まるであべこべだな」


「ははっ、そうかもしれんな。が、ここは俺の顔を立てるつもりで甘えるがいい。傍にいる間くらいは俺が守ってやる」


 フィカスは腕を組みながら、偉そうにそう言った。

 マグは少し迷ったようだが、「恩に着る」と小さく返す。


 やがて、しばらくだんまりを決めていたユウが、目線を下にしながら、重たい口を開いた。


「……フィカス、今まで悪かった」


 フィカスは驚いたようだったが、ユウに目を向けるだけでとどまった。

 ユウは続ける。


「俺の村は、すげー平和だったんだ。その理由の一つに、王族とか、ジェルミナールとかへの、共通の憎しみを抱く、っていう部分があったんじゃないかと、今では思う。負の感情が外の方に向いてるから、内側に居た俺たちは、秩序を守ることができていた。……俺は昔から…というか、成長期あたりかな。ずっと飢えてて、色んな家を訪問しては、ジャーキーとかのおやつを貰ってたんだ。おやつを貰う条件は、王族か、ジェルミナールへの悪口を言うこと」


 私は静かに驚いていた。

 マグが、洗脳だと言っていた理由が分かった気がする。

 他者を悪し様に罵ることが日常だったとしたら、ユウはむしろ真っすぐに育っていると思うほどだ。


「悪く言えば言うほど、大人はスっとした顔で、俺のことをたくさん誉めてくれたんだ。俺は大人にとっては悪ガキで、悪戯ばっかして、怒られてばかりだった。だけど、ジェルミナールや王族を悪く言った時だけは、みんな褒めてくれるんだ。俺は嬉しくて、それはとてもいいことなんだと思ってしまっていた。そうやって、少しずつ歪んでいったんだと思う。フィカスもツナも、全然悪くないのにな」


「……なるほどな」


 すべてを聞き終えたと判断したフィカスが、ゆっくりと組んでいた腕を解く。

 少しだけ間を開けた後、フィカスは横柄な感じで口を開いた。


「いいだろう、事情は分かった。そして、フィカスラータ・ニヴォゼの名において、ユウ、お前を許す」


 ユウは、驚いたように顔を上げた。


「この許しは、マグや、ナっちゃんにも適用される。今後のことは知らんが、今現在までに何らかの罪を心に抱いているとするなら、それらは今この瞬間、すべて許された。俺の目の届く範囲に居る限り、誰が何と言おうと、お前たちは罪人ではない。今までを悔いることはもうしなくていい。これからのことだけに目を向けろ」


 マグも私も、驚いていた。

 フィカスは、フッと笑う。


「そしてお前たちも、このことに関する俺の不遜を許せ。それで、対等だ」


 最初に我に返ったのは、マグだった。


「わかった……いい取引だ……気に入った」


 私が口を開きかけた時、ウエイトレスが、出来立ての料理の乗った手押し車をガラガラ押しながらやってきて、私たちは一度口を閉じる。


「どうぞ、ご注文の品です、熱いのでご注意くださいね。ごゆっくりどうぞ~」


 テーブルにちりばめられた魚料理は、1尾1尾がとても大きく、圧巻の一言だ。

 フィカスは私たちを手で制すると、まずは私の皿にあるベリーを口に放り込む。

 そこからは慣れた手つきで、ランダムに選んだスープを一口、口の中に含むようにして飲み、パンをちぎってムニエルのソースをぬぐって食べ、塩焼きを一欠けら口の中に放り込む。


 毒見って、事情を知らない人が見たら、大変にお行儀が悪い作業なんだな…と、私は心の中で思った。


 フィカスは最後に、マグの方にある皿から黄金アジのフライをフォークで丸ごと取り、シャクっと一口齧った。


「………」


 フィカスの動きが止まる。


「どうした、まさか…!?」


 ユウが顔色を変えて、フィカスを凝視した。


 するとフィカスは、シャク、シャク、シャク、と猛烈な勢いで食べ続け、あっという間にマグの皿の1尾を食べきった。

 後には刻みキャベツとプチトマトだけが残る。


「いや美味いなこれは」


「お前……!? 許さん……!!」


「マグ、落ち着いて! フィカスのと取り換えればいいから!」


 私は銃に手をかけて立ち上がろうとするマグを必死で椅子に留める。

 フィカスは悪びれずに笑う。


「ははっ、悪かった、毒見は問題なさそうだ。ユウから貰うといい」


「俺だって食うよ!」


 ユウが意地汚く皿を死守する。


「くそ……よりによって……街を訪れた時期に不漁とは……!」


「フィカス、ちゃんとマグに返してあげて!」


 たった一人増えただけなのに、いつもよりワイワイと賑やかな食事風景となった。




<つづく>



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