優しい悪夢
夕暮れの中のストーンヘンジというシチュエーションは、なかなか神秘性を増すものだった。
名前からして、岩がとっ散らかっている感じなのかと思っていたが、何らかの規則性を持って並んだ岩は、円を描いている。
そして、その円の中心地には、平たくて丸い石のステージのようなものが存在していた。
「おー、こりゃキャンプにもってこいなんじゃねーか?」
世界遺産愛好家みたいな人が聞いたら憤死しそうなセリフを、ユウが言っている。
でも、正直私もそう思った。
フィカスは既にその石の舞台に上がって、しゃがみ込んで調べている。
「…魔力が残存しているな。ここに何らかの魔方陣が展開されたのは間違いないようだ」
フィカスはゴーグルの横の部分をピ、ピといじりながら、そう断じた。
「ということは……この石ごと割れば……魔方陣を壊せると……考えていいのか?」
マグは、真剣な顔でフィカスに付き添っている。
「確かにそれが手っ取り早くはあるが…少し早計かもしれんな」
「どういうことだ? 早いに越したことはねーだろ?」
フィカスの言葉に、ユウは手持無沙汰に腕を組んでそう聞いた。
「…ナっちゃんが、この陣を通らずに地上に来たことを考えると…な。要するに、天空の国から落ちればいいということになる。となると、いっそこれを残して、向こう側の侵入経路をこちらが把握しておくのは一つの手かもしれん」
「……なるほど。オレたちが……別の大陸に居を構えていた場合……ここからは、すぐには来られない……時間稼ぎになるということか」
フィカスの言葉に、マグが感心したように言う。
フィカスは立ち上がり、コートの裾を払った。
「そういうことだ。マグは察しがいいな。ニヴォゼの大臣にならないか? 向いていると思うぞ」
「……めんどくさい」
マグはにべもなく、フィカスのスカウトを断った。
すると、ユウが名案を思いついたというように、ポンと手を打つ。
「なあ、いっそこっちから空に攻め込むってのはどうだ? 先手必勝っていうじゃんか!」
ユウの言葉に、フィカスは驚いたようだった。
「この人数でか? 大胆な奴だな。そういう考え方は嫌いじゃない…が。残念ながらそうもいかない」
「? 何か問題があるのか?」
「ああ。どうしてあの女が、べらべらと空の上の事情を話したと思う? 王族が、空に王国を築くための魔力の供給をしている、という情報をこちらに流したかったからだ。つまり、俺たちが何らかの方法で攻め込むと、あちらの魔力供給を断つことになる可能性が高い」
フィカスの言葉に、マグが深刻な顔で呟く。
「最悪の場合……地上にジェルミナールが落ちてくるわけか……一体どれだけの被害が出るか……」
「そういうことだ。空の上にある以上、地の利はあちらにある…ということだ。全く、かけひきというものをよくわかっている。食えない女だったな」
「くそっ、じゃあこっちから手出しはできねーってことか、歯痒いな…!」
ユウは悔しげに言ったが、すぐに気を取り直すように、石の舞台に目を向けた。
「じゃあさ、攻め込まないまでも、ここでキャンプくらいはしてもいいってことだよな?」
ユウの言葉に、フィカスは頷く。
「どういう流れでそういう発想になるのかが不明だが、そのくらいなら別にいいだろう。多少焦げたところで陣に影響は出ないだろうしな」
「やった! この辺りは草ボーボーで、どうやって火を焚くかなって思ってたんだよなー。んじゃ、薪拾いに行ってくらあ!」
ユウは軽快に身をひるがえすと、草原にちらほらと生えている木の方へと走って行った。
「…元気だな。怪我人とは思えん。ユウは警備兵向きだな。あとでスカウトするか」
「アイツもオレも……組織に属するのは……向いていない」
フィカスはちょっと笑って、「そうかもな」と言っていた。
私はというと、みんなの会話を聞きながらも、物凄い眠気に耐えていた。
目をこすりながら、何か話をしないとと思いながらも、全然頭が働かない。
マグが、心配そうにこちらを見てきた。
「ツナ……眠いのか? 無理もない……精神的な疲労は……相当なものだったろう」
「……ン。ごめん……あっちでちょっと…寝てていい?」
適当なストーンヘンジの脇を指さすと、マグが「ちょっと待っていろ」と言いながら、チェックをしに行った。
マグはぐるっと一周して戻ってくる。
「ツナ、あっちの……一番小さい石の傍なら大丈夫そうだ……万が一……地震があった時に……岩が落ちてきたら困るからな」
マグの過保護は健在だった。
私はもう返事をする気力もなく、寝ているアンタローをマグに預けると、示された方へと歩いていく。
すぐにごろっと転がって、丸まって寝始める。
よく、まっすぐ上を向いて寝る人がいるが、私には何故かあれができない。
足を丸めて横向きに寝ないと、全然落ち着かないのだ。
横になったと思った瞬間、すぐに意識が、瞼の裏の闇の中へと落ちて行った。
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そのドーム状の部屋には窓がなく、土もあり、草もあり、そして中央に、大きなリンゴの木が、一本だけ生えていた。
天井には青い空があるが、雲が動かないことから、絵の具で描かれた空だとわかる。
部屋にしては大きいが、外というにはあまりにも狭い。
それが、わたしの世界のすべてだった。
この部屋に来る翼のない人たちは、みんな、わたしに何かを話しかけてくる。
手の平を合わせれば、そんなことをしなくても、考えていることなんて全部分かり合えるはずなのに。
ある日、お日様みたいな、キラキラしたオレンジ色の髪をしたお兄さんが、わたしのところへやってきた。
「姫様! おれはルグレイ・ニウ・ベラルゴと言います。ウバヤの、息子です! 姫様の世話係として任命されました!」
その人は少し緊張をしているようで、背筋を伸ばしながら、わたしに何かを言ってくる。
わたしはそっと首をかたむけ、片手の手の平を見せるように差し出した。
その人は、少しきょとんとした後、わたしと手を合わせてくる。
それだけで、言いたいことは全部正しく伝わってきた。
ルグレイは、わたしよりも3つくらいお兄さんで、言葉とか、教育とかを教え込むように、父さまに言われて来たらしい。
嬉しかった。
だって、この部屋には、わたし以外に動くものが全然ない。
ルグレイに、ずっと一緒に居てくれるのかと、手の平を通して聞いてみたのだが、翼のない人にはそれが伝わらないらしい。
だけど、言葉というものを覚えたら、ルグレイは返事をしてくれるらしい。
とりあえず、わたしはルグレイに頷いて、にっこりと笑いかけた。
ルグレイは、喜びに頬を赤くして、その日から毎日この部屋にやってきては、わたしに人間としての在り方を施していく。
「ル、グ、レ、イ…?」
「そうです姫様! それがおれの名です!」
一つ一つの言葉を覚えていくたびに、ルグレイは我が事のように喜んでくれた。
ウバヤというのは、わたしが幼かった頃に、わたしの世話をしてくれていた人のことらしく、ウバヤというのは呼び方であって、名前ではないらしい。
いまいちよくわからなくて、翼のない人の世界は難しいなと思った。
「姫様、これ、あげます」
ある日、ルグレイが、少し恥ずかしそうにしながら、わたしの首にペンダントをかけてきた。
「なあに…?」
覚えた言葉を駆使してそう聞くと、ルグレイは照れたように笑う。
「オカリナという、楽器です。おれがここに来られない間、姫様はお暇なのではありませんか? 音が出るもので遊ぶのは、いい気晴らしになると聞きました」
「!」
わたしは嬉しくて、ルグレイの腕にしがみつくと、額をぐりぐりとこすりつける。
ルグレイはそんなわたしにはもう慣れっこで、「気に入ってもらえてよかったです」と、柔らかく微笑んでくれた。
「うれしい、わたし、わすれない! ずっと、だいじにする!」
わたしは満面の笑みで、そう言った。
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がばっと跳ね起きる。
一瞬、自分がどこにいるのか、何者なのか、わからなくなった。
ぶわっと冷や汗をかく。
(りりりりり、ちりりりりり…!)
何の音だろうと思ったら、もう普段は音が気にならないほどに慣れ切った、首輪のブレスレットの鈴が、私の腕で鳴っている。
私は、頭を抱えて、震えていた。
今のは、なに?
夢?
初めて見る光景なのに、すごく懐かしく感じる夢だった。
あんなの、おかしい。
だってあんなの、まるで、小説の中のナツナが見るような夢じゃないか。
じゃあ、私は、何…?
「おい、……ちゃん、ナっちゃん…!」
誰かが私のことを呼んでいる気がするが、今はそれどころじゃなかった。
心臓が早鐘を打っている。
一刻も早く、リアルのことを思い出さないと、私が私じゃなくなるような、そんな馬鹿げた恐怖心が、私の胸を支配していた。
私は…!
私は、夏菜…!
大学4年生に進級したばかりで、今年は卒論しか履修登録しなくて済むから、楽勝だって、そう、つい昨日そう思ってたはず…!!
卒論のテーマだってぼんやりと決まってるし、あとは余裕をもって夏までに提出しようって決めてて…!!
<ザ・・ザザザ・・・>
何故か、頭の中に、ノイズのような雑音が混じってくる。
どうしよう、どうしよう、何かおかしい気がする!
おかしい気がするのに、何がおかしいかわからない!
なぜか、歯の根が合わないほどに、私は震えていた。
なにかに耐えるように、ぎゅっと目をつむる。
………。
どのくらい、そうしていただろうか。
ドクン、ドクン、という音が、私の耳に届く。
一定のリズムで聞こえてくるその音は、とても心地よくて、私はだんだんと安心していった。
うっすらと目を開ける。
私は、妙に狭い場所に居た。
「……?」
顔を上げると、ゴーグルをかけた男の人と目が合う。
その人は何故か、私の耳を自分の胸に押し当てるような姿勢をとっていた。
「フィカス……?」
名前を呟くと、フィカスは、ほーっと安堵の息を吐いた。
「よかった…収まったか。本で読んだ知識だが、本当に心音は気を落ち着かせる効果があるようだな。一か八かだったが…」
フィカスが体を離し、私の目元をぬぐってきた。
私は、いつの間にか泣いていたらしい。
「あ……ごめん」
狭い場所だと思っていたそこは、フィカスの腕の中だった。
私も体を離すように、草地に座り込む。
「いや、いい。無理もない、あんなことがあったんだ。それは嫌な夢も見るだろう」
「………」
私は何も言えずに俯いた。
しばらくして、ユウとマグはどうしているのかと、周りを見渡す。
フィカスはそれを見て、先に説明をしてくれた。
「今の見張りは俺だ。ユウを休ませたいと言うと、二人ともあっさりと了承してくれてな。正直、拍子抜けなほどだ。もう少し警戒をされるだろうと覚悟をしていたんだがな…。なんというか、懐に入ったものにはとことん気を許すんだな、アイツラは。可愛いもんだ」
フィカスは、たまらない、というような顔で、寝転がっているユウとマグを見ながら笑った。
「おそらく、思春期かどこかで、大人に対する不信を抱いたのだろう。自分たちだけの力で生きて行こうと必死に気を張っていたんだろうが、どこかで甘えられる相手を求めてもいるんだろう。俺が共に居る間くらいは、甘やかしてやりたくなるな。困ったものだ」
そう言いながらフィカスは立ち上がり、私に手を差し伸べてきた。
「ナっちゃん、立てるか? 少し火にあたろう。気分転換にもなる」
「……ン」
私はフィカスの手を握り、ゆっくりと立ち上がる。
少しおぼつかない足取りで、焚かれた火の傍に行き、座り込んだ。
フィカスは私の隣に片膝を立てて座ると、ついでのように、焚火の中に、用意された枝を一本放り込んだ。
パチパチと、空気を食べながら踊る火を見ていると、確かに気持ちが落ち着いてきた。
フィカスは、何も聞いてこない。
しばらくの沈黙の後、フィカスの方から口を開いた。
「…ちょうどいい。ナっちゃん、今のうちに魔法のことで聞きたいことはあるか?」
「え……」
てっきり、夢のことを聞かれるかと思っていたのに。
そうではなかったことに、私は安心した。
フィカスは、なんというか、そういう人なんだろうな。
「…あの、呪文とかが、あるんだったら、覚えられるか心配だなって…」
「なるほどな。確かに呪文はある…が。少し乱暴な話になるが、ナっちゃんに限っては、呪文を必要としないのではないかと、俺は思っている」
「え、そうなの?」
私が首をかたむけると、フィカスは頷きながら話し始めた。
「例えば、7という数字を魔法だとする。しかし、この数字に導く為には、1+6だったり、2+5だったり、3+4、または10-3…とにかく、色々な解法があるだろう。同じ火を出す魔法でも、ニヴォゼの古代言語と、魔族の言語は違うが、それでも同じ火が出ることから、俺はそういう結論に至った」
そんな考え方があるのかと、私はびっくりした。
フィカスは続ける。
「世間一般で同じ呪文が使われる理由は、おそらく、先人が生み出した最適解が適用されているだけなんだろう。3+4=7。この式を最適解と広く知らしめることで、魔法のイメージがしやすくなる。ただそれだけのことだろう、と俺は思う。これは俺の勘でしかないが、ナっちゃんは、そういった式に縛られずに、自由に魔法を生み出すことができるのではないか…と思っている」
「フィカス、すごいね、発想が柔軟というか…」
私が感銘を受けていると、フィカスは普通のことのように受け止めた。
「そうでもない。ナっちゃんを見ていると、自分の世界がいかに狭かったかを思い知らされるよ。まさか顔が好みだと言われる日が来るとはな…。ティランに初めて対面した時は、顔が怖いと泣かれたものだが…」
「あははっ、それは、ちょっとわかるかも。わたしもフィカスと最初に会った時は怖かったし」
「あれは状況が状況だったから怖かっただけだろう? まったく。なんならナっちゃんの気を落ち着かせるために、今からゴーグルを外してもいいが?」
「えー、いいよもう、十分落ち着いてるし…!」
私の言葉に、フィカスは不満そうに肩を竦めた。
「その様子だと、やはりニヴォゼの王が素顔を見せる意味は知らないようだな。やれやれ、そんなことだろうとは思ってはいたが」
「えっ、なにか意味があるの?」
フィカスは首を振る。
「いや、いい。説明をさせられるというのはなかなか身に堪えるような内容なんだ」
なるほど、一発ギャグを説明させられるくらい辛いんだろうか。
私にもそういう経験があるので、気持ちはわかる。
だったらそっとしておこう。
「わかった、聞かないでおくよ」
「おいおい、そこは踏み込んで聞く場面だろう? まったく、駆け引きのできん女だ」
「なにそのめんどくさい展開!?」
私の言葉に、フィカスは「冗談だ」と笑い声をあげた。
「ところで、ずっと気になっていることがあるんだが…。ナっちゃんはどうして猫の首輪なんぞを腕に巻いているんだ?」
あっ、やっぱり首輪ってバレますよね。
「これは、その…。ユウが…。たぶん、猫の首輪って気づかずに、プレゼントしてくれて…。ブレスレットだと思って買ったみたいなの。でも善意しかないから、ユウにはホントのこと、黙っておいて欲しいな」
私が真剣に言うと、フィカスはヒュウ、と口笛を鳴らした。
「ユウのやつ、やるじゃないか。女に贈り物をするのは首輪をつけるようなものだとよく言うが、まさか本当に首輪を渡すとはな、ははっ。俺もチョーカー辺りをプレゼントしたら、ナっちゃんはつけてくれるか?」
…なんでフィカスが言うと、いちいち変態くさく聞こえるんだろう?
たぶん、第一印象のせいなんだろうな。
第一印象って、大事だね。
「わたし、首に何かが当たるのって、苦手で…。後ろはまだ平気なんだけど、前は絶対にダメ! たぶんね、前世でギロチンとかにかけられたんじゃないかなって思ってるくらいだよ…!」
これは冗談でも何でもなく、本気でそう思っているので、必死にフィカスに言う。
歯医者とか、美容院とかでも、絶対に喉をのけぞるのは無理だ。
歯医者は仕方ないから行ってたけど、美容院はもう通わずに自分で髪を切ることを覚えるくらい、病的に無理なんだよね。
世の中には先端恐怖症とかがあるくらいなんだから、首に物が当たる恐怖症とかもあると思うの。
しかしフィカスは私の真剣さを笑い飛ばしてきた。
「ははっ、どういう発想なんだ? ナっちゃんはやはり変わっているな」
「もー、ホントのことなのに」
私がぶすくれた顔でむくれると、フィカスは、ふと真剣な顔をしてきた。
「…眠れそうか?」
「………」
私はこわばった顔で、うつむいてしまう。
「…寝なきゃダメかな?」
「ダメに決まっているだろう。マグに怒られたいのか?」
「それは…。そうだよね…」
フィカスは少し考えこんだ後、おもむろに自分の膝を叩いた。
「よし、ナっちゃん来い、膝枕をしてやる」
「えっ、いやいいよそれは…」
即答で断ると、フィカスは大袈裟にため息をつきながら、自分の額に手を当てる。
「なんでそこで可愛げがなくなるんだ……。わからん……弱っていたんじゃなかったのか…? ナっちゃんは本当に難しいな…」
「ええ…?」
「あの日、宿で俺に行かないでと言いながら手を差し伸べてきたのは何だったんだ…? アレが膝枕の最大のチャンスだったのか…?」
「そ、そんなこと言ってないでしょ、大袈裟にしないで…!!」
私はつい、赤くなって言い張った。
「聞き捨てならんな……膝枕だと……?」
いきなり別の声が割って入った。
振り返ると、マグが立ち上がっている。
「なんだマグ、もう交代か? いいところだったのにな」
フィカスは悪びれずに笑う。
マグは寝起きの時の、機嫌の悪い顔をしている。
「お前は本当に……油断がならんな……ツナの初膝枕は安くないぞ……」
また初がついてる…。
「そうか。ならば添い寝で妥協しようか。ナっちゃん、ちょうどいい、見張りの交代の時間だ。眠りにつくまで傍に居てやる」
「添い寝も……許さん……」
こっちには初が付いていないのか、と違いが気になったが、よくよく思い出してみると、そういえば私はマグに出会ったばっかりの頃、一緒のベッドで添い寝をして貰っていた。
なつかしいなー、思えばあの頃からマグは母親のようだった。
「おいおい、それじゃ俺はナっちゃんに何もできないじゃないか」
「何もするなと……言っているつもりだが……?」
「あの、フィカス、眠りの魔法、またかけて欲しいな…!」
雰囲気が悪くなってきたので、慌てて会話に割り込む。
すると、先に反応したのはマグの方だ。
「ツナ、眠れないのか……?」
「う、うん。ちょっと、嫌な夢を、見ちゃって」
ぎこちなく笑って、マグに答える。
マグは、「そうか」と呟いて、考え込んでいるようだった。
「ま、妥当な線だな。いいだろう、かけてやる。行くぞ、ナっちゃん」
フィカスは立ち上がり、先程まで私が寝ていた石柱の方へと歩いていく。
私も続いて立ち上がると、マグは何かを言うのを諦めたのか、入れ代わりに、焚火の傍に座り込む。
「マグ、おやすみ…」
すれ違いざまに、挨拶をすると、マグは晴れ空色の瞳を細めて微笑んだ。
「ああ、おやすみ……いい夢も悪い夢も……疲れる時があるからな……今日は何も考えずに寝るんだぞ」
「……ン。ねえ、わたしの名前を呼んでくれる?」
「……? ツナ、どうした」
「……、……なんでもない。ありがと」
私は単純だ。
たったそれだけのことで、なんだかほっとして、夢も見ずに眠りにつくことができた。
<つづく>




