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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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和解



 薫風が頬を撫で、夕暮れもまだ遠い。

 草原に座り込む私たちは、まるでピクニックをしているようだった。

 ユウとフィカスの衣服がボロボロなことを除いては。


「……ユウ、お前のその服はもう……いっそ捨てた方がいいな」


「あー、そうだな。くそっ、替えの服は一枚しか持ってねーってのに。ズボンが無事なのはせめてもの救いか?」


 マグの言葉に、ユウはぶつくさ言いながら服を脱ぎ、荷車に置いた荷物へと、替えの服を探しに行く。

 私は慌てて立ち上がり、ユウに声をかけた。


「ユウ、怪我の手当て、わたしがやるよ!」


 すると、ユウはひらひらと手を振って、私にとどまるようにジェスチャーをしてきた。


「いや大丈夫だ。変な話だが、怪我するのは慣れてるからなー、自分でできるって!」


「…そう?」


 拒否されたので、私は仕方なく、また座り込む。

 遠目に見ていると、ユウは着替えのついでのように、傷口に薬草を塗ったり、包帯を巻いたりしていた。

 私は改めて、フィカスの方を見る。


「フィカス、助けてくれてありがとう」


「当然だ。ナっちゃんは危なっかしいからな。俺の居ない間に何かあったら困るとは思ってはいたが、まあ、案の定だったな。さて、それはそれとして、さっそく貸しを返してもらう話にいこうか」


 フィカスはマグに目を向ける。

 マグは当然のように頷いた。


「ああ……できうる限り応えよう」


 着替えたユウが、またマグの隣に戻ってきて、無言でフィカスの方を窺う。


「しばらくの間、俺を同行させろ。少し調べたいことがあってな。単独行動よりも、パーティーを組んでいた方が怪しまれにくい」


「……それくらいなら、構わない。お前なら……ツナを危険にさらすような真似は……しないだろうからな」


 マグの言葉に、ユウは賛成も反対もせず、黙ってやり取りを聞いている。


「調べたいことって?」


 私の質問に、フィカスは深刻な顔をした。


「実は、ヴァンデミエルに放っていた草からの連絡が途絶えてな」


 草って、忍者のことだよね?

 なんでこの世界は時々忍者が出てくるの?


「ヴァンデミエルには不穏な噂があってな。といっても、ほんの一部で囁かれるような小さな噂にすぎないが。一応、草には一般人を装って潜ませていたはずなんだが…。次にナっちゃんたちが向かう先も、ヴァンデミエルだろう? そのため、急いでやってきたわけだ。何もなければそれに越したことはないが、念のためにな」


「なるほど……それでフィカスは……ヴァンデミエルの方角から来たのか」


 マグの言葉に、フィカスが頷く。


「ああ。一足先に、小型艇で直接こちらに来た。船はヴァンデミエル近くの浜に隠して泊めてある。魔力反応を辿ればナっちゃんと合流できるとは思っていたが、まさか3つも引っかかった時は驚いたな」


 私はうつむいて、アンタローを撫でる。

 アンタローはよほど疲れていたのか、すやすやと平べったく眠っている。


「しかし、パーティーを組むということは、呼び方を決めた方がよさそうだな。俺はお前たちを何と呼べばいい?」


 フィカスは私ではなく、主にユウとマグに聞いている。


「オレはマグでいい……。フィカスは、フィカスで大丈夫なのか?」


「無論だ。そもそも王族がこんなところをウロついていると思うヤツなど、ただの一人も居ないだろうからな」


 そして、フィカスはユウを見た。

 ユウは、観念したように、ぽつりとつぶやく。


「俺も、ユウでいい」


「そうか。ユウ、マグ。少しの間だが、世話になる。それから、ナっちゃんのことだが」


「う、うん、なあに?」


 私はなんとなく背筋を伸ばして、フィカスに向き直った。


「ナっちゃんはロクに魔法の使い方も習っていなかったようだな。そもそも先程のような状態になること自体が、まずおかしいんだ。ナっちゃんの魔力は、あの自称兄と姉と比べても、飛びぬけて高い。おそらく、自分に合った使い方を見つけられたなら、あのような窮地に立たされることもなくなるだろう。ナっちゃん、今後のためにも、俺と魔法の方向性を探っていかないか?」


「!」


 やる、と答えようとして、その前に、保護者二人の顔を窺う。

 二人とも、頷いてくれた。

 マグが口を開く。


「それはむしろ……こちらからお願いしたい分野だ……。オレたちには……魔法なんてものは……さっぱりだからな」


「…フィカス」


 私の言葉に、フィカスが改めてこちらを見てくる。

 二人の許可が出たので、私はもぞもぞと身をよじって、バサッと翼を広げた。


「な…っ!?」


「わたしね、人間じゃないの。だから、魔法の使い方も、同じかどうか、わからないの。前に会った精霊の人からは、創造魔法が使えるって言われたけど、そもそも創造魔法っていうもの自体、何なのかもよくわからなくて」


 フィカスは、しばらく何も言葉が浮かばないようだった。

 やがて、片手で頭を押さえて、「なるほどな」と呟いた。


「何故、魔法王国ジェルミナールが空に行くことを選んだのか、やっとわかった。おそらく、地上の反乱から逃げたわけではないのだろう」


「え…? どういうこと…?」


 私は首をかたむける。

 フィカスは、少し言いづらそうにしていたが、意を決したように口を開いた。


「おかしいと思ったんだ。どの文献を漁っても、傲慢という二文字しか体現できないヤツラが、尻尾を巻いて逃げ出すなんて。アイツラは、ずっと変わらず、支配を続けに行ったんだよ。……ナっちゃんの祖先たち、フェザールの国をな」


 私はまつげを伏せた。

 まだ自分が、ジェルミナールゆかりの者であるという衝撃が、消化しきれていない。

 よりによって、ユウとマグを苦しめてきた国の生まれだったなんて。

 嫌われても当然なのに、それでもこうして今、談笑ができていることが、奇跡のようだ。


 マグは、いつも通り冷静で、静かに頷いた。


「なるほど……フェザールの魔力が……目当てだったということか……血筋を強化できるからな」


「それもあるだろうが、フェザールは温厚で臆病だという話だからな。俺もニヴォゼの文献で見た程度だが、魔力の高さに反して、攻撃魔法があまり得意でないと記されてあった。それほど支配をしやすい種族もないだろう。しかしそうなると、ますます魔法の方向性が限られてくるな…どうしたものか。…ああ、ナっちゃん、翼は仕舞ってくれ、もう十二分に理解ができた」


「……ン、わかった」


 私は一度、伸びをするように、ぐーっと翼を広げてスッキリさせると、またもぞもぞと、体をよじったり、傾けたりしながら、翼を服の中に仕舞い込んでいく。

 どうにも練習できる機会が限られてしまうので、なかなか翼の扱いが上達しない。

 仕舞うにも時間がかかってしまう。

 フィカスがじっと見てきていることに気づいて、私は首をかたむける。


「どうしたの?」


「いや…。ナっちゃんは基本的に不器用だな。可愛いもんだと思っていた」


「それ、褒めてないよね…!」


「ははっ、冗談だ。昔語りでしか聞いたことのなかったフェザールに、まさか会えるとは思ってもみなかったからな。感動でつい眺めてしまったようだ。許せ」


「おいフィカス、パーティー組んでる間も、ツナを口説くのは禁止だからな!」


 いきなりユウが割り込んできたが、フィカスは涼しい顔で受け流す。


「おいおい、そう煙たがるなよ。こちらとしては、約束通りナっちゃんを攫って行く、…と宣言しないことを感謝してほしいくらいだ」


「えっ、約束って、何か約束してたの?」


 不思議な顔で三人を窺うと、マグが答える。


「ああ、メッシドールで……ツナが攫われた時にな。次に会う時に……ツナが泣いているようなことがあれば……問答無用で攫って行く……と宣言されていた」


「結果的には抜き打ち検査のようになってしまったが、あまりナっちゃんは幸せそうには見えなかったな。どうだ?」


 フィカスは私にではなく、ユウに聞いている。

 ユウは、ぐっと言葉を詰まらせた。


「ははっ、そんな顔をするな。俺は気に入ったヤツには甘いんだ、案ずるな。お前たちのことは舎弟のように思っている」


「舎弟って…」


 ユウもマグも、微妙な顔をしたが、フィカスはお構いなしで話を続ける。


「さて、話を戻そうか。フェンネル英雄譚を知っているか?」


「! 知ってる! 勇者フェンネルだろ!」


 ユウがパッと顔を輝かせ、先程までの険悪なムードはどこへやら、フィカスの話に食いついた。

 マグがユウを素直だと評していたのは、こういうところもあるのだろう。


「知っているなら話は早い。確かあれのパーティーメンバーに、フェザールが居たな、ということを思い出していた」


「ああ、そっかそっか、翼の乙女がどうとかって表現だったから、フェザールと結びついてなかったな。名前は確か…ディル、だったよな?」


「そうだ、それだ。俺よりもユウの方が詳しそうだな。確かディルは、特殊な魔法を使っていたと思うが…」


「吟詠術師、って書かれてたな。ウードをつまびいて、パーティーに祝福をかける感じの」


 ユウが、思い出し思い出し言っている。

 こんなにユウの記憶力が頼りになったのって、初めてじゃないだろうか?

 ユウの言葉に、フィカスは私の方を見る。


「…だそうだ、ナっちゃん。身体強化の魔法は向いているのかもしれんな」


「え…と…それって、物語の話じゃないの?」


 私の言葉に、ユウは首を振る。


「いや、多少の脚色はあるだろうが、何百年も前に魔王を倒しに行ったパーティーの英雄譚だって話だからな、事実みたいだぜ」


「そうなんだ…」


 うう、身体強化か…。

 人体に魔法をかけるって、失敗したら怖いとか思わないんだろうか?

 なんだか責任重大な感じで、ノミの心臓の私にはあんまり向かない気がする。

 私の不安を見抜いたのか、フィカスは少しだけ優しく声をかけてきた。


「ま、旅の隙間に俺がレクチャーしていくさ」


「フィカスも結構英雄譚とか好きなのか? それならそうと早く言えよ! マグはああいうの、話が単調だとか言って全然話に乗ってこないんだよなー」


「ははっ、少しわかる気がするな、勇者が魔王を倒しに旅立つ、というあらすじは一緒なわけだしな」


 ユウとフィカスはそこから話し込んで、すごく盛り上がっている。

 マグも、二人の様子を少し微笑ましげに眺めている。

 なんだか、日常が戻ってきた感じで、私は泣きそうになった。


「ツナ……どうした……どこか痛いのか……?」


 私の様子に気づくのは、いつもマグだ。

 私は首を振る。


「ううん、なんだか…夢みたいで、嬉しくて。もう、こんな風に、笑いあったりする日は来ないのかなって思ってたから」


 フィカスとユウが話をやめて、私の方を見てくる。

 ユウが口を開いた。


「ツナ…ごめんな、不安にさせちまったみたいで」


「わたしこそ…王族だってこと、今まで黙っててごめんね。もっと早く話せていたら、ユウの混乱も少なかったかもしれないのに」


 はうああああああ、王族だって黙っててゴメンねだって!!!

 あーー痛々しい!!!

 でもそんな自分に向き合うしかない、この業よ…!!!!


「だが実際は……捨てられたようなものなんだろう……? 話が断片的だったから……想像するしかないが……」


「う、うん…」


 マグに言われても、私も小説の内容を断片的にしか思い出せない。


「わたしも小さかったから、あんまり理解できてないんだけど…。わたし、小さい頃から、ずっと同じ部屋に居て。木も生えてたし、絵の具で塗られた空もあったけど、風は吹いてなかったなあ。ある日、騎士団長っていう人が、反乱を起こしたとかで、姉さまがわたしの部屋に来たの。で、もしわたしが見つかって、わたしの魔力を騎士団長に利用されるのは腹立たしいからって言われて。空に国があるっていうのがバレないように記憶を封じられて、地上に投げ捨てられた…感じかな?」


 他人事なので、他人事のように語ってしまう。

 あと思い出せるのは何だっけ…。


「兄さまと姉さまは、第二王妃っていう人の子供で、王位継承権っていうのを持ってるんだけど、第一王妃の子であるわたしが遅くに生まれて、すごく怒ってたみたい。でも母さまはわたしを産んだせいで死んじゃって、だから父さまはわたしのことが憎いんだって。それで、閉じ込められてた…のかな?」


 そこまで語って、これは当事者が理解できていることなんだろうか…という懸念が結構出てくる。

 が、まあ、言ってしまったものは仕方がないか。


「いや…凄まじいな。同じ王族としては、よくある話だと言うこともできるが、それにしても…だ。結果的には、捨てられてよかったようで、それだけは救いだな」


 フィカスの言葉に、私は笑顔で頷いた。


「うん! いまね、すごく幸せだよ!」


 ユウとマグは、あまりのことに絶句していて、何も言えないようだ。

 私はフィカスへ、気になっていたことを聞くことにした。


「フィカス、ニヴォゼの砂漠化がジェルミナールのせいっていうのは…?」


「ああ。そもそもニヴォゼがジェルミナールに反旗を翻したのはそこが原因だな。ニヴォゼの宮廷錬金術師が、急速な砂漠化で彼の国に嫌疑をかけた、という段階だったらしいが。そしてニヴォゼの王国史には、もう一つの懸念事項が書かれていた。雪の国、フリメールのことだ」


「フリメール…確か、昔は王政だったんだよね?」


「そう。つまり、東大陸には、ジェルミナールとフリメールと、王国が二つあったんだ。ジェルミナールからすれば、フリメールは目の上のタンコブだったんじゃないか…とな。そして、奇しくもその頃、フリメールは雪に閉ざされ、王政は廃止された。ジェルミナールは、魔族とつながりがあったのではないかと、そう記されていた。推論に過ぎないが」


 なんだか、聞くだにひどい国だ。


「…フィカスは、わたしのこと、憎くなった?」


「まさか。誤解を恐れずに言うが、『可哀想』だと思っているな。願わくば、俺の手で救ってやりたいが。保護者の目をかいくぐるのは難しそうだ。なあ?」


 いきなり話を振られたユウとマグが、はっと顔を上げる。


「あ、ああ」


「当然だ……渡す気はない……」


「ユウ、マグ…」


 私はジーンとした。


「そういうナっちゃんは、俺のことはどう思っているんだ?」


 フィカスがどさくさに紛れて変なことを聞いてくる。

 どうって、範囲が広すぎて、どう答えればいいんだろう…?

 しかしまさか善意の変態だと思っているとは言えないし…。

 私は、うーんと考えて、とりあえず素直に言うことにした。


「顔は好き!」


 フィカスは、複雑な顔をした。


「顔って…。どう受け取ればいいんだ…? ナっちゃんは時々反応に困ることを言ってくるな」


「ツナは昔から……そういうところがある……」


 マグの言葉に、ユウも同意した。


「そうそう、発想もやることも突飛なんだよな。聞いてくれよフィカス、この間なんて、六両編成の馬車とかがあるのかって言われたんだぜ?」


「わーーー!? もう、やめてよユウ!」


 私は怒ってユウのことを睨むと、ユウはからかうような顔をしたまま、「まあまあ」と宥めてきた。


「…なるほどな。旅の間に、俺もその発想に慣れるとしよう。楽しみだ。さて。俺の方はある程度休息は取れたな。先程マグが呟いたストーンヘンジとやらを見に行きたいが、お前たちはどうだ?」


 フィカスは体の具合を確かめると、立ち上がる。

 ピュイ、と指笛を吹くと、黒毛の馬が、フィカスの元へとやってきた。

 ユウもマグも、それに続いて立ち上がった。


「オレも気になっていた……行くべきだし……壊すべきだとも思っている」


「そうだなー。もうアイツラが来ねーように、なるべく根本から断っておきたいからな」


「アンタローはもうちょっと休ませてあげたいから、歩きでいい? わたし、歩くの、遅いけど…」


 私はアンタローを抱きしめたまま立ち上がると、ユウが頷いた。


「もちろんだ、台車は俺が引くよ」


「ああ、ユウ、マグ」


 歩き出そうとした二人を、フィカスが呼び止めた。

 二人とも、不思議そうに振り向く。


「最初に会った時、ジェルミナールの関係者かと疑って悪かったな。知らぬこととはいえ、いい気はしなかっただろう。今回のことも、成り行きで事情を聴いてしまったが、まあ、許せ」


 フィカスは悪びれない様子でそれだけ告げると、返事も聞かずに、馬と共に歩きだした。

 ユウもマグも、ぽかんとしてその後姿を見つめる。


「許せって…あれが謝ってる態度かよ…」


「……フィカスらしいな」


「…だな」


 二人とも、悪い気はしなかったらしい。

 笑って歩き出す姿を見て、私もにこにこしながら後に続いた。




<つづく>



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