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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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私の正体パートⅡ(下)



 (リリリリ、チリリリリ…)


 何の音だろう、とぼんやりと目を向けると、私のつけている、首輪のブレスレットが、細かな鈴音を鳴らしていた。

 なんでだろう、と思ってみたが、それは、私の体が震えているせいだった。

 体中から、血の気が失せてしまったのではないかというくらい、寒い。


「ジェルミナール………わたしが………?」


 気が付けば、茫然と呟いていた。

 ジューンは私の様子を見ると、「あら、」と瞬きをした。


「うふふふふ! いやだわラズちゃん、自分が何者かさえ知らなかったの? それってとても滑稽で、哀れなことね? でも、そうよね。ずうっとあの部屋に閉じ込められて、誰にも名乗る機会がなかったものね、うふふふふ…!」


「待て。どういうことだ? 古代王国ジェルミナールは、滅びたのではなかったのか?」


 フィカスが、戸惑いを声音に乗せて、ジューンへと問いかける。


「まあ、やっぱり、地上では滅びたことになっているのね? わたくしも過去の王国史でしか真相は知らないのですけれど、反乱軍がジェルミナールを取り囲んだ瞬間、王国ごと空を飛ぶなんて…それは夢にも思っていなかったでしょうし、わたくしたちを討ち果たせなかった事実を認めたくなくて、ジェルミナールが滅び去ったことにするのは、ごく自然の成り行きでしょうね」


「……なるほどな」


 フィカスは腰元から鎖鞭を引き抜くと、具合を確かめるように、パシンと一度地面に打ち付ける。

 ブルーは距離を測るように、つまさきをジリと動かしたが、そのまま、またダルそうに二人の会話を聞いている。


「ではその王国史とやらに、次の記述があるかどうかも聞かせてもらおうか。西大陸の砂漠化は、ジェルミナールのせいだな?」


「うふふ! そうらしいわね。大陸一つ分くらいの魔力を拝借でもしない限り、天空へ進出する動力なんて得られるはずがありませんもの。その口ぶりだと、貴方は西大陸の方かしら。そしてそちらのお二人は、流刑にされた罪人の子孫…といったところね? まあ、でしたら、わたくしたちジェルミナールがよほど憎いのでしょうね…? ラズちゃんを大人しくこちらへ渡してくださいな。もう、その子を守る理由なんて、どこにもないでしょう?」


 そう言いながらも、ジューンは油断なく、光の弓をまだ持ったままだ。

 フィカスには、動じた様子はなかった。


「アンタ達にこの子を渡したら、この子はどうなる?」


「ジェルミナールが天空王国であるための動力を守っていただくだけでしてよ? 安全は保障されますから、後味も悪くないでしょう?」


「だが、この数年間は、この子なしでもやっていけたんじゃないのか?」


「それは当然でしてよ? 王国の維持は、わたくしたち王族の義務ですもの。ですが、今は多少国が荒れてしまっていて、そのことばかりに魔力を費やしていられませんの。一度放り捨てたゴミでも、再利用するのが最良だとお父様がご判断をなされました以上、わたくしたちはそれに従うのみですわ」


「はっ」


 フィカスは、吐き捨てるように笑った。


「面白いジョークじゃないか。空に逃げても、結局民草の反乱がおきたということだろう? 強引な執政はお家芸のようだな。…さて、俺の腹積もりはとっくに決まっているが。多少の義理立てがあってな。後ろの二人の答えを先に聞いてやる必要がある。おいお前たち、随分と時間は稼いでやったぞ」


 フィカスは前を向いたまま、ユウとマグに語り掛けている。


「いい加減に答えを出せ。さもないと、ナっちゃんはこのまま自分の身を差し出しかねんぞ。可哀想に、あんなに震えて」


 どうしてフィカスはこちらを見ずに、私の震えがわかるのだろう?

 そう思ったが、まだ私の腕には、チリチリと細かな音を立てる鈴があった。

 どうしても止まらないので、私は首輪のブレスレットごと、鈴を押さえつけて、音を消す。

 そんなことに何の意味もないのだろうが、他にやることが、なんにもなかった。

 びっくりするほど、なんにもなかった。


「フィカス、もう少し時間を稼げ」


 マグが短く声を飛ばした。

 フィカスは頷く。


「相分かった。この貸しは高くつくぞ」


「いいだろう」


 10秒もかからないやり取りが終わり、フィカスはタッと前へ出る。

 そしてマグは、私の目の前で、ユウに殴り掛かった。


   ガッ!


 ユウは何の抵抗もせず、マグに殴られて、ただ尻餅をつく。


「ユウ!?」


 私は驚いて、ユウに駆けよる。


「マグ、何するの!」


 私はユウを守るように、マグの前に立ちはだかった。

 しかし、マグは私を見ていない。

 ユウの方だけを見ていた。


「ユウ……お前の素直さは美徳だと思うし……今までそれは大した障害にならなかった……だから放っておいた」


 私は背後に庇ったユウを振り返る。

 ユウの目は、どこも見ていなかった。


「だが……もう話は変わった。だから、言わなければならない……。ユウ、オレたちの、村の、あれは、洗脳だ。お前の抱いている感情は……洗脳によるものだ」


 私は、固唾を飲んで、マグの言葉を聞いた。

 フィカスたちの居る方からは、激しい戦闘の音がしている。

 なのに、今この場は、冷え込むほどに静かだった。


「お前はオレと違って……良くも悪くも素直だから……そう育った。だが、いい加減、気づけ。どうしてオレたちが……昔の大人たちの感情を……引きずって生きて行かねばならない……? その感情を守るために……目の前のことを見過ごすのか……? オレの目には先程……お前に嫌われたくないからと……必死でお前に王族であることを隠そうとする……ツナの泣きそうな姿が映っていたが……お前の目には……それすらも映っていなかったというのか……?」


 その時、ユウの指が、ピクリと動いた気がした。


「さっきの戦い……あれは一体なんだ? いつも憂さ晴らしのように剣を振る……何も考えていないお前はどこへ行った……? 事情を知るヤツの中には……仕方がないと……お前を庇うやつも居るだろうが……。オレだけは、あんなお前を許さない。絶対に、許さない」


「………」


 ユウは、まだ、何も言わずに俯いていた。


「先程……フィカスが言っていたな……ツナのことを、可哀想だと。お前は……ツナを、可哀想なままに……していられるのか? もしそうなら……もういい。ずっとそこに居ろ。オレと肩を並べてきたユウは……もうどこにも居ないと……思うことにする。オレ一人でもツナを守る」


「マグ…」


 私の声を聞くと、マグは私に手を差し伸べてきた。


「ツナ。こっちに来い」


「でも…」


「ツナ。そいつは置いていく。それとも、最後に……そいつに言いたいことでもあるのか?」


 最後と聞いて、私は焦ったようにユウの方を見る。

 どうして、こんなことになってしまったんだろう…。

 一緒の家で暮らしていこうなんてバカバカしい想像をして、私は何をしていたんだろう。

 ぐるぐると考えて、全然考えがまとまらない。

 タッチウッドのおまじないも、もうやる気にはなれない。

 さよならでもないし、元気でねでもないし、さっきのマグの言葉を、頭の中で反芻してしまう。

 時間だけが過ぎていくので、まとまってないけど、私はもう、思ったことを全部、言うことにした。


「ユウ…!」


 ユウは、ゆっくりと顔を上げて、私を見上げる。


「ユウ、わたしね、知ってるよ! ホントのユウは、あんな人に、負けるわけないって! 過去にも、負けるわけないって! だって、わたしの知ってるユウは…どんな理不尽にも、笑って立ち向かうくらい、強いんだから! でもね! でも、強くなくても…いいんだよ! ユウの強さが目当てで、一緒に居たわけじゃないから! だって、今まで……楽しかったよ! それだけが、わたしにとっての、本当だから!」


 言い終わると同時に、ぼろぼろと涙がこぼれた。

 これで、お別れなのかな。

 もうちょっと、気の利いたことを言えればいいのに。

 同情を誘うようなことになってはいけないので、私は慌てて後ろを向いて両腕を上げ、泣き顔を隠した。

 何とか、嗚咽が漏れそうになるのを、我慢する。


「……っ、……ッ!」


 ………。

 そうして、しばらくして、頭にポンと手が置かれた。

 たぶん、マグだ。

 もう、フィカスの援護に行かなくちゃ。

 そう思って、顔を上げる。


 …目の前に居たのは、ユウだった。


「……そうだな。俺も楽しかった。あの旅に比べたら、他のことなんて、ど~~~~~~だってよかったな!」


 ユウはそう言って、からっとした顔で笑った。

 私は目を見開いて、驚きで何も言えなくなっていた。


「安心しろよツナ、俺には同情って機能がない。他人の『悲しい』が、よくわからねーからな。だからこれは、ちゃんとした俺の意思だ。こんな風に生まれて、初めてよかったと思えるなんてな」


 ユウはちょっと困ったように笑うと、レザーグローブをぎゅっときつく付け直す。

 レザーグローブはもう随分と色褪せていて、ところどころボロボロになるくらい、使い込まれていた。


「おっしゃ、休憩した分、たっぷり暴れるぞ!」


「休憩しすぎだろ……」


 フィカスの方へと歩き出す二人の背に、私は急いで声をかける。


「待って! いいの? だって、わたしは…!」


   ザザーッ!


 言葉の途中で、大きく後退をしてきたフィカスが、地面を擦りながらブレーキをかける。

 ちょうど、ユウとマグに並ぶ位置で止まった。

 フィカスの衣服は、一部が凍っていたり、穴があいていたりとボロボロだ。


「…遅かったな。結論は出たのか?」


 ユウたちに短く声を投げるフィカスの言葉に、ジューンが反応する。


「あら、ラズちゃんをこちらに渡す気になってくれましたの?」


 そう言って微笑むジューンの隣で、フィカスと同じように衣服をボロボロにしたブルーが佇み、こちらの様子を見ている。

 片刃の大剣を肩に担ぎ、一歩前に出たのは、ユウだった。


「はああ? ラズちゃんって誰だよ。この子は、ナツナだ。俺がつけてやった名前だ。ラズなんてダセー名前で呼んでんじゃねえよ!」


「ま、そういうことだな」

「右に同じ……だ」


 ユウの言葉に、フィカスとマグが続いた。

 私は、胸がいっぱいになって、また何も言えなくなってしまった。


「チッ、ダリィな…」


 ブルーも一歩前に出た。


「ここからは、反撃開始といこうか」


 フィカスが宣戦布告した、その時だ。


「ぷいぃいいいいいいいっ!!!!」


 私の後ろからアンタローの声がしたと思ったら、「ももも、もももも」、としか聞こえない、しかし聞いたことのない擬音みたいな音が響いてきた。


「!?」


 いち早く表情を固めたのは、私たちの対面にいるジューンとブルーだった。

 何事かと、私たちも背後を振り向く。


「ツナさぁああああん、思い付きましたぁあああっ、ボクは身体コントロールの術を伝授されたのでぇえええええ、つまりぃいいい、大きくなれるということではぁああああ??」


「「「「!!!!!!?」」」」


 全員、あんぐりと口を開けて、ずももも、ももももと巨大な山のようになっていくアンタローを見上げた。


「これならぁあああああ、ボクもぉおおおおおお、戦列にぃいいいいいい、加われますねぇえええええ???」


 アンタロー!?

 隠れながら、必死に自分に何ができるか、考えててくれたんだね!!?

 でも、なんだろう!?

 今じゃない…かな!!?

 そして、それじゃない…かな!!!


「バカアンタローやめろ!!! 全員踏みつぶされるわ!!! 一歩も動くなよ!!!?」


 ユウはもう、ブルーとジューンに無防備な背中を見せながら、必死にアンタローへ手を振って制する。


「ぷいぃいいぃいいい??」


「し、信じられませんわ、なんですの、あの毛玉は…!!」


 ジューンの方を見ると、怯え切った表情で、ブルーの後ろに隠れている。

 ブルーも、驚愕を隠し切れない様子だ。


「チッ…あれを相手にするのは…ダリィどころの騒ぎじゃねぇな。退くぞジューン」


 どうやらブルーは、お鍋の蓋に驚いた時といい、不測の事態に弱いらしい。

 ブルーは懐からゴーグルのようなものを取り出し、私の方に向けて、何かのボタンをいじっている。

 しかしジューンはまだ私の方を見ている。


「でも、お父様になんて言われるか…!」


「何とでも言える。俺たちの出る程のことでもなかっただけだ。あとはルグレイにやらせればいい」


 ブルーの言葉に、ジューンは一も二もなく頷いた。


「あら、そうね……些事だものね、それがいいわ! それじゃあね、ラズちゃん、貴女が連れてこられる日を、心待ちにしているわね…!」


 ジューンは早口でまくし立てると、光の弓を消し、何か呪文のようなものを呟くと、ブルーの腕をつかんで、ふわりと浮き上がる。

「あ、おい、待てよ!? あんだけ好き放題しといて逃げるのかよ!?」


 ユウの言葉に取りあおうともせず、二人は、文字通り飛ぶようにその場を逃げ去って行った。


「……あの方角……ストーンヘンジだな……転送ポイントと言っていたが……そういうことか」


 マグが冷静に分析をしている。

 フィカスは、まだ茫然とアンタローを見上げていた。


「アンタロー、もう、怖い人は帰っていったよ! もう、元のサイズに戻ってもいいよ!」


 私は必死にアンタローに話しかける。

 こんなところを人に見られたら、大騒ぎになってしまう…!


「ぷいぃいいぃいいい、わかりましたぁあああああああ、少々ぅううううう、お待ちくださいねぇえええええええ」


   しるるるるるるるる…


 また聞いたことのない音を立てながら、アンタローが縮んでいく。

 私たちは、アンタローの方へと駆け寄った。


 やがて、「ぽんっ」と音を立てて、アンタローは元の猫くらいの大きさのサイズに戻っていった。


「あ…戻りすぎてしまいました、ぷいぷいっ」


「アンタロー、大丈夫!? 体に変調はない!?」


「ちょっとお疲れモードに入りましたっ、ツナさんツナさん、悪漢を追い払ったボクを、撫でてくれてもいいんですよ!」


 アンタローは、ぴょーんと私の腕の中に飛び込んでくる。


「よしよし、アンタロー、えらいよ…ありがとね! でももう二度とやらなくていいからね?」


 さりげなく釘を刺しながら、私はアンタローをよしよしと撫でる。


「驚いたな…そいつは宿で見た毛玉だよな? 世の中はまだまだ広いということか…」


 フィカスが、やっと驚きが過ぎ去ったように感想を述べた。


「ああ、くそ…! こっから俺が巻き返すシーンだったのに…!! 俺はただ、ダセーだけで終わった…!!!」


 ユウはがっくりと項垂れている。


「お前って……そういうとこあるよな……気にするな……いつも通りだ」


 マグがユウを元気づけた。


「やれやれ、全員疲労が濃いな。ちょうどいい、一休みをするか」


 フィカスが髪をかき上げながら、場を取り仕切る。

 すると、ユウが顔を上げてフィカスを睨みつけた。


「なんでオメーが仕切ってんだよ! 大体なんでこんなところに居るんだ? ニヴォゼはどうしたんだよ!」


「おいおい、礼も言わずにそれか? あんまり噛みついてくると、回復魔法をかけてやらんぞ」


「いらねーよ! こんなかすり傷、ほっときゃ治る…!」


 …あれ? ユウは、王族嫌いから脱却したんじゃなかったの?


「ははっ、それだけボロボロで悪態とは、頼もしいな。まあいい。俺は休むぞ、流石に疲れた」


 そう言ってフィカスは、どっかりと草原に片膝を立てて座り込んだ。

 前から思っていたんだけど、フィカスはあんまり王族っぽくないというか、仕草が粗野だ。


 私もアンタローを抱きしめたまま、フィカスの隣に座り込む。

 マグも私の隣に座るのを見ると、ユウもしぶしぶ腰を下ろした。


 色々あったが、やっと休息の時間が訪れたのだった。




<つづく>



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