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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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私の正体パートⅡ(上)



 川を超えると、明らかに大地に緑が増えてきた。

 もうみんな防寒着は脱いで、荷車の荷台に置いている。

 次の街で、この防寒具たちは売ってしまうらしい。

 少し名残惜しくは感じるものの、重たいコートを着なくなったので、私は腕につけた首輪のブレスレットが、袖に邪魔されずにチリチリと澄んだ音を立てるのを楽しんでいる。


「この分なら……明日にはヴァンデミエルに……たどり着きそうだ」


「おー、思ったより早かったな。まあ、歩けば歩くほど気候が快適になってくわけだし、そりゃ足も早まるよなー」


 マグの言葉へ、ユウがすっかりリラックスした状態で言う。

 たぶん、私の歩調に合わせなくてすんでいることも、足が早まった理由の一つだろう。


「ヴァンデミエルって、どんな街なの?」


 私がわくわくしながら聞くと、マグが答える。


「水上都市だな……昔は水上集落といった……感じだったらしいが……随分と発展してきたらしい……魚料理が美味いそうだ」


 魚好きのマグも心なしか、わくわくして見える。


「えー、魚って骨が多いから食うのめんどくせーのにな…」


 ユウはあまり乗り気ではないようだ。


「ちぇっ、いいよなー、アンタローは骨ごと食っても問題ねえし、悩みなんてないだろ」


 ユウのとばっちりを受けたアンタローは、ぷいぷいと不服を申し立てた。


「失礼ですねユウさんは! ボクにだって悩みくらいありますよ!」


「えっ、アンタロー悩みがあったの? どうしたの?」


 私が心配になって聞くと、荷車を引いているアンタローは、前を見たまま喋り出す。


「先日、みなさんに作っていただいたボクの雪像を見てから、少し悩んでいます。形は同じなのに、ボクとあの子たちの違いは何なんだろうって。あの子たちは空っぽで、ボクは空っぽじゃないです。ボクはまるで、自分がドーナツの穴のようだと思いました。ドーナツの穴は、周りをドーナツが囲っているからこそ、存在する概念です。ボクは、空っぽのボクに囲まれて、初めてボクを認識できた気がしています」


「アンタロー…?」


 なんだか、精霊の悩みというのが全然ベクトルが違っていて、アンタローが少し遠くに居るように感じてしまい、不安になった。


「あと少しでボクの生まれた意味が分かるような気がしましたが、なんだか怖くなって、やめました」


 アンタローはそう言うと、ぷいぃ、と一度鳴き声をあげた。


「…? よくわかんねーけど、俺もガキの頃、いきなり自分が何で生まれたのかーとか、気になったことがあったな。そんな感じか?」


「自我の目覚め……というやつか……。忘れがちだが……アンタローはまだ三歳くらいか……そういうことがあっても……不思議じゃないな」


 ユウとマグの話を聞いて、私はなるほどと思った。


「さて……そろそろ昼休憩にするか……」


 マグが立ち止まるそこは、もう緑の草原と言っても過言ではない。

 辺りには、寒さの欠片も残っていなかった。

 私も荷台から降りて、みんなと一緒に草原の岩場に腰かけて、昼食を済ませる。

 ユウが不思議そうに周囲を見渡した。


「この辺り、草原のわりに、妙に岩が多いよなー」


「あの方角には……ストーンヘンジがあるらしいからな……何らかの理由で……そういう場所なんだろう」


 マグの言葉に、私は食いつくように反応した。


「ストーンヘンジ!」


「ツナ、あとで行ってみるか……なんでも天女が降りてくるという……逸話があるらしいが……ツナはそういうの……好きそうだ」


「わあ、天女…!」


 先ほどマグが示した方角に目を向ける。

 その瞬間、私は驚いた。

 いきなり目の前に、ふわりと人影が二つ、舞い降りてきたからだ。


「え、て、天女…!?」


 びっくりして、私は岩場からずり落ちそうになったところを、マグが手を取って支えてくれた。

 そのついでというように、マグは素早く立ち上がりながら、私を引っ張って、自分の後ろに隠す。


「何者だ……?」


「アンタロー、下がってろ!」


「ぷいっ」


 ユウが鋭く声を飛ばしながら、いつでも剣を抜けるように構え、私とマグの前に立ちはだかった。

 アンタローは、ささっと岩場の後ろに隠れ、ぷいぷいと震えながら、ちょこっと顔を覗かせてこっちを見ている。


 私はユウとマグの後ろから、いきなり現れた人たちを見る。

 片方は女の人で、まさに天女と見まごうような綺麗な衣を纏って、額にはサークレットをつけている。

 陽光を反射する、キラキラした桃色の瞳に、同じ色の、滝のように豊かな長い髪は、ふんわりとウェーブがかかっている。

 背も高く、すらっとした美女という感じだ。


 もう片方は男の人で、絵本の王子様のような、やはり同じような煌びやかな服装だ。

 キラキラした水色の瞳に、同じ色の短い髪。

 女の人の方とは違い、ぶっきらぼうな印象だが、女の人と同じサークレットをつけている。

 背も高く、どちらかというと、ガタイはいい。

 二人とも、少しきつめの釣り目で、そういうところは雰囲気が似ている。


 …このキラキラ具合は、ひょっとして、二人とも魔力持ち!?


 女の人は、私の方をじっと見て、頬に手を当てて歓喜の声を上げた。


「やっぱりラズちゃん! 遠くから見てもすぐにわかりましてよ? よかったわ、転送ポイントの近くで見つかるなんて、これも運命ね。ずっと心配していましたのよ?」


「……え?」


 私は戸惑いながら、頭にハテナを浮かべる。

 ユウは一瞬私の方を振り返ったが、すぐに二人へと目を向けた。


「どういうことだ? ツナを知っているのか?」


 ユウの警戒心にも、女の人は嫌な顔はせず、口元に手を当てて、上品に微笑んだ。


「あら、うふふ。知っているも何も、大事な妹ですのよ。無事でよかったわ、いい人に拾ってもらえたのね? でも、もう安心なさいな、迎えに来てあげてよ? 地上は空気も悪いし、こんなところに居ても、いいことなんて何もありませんもの。さ、行きましょう?」


 女の人は柔らかく笑みを浮かべ、私に片手を差し伸べてきた。


 …えええええええ!!?

 姉ってこと!?

 じゃあ、男の人の方は何…?


「待て……どうして言葉が通じる……それと、翼を見せろ……本当に家族かを信じるかは……そこからだ」


 マグが油断なく二人を見据えている。

 女の人は、「あら」と瞬きをした。


「申し遅れました、わたくしはジューン。そして、こちらの不愛想なのは、ブルーと言いますの。似ていませんが、双子ですのよ。そちらのラズちゃんとは、異母兄弟ですから…残念ながら、わたくしとブルーはフェザールの血を引いてはおりませんの。ですから、言語体系も、人間側ですのよ?」


 えっ、じゃあ、あの男の人は、兄なのか!

 シンデレラの意地悪な姉の方は覚えてたけど、兄の方は忘れてたよ!


「そもそも誤解があるようですけれど、フェザールは触れ合うことで互いの意思を分かりあう種族ですから、ほとんど言葉というものを持っていませんのよ。その原始的なやり方に、言葉という交流方法を教えて差し上げたのは、わたくしたちの先祖の功績でしてよ、うふふ。貴方方も、ラズちゃんに言葉を教えてくれたのではなくて? 姉として感謝をいたしますわ」


 そう言って、女の人……ジューンは、優雅な礼を向けてきた。

 マグは、少し戸惑っているようだ。


 …と、というか、まずい、このままだと…!


「ユウ、マグ、わたし、この人たちと、話があるから! 向こうに行ってて!」


 私はものすごく焦って、マグの腕にしがみついて懇願する。


「ツナ……? ダメだ……まだ疑いが晴れたわけじゃないし……お前を渡す気はない……」


 マグの言葉に、男の人……ブルーの眉が、ピクリと上がった。

 だけど、何かを言ってくる気配もなく、腕を組んだまま、だるそうに私たちを見ているだけだ。


「じゃあ、せめてユウだけでも、あっちに行ってて!」


 私はユウの方を見て懇願を続ける。

 ユウは、驚いて私の方を見た。


「なんだよツナ、こんな時までまた俺のこと仲間ハズレにしようとすんのかよ!」


「そういうわけじゃないの! お願いだから!」


 私の様子を見て、ジューンがにっこりと微笑んだ。


「嬉しいわ、ラズちゃん…話を聞いてくれるのね?」


「待て……! お前たちが、もし本当にツナの家族なら……もう一つ……嫌疑を晴らしてもらう必要がある」


 混乱の中、マグがジューンとブルーを睨むようにして、私を無理やり後ろに下げた。


「あら、なんですの?」


「この子には……魔力を無理に高めるための……虐待の跡があるそうだが……申し開きを聞こうか」


 ジューンは、ぱちくりと瞬きをした。

 一瞬の制止の後、ジューンは狂ったように笑い始める。


「うふふ、うふふふふ…っ! なーんだ、バレているのね。穏便に済ませようと思っていたのに、面倒な子。ひょっとして、封じていた記憶が戻ったりしたのかしら?」


「なんだと…!?」


 ユウが、迷いを振り払うように、腰元から剣を抜いた。

 ブルーはだるそうに、ジューンを庇うように一歩前に出る。


「まあいいわ。ラズちゃん、その方たちが怪我をしてしまう前に、こちらへおいでなさいな。安心なさい、騎士団長の反乱は収まりましてよ。また貴女の魔力が王国の維持に必要になりましたの。わたくしたちを支える生活に、戻ってくださらない…?」


「王国……?」


 ユウが眉を顰める。

 私はユウを見て、ますます焦った。


「やめて! 言わないで!」


 私の様子を見て、ジューンは面白いオモチャを見つけたように、にっこりと笑った。


「あら、その方たちには出自を語ってはいませんのね? 賢い選択だわ。王族だとバレたら、どのように利用されるかわかりませんものね?」


 ぎゃーーーーーーーー!!!

 言いやがったこの女!!!

 だ、だって…!!!!

 いいじゃない、フィクションの中でくらい、お姫様になってみたって!!!!!

 憧れたっていいじゃない!!!!

 うぐおおおおお、そうは思いながらも、も、猛烈に恥ずかしい…!!!!!

 でも、でも! でもそれどころじゃない!!


「……は? ツナが…王族……?」


 茫然と、王族嫌いのユウが呟く。

 どうしよう! ユウに、バレてしまった…!

 ユウにだけは、知られちゃいけなかったのに…!

 私は泣きそうな顔で、こちらを見ようとしない、ユウとマグの後姿を見上げる。


「お下がりなさい。わたくしたちは、貴方がたのような下々の者が口を利ける存在ではありませんのよ」


「下がるのは……お前たちの方だろう……ツナが何者だろうが……オレはツナを手放す気はない」


「マグ…!?」


 私は驚いてマグを見る。


「この子は……王族の生活を望んでいない……小さな家で暮らすことを……夢のように語った……それがすべてだ。お前たちはどうせ……この子を利用するだけだろう……渡すわけがない」


「ジューン。面倒だ。もうやるぞ」


 初めてブルーが口を開いた。

 彼は組んでいた腕を解き、横薙ぎに一振りする。

 すると、次の瞬間には、剣を形作る、具現化した炎が握られていた。

 魔法剣とでもいうのだろうか。


「そうね…。できれば無傷で連れて行きたいのに…本当に面倒な子。ラズちゃん、かつては姉さま姉さまと、わたくしの顔を見るたびに喜んでいた貴女にまた会いたくてよ…? この者達を痛めつければ、そうなってくれるのかしら? うふふ。安心なさい、あの部屋はまだ、貴女専用に空けてあってよ…?」


 張り付けたようなジューンの笑顔は、ぞっとするほど胡散臭かった。


「ユウ。戦うつもりがないのなら……アンタローのところに下がっていろ……邪魔だ」


 マグが冷たく言い放ち、ユウはハっと我を取り戻す。


「いや…俺も、戦う…」


 ユウが、大剣を正眼に構えた瞬間だった。

 何の前触れもなく、ブルーが一足飛びに、前衛のユウの前に踏み込んで、炎の剣を振り下ろした。


「ッ!?」


 ユウが咄嗟に、受け止めようと剣を合わせる。

 が、ガチンとも、何とも音がしない。

 炎の剣は、形を不安定に揺らしながら、ユウの剣の刀身をすり抜けて、そのままゾブンと、ユウの胴を撫でるように通り過ぎた。


「ぐ、…ッ!?」


 物が燃える匂いと共に、ブルーの剣が通りすぎた場所にだけ、ユウの衣服が炭になって、ボロリと落ちた。

 じゅうと、肉の焼ける嫌な臭いもする。

 ユウは腹部を押さえながら、ヨロりと数歩下がる。


「ユウ!?」


   ガァン、ガアンッ!!


 私の叫び声と、マグの銃声は、ほぼ同時だった。


   ―――パァンッッ!!


 しかし銃弾は、ブルーに届く前に、一条の光によって弾け散った。

 光の元を辿ると、光が具現化したような、まぶしい弓を構えた、ジューンが居る。

 銃弾を相殺できるほどの威力のある矢を放った、魔法弓ということだろうか。

 ジューンはため息をつく。


「やぁね、そちらにラズちゃんが居なければ、乱射をして簡単に片を付けられますのに…」


 ジューンがそう呟いている頃には、ブルーはもうユウの傍を通りすぎて、マグの胴へ向け、炎の剣を横薙ぎに振るっていた。


「あ、あああっ、サタラナ舌にカ牙サ歯音、ハマの二つは唇の軽重開合爽やかにっっ!!」


 私は咄嗟に両手を前に突き出して、外郎売の呪文を唱えた。

 すると、パ、とブルーの目の前、というか顔の前に、お鍋の蓋の盾が出現した


 あれ!? 全然違うところに出たし、もっと大きい、カイトシールド的な盾を出すイメージだったのに!

 ダメだ、やっぱり、精神が乱れてて、うまく魔法が使えてないんだ…!

 でも、でも、こんな状況で落ち着くなんて無理だよ!

 ユウはまだこっちを見ない、きっと、嫌われたんだ…!!


「―――!?」


 だが、いきなり目の前で起こった事態に、ブルーは咄嗟に反応した。

 マグに向けて振るう手を止め、毛を逆立てる猫のような警戒心で、大きく後ろに飛んで下がった。

 お鍋の蓋は、ポトンと地面に転がって消えていく。


   ヒュッ!


 マグが、ブルーの着地点を狙ってスローイングダガーを放った。

 相手がマグの右手の銃に集中していればいるほど、左手からのスローイングダガーに反応できないという策なのだろう。

 が、それも油断なく放たれたジューンの矢に弾かれ、相殺された。

 ブルーが、忌々しそうに私を見てくる。


「チッ…なんだ? お前、魔法なんて使えたのか…? ダリィな…大人しく魔力だけを提供すれば可愛げがあったものを」


「なに好き勝手言ってんだよ!! ツナを道具か何かだと思ってやがんのか!?」


 ユウは柔軟に戦法を変える。

 ブルーに向けて走り出し、かなり手前で、いきなり大剣を地面に突き立てた。


   ブオンッ!


 ユウはまるで棒高跳びの要領で、剣を支点に、ブルーに向けて回し蹴りを放つ。


「な…っ!?」


 ブルーにとっては予想外の動きだったのだろう。

 炎の剣ではなく、咄嗟に反対の腕でユウの蹴りを受け止めるも、威力を殺しきれず、よろりとバランスを崩してしまった。


「道具だなんて、人聞きが悪いわね…大事な妹の才能を、有効利用してあげているだけでしてよ?」


 着地と同時に畳みかけようとしたユウへ、ジューンが言葉と一緒に牽制の矢を放った。

 しかし、お返しとばかりに、マグが、銃を撃って光の矢を相殺する。

 マグとジューンは互いを見張りあう、膠着状態といった状態のようだ。


 ユウは着地すると同時、地面に刺していた剣を抜いて、ブルーへと迫った。


「何が大事な妹だ、うわべばっか取り繕いやがって! これだから、王族は……あ、いや、違う…くそ!」


 ユウは、明らかに精彩を欠いた動きで、一度頭を振った。

 いつものユウらしくない、ずっと行動に迷いが見える。

 その間に、ブルーの手にあった炎の剣は失せていた。


「ダリィ…まるで猿だな。こんなところで曲芸を見せられても、褒美はやらねぇぞ」


   ヒュバッ!!


 ブルーは、また腕を一振りしただけだった。

 それだけで、何枚もの風の刃が、豪風と共に、迫りくるユウへ向けて飛んでいく。

 よく見れば、ブルーの手の中には、風の剣とでもいうのだろうか、半透明な風がうねっていた。


「―――貴様の脚絆も革脚絆、我等が脚絆も革脚絆っ!」


   バチィンッ!!


 私は咄嗟に外郎売を唱え、ユウへの致命的な個所、つまり、首に向かった風の刃から守るように、小さな中華鍋のシールドを出した。

 本当はユウの全身を守りたかったが、どうしても、今の私には、それが精一杯だった。

 役目を終えた中華鍋が消えていくが、残りの刃がユウへと向かう。


「う、わっ!?」


 ユウの体が、ブルーの起こした豪風にぶわっと巻かれて、はるか上空へと飛んでいった。

 風の刃がユウの四肢を薄く切り刻み、血の飛沫を上げていく。

 あんな高い所からバランスを崩して落ちたら、どうなってしまうのだろう!?


「ユウ!? やだやだ、ユウーー!!」


「……ッ!」


 マグが、追い打ちを防ぐために、スローイングダガーを、ブルーとジューンの二人へとそれぞれ投げつけた。

 防がれる前提なのだろう、マグはそれに見向きもせず、ユウを助けに走り出そうとするが、到底間に合う距離ではない。

 私は咄嗟にアンタローにユウを頼もうとしたが、しかしアンタローがつぶれてしまう可能性もある。

 背中の翼を出そうとしても、まだ不慣れな翼の扱いが災いして、また服に引っかかって、外に出てくれない。

 万事休す、と思ったその時だった。


「!?」


 マグが動きを止めた。

 私にも、予想外の音が耳に入ってきた。

 馬の、蹄の音。


「ヒヒーンッ!」


 馬は一度大きくいななくと、繰り手の操作に従い、華麗な跳躍を決めて、ユウが地面に叩きつけられる前に、ドサリとその体を受け止める。

 毛ヅヤのいい黒馬は、着地をしながら私たちの方へとやってきた。

 そして、黒馬の主が、口を開く。


「おいおい、普通はこういう時、ナっちゃんが俺の腕に飛んでくるのがセオリーってものじゃないか? 何が悲しくて野郎を助けなきゃならないんだ…しっかりしろよ、お前ら」


 砂色のハリネズミヘアー。

 黒いコートスタイルに、ゴーグルをかけた男の人。


「…フィカス!?」


 フィカスは無造作に、受け止めたユウを地面へと放り投げる。


「いって…! くそ、助けろなんて、頼んでねーだろ…!」


「憎まれ口を叩けるだけの余裕があるなら、大丈夫そうだな。ほら立てよ。どういう状況かはわからんが、ナっちゃんは守るぞ。加勢しよう」


 フィカスは黒馬から降りると、そのまま馬の尻を叩いて、戦場から遠ざける。

 マグは、案の定、スローイングダガーを防がれ、いまだに傷一つないブルーとジューンの方へと目を向け、フィカスへと呟いた。


「……感謝する」


「ダリィな…援軍か…?」


 ブルーは相変わらず、かったるそうに腕を一振りする。

 すると、パキパキと音を立て、氷がブルーの手の中に集まり、剣の形を成していく。

 フィカスは特に驚きもせず、私たちを守るように、一歩前へ出た。


「なるほどな、魔法剣か。道理で大きな魔力反応があったわけだ」


 ゴーグルをいじるフィカスの横で、ユウがヨロりと立ち上がる。

 ユウの衣服は、焼けただれたり、切り裂かれたりで、ぼろぼろだ。


「困ったわね…早くラズちゃんを連れ帰らないと、お父様に怒られてしまうわ。ねえ貴方、きょうだい水入らずの再会に水を差すなんて、無粋とは思わないのかしら?」


「思わんな。今ので大体事情はわかった。多少痛い目を見てお帰り願おうか」


 と、ジューンとフィカスのやりとりに口を挟むように、唐突にブルーが何かに目を止め、ジューンを呼び止めた。


「おい、ジューン。あれを見ろ」


 ブルーが顎でしゃくった先は、ユウだった。


「…? なんだよ」


 ユウは腕の傷口を押さえたまま、怪訝な顔でブルーの方を見返した。

 ジューンはユウの破れた衣服に目を向けると、「まあ」と目を丸くして、口を押さえる。


「あなた、罪人でしたのね? うふふふ! ラズちゃんったら、罪人に匿われていたのね? 面白いわ。なんならラズちゃんも、お揃いの烙印でもつけてみる? 嬉しいでしょう、大事な人と一緒なんて」


「え……?」


 ユウの方を見ると、衣服が破れ、…胸にある、呪いの紋様が見えてしまっている。


「……どういう……ことだ……? なぜ、お前たちが……罪人の呪いのことを……知っている……?」


 マグが、乾いた声で、ジューンに問うた。

 私も、目の前が真っ暗になるような心地で、その問いを聞いていた。

 怖い。

 この先は、聞きたくない気がする。

 心臓が高鳴って、ユウが今、どんな表情をしているか、とてもじゃないが見られない。


「うふふふふ! 隠しておこうと思っていたけれど、こうなると、伝えておいた方が、話がスムーズに進みそうね? よくお聞きなさい。わたくしの名は、ジューンベリー・ジェルミナール」


「そして俺は、ブルーベリー・ジェルミナール」


「そして、貴方たちが大切に守っているその子は、ラズベリー・ジェルミナール。天空王国ジェルミナールの、王族でしてよ」




<つづく>



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