ユウの中の暗がり
「いや、大丈夫だ、心配サンキューな。 医者に見せるほどじゃねーからさ」
話し声がしたので、目を開ける。
私は宿屋の四人部屋のベッドに居て、声の方に目を向けると、ユウが扉を開けたまま、誰かと話をしているようだ。
窓の方を見ると、もう朝だった。
私だけかもしれないが、熱があるときは、長時間眠りにつけない。
夜も散発的に目を覚ましたので、まだ体が重だるい。
たくさん汗をかいているようで、すごく喉が渇いていた。
サイドテーブルにある水差しを取ろうと、むくりと起き上がる。
「ツナ、起きたのか……?」
ちょうどマグが、濡らしたタオルを変えてきたところだったらしい。
水の張った洗面器をサイドテーブルに置きながら、水差しから水をコップに注いでくれた。
私はそれを一気に飲み干す。
こういう時はゆっくり飲めというのが常識だそうだが、私は喉が渇いている時に、水をゆっくり飲むのがそこそこ苦手だ。
「ツナ……あまり一度にたくさん飲むな……」
案の定、マグが注意してくる。
そのままマグは、私の額に手を当てた。
「昨日に比べれば……大分下がったな……ぶり返しが来るかもしれないから……今日は安静にな」
「………ン。マグ、寝た? 夜もずっと、傍に居てくれてたよね…?」
「オレのことはいい……」
「お、ツナ起きたのか?」
話が終わったのか、ユウがやってきた。
ユウの頭の上には、アンタローがぷいぷい言いながら跳ねている。
「ってことは、俺と交代だな。ほらマグ、もう安心だろ、寝ろ。ツナの看病ならともかく、俺はお前の看病までやる気はねーぜ」
「マグ、お願い、寝て? わたし、だいぶ楽になってきたよ」
「……。……わかった」
マグはのっそりと自分のベッドに移動をすると、そのまま倒れ込むように、布団もかけずに寝ころんだ。
まさに気絶するように寝る、という言葉がふさわしい。
「あーあ、ったく、しょうがねーな…」
ユウがめんどくさそうに、マグに布団をかけにいった。
ものすごく雑にかけたあと、着替えを持って私の方に戻ってくる。
「ツナ、これ。マグが用意してくれた着替え。自分でできそうか?」
「あ、うん、ありがと…」
「ぷいぃいい! ツナさんツナさん、ボクをぎゅっとしてもいいんですよ!」
着替えを受け取ろうとして差し伸べた手の中に、アンタローが飛び込んできた。
「アンタロー、元気になったんだね、よかった…!」
「お前な!? 邪魔すんなよ、ツナはまだしんどいんだからな!?」
「ぷぃいいっ」
ユウがアンタローをつまみ上げ、自分の頭の上に戻す。
「そんじゃ、着替えが終わったら言ってくれよな」
「うんっ」
そう言って、ユウは私の手に着替えを乗せると、反対側を向いた。
私は汗でびっしょりになった下着を脱ぎながら、もぞもぞと着替えをしていく。
その時、ふとハイドの言葉を思い出した。
『アイツ、上手に隠しているが、かなり闇が深いぜ』
ちらりとユウの背中を振り返る。
ユウはアンタローと、しりとり遊びをしていた。
…やっぱり、何かの間違いだよね?
でも、もし間違いじゃなかったとしたら?
ユウが苦しんでいるのだとしたら?
もしそうなら、私はユウの力になりたい。
「ユウ、これ、ありがと」
私は着替え終わって、湿っているほうの衣類をユウへと差し出した。
「ぷいぃいい! ツナさんツナさん、ボクをぎゅっとしてもいいんですよ!」
その衣類の上にアンタローが乗っかってくる。
アンタロー…!
最近ずっと荷車を引いたりしてお疲れモードばっかりだったから、元気になってよかったよ? よかったけど…!
よかったけど、今じゃないかな!!?
「だああっ、もう、邪魔すんなって!?」
ユウはまずアンタローを自分の頭の上に戻してから、衣類を受け取る。
それからユウは衣類籠へとそれを放り込んで、看病用の椅子に腰かけた。
「ツナ、食べたいものとかはあるか?」
「ううん、あんまり食欲無くて…。ユウ、さっきは誰と話してたの?」
「ああ、聞こえてたのか。実はティムが来てたんだよ、ツナのことが心配だったらしくてさ。無事に戻ってきたっつったらすげーほっとしてた」
「あ、そっか、そうだよね、全然そのことを知らせるの、考えてなかったよ…!」
「俺もすっかり失念してたなー。まあ仕方ない。んで、町長が俺らのこと呼んでるんだってさ。後で行くっつっといた。別に俺一人でもいいらしいから、ツナは気にするなよな」
「ぷいぷいっ、ボクはもう帽子役がすっかり板についてきましたので、ボクも一緒に行きますよ! ボクが居れば、粗忽物のユウさんのフォローができますからねっ、安心してくださいツナさん!」
「なんだと!? 俺がお前のフォローしてやってる側だろ!?」
「あははっ、二人ともいいコンビだよね」
私は思わず笑ってしまった。
「まあなー。ほらアンタロー、なんだかんだでお前もこのところ疲れてんだから、ちょっと休憩とれよ。その代わり、午後は連れまわすからな」
「ぷいぃっ、でしたらツナさんのお膝で眠りたいです!」
結局アンタローは、ぴょーんと私の膝元へと降りてきた。
「だああ、もう…! 悪いツナ、しんどくないか?」
「うん、大丈夫だよ。アンタロー、最近大活躍だもんね、助けに来てくれてありがとうね」
アンタローを撫で撫ですると、アンタローは気持ちよさそうに身震いして、へちゃっと平たくなった。
アンタローは、「まったくツナさんは、ボクが居ないとダメなんですから…」とむにゃむにゃ言うと、すぐに寝息を立て始める。
ユウはそれを見るとふっと笑い、サイドテーブルに置いてあった金色の飴の包み紙を手に取り、開け始める。
「ほらツナ、あーん」
「……あーん」
口元に運ばれてきたのを、ぱくっと食べた。
「…ん、ハチミツの飴だ…!」
「ああ、マグが、ツナはどうせ食欲がないとか言い出すだろうから、せめてこれは食わせろってうるさくてな」
「ええ? 読まれてる…」
私は複雑な顔で、口の中の味わいを転がす。
しばらくそうしていたが、意を決して、私は口を開いた。
「ユウって、戦うのが、好きなの?」
「ええ? なんだよ急に。そりゃ好きだぜ、スカッとするからな!」
ユウはあっけらかんと笑っている。
うーーん、別に不自然な感じはないよねえ。
でも、色々考えてみて、私がユウに感じる違和感って、そこしかないのだ。
平和が一番って感じなようで、実は好戦的…ああでも、スポーツの一種として考えたら、そんなに矛盾してもいないのかな?
「ツナ?」
ユウが、考え込む私を不思議そうに見てきた。
私は慌てて首を振る。
「あ、ううん、なんでもないよ! ユウ、悩みごととか、ないのかなって、思って」
ダメだ、咄嗟のことだったので、物凄く不自然な聞き方になってしまった…!
ところが、てっきり笑って流されると思っていたのに、ユウは一度口をつぐんだ。
「ひょっとして、ハイドに何か言われたのか?」
「え…!? な、なんで、そう思ったの…?」
「いや……」
ユウは、困ったような顔をして、「まいったな」と言いながら、頭を掻いた。
「そうだよな。そりゃ実際に剣を合わせればバレるだろうな」
「………ユウ?」
ユウはなぜか私と目を合わせようとせずに、少しうつむきがちに、どこかを見ている。
「なあ、ツナ。悲しいがわからないって、どういうことだと思う?」
「えっ。え…と…。明るく居られる?」
「ああ、そうだな、実際そうなんだ。…つまり、俺はさ、例えば人を斬り殺したとしても、全く平気なんだよ」
私は、瞬きを一つした。
「最初にそれがわかったのは、ガキん時、剣を打ってもらって、早くそれが使いたくて、猟師のおっちゃんの狩りについていった時だ。その年はイノシシの農害がひどくってさ、大量発生したイノシシを追い込んで、一頭を俺が引き受けたんだ」
「………」
「まだ小さな子供のイノシシだった。俺は力いっぱい剣を振り下ろして、そいつを斬り殺した。…ああ、その時の快感ったらなかったぜ。肉を割く感触、骨のひしゃげる音、どこから出てくるんだろうって不思議なくらいの量の血。俺が、他の命を支配しているような多幸感」
ユウは、まるで別人のような笑顔をしていた。
「たぶん、どんなに悪い奴でも、命を奪うことに少しくらいは躊躇いを持つんだと思う。だけど、俺にはそれがない。その意味が分かった時に、俺は村を出ようと思ったよ。俺は多分、あのままあんな平和なところに居続けたら……殺人鬼になってたんじゃないかと思う」
「ユウ……」
「腹の底にマグマがあって、時々喉元までこみあげてくるんだ。俺はよくこう思う。どうして今は平和な時代なんだろうって。魔王が居れば、俺は英雄になれたのに。戦争があれば、俺は英雄になれたのに。…悪い意味での、英雄に。たぶん俺は、この時代に生まれちゃいけなかったんだ…。頭では制御できるし、普通の人間のように振る舞うこともできるのに、それでも時々、どうしようもなくなる時がある。そんな時、俺は、一刻も早く、この世界から居なくなりたくなるよ」
私は、片手をユウの拳の上に乗せる。
「…ユウ、大丈夫だよ。ユウは普通の人間だよ。異常者なんかじゃないよ」
ユウは顔を上げた。
「たぶん、ユウは、悲しいっていう気持ちを見つけられないから、その分、他の気持ちが大きくなってるだけだよ。普通のことだよ。私がユウと同じ状態になっても、きっと同じようなことになるよ。だから、ユウだけがおかしいわけじゃないよ」
「………」
「ユウ。ユウたちが、わたしを助けに来るのが一歩遅くて、わたしがハイドに魔族にされていたとしたら、わたしのこと、嫌いになった?」
「…なるわけがない。種族なんてどうでもいい」
「…ありがと。でも、わたしも同じ気持ちだよ。もし、ユウに殺人衝動とかがあるのだとしても、嫌いになんてならないよ。止めたりはすると思うけど、嫌いだから止めるわけじゃないよ。マグも、きっと、そんなことはどうでもいいって、言うと思うよ」
「……、……そう……か。そう…なのかもな…」
ユウは相変わらず、ここではないどこかを見るように、視線をうろつかせた。
「なあ、ツナも、マグも、先に居なくならないでくれよな…。俺はきっと、二人が居なくなったら…」
ユウは、まだ笑顔だった。
とても不安定な笑顔だった。
だけど私は、無責任にユウの欲しい言葉を言うことができなくて、ただ、ユウの手を握っていた。
ユウはそのことに不満を言うでもなく、しばらく二人で、うるさいくらいの静寂を味わった。
-------------------------------------------
午後になり、ユウは「ちょっと行ってくるよ」と言って、町長さんの家へと行ってしまった。
アンタローは起こすのがかわいそうだということで、まだ私の膝の上に居る。
私はベッドに横になって、しばらくうとうとと、午睡の誘惑に逆らえない時間を過ごしていた。
「ぷいぃいいっ、元気になりましたっ!」
そういう時に限って、タイミングの悪い生き物が、私の腹の上でぴょんと跳ねた。
「ん……アンタロー……ごめん…ねむい…」
「ぷいぃ、ボクは眠くありませんよ??」
「アンタロー…、マグが起きちゃうから…静かにして…」
「わかりましたっ、じゃあボール遊びしていますね!」
そう言ってアンタローは、ドスドスと私の腹の上で跳ねて遊び始めた。
「やめ…! アンタロー…! 大人しくして…!」
私が息も絶え絶えにお願いすると、アンタローは、「わかりました」と頷いて、ててーっと私の顔の上に移動して休憩を取り始めた。
「……、……っ(息が苦しい)」
「(もろもろ、もろもろっ)(幸せの粒漏れ)」
「寝れんわ!!」
アンタローを掴んで壁に放り投げた。
「キャーキャー! ツナさんとボール遊び、久しぶりですっ! もう一回やってくださいっ」
アンタローがワンバウンドして私の腹の上に戻ってくる。
私はもう、寝るのは諦めて、むくりと上体を起こした。
「もー、仕方ないな、遊んであげるよ…」
「ぷいい、なんだかまた眠くなってきました…」
「(これが……殺意……?)」
私は心の中に芽生えた感情を抑えるため、オカリナを握りしめて、「タッチウッド」のおまじないをした。
と、思い出したようにオカリナに視線を落とす。
「あ、そうだアンタロー、だったらわたしが子守唄を吹いてあげるよ!」
「ぷいぃい?」
アンタローがつぶらな目で見上げてくる。
私はせっかくなので、ドレミの位置を覚えたオカリナの練習をすることにした。
「何の曲ですか?」
アンタローはちょっとワクワクしているようだ。
私はちょっと考えて、簡単そうな曲を吹くことにする。
「蝶々、っていう曲だよ!」
「ぷいぷいっ、ユウさんが町長さんの家に行ったからですか? まったくツナさんはダジャレがお好きですね!」
「違うよやめてよ…! わたしを無意味に貶める方向にもっていくのはやめてよ…!」
私は手の平で、アンタローの毛をぞぞぞっと逆撫でする罰を与える。
「やめてくださいっ、ぞくぞくしますっ」と嫌がっているアンタローを見て、私は満足した。
「じゃあ、いくよー」
ソ、ミ、ミ、ファ、レ、レ、と、どの穴を塞げばどの音が出るかを思い出し思い出ししながらなので、ものすごくたどたどしい曲になりながらも、私は何とか蝶々を吹き終わった。
うん、初回にしては上出来じゃないかな、遅かったけど、吹き間違えなかったし!
「どうだった、アンタロー?」
「イモムシですね」
こ、この毛玉…!!!
「ツナさんツナさん、ボクを撫でてもいいんですよ?」
アンタローはもうオカリナに飽きたらしく、ころーんと転がって、私に腹(?)を見せてくる。
「もーー、いいけどね、別に」
仕方なく私は、アンタローを撫で撫ですることにした。
「まったくツナさんは不器用ですねっ、もっと上手に撫でてくださいっ」
「もーー、そんなこと言うと、くすぐりの刑なんだからね!」
こちょこちょやると、アンタローはキャッキャと転がって騒いでいる。
そして、そう時間も経たないうちに、私は疲れてぜーぜーして、アンタローはすやすやと眠りについた。
つ、疲れた…!
アンタローが転がり落ちてしまわないように、枕の横に置きなおす。
それから私は、またベッドに横になった。
マグの方をちらっと見ると、まだ動きがない。
よっぽど疲れてたんだろうな…。
申し訳ない気持ちはあったが、そこまでして看病して貰えたことがちょっと嬉しくて、心がじんわりと暖かくなった。
だけど、マグにとっては、私はまだ目が離せない幼い娘だと言われているようでもあり、そこはちょっと複雑な気分だ。
さて、もうひと眠りしよう、と思うのだが、アンタローのせいで目が冴えてしまった。
どうしよう、この時間を何とか有効に使えないだろうか。
私は基本的に貧乏性なので、暇な時間というのが勿体ない気がしてならなくなる。
でも、寝っ転がりながらできることって、あんまりないよねえ?
…あ、そうだ。
原文を読むにあたって、まだ試していないことがある。
未来の部分を読んだことはあるけど、過去の部分を読むのはまだやったことがない。
原文を読むのは怖いけど、過去の話なら、怖くない部分を選んで読んでみるのも可能なんじゃないだろうか?
なんだかんだで、中学生の自分の書いた文章というのを見てみたいという、怖いもの見たさな部分はあるんだよね。
ちょっとは文章、上達したりしてるのかな?
怖くない部分…どのあたりがいいかな。
あ、そうだ、ティランとか割と道化色が濃かったし、最悪セリフ通りに喋っていたとしても、ぞっとする感じは来なさそうだから、あの人のシーンとかを読んでみるのは手かもしれない。
私は、目をつむり、祈りの形に指を組む。
なんだか随分と久しぶりだ。
そして、原文を読みたい、と心を集中する。
ティランと話した場面……出て来い!
すると、何の負担もなく、ぱ、と瞼の裏にノートが浮かび上がった。
わあ、過去の話だと、事象が固着してるからなのかな、あっさりな感じだね。
私はちょっとドキドキしながら、小学生の時より少しだけ上手になった字で書かれたノートに、視線を走らせた。
===========================================
そしてティランは、フィカスへの溢れんばかりの思いの丈を、ナツナへとぶちまけたのだった。(ぇ)
そう、ティランはブラコンだったのだ!(←ぉぃ)
しかもミュージカルを始めた。(何)
その舞い踊る姿は、タイやヒラメが舞い踊るがごとく、竜宮城もびっくりだ!(爆)
===========================================
(爆)
ちが
違うんです!!!!!!
この頃、たぶんインターネットデビューしたばっかりで、みんなが自分ツッコミを使ってたから、ああこれがマナーなんだなって思いこんで、自分でも必死に使ってただけなんです!!!!
これが面白いんだって思ってやってたわけじゃないんです信じて!!!!
なにが上達してるかなだ、それ以前の問題だわ!!!?
ひううううううううう
うああああああああ!!!!
私はあまりの恥ずかしさに、「うををを」と変な声を上げながら、ベッドの上をのたうち回った。
もはや涙ぐんですらいる。
「ツナ!?」
いきなりマグがガバッと起き上がる。
「!?」
「どうしたツナ……! 怖い夢でも見たのか……!?」
マグが慌てたようにこちらへやってきて、私は真っ赤になった顔を、腕を上げて隠した。
「な、なんでもない…!」
「ツナ……」
マグが私を優しく抱きしめてきた。
幼い子を宥めるように、ゆっくりと背中を撫でてくる。
「もう大丈夫だ……あんな怖いことにはならない……もう二度と……誰にも攫わせたりしない……!」
ひいいいいいいいい!!!
この状態でシリアスな空気に突入って地獄か!!!?
もう…
もう二度と、原文読まない!!!!
私は気持ちの整理ができずに、ぼろぼろと涙をこぼしながら、マグの腕の中でそう誓ったのだった。
<つづく>




