吹雪の中の猛攻
「………ん」
目を覚ますと、昨日と全く同じ状態、つまり、ハイドがニコニコしながら目の前のソファーでくつろいでいた。
「おはようナっちゃん、今日はどんな夢を見たんだい?」
「え…と…。今日は、見てない……」
ねぼけまなこをこすりながら、少しずつ意識を覚醒させていく。
「まあ、そうだろうね」
ハイドはくすくすと笑い声をあげて、私の様子を見ている。
そうだ、ゲームの続き…やらないと。
「ハイドは、眠いなって思ってる?」
「ハズレ。ナっちゃんがぼくのことばかり考えている、こんな状況を一秒でも見逃すわけないだろ? 今は、楽しいと思っているさ。リミットは三日じゃなく、一週間でもよかったくらいだ」
あ……そうか、魔族は眠らなくてもある程度平気って話だった、うう、やっぱり寝起きの頭じゃダメだ…。
「さ、それじゃ朝食にしよう」
私はハイドの用意してくれた種なしブドウを、もう剥くのがめんどくさいので皮ごとぷちぷちと食べながら、考え事をしていた。
結局、無断外泊二日目かー…。
ユウとマグ、心配してるだろうな…。
ううん、今は目の前のことを考えないと。
「ハイドって、昨日から食べてないよね?」
「ぼくは、人前で食事をとるのが苦手でね。君が寝ている間に色々とすませているから、安心しろよ。まったく、相変わらず君は魔族の心配なんかするんだな。調子が狂う」
ハイドは困ったように笑う。
「ハイドは、そろそろ退屈になってきたなって思ってる?」
「いいや、全然。今日あたりが一番楽しみかな」
「え? どういうこと??」
「さあ、どういうことだろうね?」
えーーー気になる。
が、勝利の方が優先なので、私は一つの作戦を実行することにした。
私は難しい顔を作り、うーーんと唸り声をあげ、眉間にしわを寄せる。
それを五分くらい続けたところで、面白そうに私を見ているハイドへと目を向けた。
「ハイドは今、わたしが何を考えているんだろう、と思っていた!」
ハイドは一度瞬きをすると、さらっとした笑顔を向けてきた。
「いいや、可愛いなって思っていたよ」
「………」
あ!! ああああああああ!!!?
「ずるい!! ハイドが嘘をついてても、わたしにはわからない!」
「あっははははっ!! やっと気づいた!!」
ハイドはソファーの上で笑い転げる。
よほどおかしかったのか、息も絶え絶えになりながら、言葉を続けてきた。
「そう、そもそも破綻しているんだよ、このゲームは! 嘘を禁じようにも、嘘の証明がまず成されないと不可能だ。いつ気づくかなって思っていたけれど、思ったよりずっと遅かったね? ああ落ち込むなよな? 苦し紛れにしちゃ面白かったぜ? 結果的に、ナっちゃんのただの自爆芸で終わるわけだけれど、明日までたっぷり楽しんでいこうな?」
こ、こいつ!!
全部わかってたから、期間も長くしたし、弾数も無制限にしたんだ…!
いや、でもこれに関しては私がバカだっただけだ!
ハイドはただ意地悪をしてきただけで、そんなに悪いことしてない…!!
くそーー、じゃあここからは、私が四苦八苦する様を見て思う存分楽しむ気だな!?
ど、どうしてくれよう!
いや、そうじゃない、悩むべきは、私はここからどうしよう、だ…!
…もう、抵抗しないって約束は破棄して、攻撃魔法でここを全部破壊して逃げるという脳筋な手段しか思いつかない。
でも…。
改めて、住処と称された部屋を見渡してみる。
この家具を集めるの、大変だったんだろうな。
配置とかも、すごく考え抜いたんだろうな。
ゲームで言うと、この大変だった作業を破壊されるのは、ものすごく苦労して育て上げたレベル99のデータを、他人にいきなり消去されるくらいの苦痛じゃないだろうか?
私はぬるめのゲーマーだけど、ゲームは好きなので、そんな苦痛を他人に味合わせたいかというと、無理だ。
そもそもハイドのことにしたって、ユウとマグに何かしようとするのは許せないけど、まだ憎いわけじゃない。
やっぱり、せっかくの住処を破壊するのは可哀想だ。
いっそ、原文を読んで、私がどうやって脱出するのかの展開を見てみようか…。
………。
うう…嫌だな…。
実は、自分が中学生になったとわかってから、…ううん、崖下でマグに行くなって言われた時から、一度も原文を見ていない。
だって、すごく怖いからだ。
もし、仮に、そこそこ文章力が上がっていたとして。
私は自分で考えて喋っているのに、そこに書かれた通りのセリフを喋っていたとしたら?
それって、何かに操られているみたいで、すごく怖い。
私というものが、なんだか別の生物になってしまっていく怖さだ。
それに、ユウやマグやアンタローや…ううん、ハイドですら、そこに書かれた通りのセリフを喋っているところなんて、絶対に見たくない。
うまく説明できないが、嫌だ。
よっぽどのピンチでもないと、私には原文を読む勇気を持てない。
じゃあ、私は大人しくここで詰んでいくしかないのだろうか。
一体何を命令されるんだろう。
恐怖よりも、軽はずみにゲームなんて持ち掛けた後悔の方が強くて、しゅんとうなだれる。
ハイドはそんな私を見て、上機嫌で立ちあがると、私が食べ終わったブドウの茎のみが残ったお皿を持って、貯蔵庫のカーテンの向こうへ消えていく。
「…?」
ふと、なぜか私の背中に、ふかふかしたものが当たってきた。
なんだろう? と思って振り向いてみる。
「○×#△□$*!!!!!!?」
私はあまりの驚きに、声にならない悲鳴を上げてのけぞった。
ガツン!!!
のけぞった方向が悪かったのか、ものすごい勢いで後頭部を岩壁に打ち付けてしまう。
チカっと火花が目の前に散った。
ちょうど戻ってきたハイドが、血相を変えて声を上げた。
「ナっちゃん!!!?」
私は地面に倒れながら、薄れていく意識の中で、今見たものを頭の中で反芻する。
なに、今の……。
壁から、アンタローの右半分が、もりっと生えていた……?
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目を開けるとベッドの上で、ハイドが心配そうな顔をして私を覗き込んでいた。
「あ……いたっ!?」
頭がズキっとする。
これは多分、たんこぶができているヤツだ。
「ナっちゃん、よかった…! あんまり動くなよ、安静にしているのが一番だ。まったく、たんこぶくらいで気絶するなんて、フェザールの虚弱さは聞きしに勝るな」
ハイドは、ほーっと安堵の息を吐いて、それから怒ったように私を睨みつけてくる。
「まさか自害しようとしたんじゃないだろうな? ズルいだろう、それは。ルール以前の問題だぜ?」
「…え!? ち、ちがうよ、その…。…頭を打ったら、いい考えが、閃くかなって、思って…」
しどろもどろに嘘をつくと、ハイドは呆れたような顔をした。
「バカじゃないの? ナっちゃんって結構直情的だよな。でも、そういうことなら、もう二度とやめてくれ。ぼくは天才で、どんな魔法も使いこなせるが……悔しいけれど、回復系の魔法だけは無理なんだ。あれは、神の祝福を受けた種族じゃないと、習得できない。魔族の数が減った理由がそれさ。人間たちは手傷を負っても癒し手によってまた戦列に戻ってこられるが、魔族は回復手段を持たないヤツが多いからな」
「…ごめん、心配かけたよね」
ハイドは何かを答えようとして、すぐにハっとして、言葉をすり替えた。
「全然」
なんだかハイドのその様子がおかしくて、私はちょっと笑ってしまった。
「…何がおかしいのさ」
「ううん、なんでもない。ごめんね、もうあんなこと、やらないよ」
「当たり前だろ」
「わたし、どれくらい、気絶してた?」
「そんなに長くないぜ。一時間弱かな。一瞬意識が飛んだくらいだったんだろ?」
「そっか…」
それを聞くと、私はゆっくりと起き上がろうとしたが、ハイドは私の肩を掴んできた。
「おい、何をやっているのさ、安静にって言っただろ?」
「でも、考え事がしたいから、さっきの場所に戻りたい。ここに寝転んでたら、また寝てしまいそうで」
「はあ? まだゲームを続ける気? もう茶番でしかないだろ」
「いいの! やるの!」
言い張ると、ハイドはまた呆れたような顔をして、仕方ないなといった様子で、私を抱きあげる。
「ナっちゃんってホント、バカだよな。そのうえ強情だなんて、救いがないぜ。…連れていってやるよ」
ハイドはもう、慣れた調子で運んでいき、私をそのショーウインドウと称された場所に置いた。
先ほどアンタローのような物体が居た場所は、私の背中で隠れているので、ハイドは見つけられないようだ。
「まったく…おちおち目も離せないなんて、とんだ跳ねっかえりが手に入ったものだよ。もう食料はまとめて持って来るから、いい子で待っていろよ?」
そう言って、ハイドはまたカーテンの奥へと消えていく。
………。
私は、意を決して、もう一度ふかふかのある方を振り向いた。
まだ、居る。
アンタローの右半分…と思っていたが、壁から生えているのは、よく見ると3分の1程度だった。
つまり、口までは侵入できていない。
だからなのか、そのアンタローらしき物体は、ものすごく片目で何かを訴えてきている。
心なしか、ぴょぴょぴょと、困った時の汗が飛んでいるようにも見える。
これ、なに?
どうすればいいの…?
シュールすぎる…。
うーーん。
ちょっと突飛な発想になってしまうけど、考えてみよう。
これが本物のアンタローだと仮定して、たぶん、私を助けに来てくれたってことだよね…?
で、「ボクならここを通り抜けられますよ!」みたいなことを言って、でも結局壁を通りきれなくて、この状態になった…とかかな?
たぶん、部屋の造り上、私が今居るところって、かなり壁を削ってへこみをつくってあるから、ひょっとして、この壁は薄くて、すぐに外だったりするのかな?
そう仮定すると、アンタローの左半分は今、外に出てるのかな……。
それで、口を横にしゃくれさせて、必死に私が居ることを伝えてるとか?
酷い絵面だよ。どういう原理かもよくわからないし。
…まって、伝えるって、誰に?
まさか……、
そう考えた瞬間、ハイドが戻ってきたので、私は慌てて前を向く。
「おまたせ。どうだい、いい作戦は浮かんだ?」
「ううん、まだ……」
「ゆっくりやるといいよ、まだ時間はたっぷりあるからな、ふふふ」
ハイドはもうすっかりいつもの調子で、果物が入ったツボを床に置きながら、ソファーへと腰掛ける。
私は、バレないように翼で隠しながら、片手を後ろにやる。
アンタローのふかふかした感触が手の平に当たると、むぎゅーーっとアンタローを外に押し出すように、力を込めた。
手の平に、アンタローの困惑が物凄く伝わってくるが、構わず、むぎゅーっと押し続けた。
脳裏に、へちゃむくれながら押され続けるアンタローの困惑顔が浮かぶが、心を鬼にする。
やがて、ぽんっ、という手ごたえと共に、アンタローの感触が消えうせ、私の背後には岩壁だけになった。
あ、やった、やってみるものだね、まさか押し出せるなんて。
アンタロー、痛かったらごめんね? と、心の中で謝っておく。
「…? ナっちゃん、なに変な顔しているのさ?」
「…ハイド、あのね。間違ってたらゴメンだけど、でも、…ひょっとして、ハイドって―――」
ドオンッッ!!
「わあ!?」
いきなり私の背後の壁から、物凄い衝撃音がした。
「な、なに…!?」
私が振り返って狼狽していると、ハイドはチッと舌打ちして、私の手を引っ張って抱き寄せる。
「ナっちゃん、そこは危ない。くそ、まさか見つかるなんてな…」
「え…?」
困惑と共にハイドの怒った顔を見上げると同時に、先ほどと同じような衝撃が、ドゴン、ドゴンと続いていく。
やがて、壁に小さな亀裂が入った。
……まさか。ひょっとして、これは……!!
「このまま暴かれるのは癪だな、ナっちゃん、跳ぶぜ? 寒いから、覚悟をしておけよ!」
ハイドに返答をしようとした瞬間、私はいきなり、パ、と先ほどとは違う場所に居た。
あ、え? 瞬間移動? って寒い!!
周囲は雪が吹雪いていて、私はハイドに抱き上げられたまま、上空に居る。
ここは、雪山だったんだ!?
その下には、見知った赤い髪と、雪に紛れそうな白い髪が、なぜか物凄く大きな岩に向かって、ガンガンと攻撃を仕掛けていた。
「ユウ、マグ!!」
私は歓喜とも驚きともとれるような叫び声をあげ、二人の方へと手を伸ばした。
二人はバッとこちらに目を移す。
「ツナ!?」
「ツナ……!」
「ツナさぁんっ!」
あ、アンタローはマグの頭の上に居たのか、白いから気づかなかったよ!
「おっとナっちゃん、ペットは大人しく、ご主人様の傍に控えておけよ、あはっ!」
ハイドは暴れる私をきつく戒めてくる。
「何がペットだ! ハイド、ツナを離しやがれ!!」
すごく怒った声のユウが叫び、ハイドはそれを面白そうに見降ろした。
「おいおい、ぼくが悪いみたいに言うなよ。目を離したのはお前たちのクセにさ? やあ、赤毛。お前と再戦できる日を楽しみにしていたよ。まさかそっちからわざわざ来てくれるとはね。待ってな、賞品の準備をしよう」
言葉を詰まらせるユウを見ると、ハイドは小声で何かを呟いて、手を振るようにして私を放り投げる。
ひゃあ、と思っていたら、いきなり私はシャボン玉のような透明な球体の中に閉じ込められていた。
「ツナ……! ツナに何をした……!」
「馬鹿を言うなよ、大事にしてやっているんだ。鳥は鳥らしく、鳥籠で高みの見物を決めてもらおうと思ってね」
私はバンバンと球体の表面を叩くが、ビクともせずに浮いている。
だけど、あんなに寒かった空気が、今はとても和らいでいた。
この中に閉じ込めたのは、風よけの意味も兼ねているようだ。
「それに……何かするのはこれからさ!」
ハイドは、着地と同時に長剣を抜き放つ。
すかさずそこへ、ユウが斬りかかった。
「どういう意味だクソ野郎!!」
ガチン、と二人の剣が合わさって、十字を作った。
「ナっちゃんには明日、ぼくの中の魔王の卵を分けてやるのさ! これで明日からは、ナっちゃんも仲良く魔族だ! あはっ、ナっちゃん、仲良く人間から嫌われようぜ!」
「え……!?」
「なんだと……!」
「ふざけるなよ!!」
「ぷぃいいっ!」
みんなで口々に驚いた。
明日って……あ、ゲームの負けで、一個だけ命令って、そうなるのか!
視界の下で、マグがハイドへと、隙をついてスローイングダガーを投げつけた。
ハイドは口の中でまた何かを呟くと、一度剣を引いて、後ろに跳んでそれをかわした。
ハイドはうっすらと光り輝き、先ほどよりも、動きが格段に速くなっている。
空を切ったダガーが、さくさくと積もった雪の上に刺さった。
アンタローはどうしているのかと思っていたら、どうも疲労の色が濃いようで、マグの頭にしがみついているのがやっとのようだ。
「おいおい、邪魔するなよ白髪! いいや、邪魔なのは全員か。まったく、お前たちは相変わらず空気が読めないよな」
「邪魔はお前だ……!」
ハイドが背後に退いたにもかかわらず、既にマグは、読んでいたかのように、銀のダガーで襲い掛かっていた。
ハイドの首に向けての横薙ぎ一閃。
ギィイン!!
硬質な音がしたと同時、瞬き一つほどの間に、マグの一撃は上へと跳ね上げられていて、そしてどこかを斬りつけられたのか、血が噴き出していた。
私には、とてもじゃないがハイドの剣のスピードを目で追うことなどできなかった。
気が付けば、いつのまにかそうなっていた、という表現がふさわしいほどだ。
「マグ!」
私は悲鳴を上げてしまう。
ふらりと一歩下がるマグの背後から、ユウが入れ違いに飛び出してくる。
ハイドには死角になっただろう場所からの、突きの一撃。
「おりゃあああああっ!!」
ドッ!!
私の位置からは、ユウの剣がハイドを貫いているように見えた。
しかし、貫いたのは、ハイドのマントだけだったらしい。
ハイドは涼しい顔で身をよじり、ユウの腹に蹴りを入れ、弾き飛ばす。
「あはっ、甘い甘い! 痛いか? 本当はじっくりと嬲りたいところだが、すぐに楽にしてやるよ!」
そこからは、私の目では捉えきれない、ハイドの猛攻が始まった。
「ユウ、マグ!」
あまりのことに、私は名前を叫ぶことしかできない。
どうしようどうしよう、ハイドは強すぎる、きっと魔法か何かでスピードを上げてるんだ、このままじゃ二人が…!!
泣きそうになりながら、ドンドンとシャボン玉の膜を叩き続けるが、やはりびくともしない。
そうだ、防御魔法で援護なら、できるのかも!
「―――最前より家名の自慢ばかり申しても、御存知無い方には正真の胡椒の丸呑み、白河夜船!」
私は両手をユウとマグの方へと突き付け、焦ったようにまくし立てる。
が、シンとして、何も起こらない。
ど、どうして…!?
「バカだなナっちゃん、さてはまだ魔法が未熟なんだろ? 魔法ってのは、魔を制する方法―――つまり、心を落ち着けてコントロールしないと、発動すらできないんだぜ。ナっちゃんみたいに焦ってちゃ、使えるモノも使えない」
「そんな…!?」
ハイドの言葉に、愕然としてしまう。
そうか、だからあづさは、まず私に、心を落ち着けるおまじないを教えてくれたんだ…!
「く…そっ、ハイドてめえ、いい加減にしろよ! 性懲りもなくまたツナを狙ってきやがって! 大体三年間も眠らせるって、床ズレが起きたらどうするつもりだったんだ!」
「はあ? ぼくの呪いがそんなチンケなわけないだろ、放っておいてもナっちゃんは傷一つつかなかったのにさ? 本当は時を止めて、100年くらい眠らせる魔法にしたかったのに、気遣ってやったんだぜ? あ、わかった、お前、介護にかこつけてナっちゃんに触りたかっただけだろ? エッチさんだ~! あはっ!」
「馬鹿言うな、ツナにべたべたしてるのはお前だろ!!?」
「まあね、同じリンゴを食べあう間接キスもしたんだぜ!」
「貴様……殺す……!」
「いきなり三人でしょうもない会話するのやめてよ!?」
そんなシーンでもないのに笑ってしまいそうで、私はつい、その中学生みたいな会話に割り込んだ。
ユウが息も絶え絶えに、なんとか致命傷を避けてハイドの攻撃をしのいでいる。
マグは先程から、隙を狙っての一撃を入れているのだが、なぜか銃を使っていない。
…あ、そうか、雪山だから、大きい音を立てた時の雪崩を警戒しなきゃダメなんだ…!
どうしよう、ただでさえ、魔法が使えるハイドが有利なのに!
「ハイド! ハイド、ゲームはまだ終わってないよ!」
咄嗟に私は叫んだ。
すると、ハイドはぴたりと動きを止める。
同時に、ユウとマグは膝をついた。
雪の上に、花のように二人の血が散っている。
「まったく、いい所だったのにな。いいぜ、ナっちゃん、言ってみろよ。ただし、興覚めするからな、ぼくが何を考えているかを当てるのは、一回だけだ」
ハイドは、面白そうに私の方を見上げた。
私は頷く。
「わかった。一回で十分だよ」
「へえ? じゃあ、言ってみてごらん」
ハイドは手持無沙汰に、剣についた血糊を払うように、一度虚空を斬りつけた。
「ツナ……?」
マグが息も荒く、私とハイドのやり取りを見ている。
私は、深呼吸をして、ハイドに向き直った。
「ハイドは今……、ユウとマグに、危害を加えようと思っている!」
一瞬、シンと場が静まりかえり、吹雪の音だけが辺りに響いた。
「……あはっ!!」
ハイドが浮かべた笑みは、まったく容赦のないものだった。
「あーあ、残念だったな、ナっちゃん。ぼくは別にコイツラを、………、―――…ッ!!!?」
ハイドは目を見開いて、動きを凍り付かせた。
信じられない、と言いたげに、虚空を見つめている。
<つづく>




