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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第二章 中学生編
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家族以上、喧嘩未満



 私の言葉がよほど予想外だったのか、ユウとマグはかなり驚いていた。


「どうしたんだよ、ツナ、あんなに祭りを楽しみにしてたじゃんか?」


「ツナ……ひょっとして……どこか痛いのか……?」


「そ、そういうわけじゃ…ないけど…」


 私は、ミトン手袋をしている手を、ぎゅっと握り合わせた。


「でも…。野宿だったら、一緒に居られるよね? だったらわたし、野宿がいいな。ね、もうこの街出よう?」


 泣きそうな顔で、二人を見上げる。

 二人とも、息を呑んだようだった。


 ユウが何かを言いかけたが、マグがそれを制するようにすっと前に出る。


「ツナ……立ち話じゃ無理だ……ゆっくり話したい……一度宿に戻って……オレたちの部屋にこい」


「ほんと? 行っていい?」


「ああ」


「んじゃ、アンタローはこのまま俺と行くかー」


「ぷいっ!」


 ユウの頭の上で、アンタローが一度跳ねた。


「あ、じゃあこれ、先に食べておいて? すぐに行くから」


 ユウへ、アンタローの分のアイシングクッキーを渡す。

 ユウは「わかった」と頷いて、とりあえず宿に戻ることになった。



-------------------------------------------



   コンコン、


 私は、二人の部屋のドアをノックする。

 なんだか急に他人になったような、変な感じだ。


「どうぞー、鍵かかってないぜ!」


 そのまま「おじゃまします」と部屋に入った。

 すると、中央にテーブルが置いてあり、マグがフロントから貰ってきた紅茶を入れている。

 ユウとアンタローは、さっそくクッキーを頬張っており、私に「よっ」と手を振っている。


「ツナ……そのままベッドに……座ってくれればいい……」


「………ン」


 私は二人と一匹が居るベッドの、反対側に腰かける。

 なぜか、ユウがクッキーを買うときに言っていた、仲間外れという言葉が頭に浮かんだ。


「ツナ、飲め……温まる……」


 マグが紅茶を私の前に押し出してきたので、私は黙ってそれを飲む。


 しばらくシンとした時間が続いた。


「あ、コイツ、寝やがった」


 ユウが、頭の上からアンタローを下ろすと、ベッドの枕の上にポンと置いてやる。


「じっとしているのも……なかなか疲れる作業……なんだろう……今日はアンタローにしては……大人しくできていたからな」


 そんな…アンタローはもう寝ちゃったんだ…。

 じゃあ、私は今日、部屋に帰ったら一人だ。


 マグは私の方に向き直ると、意を決したように話し始めた。


「ツナ、寂しいのは……今だけだ……すぐに慣れる」


「え……?」


 てっきり、今日はこのままここで寝ていいと言われると期待していた。


「俺もガキん時はさ、夜にちょっとした家鳴りがするだけでもビクついてたなー、懐かしいぜ」


 ユウはあっという間に紅茶を飲み干しながら、そう言った。

 私は、返事ができなかった。


「ツナ……オレたちはずっと考えていた……本当に大事に育てるということは……一人でも生きていけるように……することなんじゃないかと」


「! そんな、一緒に居ていいって、言われたよ!」


「ツナ、慌てるなって、もちろん一緒には居るさ。でも、はぐれちまう時だってあるだろ? そんな時に、ツナが泣くことしかできないでいるようになっちまうのは、やっぱ……違うと思うんだよな」


 ユウは、いつもよりずっと真面目な顔をしている。

 マグが言葉を続ける。


「それに……いつかツナが大きくなって……好きな男ができた時……オレたちと過ごした時間が……足枷になるようなことが……あってはならない」


「……それ、どういう意味…?」


 紅茶を飲んだばかりだというのに、私の声は掠れていた。

 ユウが応じる。


「ツナが気にしなくても、相手の男が気にすることだってあるかもしれねーだろ?」


「そうじゃなくて…! ずっと、一緒に居ていいんだよね?」


「ツナ……。人生は短いようで長い……何が起こって……どうなるかわからない……その時が来た時に……ツナの選択肢の幅を……狭めるようなことを……オレたちが続けるべきじゃない」


「ツナ、俺たちの呪いのことは話しただろ? 呪いが遺伝しちまう以上、俺たちはもう、家庭を作る気はないんだ。そして、呪いを遺伝させなかった場合、大体その宿主は、長生きできても40代くらいなんだ」


「なにそれ、聞いてないよ…!」


「ああいや、つってももう、何代か前の情報だからな、俺らの代ではどうなるかわかんねーけどさ。呪いを遺伝させないヤツの方が少ないからな、俺らの村。理由は考えたくねーけど」


「つまり、オレたちは……ツナを残していってしまう……可能性が高い……だからこそ……縛り付けるべきじゃない」


「……。……それを、ユウとマグたちの間だけで決めて、わたしに何の相談もなかったのは、どう思っているの…?」


 何とか感情を抑えつけた、震え声で問うた。

 私の心の中は、ぐわーっと嵐が吹きまくっていた。

 ともすれば泣いてしまいそうで、私は必死に『タッチウッド』と心の中で唱えながら、オカリナを握りしめて耐えていた。

 マグは、平坦な調子で続ける。


「相談をしても……ツナは嫌がると……思っていた……。幼い子に……理解しろというには……少し難しい話だからだ……だから、オレたちで……調節をするしかないと……」


 ダメだ。

 ダメだ、我慢しなきゃ…!

 これは、私のためを思っての、善意にあふれた行動なんだから…!!


 だけど、私は思い知った。

 ああそっか、感情って、我慢しようとすればするほど、ひしゃげてしまって、歪な形になっていってしまうんだ。

 どうしよう、どうしよう、この歪さが、尖っていたら、二人を傷つけてしまうのに!


 それでも、どうしても…どうしても制御できずに、私はバンとテーブルを叩いて立ち上がる。


「ユウとマグの、バカッ!!!!!」


 感情が爆発したように叫んで、私は目を見開いたまま、ぼろぼろと涙をこぼした。


 やってしまった、どうしよう!

 ひどい言葉だ、傷つけてしまったかもしれない!


 運動もしていないのに、呼吸は荒く、もう二人の顔を見られなかった。


「……ツナ。大丈夫だ。わざわざ自分を……傷つけるような言葉を使うな」


 マグが静かに語りかけてきた。

 あまりに予想外の言葉に、私は顔を上げる。


「ツナ、何言われても、俺らはツナのこと嫌いにならねーからな。もっと吐き出していいから」


 ユウも穏やかに笑っている。

 …この人たちは、私が怒ることも、全部覚悟の上だったのだろうか。


 ユウとマグは不思議だ。

 私がこんな風に心を乱す原因となったのもユウとマグなのに、ユウとマグの言葉で、私の心は少しだけ穏やかになる。


 でも、心の中に吹き荒れている嵐が、私の頭を、考え事からどんどんと遠ざけて行ってしまう。

 考えがまとまらない。

 答えが出ない。

 どうしても私には、「わかった」という言葉が言えない。

 まだ全然、二人の言葉に納得できていない。


 ユウとマグは、私が居なくても、平気ってことなのかな。

 こんな気持ちになるのは、私だけなのかな。


 ダメだ、こんな考え方…。

 ダメだ…。

 そう思って、二人と顔を見ると、なぜか、静かに頷いてくれる。


 ……そうか。

 それも全部、言えばいいんだ。


 私は、しゃっくりのようなものを伴った涙が収まらないまま、ゆっくりと話し始める。


「い、今のままの、気持ちの、状態だと……、っく、う……酷いこと、言うだけで、……し…ばらく、一人で、考えてくる、時間が欲しい……絶対、ぜーったい、ケンカには、したくない! ケンカ、自体を、否定するわけじゃ、ないけど、何かが生まれるケンカと、どうにもならないケンカがあって、…今の私だと、ただ、不平不満を、二人にぶつけるだけ…建設的じゃないことしか、できない、そんなのは、嫌だから……」


「ツナ……」


「だから、追って来ないで! 来たら絶交だから!!」


「ツナ!?」


「頭、冷やしてくる!」


 私は乱暴に部屋の扉を開け、外に向かって飛び出した。



-------------------------------------------



 街は夕暮れに差し掛かっていた。

 私はまだ、ぼろぼろと涙を零しながら、暮れていく通りを走っていく。


 しまった、帽子も、コートも、手袋も、防寒具は全部部屋の中に置いてきてしまった。

 でも、寒いなんて思っている暇がない。

 頭の中はぐちゃぐちゃだ。


 闇雲に走っていたら、街の中央にたどり着いた。

 ぜーはーと息を吐きながら、案内板を見ているふりをして、目元をごしごしとぬぐう。

 流石に涙が一瞬で氷になるほどは寒くないんだな、と妙に冷静な自分も居る。


 いつまでそうしていたのだろうか。

 不意に、背後から声をかけられた。


「おねえちゃん!」


 びくっと背筋が伸びた。

 振り向くと、昨日見た顔がある。


「あ……ティムくん?」

 

 ティムは私の傍にやってくると、また必死な顔で、


「おねえちゃん、この街は、いい所だよ、出て行かないで、ずっと居て…!」


 と言ってきた。


「え……?」


 ひょっとして、さっき街を出たいと言っていたのを見られたのかな?

 ううん、あの時は周りに誰も居なかったと思うけど…。


「そ、それより、どうしたの、もう夕暮れだよ、早く帰らないと、遅くなるよ」


 私がティムの顔を覗き込むと、ティムはいきなり、ぼろぼろと涙をこぼした。


「ど、どうしたの!?」


 ティムは黙って首を振る。

 私もさっき泣いたばかりなので、余計に他人事と思えず、放っておけない。

 門番の話では、このところずっとこんな様子だという話なのだから、ひょっとしたら何かがあるのかもしれない。


「ティムくん、ずっとこんなことしているの…? どうして…?」


 ティムは黙って首を振るばかりだ。

 ……言いたくても、言えない……?


「ティムくん、間違ってたらごめんね? もしかして、わたしに…ううん、旅の人とか、冒険者の人に、何か、伝えたいことがあるの…?」


「!」


 いきなりティムは、パっと顔を上げて、何度も何度も頷いてきた。

 藁にもすがりたい、という顔つきだ。

 するといきなり、ティムは私の腕を掴んで、走り出す。


「こっち!」


「え!? あ、まって…!?」


 私は勢いでつんのめりそうになりながら、なんとか体勢を持ち直す。

 ティムの足は止まらない。

 子供の足なのでなんとかついていけているが、このままじゃ体力が…!!

 コートを置いてきてよかった、あんな重たいものを着ていたら、とっくに倒れていた。


 ティムは私の様子に気づいたのか、少し歩調を緩めて、早歩きくらいの速さに修正してくれた。


「どこに行くの…?」


 ぜーはーと、くらくらしながらティムを見ると、彼は丘の方を指さした。

 丘には、古いお城が見える。


「あれは…?」


「昔の王様が住んでたお城。今は、立ち入り禁止なんだけど、来てほしい…!」


「え、ここは昔、王政だったの…?」


「うん、でも、氷雪の魔女の呪いで土地が凍り付いちゃって、街の人たちが怒って、王様を追放したんだって。昔話だから、本当のことかどうかわからないけど…。でも、この街の大人は、あの城に近づいちゃダメだって言ってるのは本当。観光の目玉となる重要文化財だって言っている人も居れば、禁忌の教訓とするために残してあるだけって言ってる人もいる」


 どういうことなのか、ティムは、街の説明についてはスラスラと喋ってくれる。


「だからね、僕たち子供は、いつもあのお城で、こっそり遊んでいたんだ。僕も、かくれんぼしてて、それで…」


「それで…?」


 そこから、パタリと会話が止まってしまう。


「とにかく来て…!」


 ティムは緩やかな丘を登っていく。

 確かに途中で、立ち入り禁止を意味するロープが張ってあった。

 私は、時々立ち止まって息を整えながら、なんとか、城の入口までは辿り着くことができた。

 その頃には、地平線に夕陽がくっついて、今にも沈みそうなくらいの時間になっていた。


「ティムくん、もう遅いよ、お父さんやお母さんが心配するよね、どこに行けばいいか言ってくれれば、ここからは私だけで見てくるよ?」


「ううん、僕が責任もって案内する…!」


 ティムは、強い使命感のようなものを帯びた瞳で、私を見つめ返した。


「……わかった。怖くなったら、いつでも私を置いて帰っていいからね?」


 しっかりした口調で告げると、ティムは感動したように涙ぐんで、頷いた。


 そのままティムは私の手を引いて、勝手知ったる他人の家とでも言いたげに、城の中を歩いていく。

 すっかり日が暮れてしまったが、月明かりと、魔力持ちの私の髪が明かりの代わりになって、なんとか歩けるくらいの灯りは確保できていた。

 ティムは不思議そうに私の髪を見ていたが、特に追及はしてこずに、城の中を進んだ。


 やがて、地下に通じる階段を下りていく。


「ここ、偶然見つけたんだ。壁の間にレバーがあって、かくれんぼの時に引っ掛けちゃったみたいで、隠し扉が開いて。まだ開いたままになってたんだ…」


 後半は独り言のようだった。


 カツーン、カツーンと、硬質な音を反響させながら、私たちは地下へと降りていく。


 階段を折り返しで曲がると、最後まで下りきらないうちに、異常な光景が私の目の中に飛び込んできた。


「あ、これは…!!?」


 地下は広場のようになっていたのだが、ドクン、ドクンと脈打つ音で満ちていた。

 何か、白い卵のような繭、が床一面を埋め尽くしている。

 なんとなく、その脈動からは、嫌な感じがする。


 私の反応を見ると、ティムは階段を最後まで下りきらずに、一度その場に立ち止まった。


「魔物…だよね?」


 ティムを見るが、彼は頷きも否定もできないでいる。


「…おねえちゃん、そのまま、喋ってみて」


「…?」


 どういうことかわからないが、私は状況を整理してみることにした。


「わかった、ここじゃ危ないから、一度上に戻ろう?」


 ティムは頷いて、また私の手を引いて上がっていく。

 彼はちゃんと、私の負担にならないように、一段一段引っ張って行ってくれていた。


 喋ってみて、と言われたので、私はとにかく思っていることを喋ってみることにする。


「え…と…。この街に最初に来た時…ティムくんは、街では有名な、素直ないい子って話を聞いた」


 ティムは少し照れたような顔をした。


「初めてティムくんに会った時、ティムくんは、この街はいい所だから、ずっと居てねって言ってた」


 ティムは静かに頷く。


「さっきも、この街から出て行かないでって言ってた」


 ティムは頷く。

 そうしている間に、階段の先に、城の一階が見えてくる。


「それから、魔物の卵みたいなものが、たくさんある場所へ案内してくれた。…でも、冷静に考えたら、あんな量の魔物が、もし一斉に羽化? 孵化? をしたら、街は大変なことになる…よね?」


 今度は、ティムは頷かない。


「………」


 私はじっと考える。

 そして、階段を上がり切ったと同時に、やっと結論が出た。


「ティムくん、ひょっとして、このことを知らせようとしたら、嘘しか言えなくなってる?」


 ティムは、ぱっと顔を輝かせた。

 が、次の瞬間、どこか、私とは違う方向を見て、動きを凍り付かせる。


「やあティム、ひさしぶり。元気そうで何よりだ」


 その時、私でもティムでもない声が響き渡った。


 だけど私は、この声をよく知っていた。




<つづく>



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