家族以上、喧嘩未満
私の言葉がよほど予想外だったのか、ユウとマグはかなり驚いていた。
「どうしたんだよ、ツナ、あんなに祭りを楽しみにしてたじゃんか?」
「ツナ……ひょっとして……どこか痛いのか……?」
「そ、そういうわけじゃ…ないけど…」
私は、ミトン手袋をしている手を、ぎゅっと握り合わせた。
「でも…。野宿だったら、一緒に居られるよね? だったらわたし、野宿がいいな。ね、もうこの街出よう?」
泣きそうな顔で、二人を見上げる。
二人とも、息を呑んだようだった。
ユウが何かを言いかけたが、マグがそれを制するようにすっと前に出る。
「ツナ……立ち話じゃ無理だ……ゆっくり話したい……一度宿に戻って……オレたちの部屋にこい」
「ほんと? 行っていい?」
「ああ」
「んじゃ、アンタローはこのまま俺と行くかー」
「ぷいっ!」
ユウの頭の上で、アンタローが一度跳ねた。
「あ、じゃあこれ、先に食べておいて? すぐに行くから」
ユウへ、アンタローの分のアイシングクッキーを渡す。
ユウは「わかった」と頷いて、とりあえず宿に戻ることになった。
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コンコン、
私は、二人の部屋のドアをノックする。
なんだか急に他人になったような、変な感じだ。
「どうぞー、鍵かかってないぜ!」
そのまま「おじゃまします」と部屋に入った。
すると、中央にテーブルが置いてあり、マグがフロントから貰ってきた紅茶を入れている。
ユウとアンタローは、さっそくクッキーを頬張っており、私に「よっ」と手を振っている。
「ツナ……そのままベッドに……座ってくれればいい……」
「………ン」
私は二人と一匹が居るベッドの、反対側に腰かける。
なぜか、ユウがクッキーを買うときに言っていた、仲間外れという言葉が頭に浮かんだ。
「ツナ、飲め……温まる……」
マグが紅茶を私の前に押し出してきたので、私は黙ってそれを飲む。
しばらくシンとした時間が続いた。
「あ、コイツ、寝やがった」
ユウが、頭の上からアンタローを下ろすと、ベッドの枕の上にポンと置いてやる。
「じっとしているのも……なかなか疲れる作業……なんだろう……今日はアンタローにしては……大人しくできていたからな」
そんな…アンタローはもう寝ちゃったんだ…。
じゃあ、私は今日、部屋に帰ったら一人だ。
マグは私の方に向き直ると、意を決したように話し始めた。
「ツナ、寂しいのは……今だけだ……すぐに慣れる」
「え……?」
てっきり、今日はこのままここで寝ていいと言われると期待していた。
「俺もガキん時はさ、夜にちょっとした家鳴りがするだけでもビクついてたなー、懐かしいぜ」
ユウはあっという間に紅茶を飲み干しながら、そう言った。
私は、返事ができなかった。
「ツナ……オレたちはずっと考えていた……本当に大事に育てるということは……一人でも生きていけるように……することなんじゃないかと」
「! そんな、一緒に居ていいって、言われたよ!」
「ツナ、慌てるなって、もちろん一緒には居るさ。でも、はぐれちまう時だってあるだろ? そんな時に、ツナが泣くことしかできないでいるようになっちまうのは、やっぱ……違うと思うんだよな」
ユウは、いつもよりずっと真面目な顔をしている。
マグが言葉を続ける。
「それに……いつかツナが大きくなって……好きな男ができた時……オレたちと過ごした時間が……足枷になるようなことが……あってはならない」
「……それ、どういう意味…?」
紅茶を飲んだばかりだというのに、私の声は掠れていた。
ユウが応じる。
「ツナが気にしなくても、相手の男が気にすることだってあるかもしれねーだろ?」
「そうじゃなくて…! ずっと、一緒に居ていいんだよね?」
「ツナ……。人生は短いようで長い……何が起こって……どうなるかわからない……その時が来た時に……ツナの選択肢の幅を……狭めるようなことを……オレたちが続けるべきじゃない」
「ツナ、俺たちの呪いのことは話しただろ? 呪いが遺伝しちまう以上、俺たちはもう、家庭を作る気はないんだ。そして、呪いを遺伝させなかった場合、大体その宿主は、長生きできても40代くらいなんだ」
「なにそれ、聞いてないよ…!」
「ああいや、つってももう、何代か前の情報だからな、俺らの代ではどうなるかわかんねーけどさ。呪いを遺伝させないヤツの方が少ないからな、俺らの村。理由は考えたくねーけど」
「つまり、オレたちは……ツナを残していってしまう……可能性が高い……だからこそ……縛り付けるべきじゃない」
「……。……それを、ユウとマグたちの間だけで決めて、わたしに何の相談もなかったのは、どう思っているの…?」
何とか感情を抑えつけた、震え声で問うた。
私の心の中は、ぐわーっと嵐が吹きまくっていた。
ともすれば泣いてしまいそうで、私は必死に『タッチウッド』と心の中で唱えながら、オカリナを握りしめて耐えていた。
マグは、平坦な調子で続ける。
「相談をしても……ツナは嫌がると……思っていた……。幼い子に……理解しろというには……少し難しい話だからだ……だから、オレたちで……調節をするしかないと……」
ダメだ。
ダメだ、我慢しなきゃ…!
これは、私のためを思っての、善意にあふれた行動なんだから…!!
だけど、私は思い知った。
ああそっか、感情って、我慢しようとすればするほど、ひしゃげてしまって、歪な形になっていってしまうんだ。
どうしよう、どうしよう、この歪さが、尖っていたら、二人を傷つけてしまうのに!
それでも、どうしても…どうしても制御できずに、私はバンとテーブルを叩いて立ち上がる。
「ユウとマグの、バカッ!!!!!」
感情が爆発したように叫んで、私は目を見開いたまま、ぼろぼろと涙をこぼした。
やってしまった、どうしよう!
ひどい言葉だ、傷つけてしまったかもしれない!
運動もしていないのに、呼吸は荒く、もう二人の顔を見られなかった。
「……ツナ。大丈夫だ。わざわざ自分を……傷つけるような言葉を使うな」
マグが静かに語りかけてきた。
あまりに予想外の言葉に、私は顔を上げる。
「ツナ、何言われても、俺らはツナのこと嫌いにならねーからな。もっと吐き出していいから」
ユウも穏やかに笑っている。
…この人たちは、私が怒ることも、全部覚悟の上だったのだろうか。
ユウとマグは不思議だ。
私がこんな風に心を乱す原因となったのもユウとマグなのに、ユウとマグの言葉で、私の心は少しだけ穏やかになる。
でも、心の中に吹き荒れている嵐が、私の頭を、考え事からどんどんと遠ざけて行ってしまう。
考えがまとまらない。
答えが出ない。
どうしても私には、「わかった」という言葉が言えない。
まだ全然、二人の言葉に納得できていない。
ユウとマグは、私が居なくても、平気ってことなのかな。
こんな気持ちになるのは、私だけなのかな。
ダメだ、こんな考え方…。
ダメだ…。
そう思って、二人と顔を見ると、なぜか、静かに頷いてくれる。
……そうか。
それも全部、言えばいいんだ。
私は、しゃっくりのようなものを伴った涙が収まらないまま、ゆっくりと話し始める。
「い、今のままの、気持ちの、状態だと……、っく、う……酷いこと、言うだけで、……し…ばらく、一人で、考えてくる、時間が欲しい……絶対、ぜーったい、ケンカには、したくない! ケンカ、自体を、否定するわけじゃ、ないけど、何かが生まれるケンカと、どうにもならないケンカがあって、…今の私だと、ただ、不平不満を、二人にぶつけるだけ…建設的じゃないことしか、できない、そんなのは、嫌だから……」
「ツナ……」
「だから、追って来ないで! 来たら絶交だから!!」
「ツナ!?」
「頭、冷やしてくる!」
私は乱暴に部屋の扉を開け、外に向かって飛び出した。
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街は夕暮れに差し掛かっていた。
私はまだ、ぼろぼろと涙を零しながら、暮れていく通りを走っていく。
しまった、帽子も、コートも、手袋も、防寒具は全部部屋の中に置いてきてしまった。
でも、寒いなんて思っている暇がない。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
闇雲に走っていたら、街の中央にたどり着いた。
ぜーはーと息を吐きながら、案内板を見ているふりをして、目元をごしごしとぬぐう。
流石に涙が一瞬で氷になるほどは寒くないんだな、と妙に冷静な自分も居る。
いつまでそうしていたのだろうか。
不意に、背後から声をかけられた。
「おねえちゃん!」
びくっと背筋が伸びた。
振り向くと、昨日見た顔がある。
「あ……ティムくん?」
ティムは私の傍にやってくると、また必死な顔で、
「おねえちゃん、この街は、いい所だよ、出て行かないで、ずっと居て…!」
と言ってきた。
「え……?」
ひょっとして、さっき街を出たいと言っていたのを見られたのかな?
ううん、あの時は周りに誰も居なかったと思うけど…。
「そ、それより、どうしたの、もう夕暮れだよ、早く帰らないと、遅くなるよ」
私がティムの顔を覗き込むと、ティムはいきなり、ぼろぼろと涙をこぼした。
「ど、どうしたの!?」
ティムは黙って首を振る。
私もさっき泣いたばかりなので、余計に他人事と思えず、放っておけない。
門番の話では、このところずっとこんな様子だという話なのだから、ひょっとしたら何かがあるのかもしれない。
「ティムくん、ずっとこんなことしているの…? どうして…?」
ティムは黙って首を振るばかりだ。
……言いたくても、言えない……?
「ティムくん、間違ってたらごめんね? もしかして、わたしに…ううん、旅の人とか、冒険者の人に、何か、伝えたいことがあるの…?」
「!」
いきなりティムは、パっと顔を上げて、何度も何度も頷いてきた。
藁にもすがりたい、という顔つきだ。
するといきなり、ティムは私の腕を掴んで、走り出す。
「こっち!」
「え!? あ、まって…!?」
私は勢いでつんのめりそうになりながら、なんとか体勢を持ち直す。
ティムの足は止まらない。
子供の足なのでなんとかついていけているが、このままじゃ体力が…!!
コートを置いてきてよかった、あんな重たいものを着ていたら、とっくに倒れていた。
ティムは私の様子に気づいたのか、少し歩調を緩めて、早歩きくらいの速さに修正してくれた。
「どこに行くの…?」
ぜーはーと、くらくらしながらティムを見ると、彼は丘の方を指さした。
丘には、古いお城が見える。
「あれは…?」
「昔の王様が住んでたお城。今は、立ち入り禁止なんだけど、来てほしい…!」
「え、ここは昔、王政だったの…?」
「うん、でも、氷雪の魔女の呪いで土地が凍り付いちゃって、街の人たちが怒って、王様を追放したんだって。昔話だから、本当のことかどうかわからないけど…。でも、この街の大人は、あの城に近づいちゃダメだって言ってるのは本当。観光の目玉となる重要文化財だって言っている人も居れば、禁忌の教訓とするために残してあるだけって言ってる人もいる」
どういうことなのか、ティムは、街の説明についてはスラスラと喋ってくれる。
「だからね、僕たち子供は、いつもあのお城で、こっそり遊んでいたんだ。僕も、かくれんぼしてて、それで…」
「それで…?」
そこから、パタリと会話が止まってしまう。
「とにかく来て…!」
ティムは緩やかな丘を登っていく。
確かに途中で、立ち入り禁止を意味するロープが張ってあった。
私は、時々立ち止まって息を整えながら、なんとか、城の入口までは辿り着くことができた。
その頃には、地平線に夕陽がくっついて、今にも沈みそうなくらいの時間になっていた。
「ティムくん、もう遅いよ、お父さんやお母さんが心配するよね、どこに行けばいいか言ってくれれば、ここからは私だけで見てくるよ?」
「ううん、僕が責任もって案内する…!」
ティムは、強い使命感のようなものを帯びた瞳で、私を見つめ返した。
「……わかった。怖くなったら、いつでも私を置いて帰っていいからね?」
しっかりした口調で告げると、ティムは感動したように涙ぐんで、頷いた。
そのままティムは私の手を引いて、勝手知ったる他人の家とでも言いたげに、城の中を歩いていく。
すっかり日が暮れてしまったが、月明かりと、魔力持ちの私の髪が明かりの代わりになって、なんとか歩けるくらいの灯りは確保できていた。
ティムは不思議そうに私の髪を見ていたが、特に追及はしてこずに、城の中を進んだ。
やがて、地下に通じる階段を下りていく。
「ここ、偶然見つけたんだ。壁の間にレバーがあって、かくれんぼの時に引っ掛けちゃったみたいで、隠し扉が開いて。まだ開いたままになってたんだ…」
後半は独り言のようだった。
カツーン、カツーンと、硬質な音を反響させながら、私たちは地下へと降りていく。
階段を折り返しで曲がると、最後まで下りきらないうちに、異常な光景が私の目の中に飛び込んできた。
「あ、これは…!!?」
地下は広場のようになっていたのだが、ドクン、ドクンと脈打つ音で満ちていた。
何か、白い卵のような繭、が床一面を埋め尽くしている。
なんとなく、その脈動からは、嫌な感じがする。
私の反応を見ると、ティムは階段を最後まで下りきらずに、一度その場に立ち止まった。
「魔物…だよね?」
ティムを見るが、彼は頷きも否定もできないでいる。
「…おねえちゃん、そのまま、喋ってみて」
「…?」
どういうことかわからないが、私は状況を整理してみることにした。
「わかった、ここじゃ危ないから、一度上に戻ろう?」
ティムは頷いて、また私の手を引いて上がっていく。
彼はちゃんと、私の負担にならないように、一段一段引っ張って行ってくれていた。
喋ってみて、と言われたので、私はとにかく思っていることを喋ってみることにする。
「え…と…。この街に最初に来た時…ティムくんは、街では有名な、素直ないい子って話を聞いた」
ティムは少し照れたような顔をした。
「初めてティムくんに会った時、ティムくんは、この街はいい所だから、ずっと居てねって言ってた」
ティムは静かに頷く。
「さっきも、この街から出て行かないでって言ってた」
ティムは頷く。
そうしている間に、階段の先に、城の一階が見えてくる。
「それから、魔物の卵みたいなものが、たくさんある場所へ案内してくれた。…でも、冷静に考えたら、あんな量の魔物が、もし一斉に羽化? 孵化? をしたら、街は大変なことになる…よね?」
今度は、ティムは頷かない。
「………」
私はじっと考える。
そして、階段を上がり切ったと同時に、やっと結論が出た。
「ティムくん、ひょっとして、このことを知らせようとしたら、嘘しか言えなくなってる?」
ティムは、ぱっと顔を輝かせた。
が、次の瞬間、どこか、私とは違う方向を見て、動きを凍り付かせる。
「やあティム、ひさしぶり。元気そうで何よりだ」
その時、私でもティムでもない声が響き渡った。
だけど私は、この声をよく知っていた。
<つづく>




