永久凍土フリメール
「何用だ?」
カシャン、と街の門の前で、門番二人が鉄槍をクロスさせ、私たちの前を塞いだ。
何ヶ所か街を見て回ったが、門番が居る街と、居ない街があるようだ。
門番が居なかったのは、フリュクティドールと宿場町の二つだが、ひょっとしたらあの二つが特殊だったのかもしれない。
ちなみにここの門番二人も、同じ顔をしている。
そして、こういう時の交渉役はユウだ。
「どうも! 旅の者なんだけどさ、近々この街でオーロラ祭りが行なわれるってんで、観光目的で訪れてみたんだよ!」
にこやかに笑うユウに、しかし私はすごくビックリして、交渉の途中なのに思わず口を挟んでしまった。
「えっ、お祭り、間に合ったの!?」
すると、ユウも驚いたようにこちらを向いた。
「あれ? 言ってなかったっけ、悪い悪い! …いや、実はツナを驚かせようと思った作戦なんだよ、驚いただろ? へへっ」
「えーーうそばっかり、その作戦、今思いついたでしょ…!」
私はつい、小さくなったアンタローを抱きしめる腕に力がこもる。
「ちょっといいかな?」
先ほどの門番が、横やりを入れてきた。
…あれ? 目線が、さっきまでとは違って、険のないものになっている。
そうか、今のやり取りを見て、ちょっと警戒心が失せたのかな?
「その抱いているものは、ぬいぐるみかい?」
門番は顎に手を当てながら、値踏みをするように、じっとアンタローを見てくる。
すると、抱いている私にしかわからないだろうが、アンタローがものすごく小刻みに震え始めた。
まずい、緊張して粒でも漏らしたら…!
急いで返答しないと!
…はっ、でも15の娘がぬいぐるみを抱いて旅とか、変かも!?
じゃあペットっていえばいいのかな、いやでも、犬でも猫でもないし、こういう警戒心の強い所で魔物と間違われたら…!
私があわあわしていると、マグが助け舟を出してきた。
「枕だ」
「枕? 随分変わっているね」
「この子は……枕が変わると眠れない……見てわかると思うが……繊細なんだ」
「ふむ?」
門番が、改めて帽子の下の私の顔を覗き込んできた。
私が緊張でガチガチになっていると、ユウが肘で私をつついてきた。
「ほらツナ、どれだけ祭りを楽しみにしてるか、アピールしてみろよ」
ええ!? 私はユウほど口が上手くないのに、無茶振りを…!
しかしここで追い返されるわけにもいかないので、もじもじしながら門番を見上げる。
「……色々な街をめぐってきましたが、わたしは、大きなお祭りには今まで参加できなくて、だから…楽しみ……です」
しどろもどろの作文みたいになってしまった。
これで正解かどうかがわからなすぎて、だんだんと声が小さくなる。
「…ハハッ、なるほど、内気な子なんだな。確かにおじさんの周りにもいるよ、枕が変わると眠れないってヤツ。それでも旅を続けるなんて大変だな、がんばれよ」
そう言って、門番の人は、私の頭を帽子越しにくしゃりと撫でてきた。
………。
一瞬、視界の端でマグが銃のグリップに手をかけて見えたのは気のせいだろうか。
「いや悪かったね、怖がらせたみたいで。実はこのところ、魔族が活性化しているって噂もある上に、盗みは多発するわ、隕石は落ちてくるわ、子供は行方不明になるわでちょっと街もピリピリしててな」
「子供が……? それは、このくらいの子も……狙われるということか?」
マグが私のことを示しながら、その話題に食いついた。
「ああ悪かった、誤解を招くような言い方をしてしまったね、行方不明になった子は、一日経ったらちゃんと帰ってきたんだ。それに、お嬢ちゃんよりも小さい子だよ。かくれんぼをしていたら迷子になっただけでね、だけどよほど心細い思いをしたのか、何を聞いても、何もなかったの一点張りでな…少し強情になっているみたいなんだ。街では有名なくらい、素直ないい子なんだけどね」
「そうか……」
マグはほっとしたようだ。
「さ、引き留めてしまってすまないが…それじゃその荷車を検査したら、ここを通ってもいいことにしようか」
門番は、ユウが引いている荷車を指さした。
もう片方の門番が、無言で点検を始める。
そのまま、話しかけてきた方の門番は、軽い尋問を続けてくる。
「パっと見たところ、荷車は空っぽのようだけど、それはどういうおまじないなんだい?」
「ああ違うんだ! ほら、この子は華奢だろ? ただでさえ男と女で体力が違うのに、俺たちの歩きに合わせてたら倒れちまうから、普段はこの子にこの荷車に乗ってもらって、それを俺が引っ張ってたってワケ。けど前に人攫いと間違われたことがあってさ~~、もう大変だったのなんの! だからここに来る少し手前で降りて貰ってたって流れかな」
ユウが答えると、門番は面白そうに笑った。
「はっはっは! なるほど、そりゃ大変だったな、御愁傷様!」
「ところで、盗みが多発って、オーロラ祭りは大丈夫なのか? 俺らの財布も気を付けた方がいいのか?」
「いやいや、それが妙な事件でな。去年あたりからだったかな…。金品ではなく、色々な家の家具や調度品が少しずつ盗まれていったんだよ。しかも高価なものから、それほどではないものまで色々で、かと思えば家庭からではなく、店からも商品が消えていることもある。もう意味がわからなくてね」
「そりゃ不気味だな!? こう言っちゃなんだけど、まだ金品を盗まれる方がすっきりするぜ。わかりにくい事件って余計薄気味悪く感じるよな~」
「そうなんだよ、わかってくれるか。俺たち門番からすると、嫌がらせ以外の何者でもない事件なんだよな…」
「他に……気を付けた方がいいことは……あるか?」
マグの質問に、門番はうーんと唸り声を上げ、
「そうだな…なんだかんだで祭りまではまだ日があるから、今から散財し過ぎないでおけよってことと…。さっき話した子、ティムっていうんだが、まだ帰ってきたばかりで落ち着かないらしくてな、街中でちょっとした奇行を行っているんだが、どうか温かい目で見守ってやって欲しい。根はいい子なんだ、本当に」
「……? わかった」
荷車を調べていた方の門番の人が、すっくと立ちあがって戻ってくる。
「異常はないな、普通の荷車みたいだ」
「そうか、だったら、よし、通っていいぞ」
やっと許可が下りた。
しかし門番の人は、少し名残惜しそうだ。
たぶん、暇だったんだろうな。
「そんじゃ、いろいろ情報サンキュー! またな、おっちゃん!」
ユウが片手を上げて、颯爽と荷車を引きながら街に向けて歩き出す。
私は急いでその後を追いかけた。
「待ってユウ! 三人で一緒に、横並びで、せーので入りたい!」
「……ツナは面白いな……」
こうして私たちは、無事にフリメールにたどり着くことができた。
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私たちはいつものように、まず街の中央に向かい、街の案内図を確認する。
「いやあ、思ったよりもでっかい街だな、宿屋が五つもあるぜ! まあ、宿場町が小さすぎたから余計でかく感じるのかもしれねーが」
ユウが、ど・れ・に・し・よ・う・か・な、で決めて行っている横で、マグが注釈を入れてくる。
「ここは観光地だからな……特にこの時期は……宿が取れるかどうかも怪しいが……祭りよりそこそこ早めに着けたから……たぶん大丈夫だろう」
「アンタロー、枕のフリ、上手だったよ、偉い偉い、この調子で頑張ろうね」
「ぷいぃっ」
私はアンタローを撫でるふりをして、実は暖を取っている。あったかい。
「おにいちゃん、おねえちゃん!」
不意に、背後から話しかけられた。
びっくりして振り向くと、小学校高学年くらいの男の子が、何か必死な形相で私たちを見ている。
「おう、どうしたよ、坊主」
ユウがにこやかにその男の子に近づいていくと、男の子は言葉を続けた。
「この街は平和なんだ、たくさん滞在していってよ!」
あまりに必死な形相で言うので何事かと思ったが、言っていることは普通の内容だったので、私たちは拍子抜けな気分を味わった。
ユウは笑い飛ばすようにして、
「ははっ、なーんだ、俺らが門番から聞いた話で逃げ帰るとでも思ったのか? 大丈夫だって、まだまだ観光はこれからなんだからさ」
「お祭りではみんなが笑顔になるから、せめてそれまでは居てね!」
「わかったわかった、街思いのいい子だな~」
ユウは可愛がるように、男の子の頭をくしゃっと撫でた。
すると、珍しくマグが話に加わる。
「ひょっとして……ティムか?」
「!」
男の子は、ぱっと顔を輝かせた。
「僕のこと、聞いてるの?」
「ああ……迷子になったとか……大変だったな」
すると、男の子はまた必死な形相になった。
「ううん、何もなかったから大丈夫だったよ!」
「……? 心配するな……事件があったからといって……この街の印象が……悪くなるわけじゃない」
マグの言葉を聞くと、ティムは困った様相をする。
そのまま、一度首を振って、どこかへ駆け出してしまった。
私には、引き留める隙間も与えられなかった。
「あ…! ほんとに、大丈夫なのかな…?」
「確かにありゃちょっと情緒不安定になってんなー。13になって村の話を聞いた時の自分を思い出すよ、俺もあんな感じだったんだろうなあ…」
ユウはむず痒い顔で、頭を掻いている。
「そうだな……だが、俺たちにはどうにもできない……彼の家族の役割を……奪うわけにはいかない……そっとしておいてやろう」
私たちは頷きあい、とりあえずユウが適当に決めた宿屋へと、荷物を置きに向かうことにした。
「えっ、部屋、別々に取るの?」
フロントで店主とのやり取りを聞きながら、私は驚いていた。
「そうだよツナ、そういう話だっただろ。ツナはこの、一番奥の角部屋にして貰おうな、んで、俺とマグはその隣」
「お嬢様のお部屋は二人部屋となりますが、おひとりでよろしいでしょうか?」
フロントの問いに、ユウは頷く。
「ああ、何かあると心配なんで、一応隣の部屋にしておきたいんだ。料金は二人部屋のままで大丈夫だ」
「かしこまりました」
フロントの人が、キーを持ってきて、私とユウに渡した。
「………」
私は複雑な表情でそれを受け取る。
確かに、そういう話だったけど…。
でも、今そういう話が来るとは思ってなかった。
ううん、考えないようにしていたのかもしれない。
色々と考え事をしながら、とぼとぼと部屋まで歩く。
あっという間に部屋の前まで来てしまった。
「じゃあツナ、これツナの荷物。そんじゃ、あとでな!」
ユウはいつも通りの顔で笑いかけてきて、なんだかそれが悲しかった。
マグは一言もしゃべらず、こちらを見ようともしない。
「………ン」
部屋に入ると、もたもたとアンタローと荷物をベッドの上に置く。
私はコートを脱いでコート掛けにかけ、帽子を脱いで、と、いつもより丁寧にいろんな雑事をやっていく。
一区切りついて、アンタローと反対側のベッドに腰かけた。
少しでも距離が空くのが嫌だったので、ユウとマグの部屋に近い方のベッドだ。
「アンタロー、今日は、なんだか疲れたね」
アンタローに話しかけると、すやすやとした寝息が返ってくる。
そうか、アンタローはなんだかんだで今日もお昼過ぎまで私を運んだから、疲れてるんだね。
起こすのも可哀想なので、テンションを上げるためにベッドでぴょんぴょん跳ねるとかもできなくなった。
一気に暇になって、私は靴を脱いでベッドに上がる。
バサっとうつぶせになって、足をバタバタさせる。
………。
おもむろに、ユウとマグの居る部屋の方の壁…つまり、ベッドの横の壁を、ゴンゴンと叩く。
すると、少し間が空いて、ゴンゴン、と返事が返ってきた。
この乱暴な叩き方は、ユウだ!
私はなんだか嬉しくなって、モールス信号よろしく、たくさんゴンゴンと壁をたたく。
ユウはふざけてリズムを取った返事をくれた。
その遊びに夢中になっていると、いきなり今度は、『コンコン』と部屋の扉の方がノックされた。
私は慌ててスリッパをはいて、ぱたぱたと扉へ向かい、「はーい」と言いながら、ガチャリと開ける。
マグが居た。
「あ、マ――」
「ツナ。無防備すぎる……ちゃんと誰が来たか……確認してから開けろ……鍵もかけていない……危ないぞ」
「あ……ごめんなさい……」
しゅんとうなだれる。
「それから……壁を叩く遊びもダメだ……クセがついたら困る……他の客から……苦情も来るかもしれない……その時にツナの髪を見られる……可能性が出てくる……。もちろん……応じたユウの方が悪いが」
「はい……」
「………」
「………」
「あ、の、マグ…話なら、中に入って、しよう? アンタローは寝てるけど、マグの声音なら、起きないよ、大丈夫」
私が部屋の中を示すと、マグは平坦な調子で首を振る。
「いや、オレはここでいい……。それじゃ……夕食の頃に呼びに来る……またな」
「え……」
パタンと目の前で扉が閉まる。
私は、しばらくそのまま立ち尽くしていた。
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夕食の時も、それから一緒にお風呂に向かうときも、私はいつも以上に二人にたくさん話しかけた。
少しでも長く、一秒でも長く一緒に居たかったからだ。
ユウも心なしか今日は饒舌で、部屋に入ってからは静電気にとにかく悩まされている、などと、世間話に花を咲かせた。
だけど、すぐにその時間は終わって、結局私は一人で部屋に戻ってきた。
カチャリと鍵をかける、ただそれだけの作業も、なんだか重たかった。
晩御飯の時に注文したフルーツ盛りから、アンタローのためにブドウを一房、取っておいた。
まだ起きる気配がないので、ブドウを一個ずつもいで、アンタローの口に運んでやる。
アンタローは寝ながら、ぷいぷいとブドウを皮ごともぐもぐしていく。
「かわいいね」
そう言ってみるのだが、同意してくれる人は、誰も居ない。
ブドウもすぐに無くなって、私はもう、することがなくなってしまった。
行儀が悪いと思いながらも、耳を壁に当てて、隣の部屋の聞き耳を立ててみる。
雪国だけあって、保温のために壁は分厚く、やはり振動でも与えないと音は届かず、向こう側の音もぼんやりとしか聞こえない。
…なんだか余計に寂しくなって、すぐにやめた。
深呼吸をして、「タッチウッド」と言いながら、オカリナをぎゅっと握る。
疲れているはずなのに、全然心は静まらない。
…今だったら、リアルに帰ってしまってもいいのに。
何か、ワームホールみたいなものができて、行き来できたりすればいいのに。
…なんて、最低だな。
どっちかの都合が悪くなれば、どっちかに逃げたくなるみたいだ。
そういえば、全然考えてなかったけど、リアルではどれくらい時間が経ってしまっているんだろう?
幸い、もう卒論は提出したし、ゼミでの点数稼ぎの学内バイトも夏には終わってるし、就職だって、今やってる方のバイトから即戦力で準社員になれることになったしで、長期間行方不明になったとしても大丈夫な日取りではある。
1・2年の時に必要単位は死に物狂いで全部取ったからな、大学は。【注1】
1・2年は夏休みも冬休みも集中講義でつぶれたけど、悔いはないよ。
おかげで3年時には必修、4年の今は卒論だけ取るだけになってるから、もはや学生の老後と言っても過言ではない。
<ザ・・ザザザ・・>
………。
なんだろう。
今一瞬、リアルのことを思い出そうとしたら、ノイズが走ったような…?
…まあ、どうでもいいか。
そうだ、やることもないし、せっかくだから、今のうちにオカリナの練習をしておこうかな。
それとも、今のうちに翼を広げて伸びをしておくべきだろうか。
そう思った時だった。
「なんだ、暇そうにしているな、ナっちゃん」
外の冷気と共に、聞き覚えのある声がした。
この声は…
「……フィカス!?」
<つづく>
【注1:大学の単位】
ナツナが通っていた大学では、ナツナが4年になった時に、一学年のうちに取れる単位の上限が唐突に設定された。
「えっ、ひょっとして私の単位の取り方って、禁止になるくらい、やっちゃいけないことだったのかな!?」
と、小心なナツナは内心ですごく焦ったのは言うまでもない。
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