セージ
誰かの話し声が聞こえた気がして、ふと目が覚めた。
アンタロー布団に凭れていた体を起こす。
きょろきょろと周囲を見渡すと、マグは寝ていて、まだ見張りの交代の時間じゃないみたいだ。
ユウは…あっ、うとうとしてる!?
見れば、ユウは火の前で舟を漕いでいる。
そうか、固形燃料は薪を足してやる必要もないから、やることがなくて眠くなるんだね!?
そういえばユウは普段から、やることがなくなったらいきなりスカッと寝始める。
むしろ今までよく見張りをやってこれたよね…。
正直、疲れてるんだろうなと思うと、起こすのも忍びない。
よし、せっかく目が覚めたんだし、私が代わりに見張りをやろう!
と気合を入れた時、また遠くから話し声が聞こえてきた。
あれ? そういえばセージはどこだろう??
ゆっくりと立ち上がり、とりあえず声のする方に行ってみる。
すると、そう歩かないうちに、セージの後姿が見えてきた。
耳飾りに手を当て、小声で何かを話している。
「………未開………、……………クイーン…………調査……」
よく聞き取れない。
耳を澄ませようとして、はたと気づいた。
これは盗み聞きになってしまうのでは!?
私は慌ててセージの背に声をかける。
「セージ、誰かと話してるの?」
「!」
セージは驚いたようにこちらを振り返った。
私の姿を見ると、すぐにふにゃっと、冴えない笑い方をする。
「なんだ、ナツナちゃんかい。いやあ、年を取ると独り言が増えるんよ。用を足そうと目を覚ましたら、ユウが寝ててねえ。俺が見張りの代わりをしようとしてたんだが、ヒマでヒマで…このままだと寝ちゃいそうでさあ」
「そっか…わたしも、ユウの代わりに、起きてようと思ってるから、一緒に話す?」
「ああ、そりゃいいや。そしたらユウには俺らの話し声で起きて貰うとするかねえ、どうにも起こすのも忍びなくて…」
たははと笑いながら、セージはこちらへ戻ってきた。
やっぱり、悪い人じゃないんだろうな。
何か悪いことをしようとしていたのなら、ユウが寝てる時がチャンスだったわけだし。
そういう意味でも、私はほっとした。
「セージって、学者さんなの?」
「おん? なんでそう思ったんだい、ナツナちゃん」
セージはぱちくりと瞬きをしながら、焚火を中心に私の対面に座る。
私はアンタローの隣に戻りながら、
「地方風土を知るのが好きって言ってたのと、ユウたちにたくさん質問してたから」
「あ~、なるほどなあ。学者なんてできる頭があればよかったんだがねえ、あれは趣味みたいなもんよ、趣味」
「じゃあ、普段は…」
「それそれ。普段は何しているのかって聞かれんようにするために、こっちからたくさん質問をする。すると、相手は答えることに集中するから、俺の方を詮索してくる余裕がなくなるっちゅーわけよ」
私が目を丸くしていると、セージはニッと笑った。
「普段はまあ、雇われの傭兵みたいなもんかねえ。傭兵なんて、敵にも味方にもなる稼業だからなあ。あんまりいい顔をされんだろうと思うと、つい隠したくなるんよ。特にユウみたいな気のいいヤツに嫌われる可能性があるってのは……。俺みたいにくたびれた心の持ち主でも、クるもんがあるからなあ」
「…そっか。ごめんね、無理やり聞いたみたいで」
「いやいや、ナツナちゃんにならいいんよ。こういったしょ~もない大人のしがらみからは、一歩引いたところに居られる年だからねえ。あの二人が大事にしてるってことは、育ちもよさそうだし、言いふらしもしないでしょ」
「うん…。今日はね、セージのおかげで、賑やかで、楽しかったよ。だから、水を差すなんていう無粋なことはしたくないなあ」
「そうかい…。俺も楽しかったよ。年甲斐もなくはしゃいじゃってまあ…。いい思い出になったよ」
その瞬間、こっくりこっくりしていたユウの頭がガクっと落ちて、体がビクっとなり、ハっと顔を上げる。
「あ……れ?」
ユウはきょとんとしている。
絶対崖から落ちた夢見たんだ今の。居眠りあるあるだよね。
「よっ、おはようさん。おたくの娘さんをお借りしているよ」
「ユウ、もうちょっと寝てていいんだよ? 今ね、私とセージで見張りしてたんだー」
ユウはその言葉を飲み込むのに少しだけ時間を要して、すぐに「げっ」とのけぞった。
「悪い、俺寝てたのか!!」
「ええよええよ、普段から疲れとったんだろい」
なんてことはないと、セージは手を振る。
「すまねえ、助けられちまったな、セージ…! ツナまで起きて、こんなとこマグに見つかったら――」
「……何の騒ぎだ……」
噂のマグが、むっくりと起き上がる。
一瞬で、場がシンと静まりかえった。
マグはあんまり寝起きが良くないのか、私たちの顔をしばらく無表情でじーっと見渡してから、
「……大体わかった。……ユウ、説教な……」
「げっ、マジ勘弁してくれ、悪かったって!」
「セージとツナは……寝ていい」
「う、うん」
「そいじゃユウ、がんばってなあ~」
私とセージはいそいそと寝始める。
マグの説教ボイスを子守唄代わりにできた、貴重な日となった。
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「見えて来たな……あれが、氷木林か……」
ゴツゴツした荒野が、白い雪で覆われているゾーンに入ってきた頃。
少し遠目に、樹氷がたくさん生えている森が見えてきた。
マグが続ける。
「ということは……もう少し頑張れば……フリメールの街だ」
「おー、長かったようで短かったな、たくさん喋ってくれたセージのおかげだぜ」
ユウは、というか、全員吐く息が白い。
最初ユウは、「見ろよツナ、怪獣のブレス! がおー!」と言いながら、めちゃくちゃ楽しそうに白い息を吐いてくるという小学生っぷりを見せてきていたが、今はすっかり飽きて落ち着いている。
「それよりも、なんでこんな寒いのに木が生えてるんかねえ、意外に育つのか?」
セージは森の方が気になって仕方がないようだ。
その問いには、マグが答える。
「理由は伝説にしか……語られていないが……昔はこの辺りも……普通の常春の気候だったらしい……が、当時のフリメールの権力者が……氷雪の魔女との契約を破ったか……もしくは気に喰わないことをしたかで……魔女はこの辺りを……永久の凍土にしてしまった……あの樹はその時に凍り付いた……ただの森……という話だ」
「ははあ、好きよ、そういう地方伝説。いろいろ隠れてそうで。てことは、とりあえずここはずっと冬の気候なわけね」
セージは興味津々に頷いた。
「アンタロー、雪の中を進んでも、大丈夫そう?」
私は小声で、荷車を引っ張ってくれているアンタローに声をかける。
「ぷいっ!」と元気そうな返事が返ってきたので、安心だ。
やっぱりアレかな、脂肪(?)が多いから、寒さには強いのかもしれない。
かくいう私たちは、みんな前もって準備してきていたコートを着用している。
私に至っては、ミトン手袋までつけている。
セージの分のコートはなかったのだが、セージは「平気平気」と言いながら、ポケットに手を突っ込み、そのまま進んでいる。
様子を見る限りでは、大丈夫そうだ。
これなら街までは持ちそう。
そう思った時だ。
「見つけたぞ、セージ・ハスカップ! やはり生きていたか、あれしきで死ぬとは思っていなかったぞ!」
「!?」
いきなり知らない人の声がして、全員がびっくりした。
なぜなら、声はすれども姿が見えず…という状況だったからだ。
ヴンッ!
と思っていたら、いきなり目の前…よりもかなり上の空中に、物凄くメカメカしい巨大な機体が浮かび上がった。
機体の色は風景から浮いて見えるほどにキンキラキンで、モノアイもギラギラと光っている。
人型をしているが、胴体までで、足はない。
「な、なんだ、ゴーレム!?」
「……!!」
「え!? ええ!!?」
私たちは戸惑いの方が大きいのだが、セージは全員を庇うように前に出た。
ちなみにアンタローはプルプルと小刻みに震えている。
「その声は、プロフェッサー白衣だな!? まさか自ら現れるとは…! 光学迷彩を解くとはどういうつもりだ、未開惑星保護条約を知らないとは言わさんぜ!?」
セージは、普段の冴えない感じがすっかり抜け落ちて、物凄く頼もしい背中を私たちに見せながら、その空中に現れた大きなメカに向かって叫んでいる。
「そんなもの知ったことか! にっくき貴様をここで葬り去れるのなら、罪状の一つや二つ増えたところで勲章よ!!」
すると、そのメカのモノアイの左右にある、排気口のような穴が、熱を収束していくように光り始めた。
セージは焦って私たちを振り返る。
「お前たち、逃げろ!! とにかくあの森までダッシュだ、アイツの狙いは俺だ!!」
セージは追い払うようなジェスチャーで、必死に手を振っている。
ユウは驚いてセージのその腕を掴んだ。
「何言ってんだ、んなこと聞いて放っておけるかよ!! セージも来るんだよ!!」
言うが早いか、ユウはセージの腕を無理やり引っ張って駆け出した。
「んなっ!? おい、放せ!」
「アンタロー、全速力だ……!」
マグが短く声を飛ばし、アンタローは「ぷいっ!」と答えて、みんなで氷木林に向けて全力で走り出す。
「ひゃあ!?」
私はいきなりガクンときた衝撃に、荷台に掴まっているのがやっとだ。
そして、背後からカッと赤い光がはじけて、物凄い追い風が私たちを襲った。
振り返ると、先ほどまで私たちが居た場所が、地面がえぐれたクレーターになっていた。
なんらかの熱源が浴びせられたのか、地面が赤く発熱している。
「逃げるか、セージ・ハスカップ! いつもの小賢しさはどこへ行った!」
そのキンキラキンメカはすぐに方向転換し、空中を浮きながら私たちをゴオオオッと追いかけてくる。
「くそ、どうなっている……!」
マグは私の横手を確保しながら、背後を振り返って焦っていた。
すると、セージが観念したように、ユウに引っ張られながら、もう片方の手を耳飾りに当てた。
「四の五の言ってらんないねえ…!! おい、クイーン! ソダムを出せ!!」
すると、ザザ、と雑音のような音がして、その耳飾りから女の人の声が聞こえてきた。
「何言ってるのセージ、原住民に見られるわよ! それにソダムの自己修復率も、まだ80%に達したばかりで…!」
「いいから!! 責任は俺が持つ!! キャプテンに従えんなら、船を降りてもらうぞ!?」
「もう…っ! 仕方ないわね! どうなっても知らないんだから!」
ブツッ、と音がしたと同時、遠くの方で、ドオーンと派手な土煙が上がった。
「今度は何だあ!?」
ユウが混乱しながら、音のした方を見る。
あっちは確か、昨日の隕石が落ちた方角だ。
すると、バーニアをふかしながら、白い機体が猛スピードでこちらへ向かってきていた。
こっちのメカは、目が二つあり、アンテナが付いているし、足もある。ついでにサングラスもかけている。
しかし、キンキラキンメカの方が早くこちらへたどり着きそうだ。
もうダメか、と思ったその時、白い機体の方が、いきなりサングラスを外して、ブーメランのようにそれをキンキラキンメカの方に投げつけた。
「なっ、しゃらくさい…!!」
キンキラキンメカは紙一重でその軌道をかわしたが、バランスを崩して一度雪の上に着地してしまう。
「くそっ、忌々しい重力めが…!!」
キンキラキンメカから、悔しげな声がする。
同時に、セージの耳飾りから、また雑音と共に声がした。
「オートパイロットじゃこれが限界ね、今よセージ、乗り込みなさい!」
ズシャアアアッ!!
白い機体の方が、まるでパラシュートからの着地のように、足の裏を地面に滑らせながら着地を決めた。
そして、ひざまずき、コックピットのハッチをプシューっと開ける。
セージはそれを見ると、ユウの手を無理やり引きはがした。
「セージ!?」
「大丈夫だ、ユウたちは逃げろ! 俺はちょっくら、因縁にケリつけてくらあな!」
セージはトントンとその白い機体を駆け上がり、コックピットに座り込んだ。
腰に帯びていた飾り剣を抜き放つと、操縦席の水晶玉みたいなものにそれを差し込む。
すると、スイッチが入ったように、白い機体の両目がヴンッと一度光った。
「セージ……何者だ……!?」
マグが、その光景を見上げながら問う。
セージは、どう答えていいものか、と迷うような間を開けると、困ったような笑顔で、私たちに笑いかけた。
「俺の名はセージ。この星は、狙われている」
コックピットが閉まり、白い機体はその場にゆっくりと立ち上がる。
キンキラキンメカから私たちを守るような位置を取り、
「じゃあな、ユウ、マグ、ナツナちゃん、そして馬! 短い間だが、楽しかったさあ! もう会うこともないだろうが…俺のためを思うなら、振り返らずに行ってくんな! 大丈夫だ、この星は俺が守ってやるからねえ!」
「セージ…。くそっ!」
一度立ち止まっていたユウが、何もできそうにないと判断したのか、また駆け出した。
背後でセージの声が響く。
「行くぞ、プロフェッサー白衣っ!! こき使って悪いなソダム、ロートル同士、お互い踏ん張っていこうなあ…!」
「はっはっは、それでこそセージ・ハスカップだ! ならば全力で相手をしよう! 来い、赤い軍勢のキャア!」
すると、空一面に赤い機体の群れが―――
って、なんじゃこりゃ!!!!
ファンタジー!?
ファンタジーが息してない!! しっかりして!
誰か、誰かファンタジーちゃんを助けてあげて!!!
私たちは無事に氷木林にたどり着き、セージたちの戦闘の様子を遠くから見守っている。
メカたちは、お互いにビームブレイドを出してせめぎあっていた。
「どうしたセージ・ハスカップ! お前の機動戦機力はそんなものか!?」
そんな、戦闘力みたいに言われても…!!!
「せっつくなよプロフェッサー白衣…まだまだ軍勢が待ってるんだ、決着は……ソラでつけようや!! 食らえっ、『超絶! 無限幻想ジャパンXX!!』」
「なっ、しまっ―――!?」
ドゴオオオオオンッ!!
セージが超絶ダサい必殺技名を叫ぶと、機体の腹から物凄いぶっといビームが出て、プロフェッサー白衣の機体を空の上まで打ち上げた。
それを追うように、セージの機体はバーニアをふかして飛び上がる。
最後に一度だけこちらを振り向き、機体は指を二本立てて、アデューのポーズをとって去って行った。
…………。
そして、場に静寂が戻った。
たまに、空の上の方で、ぱ、ぱ、と爆発の花火が上がっているが、それ以外は平和が戻ってきたと言っていい状態だ。
なるほど…機動戦機力ソダム……ってことか。
そういえば中学の頃、私は近所に住む親戚のおじさんから、飽きたからという理由で、古い、とある惑星の名を冠したゲーム機を譲り受けた。
そして一緒に貰ったソフトが、ロボット同士が戦争するシミュレーションゲームで、私はドハマりした。
セーブデータが5回消えるまでは、大好きなゲームだった。
好きだったので、その後いろんな昔のロボットアニメを借りて見てたっけ。
いや好きだったけどさああああ!?
これは、どうなの!!?
待って、今後私たちが旅を続けてても、空の上ではセージがこの星を守りながら戦ってるってことでしょ!?
シュール過ぎない!!?
何やってても頭上が落ち着かなさすぎるわ!!
なんか…なんだろ。
なんだろ~~~~。
私が悶々としていると、マグが気持ちを切り替えるように、マフラーを巻きなおした。
「ユウ、行くぞ……オレたちにできることは……もうない」
ユウは、まだ戸惑うように空を見上げていた。
「けど…」
「セージにはセージの戦いがある……オレたちにはオレたちの……旅がある……そうだろう?」
そのままマグは、「行くぞアンタロー」と言って、歩き出す。
私は荷台の上で、身も心も疲れてぐったりしているので、アンタローに引っ張られるまま、ユウを残して進んで行ってしまう。
いやあ、目の前でいきなりわけのわからないことが起こるって、こんなに精神的に疲れるものなんだね?
まあ、わけのわからないことを書いたのは昔の私なんですけどね。
マグは一度だけ振り向いて、ユウに声をかける。
「ユウ、置いてくぞ……」
「ユウ、一緒に行こうよ!」
私も言葉を重ねた。
ユウは気持ちを切り替えるように、一度頬を両手でバチンとやると、すぐに笑顔でこっちへ駆けてくる。
「そうだな! いや~、カッケエもんを見れたよなあ、まだ夢見てるみたいだ!」
「濃い夢……だったな」
「あははっ、そうなると、みんなで一緒に同じ夢見れたみたいで、嬉しいな~」
「ぷいぃいいっ、ボクちゃんと黙っていましたよ、褒めてください!」
私たちはしばらく、セージが守ってくれた平和を噛み締めるのだった。
<つづく>




