流星と、プラス1
この世界は平和だった。
宿場町を出てからも、一切の魔物に出会わない。
というか、鉱山を除けば、私が旅の道中で会ったことのある魔物って、あのシャコの群れ100匹だけなんだけど、ゼロか百しかないのやめてよ…!!
もっとこう、バランスってものがあるよね!?
「ツナ……寒くないか……?」
マグが、荷台に乗っている私を覗き込んでくる。
「うん、わたしはまだ平気。暑いのは苦手だけど、寒いのはちょっと耐えられるんだー。ユウとマグは?」
「オレも同じだ……マフラーもしているしな……」
「俺は飯さえ食ってれば、すぐ体がカッカすっから寒いのは平気なんだよなー。暑いのは、脱いでも脱いでも逃げらんねーのが困るよ」
「わかる…!」
「ぷいぃいいっ、ボクも平気です、ツナさんツナさん、寒くなったらボクがあっためてあげますよ!」
「あ、そうだね、アンタローはあったかいから、ここからは大人気だよ!」
「(ぱあぁあああっ)」
「よし……今日も順調だったな……そろそろキャンプにするか……」
マグが暮れかかった空を見上げる。
そこからは、いつものようにキャンプを張る…というか、巣作りをする作業だ。
そしてその間に、アンタローはいつも眠りについてしまう。
一度私はキャンプの手伝いを申し出たことがあるのだが、私の役割は、疲れたアンタローを撫でてあげる係に任命されていた。
ドスコイモード状態のままのアンタローをよしよしと撫でながら、私は自分が役に立っているのかどうかを自問自答する日々だ。
それでもアンタローはたまにぷいぷいと気持ちよさそうに寝言を言うので、これでいいかな…と思うことにしている。
食事を終えて、一休みして、さあ寝るかという段階になった頃。
私はアンタローというふかふか布団に凭れて、目を閉じようとした瞬間だった。
「!」
がばっと起き上がる。
「ツナ……?」
「ツナ、どうしたん――」
「流れ星!」
私は空の一角を指で示した。
「すごいすごい!」
「おー、でかいな!」
「……? 妙にゆっくりだが……」
口々に意見を言いながら、私は興奮でいっぱいだった。
三回願い事を言うとか、誰が考えたんだろう、普段からよっぽど身構えている人じゃないと無理だよね!?
私は驚きと興奮で頭がいっぱいで、そんなことを言う余裕は微塵もない。
「あー、もう流れっちまうな…!」
「ツナ……いいものを見れたな……よかったな」
マグがそう言い終わったと同時だった。
ドゴオオオオオオオオンッ!!!
流れ星が流れ去った方向から、物凄い爆音がしてきた。
かなり遠くだったらしく、ここまで届いたのは、衝撃破というよりは、一瞬強い風が火を揺らしていっただけで終わった。
「マジか、落ちたな…!! すげー、初めて見た!!」
「わたしも、はじめて…!」
「隕石だったわけか……隕鉄は高値で売れるという話だが……流石にあそこまで行くのは遠いな……残念だ」
「でも、ユウとマグと一緒に見られて、嬉しい! 危なかった、もうちょっとで寝ちゃうとこだったよ!」
興奮冷めやらぬまま述べると、二人とも暖かな目で私の頭を撫でてきた。
「ツナ~! 俺もツナが見つけてくれなかったら見逃してたぜ、サンキューな!」
「よかったなツナ……思い出が増えたな……」
「うん!」
その日はせっかくいい夢が見られそうだったのに、また私は夢のない眠りを味わうだけに終わった。
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「ねえマグ、フリメールはまだ遠い?」
「そうだな……徒歩だからな……このまま行けば……明後日には……たどり着くはずだ」
「わあ、でも、あとちょっとに感じるね、不思議」
「おー、そりゃツナも旅慣れてきたってことだな、よかったな~!」
「ただ、明日には……雪がちらついてくる……可能性もあるからな……もう大分北だ」
「雪! 雪好きだよ、べちゃっとしたのよりも、ふわふわしたやつが好き! 中に小さい花が隠れてそうな感じがするから」
「そうか……ツナは面白いな……」
マグが目を細めてくる。
と、何かを喋ろうとしたユウが、唐突に喋るのをやめて前を見た。
「…誰か居るな」
え? と思って視線を追うと、確かにぽつんと立っている人影が見える。
マグは訝しむような顔をして、
「なんだ……? こんなところで」
「待ち合わせ…とかかな?」
私がそんな発想をしてしまうほどに、その人は何をするでもなく、ぼさっと馬車道の傍に立ってタバコをくゆらせている。
遮るものが何もない道なので、こちらが気付く頃には、向こうも私たちの存在に気づいたようだった。
ヘイタクシー、とでもいうようなポーズで、片手を上げてこちらへ存在をアピールしてくる。
「アンタロー、ここからは黙っとけよ?」
「ぷいいっ、わかりました!」
ユウの言葉にアンタローが頷く。
だんだんとお互いの姿がしっかりと把握できる距離まできた。
その人は、壮年のくたびれたおじさんという感じで、短い枯茶色の癖っ毛と、同じ色の瞳をしている。
さらには茶色い革ジャンに、Gパンとインナーだけは濃紺で、ラフな格好というよりも、地味な色の方が目立つ。
旅装という感じではないが、優し気なタレ目のおかげで、怪しい印象はなかった。
無精ひげを生やしているが、不潔な感じではなく、めんどくさがりなんだろうな、と感じた。
腰には、鞘にも入れていない、綺麗なデザインの長剣が一本ぶら下がっている。
鞘がないって、危なくないのかな…?
「よう、どうしたんだ、こんなところで。同業か?」
ユウがにこやかに話しかけに行く。
私たちはその傍で待機して、様子を見ている。
その男の人は、少しの間、耳飾りのようなものをいじるような仕草をした後、
「あ~…すまん、それが、迷子…みたいなもんでな。この辺りには不案内なんだが、ひょっとしてここはあんまり人通りがない道なんかねえ? ニーサンらが今日初めて会う人間なんだが」
「ははっ、なんだよおっちゃん、いい年して迷子か? どこに行く予定だったんだ?」
「そうだなあ、とりあえず人が居る町を目指したいんだ。なあ、よければニーサンらに案内を頼んでもいいかい? 他に頼れる奴が居なくてなあ…」
おじさんは、ほとほと困ったような様子で頭を掻いている。
なんだか放っておけない感じだ。
「持ちつ持たれつってことで、俺としちゃOK出したいんだけどな、一応パーティーメンバーと相談してもいいか?」
「ああ、そりゃもちろん。っとお、名乗りが遅れちまったな、俺はセージってもんだ」
ユウは一歩下がって、私たちが会話の輪の中に加われるような隙間を空けた。
マグは私を庇うような立ち位置のままで、その隙間に入っていく。
「俺はユーレタイド。ユウって呼ばれてる。んで、こっちはマグシランでマグ、こっちのチビはナツナってんだ」
「……一応、子連れなものでな……タバコは消してもらいたい」
マグは挨拶よりも先に要求を突き付けた。
セージは、「そりゃそうだな」と言いながら、一度地面にタバコの火をこすりつけてから、胸ポケットに折り曲げた吸殻を仕舞う。
「イヤ悪かった、独身が長いとどんどん気が利かなくなるねえ。ごめんなナツナちゃん、しかし子供ったって、もう十分いい女に見えるけどな、はっは」
セージは悪びれる様子もなく笑う。
というか、マグには私のことがどういう風に見えているんだろう? というのが今更気になってきた。
まだ小学生のイメージのままだったりするのかな…。
「で、ツナ、マグ、どうだ? フリメールの街まで、セージを連れてってやってもいいか?」
ユウが意見を窺ってきた。
「わたしはいいと思うよ! わたしもユウとマグに助けて貰った側だから、困ってる気持ちは、よくわかるし…!」
「……。ツナがそう言うなら……オレにも異存はない……が、怪しい動きをしたら……厳しい対応をせざるを得ない……というのは……わかってもらいたい」
「いや助かるよ、実は昨日の隕石で食べ物も水も無くなっちまってなあ、このままじゃポッケに残ったタバコを食って凌ぐしかないと思っていたんよ」
「マジか、セージはあの近くに居たってことか!? ありゃ凄かったよなあ!」
「おお、ユウも見てたんかい。そうなんだよなあ、予想外というか予定外というか、ここまで吹っ飛ばされちまってなあ…」
「それで手荷物が……ないわけか……大変だったな」
「ああ、でも一日くらいなら飲まず食わずでも耐えられるから、次の街までどんくらいの距離があるかだけ教えて貰えるかねえ? 覚悟をしておきたいからな…」
「いやいや、流石にそういう事情を聞いちゃ食料も水もちゃんと分けるぜ!? むしろちゃんと俺らの好意を頼ってもらうのが、こっからのセージの仕事だな」
そう言って笑うユウに、セージは少し驚いたようだった。
「いやいや…いい人に拾われたな、この年になって、雨に泣く捨て犬の気持ちがわかるとはねえ。振れる尻尾もない身だが、せいぜい迷惑かけないようにせんとなあ。よろしくな」
セージは片手を差し出してきて、私たちはそれぞれよろしくの握手を交わす。
こうして、少しの間だが、四人と一匹のパーティーで旅をすることになったのだった。
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セージは、意外に話好き…というか、聞き好きなおじさんだった。
「俺の趣味? うーん、なんだろうな、あんま考えたこともなかったけど…やっぱ勝負事とか?」
「おうおう、男の子だねえ、頼もしいや」
「そういうセージだって、剣をぶら下げてんだし、戦えるんだろ?」
セージは一瞬何を言われたかわからないような顔をしたが、すぐに「ああ、」と言いながら、腰元の剣をポンと叩いた。
「これは飾りなんだ、刃もなくて、なーんも切れんよ。でも一応、剣を帯びてるってだけで威嚇にはなるからなあ。持ったらわかるが、めちゃくちゃ軽いんよコレ」
「なるほど……飾り用の細工剣だったのか……それならその美しさも……納得できる」
「そういうマグの方は、趣味はあるんかねえ?」
「オレは……木彫り細工とか……最近は……ツナに似合う服や小物……を探すことかな」
「ええっ、そうだったの!? わたし、マグが木彫り細工とかしてる方を見てみたいなあ、一回でいいから」
「……地味だぞ」
マグは視線を逸らしながら言った。
最近ちょっとだけわかるようになったが、これは照れているときのマグの仕草だ。
「はっは、仲がいいんだねえ。ナツナちゃんの趣味は?」
「え!?」
困った。
ゲームすることです、なんて言えないし。
「その……。こうして、外の世界を歩くこととか。まだ珍しいことばっかりで、知らないことを知っていくのって、楽しいよ」
「ああ、そりゃ俺にもわかるねえ。俺は特に、その土地で好まれている歌や音楽を知るのが好きさあ。歌と舞踊は人類とともにあった、なんて言うからねえ。つまり、人間は人間になったときから歌い、踊っていたわけだ。直に歴史を感じる手段…と言っちゃ味気ないが、その土地を知る重要な手がかりみたいで面白いんよなあ」
へええ、セージは文化人類学者みたいなことを言うんだね。
「すげーなセージは、俺はそんなこと考えながら旅したことなんざ一度もねえや」
「はっは、でもそれくらい気楽に構えていた方が、何事も長続きするだろうさあ。…そうそう、キャンプのことについてなんだがねえ。今日は食事の礼もかねて、俺に見張りをやらせてもらえんかね」
「いや、悪いが……そこまで初対面の相手を……信用できるほど……オレは人間ができていない」
マグは感情をこめず、淡々と告げた。
「あ~、いやそうか、そりゃそうだ、出しゃばってスマンかった。だが、若い連中に頼りっきりってのも心苦しくてなあ…」
「いいじゃんマグ、別にセージに手伝ってもらうくらい」
「オレたちが寝ている間に……ツナに何かあったらどうする……」
マグが半眼でユウを睨みながら言った。
「イヤごもっとも、じゃあ大人しく甘えるとするかねえ」
セージは、たははと笑う。
「いや、こっちこそ悪いなセージ、感じ悪いことになっちまってさ」
「まさかまさか、感謝こそあれ、それに対してどうのこうのと思うこたないさあ。ところで、ずっと気になっていたんだが、オタクらの馬は変わってるな…ってのも禁句かい?」
セージの視線の先で、アンタローは「ぷいっ、ぷいっ」と鳴き声を上げながら荷車を引いている。
「あれは……馬の亜種だ」
「亜種ったって…」
「突然変異だ」
「…なるほど」
マグの言いきりに、セージは納得したようだった。
この人、基本的に疑わない人なんだなあ…。
「俺も突然変異であんな風に愛らしくなれたら、人生変わったかもしれないねえ」
「えええ、あの外見で中身がおっさんとか、そりゃ詐欺ってもんだぜセージ」
「違いねえ、はっは!」
ユウとセージは意気投合しているようだ。
しまいには肩を組んで歩いている。
「ツナ……寒くないか……?」
マグがまた定期検診を入れてきた。
「うん、大丈夫だよ、今日はセージも居て賑やかだから、余計大丈夫!」
「そうか……ツナは賑やかなのが好きか……よかったな」
「あ、でも、もちろん、冬の朝みたいな、静かな感じが好きな時もあるよ。だけど、言葉って使わないと錆びつく感じがするから、人の話し声は好き。マグの声も、夕陽みたいに暖かいから、好きだよ」
「………、……そうか。そんな風に言われたのは……初めてだ」
そう言ってマグは視線を逸らした。
噂をすれば影というが、ちょうど、日が暮れてきたようだ。
マグは何かを思うように、じっと夕陽を見ている。
「おっしゃ、そろそろキャンプだなー」
「おおう、手伝えることがあれば何でも言ってくれよな、ユウ」
「つっても、薪もねえからどうせ固形燃料燃やすだけだからなー。ま、おっさんは大人しくして腰を大事してろよ、なんつって」
「言ったな…!?」
「あははっ!」
セージとユウの仲睦まじい感じに、私は思わず笑ってしまう。
微笑ましい気持ちでキャンプを迎えることができた。
<つづく>




