ティランジータ
立ち話もなんですので、ということで、私たちはティランジータのスイートルームに案内された。
アンタローはゆっくり寝かせてあげたかったので、いったん部屋に戻ってアンタローは置いてきている。
ティランジータと一緒に居た二人組はSPか使用人の立ち位置のようで、テーブル席に着いた私たち三人へ、お茶を淹れてくれた。
よく見れば付き人の方はとても日に焼けていて、砂漠の人なんだなとわかる。
マグは小声で、「ツナ、飲むな」と言ってきた。
よほど私がまた攫われないかが心配らしい。
一応、わかったと小さく頷いておく。
「それにしても、驚きました、まさかナっちゃんさんとこんなところでお会いできるなんて…。面影がありましたので、すぐにわかりましたよ」
「面影だあ?? どういうこったよ、アンタは初対面だろ?」
王族嫌いのユウが、ケンカを吹っ掛けるような態度になっている。
私はユウの王族嫌いの理由を知ってしまっているので、なかなか強く止めにくく、ただただハラハラとしていた。
「魔道写真機をご存じですか? 一瞬を絵にして封じ込める、機械文明の遺物なんですが、ちょうど兄がナっちゃんさんを攫っていた頃に、ニヴォゼが復活させたものの一つなんですよ。目新しいのと、試作を重ねる意味もあって、兄はたくさんの写真を撮って、僕に土産として与えてくれました。といっても、ナっちゃんさんの写真は、兄が大事に飾っていたから知っているのですけどね。兄はナっちゃんさんのことをいたく気に入っていたようで、まだ写真を部屋に飾っているんですよ」
「!? ま、まって、写真を撮られた覚えが全くないんだけど…!」
私はもう、敬語を使う余裕もなく、口を差し挟んでしまう。
「ふふっ、それはそうでしょうね。ナっちゃんさんが丸まって眠っている写真でしたから。天使のような寝顔でしたよ。世の中には体を丸めて眠る人も居るんだなというのは、その時に初めて知りました。とても愛らしいですね、クセなんですか?」
ぎゃあああああああああああ!!!
あの変態ゴーグル男、あの短期間のうちに盗撮までやっていただと!!!?
もうリアルでの犯罪をフルコンプする気で居るよね!?
絶対わざとでしょ!!
「おい、取引をしよう……何か望みを言え……引き換えにその写真を燃やしてこい……」
切れ気味のマグが、王族に対しても一歩も引かない893口調になっている。
「え……そうですね……じゃあ、明日一日、ナっちゃんさんをお借りしてもよろしいでしょうか? 兄のことで、少し話したいことがあるのです」
「却………(煩悶)…………下………だ」
「そうですか…。しかし兄の大事にしている写真なので、それくらいの条件じゃないと釣り合いません」
「じゃあ、こっからは歩み寄りだな、俺の出番だ」
そこからは、ユウとティランジータの空中戦が始まった。
ティランジータは流石王族だけあって、笑顔を崩さず、のらりくらりと条件を整えていく。
一方でユウは、若干の苛立ちを抑えられないようで、結論へと気が逸っているようだった。
「では、これで決定ですね。今から一時間だけ、ナっちゃんさんと二人きりにさせてください。それが叶った暁には、ナっちゃんさんが写真を飾られるのをとても嫌がっていたことを、兄に伝えさせていただきます。お二人は、いつでもこの部屋に踏み込めるように、扉の前で待機していてもらって構いません」
「くそ……それでいい…」
ユウは心なしか、ぐったりとしている。
結果的には、お互いの条件がかなり軟化していた。
「…ふふっ、でも、楽しい時間でした。どうか僕のことは、ティランとお呼びください。お二人がどれほどナっちゃんさんを大事にされているかが伝わってきて、とても好感が持てました。兄の言っていた通りですね」
ティランはにこにこと笑っている。
なんというか、人好きのする人…という感じだ。
「ツナ……何かあったらちゃんと大声で……呼ぶんだぞ」
マグが後ろ髪引かれる感じで立ち上がる。
私は「うん」と頷いた。
ティランが腕を振ると、付き人の二人は、先に部屋の外へと出て行く。
「おい、ツナに何かしたら、砂漠の地は二度と踏めねーと思えよ?」
ユウが脅しながら、乱暴に出て行った。
ティランは涼しい顔で、「わかっていますよ」と頷いている。
パタンと扉が閉まると、いよいよ二人きりになった。
ティランは懐から懐中時計を取り出し、テーブルの上に置く。
「あの…ごめんなさい、二人とも、普段は優しい人なんです」
私の方から口火を切る。
するとティランはにこやかに首を振った。
「大丈夫です、謝らないでください。兄が宿で手荒な真似をしたのは聞き及んでおります。それに言葉も、崩してもらって構いません。こちらが付き合わせてしまっているんです、どうぞ楽にしてください」
「わかりま……、……わかったよ。それで、話って?」
急に、ティランの表情が翳った。
先ほどまでの様子が打って変わって、聞きづらそうにしている。
「その……。兄から、父のことについて、何か、聞いていませんか?」
私は驚いてティランの表情を見る。
「どうして、わたしに?」
「…こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、…ただの勘です。兄はよく写真を見ながら、この子は聡明だとか、将来はいい女になるとか、何らかの思い入れがあるようでした。となれば、印象深い話をしたのだろうなと、……推察ですが。まあ、一番気に入っている理由は、『俺をフった女は初めてだ』という一言に尽きるのでしょうけどね、ふふっ」
私は微妙な表情になる。
あの人、ある意味で本当に凄いな…。
子供扱いをしてくる時もあったけど、それでも私を一人の個人、というか女性として見てくれてたんだね。
ごめんね、カッコイイ変態っていう印象しかなくて…。
「…父のことを、兄はただの毒殺だと言い捨てただけで、僕には何も説明をしてくれないんです。ですが、そもそも王族が容易に毒殺されること自体がおかしいんです。僕たちは王族というだけで、数々の毒に耐えうる体を作るため、幼いころから毒物に慣らされます。それをかいくぐって、免疫系がまだない新毒をピンポイントで盛るというのは、内部犯以外に誰が居るのでしょう?」
「それは……」
この人は気づいているんだ。
フィカスが自分のために父を毒殺したのだということを。
きっと必死に突き止めようとしたのだろう。
だけどそれを、無関係な私の口から言えるわけがない。
私はうつむいて、膝の上で手をぎゅっと握る。
「……いえ、申し訳ありません。今のナっちゃんさんの反応で、すべてわかりました」
「!」
驚いて顔を上げてしまった。
ティランは、少し困ったような顔をしていたが、それでも笑顔だった。
「素直な方なんですね。ありがとうございます、おかげで真実を突き止めることができました」
「…フィカスは、選んだって、言ってた」
私は観念して言葉を告げる。
ティランは視線を私から外して、どこか遠くを見ている。
「そう……ですか。……。……では、僕も選ぶしかありませんね。…兄さんの選択を支持します。そして、同じ罪を背負います。国に帰ったら、ちゃんとそのことを伝えようと思います」
「……フィカスって、ぶっきらぼうだけど、優しいよね」
元気づけるように言う。
その瞬間、ティランが豹変するなんて、一体どうやったら予想ができただろう。
「そうなんですよ! 兄さんは最高なんです!」
「!?」
バーンとテーブルに手を当てて、ティランはすっくと立ちあがり、前のめりに演説を始めた。
「僕は異母弟な上に、王族としてやっていけないのではないかと周囲が心配するほど病弱でしたが、それでも兄さんは優しく面倒を見てくれました! あれは忘れもしません、幼い頃、兄さんの後ろを必死に追いかけるばかりの僕が、木の上にあがった兄さんを追って木登りに失敗したときのことです! 擦りむいた膝を、兄さんが魔法で癒してくれたのです。『にいさん、この力は…?』『回復魔法だ、お前のために習得した』 その時に僕は決めました、一生この人についていこうと!」
………。
ユウ=中身は迂闊な小学生
マグ=過保護なせいで浪費家
フィカス=やることが変態
ハイド=死ぬほど性格悪いドS
デュラニー=ボッチの算数男
ティラン=ブラコン ←New!
やめてよ、私がマトモな人を書けないみたいじゃない!?
というか、フィカス可哀想だよ!!
さっきまで、放っておけない弟のために父を毒殺した決意溢れる男だったのに、今入ってきた異物によって、『俺のことを崇めてくれる方を選んだ』みたいな感じになったじゃない!!?
「では聞いてください。兄さんを崇める歌」
「!!?」
「彼ーーこそーー我ーーらのーー、理想ーーの朝陽~~♪ 照らすーー地にーー約束ーーされたーー勝利ーー輝く~~♪」
そこからまさかのミュージカルが始まった。
「振りかざした剣を振らぬのは♪ 己が刃の覚悟の証~~♪ その背に背負いし、宿業を~~♪ ただひたすらに自らへとき~ざむぅ~♪<それがフィカス兄さん>(※一人コーラス)」
キレッキレの動きで踊るティランには、病弱さのかけらも見受けられない。
「滾る想いはクールな中にぃ~♪ 募る想いは民草の中へぇ~♪」
元気になったんだハハハよかったね。
「セリフ:あの温かな日ざしの中で、兄さんは言ったね? 俺は俺のものすべてを救うぞ、国家も民も、すべては俺のものだ。 俺は傲慢な男だからだ。 その瞳の中にいる僕は、いつだって兄さんだけを見つめているんだ!」
いや、そうか、中学生になってから、母に何度かミュージカルに連れてってもらって、確かに好きだったよ、ミュージカル。
「あぁあぁ~~フィカス! それは砂漠の剣~♪ フィカス! それは夜を裂く光~♪ 世界すべてが~たとえ誤解をしても~~♪」
好きだったけど、これはないでしょ!!!!?
「その誤解すら~~~ひれ伏す~~~♪ 真の~~~♪ 王者~~~♪ <世界の王者フィカス兄さん>(※一人コーラス)」
そろそろ自分の好きなものを手あたり次第小説に落とし込むのやめようよぉ!!
「彼ーーーこそーーー我ーーらのーーー、」
二番もあるの!?
うああああああ
恥ずかしいよ―ーーー…!!!!
日常生活に唐突に入ってくるとこんなに恥ずかしいんだね、ミュージカルって!!
なまじ歌も踊りも上手いから困る。
私は真っ赤になって、ティランを直視できずに、必死にオカリナのペンダントを掴んで、『タッチウッド』と心の中で唱え続ける。
助けてあづささん!
というか、中からいきなり不審な歌声がしてるんだから、様子見に来てよ、ユウ、マグ!!
一通り踊り終えたのか、ティランは何事もなかったかのように席に座った。
逆に私は立ち上がる。
「それじゃ、結構時間も経ったし、わたしはそろそろ…」
「まだあと30分はありますよ?」
うそでしょ?
私は大人しく座った。
「ナっちゃんさん、どうでしょう、一度ニヴォゼに来てみませんか?」
「え…?」
「メッシドールからここまで、かなりの距離があります。ということは、旅がお好きなんですよね? ニヴォゼもいいところですよ。ナっちゃんさんがいらしたら、兄もきっと喜びます。もちろん、そうすれば僕が兄に褒めて貰えるかもしれない、という下心付きなんですけどね、ふふふ」
もう普通の会話ができるだけで、この人がまともに見えてきた…。
これも王族の戦略だったということだろうか。
むしろそうであってほしい。
「その…。でも、わたしがフィカスのことを独り占めしてしまったら、ティランは、わたしのことを、妬ましく思ったりはしない?」
「なぜです? 兄が選んだ方だ、僕は大歓迎です。兄の目に狂いはないのですから」
あっ、そうくるかあ…。
「でもほら、二人とも忙しそうだし…。というか、ティランはどうしてここへ?」
今更の質問で話を逸らす努力をする。
「ええ、ご存じの通り、数年前までは挨拶もかねて、兄が各国への貿易を取り仕切っていました。ですが、今年に入ってからは、僕にやってみろと言われまして。兄は執務に集中するのが理由と言っていましたが、王宮に居場所のない僕に、他の者を見返してやれるように、重要な仕事を与えてくださったんだと思います。今回は、フリメールとの商談を終えての帰り道なんです」
「そっか…大変そうだけど、やりがいはありそうだもんね」
「おっしゃる通りです。おかげで良い人生経験をさせてもらっています。いろいろな国を見て、いろいろな経験を積んでいくと、少しだけ自分の手足が伸びて、大きくなっていけるような気がします。心が大きくなっていくと、どんな悲しみが攻めて来たとしても、前よりも耐えていけそうで、心地がいい。きっと、ナっちゃんさんたちが旅を続ける理由も、そういうことなんだろうなと思います」
「…わたしの世界は、ユウとマグが与えてくれたものだから。ひょっとしたら、いつかニヴォゼに行く日もあるのかもしれないけど、それでも、あの二人の許可がない限り、わたしが彼の地を踏むことはないと思う。ティランにとってのフィカスのように、わたしにとっては、ユウとマグが、そういう人で。だから、お誘いは嬉しいけど、わたしではなく、まずあの二人を誘って欲しいな」
「…そうですか。となると絶望的ですね、あのお二人はなかなか手強い。手強い方は、嫌いじゃありませんけどね、ふふっ」
ティランは気を悪くした様子もなく、涼やかに笑ってくれた。
「ところで――」
バタンッ!
話を続けようとしたティランを、扉の音が遮った。
「時間だ……」
ユウとマグが入ってくる。
ティランは驚いたようだった。
「まだ少し残っているはずですが?」
「いいや、『約束を取り付けた瞬間から』一時間が経過したはずだぜ。話し始めてから一時間、なんて、後から条件を付け足すことなんてしねーよな?」
ユウの言葉に、ティランは一度大きく瞬きをすると、とても楽しげに笑った。
「これはしてやられましたね、確かに、細かい条件を設定していなかった僕の負けです」
降参、とばかりにホールドアップするティランを見ると、マグは私を椅子からかっ攫うように抱き上げた。
「帰るぞ……ツナ」
「ま、マグ、自分で歩けるよ…!」
「なにもされていないな……?」
「それは大丈夫だけど…!」
「だったら一刻も早く、だ……」
サッサとマグは歩き出す。
「じゃあな。何を話してたかは知らねーし、知りたくもねーけど、約束は守ったんだから、もうちょっかいかけてくんなよな!」
ユウが念押しのようにティランへ言う。
「おや、『もうちょっかいはかけない』なんて約束はしていないはずですよね?」
ティランが面白そうに意趣返しをしている。
ユウは、ぐっと言葉を詰まらせて怯んだが、すぐに踵を返した。
「…ちぇっ、付き合ってらんねーや、じゃあな!」
「…なるほど、ナっちゃんさんが素直に育った理由が分かった気がします。それでは…」
閉まる扉の向こうで、ティランが王族の礼を向けているのが、ちらっと見えた。
ユウとマグへ好感を持ったというのは、どうやら嘘ではなかったらしい。
部屋に連れ帰られると、私はアンタローが寝ているベッドの上に置かれる。
この町は小さいので人通りも少ないから、人の目を気にしなくていい、ということで、今回は三人部屋を取っていた。
「ツナ……何も飲み食い……してないな?」
「う、うん。ティランは、ちょ…(煩悶)…っと、変わってただけで、そんなに悪い人じゃなかったよ」
「ったく、ツナはそんな風になんでもかんでも信用してっと、いつか痛い目見るぞ!」
「結構わたしが痛い目を見る原因って、大体ユウな気がするけど…?」
「んなっ…!? お、俺はいいんだよ、俺とマグ以外がダメ」
「えーー、なにそれ」
「おい、オレがツナに……痛い目を見せたことが……あるような言い方をするなよ……お前だけだろ」
「あははっ!」
マグの言葉に、思わず笑ってしまった。
いやー、一時はどうなることかと思ったけど、さっさと今日の記憶は封印しよっと!
しかし狭い町という条件が仇となり、結構何度もティランと遭遇してしまい、その度にユウとマグがピリッとしてて困った。
そして私はティランの顔を見るたびに、いつ歌と踊りが飛びだすかハラハラして困った。
食事処、一軒しかないもんね、そりゃ会うよね…。
結局ユウとマグは、この街への滞在を一日しか許さず、次の日には出発をすることになった。
<つづく>