潮の香、海鳥の声
「では皆様、お気をつけて…。またお会いできましたら…と言いたいところですが、ワタクシ、定期的に森渡りをしておりますので…ここでお別れのつもりでいた方がよさそうですね…どうぞお元気で」
あづさは、深々と頭を下げてきた。
「坊ちゃん嬢ちゃん、森の入口までお送りしましょうかい?」
マッチョなカピバラことトランペッターが見送ってくれる中で、マグは首を振る。
「大丈夫だ、ここは見通しがいい……迷うこともないだろう……世話になった」
「ぷいぃいい、楽しかったです!」
アンタローは既にドスコイモードに戻っていて、私の荷車を引っ張る準備をしている。
そして私は荷車の端っこで、お土産にもらったたくさんの果物に囲まれている。
「むいぃ、餡太郎様…いずれ、成すべき時が来れば、すべてがわかるはずです…それまでどうか、くじけずに頑張ってくださいませ…」
「ぷいぃ、ツナさんと一緒なら、毎日楽しいですよ!」
アンタローは一度、ドスンと跳ねた。
「じゃあな、いろいろサンキュー!」
ユウが手を振りながら歩き始める。
先頭が大好きなアンタローは、ユウに追い抜かれないようにと、ぼてん、ぼてんと進み始めた。
「あづささん、ありがとうーーっ!」
私も後ろを見ながら手を振った。
トランペッターはどっしりと腕を組んだまま不動だったが、あづさは、ひょんひょんと頭の上の花を揺らして応えてくれた。
こうして、予想外の寄り道は終わった。
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そこからの旅は順調だった。
元の舗装された道に戻り、海沿いに向けて歩き出す。
この調子なら、明日には宿場町に着くはずだとマグは安堵していた。
あづさに貰ったお土産のおかげで、食料も節約できる。
「ぷいぃいい、ツナさんツナさん、ボクのことを誉めてくれてもいいんですよ!」
アンタローは荷車を引っ張る移動に慣れてきたのか、話しかけてくる余裕も見せてくるようになった。
「アンタローはいい子だねっ!」
私が勢い込んで褒めると、アンタローは「……」と謎の間を開けて、やれやれと器用に頭を振った。
「いい子だなんて、子供じゃないんですから…ツナさんはまだまだ褒め方がなっていませんね、やれやれです」
こ、こいつ…!!
「……アンタロー、かわいいね!」
「おやおやツナさん、お日様へ眩しいですねって言ったとして、それは誉め言葉になりますかね? 当たり前のことを言い連ねるのは手抜きと言われてもしょうがないですね? もう少しひねった言い方を考えてください? ぷいぷいっ」
おっ良いケンカだね、買うよ?
「アンタローの肥満児! 五十太り!」
「(ぱあぁああああっ)」
……育て方、間違えたかな。
「ほらほら、明日には着くんだから、今のうちに段取り決めとくぜー」
ユウが会話に入ってきた。
「段取りって、何か特殊な方法で入らなきゃダメな場所なの?」
「違う違う、ツナとアンタローのことだ。街が見えてきたら、アンタローには小さいサイズに戻ってもらって、ツナは荷台から降りて歩いてもらうことになる。マジで人攫いと思われたらシャレにならねーからな…。んで、荷車は俺が引いて、ツナはその間に帽子を被るんだ。こっからは大体この流れが主流になるから、しっかり覚えといてくれよな」
「そっか、わかった…!」
「それからマグ! お前また肩の力入り過ぎてるだろ、見通しが悪い場所ならともかく、こういう広い道でくらいリラックスしろっての!」
ユウがマグを指さして指摘する。
「だが、警戒しておいて……何かがあればまだ納得は行くが……油断して何かが起こった時……後悔は果てしない」
「だから、それもメリハリつけろって話だよ! もうちょっと俺も頼れよ」
「……善処する」
さすがユウは付き合いが長いだけあって、すぐにマグのそういうところに気づく。
私も言葉を続けた。
「ねえマグ、わたし、旅、楽しいよ? でもマグは怖い顔してるから、たまに不安になるよ。マグは楽しいのかなって…せっかく一緒なんだから、一緒に楽しくしたいな」
マグは、少し驚いた顔をした。
「……そうか。オレが楽しむというのは……あまり考えたことがなかったな……、……」
「ぷいぷいっ! マグさんのマはお飾りですか? これでは、グさんですよ?」
「こいつ、マヌケって言ってるってことか…!?」
アンタローなりの気遣いのようだが、煽っているようにしか見えない。
というか、ユウが言わなければ少なくとも私はマヌケって意味に気づかなかったのに!
「そうか。……善処しよう……」
「マグさんには、ボクが付いてますよっ! ぷいぃいぃっ!」
海沿いの道が見えてきた。
潮騒の音が聞こえる。
マグは、初めてそちらに目を向けた。
「海鳥が飛んでいるな……今気づいた……。こういうことか……」
遠くを見つめるマグの晴れ空色の瞳は、少し眩しそうに細められていた。
私も目を向けてみる。
あの、ぼやぼやした手抜き背景じゃない海は初めて見る。
陽光が飛沫のように、紺碧の水面を踊っていた。
「ソーダ水みたいで、おいしそうだね!」
私がそう言うと、マグは面白そうに笑った。
「……ツナは面白いな。小食のクセに……」
「目で食べる分には、お腹は膨れませんっ!」
そう主張すると、マグはまた眉根を下げて笑う。
ユウはその様子を見て、一安心とばかりに息を吐いた。
「ったく、やれやれだよなー。ツナ、もっと力の抜き方を伝授してやってくれよ」
「伝授って…免許皆伝なのはユウの方だよね?」
「どういう意味だよ!」
「コイツの場合は……バカなだけだ……参考にもならん」
「ぷいぃいっ、ダメですよマグさん、お花畑という暗喩がせっかくあるんですからっ」
「アンタローはそれフォローのつもりなのか…!?」
「あははっ!」
私は思わず笑い声をあげてしまった。
「ツナ……もっとたくさん……感じたことを話してくれ……少しわかってきた気がする」
「うん、それくらいならお安い御用だよ!」
話すだけで役に立てるなんて、なんてステキなことなんだろう。
「海とか、水が流れるところはね、黙ってても音が流れ続けてくれるから、好き。全然周りが静かにならないのがすごくいい。ずっと静かだとね、埃と一緒に時間が積もって、足元が散らかっていくような感じがして、苦手。だからね、たまに、他所の家の前を通った時、ピアノとか、バイオリンの音が染み出てくる家があったら、すごくラッキーだなって思うよ」
「なんだ……音楽が好きだったのか……デューはピアノもバイオリンもできたが……聴かせてもらえばよかったな」
「え!? さ、さすが、貴族だね…」
もうお別れをした相手なので、なんとなく美化して思い起こされる。
ピアノもバイオリンも、さぞや似合ったことだろう。
「じゃあ、ツナは願い事があったら、オルゴールとか、そういうのが欲しいって感じなのか?」
ユウの言葉に、首を傾けてちょっと悩んだ。
「願い事かー…。あのね、途方もないことをお願いするのが好きだよ。この海一面に、宝石の花が咲きますように。あの山の向こう側に、ここから見えるくらい大きな柱時計が立ちますように。だけどわたしの願い事は、いつまでたっても叶わなくって、だから、他の人の願い事が叶ったんだなって思って、安心するの。わたしにはもうユウとマグとアンタローが居るから、願い事の権利くらいは他の人に譲らないとね、バランスが悪くなる気がして」
「……ツナは面白いな……。なんだか妙な感じだ……ツナからこんなにたくさん……話が聞けるようになるなんて……言葉を勉強して貰って……結果的にオレにとって……嬉しいことになるなんてな」
「……ン。わたしも、まだ変な感じ」
似非カタコト弁も楽だったけど、やっぱり気ままに思ってることをダーッと喋れるようになったのはいいなあ。
これはこれで楽だ。
「言っとくけど、ツナに最初に言葉を教えたのは俺だからな、俺!」
誰と張り合っているのか、ユウが自分を指さして主張してきた。
「わかってるよー、ユウには感謝してますから!」
「ツナさんツナさんっ、ボクにも感謝してくれていいんですよっ」
「ねねね、アンタロー、街に着いたら何したい?」
さりげなくアンタローの要求から話を逸らす術が身についてきた。
「ぷいぷいっ、美味しいもの食べたいですっ(どすん、どすん)」
「宿場町だからな……名産があるかどうか……最低限の施設しか……ないことも覚悟しておいた方がいい」
「まーいざって時は海の水でも飲み干せば腹も膨れるだろ」
「ぷいぃ、そうですねっ!(きらきらっ)」
「待った、冗談だから冗談、な!?」
「ユウはそろそろ迂闊な言葉を言う癖、直した方がいいよ…? マグはユウの迂闊さで困ったことなかったの?」
「ありすぎて……もう忘れた……逆説的だがな」
「なんだよ、オレはムードメーカーだからいいんだよ! ちぇっ、あんまりイジメてくると、宿屋の交渉とかやってやらねーぞ」
「拗ねるなよ……いい年して……」
「もーー、ユウ、マグは喋るのより買い物の方が上手で、ユウは買い物が下手で喋るのが一番上手で、適材適所なんだから、そこは観念して頼られてくれないと、みんなが困るよっ」
喋り…で思い出した。
実は前からマグのことで気になっていることがある。
喋りにくいって、どんな感じなんだろう?
もし、痛みとかがあるんだったら、筆談とかも考えてみないといけない。
マグはきっと、痛くても我慢して話をしてくれるだろうから。
「ねえマグ、前から気になってたんだけど、呪いってどんな感じなの? ウッってくるの? 痛くない…?」
マグだけではなく、ユウも私の質問に驚いた顔をしていた。
「……、……。ストローで水を吸い上げるとき……指でグッと摘まんで栓をする……あんな感じだ……。無理やり栓をされたように……言葉が詰まる」
「そうなんだ…もやもやするね、それは。でも、物理的に痛くないんだったら、少しだけよかった。ユウのは、あんまり自覚できない感じ?」
「……ぶはっ、ははははっ!」
私が目を向けると、ユウがいきなり笑い出した。
「えっ、どうしたの…!?」
「ツナ、普通さあ、もっとこう、腫れ物に触るような扱いとかしねえの!? おっかしいの、今日の晩飯何かってくらい普通に聞いてくるからビビったぜある意味!」
「ツナは面白いな……今のは……ユウにすら聞かれたことはない……質問だった」
「え…でも、冒険者を続けるために、呪いを解く気はもうないって言ってたよね? だったら、もうそれはユウとマグの一部として、どういう状態なのか、わたしはちゃんと知っておきたいよ。ううん、わたしがユウとマグに初めて会った時から、とっくにユウとマグの一部分だったんだから、あって当たり前のもので、今更の話だよ。それも含めて、二人が大事だよ。……でも、確かに、言われてみれば、不躾……だったのか、ごめんね、怒った……?」
おずおずと窺うと、ユウは首を振った。
「いや、怒ったのは、自分にだよ。なんで今までマグにそういうこと聞くのを避けてたんだろうな。結局腫れ物にしてたのは、俺ら自身の方だったってわけだ。あーあ、バッカみてーだ」
「ぷいぃい、おなかがすきましたっ、ツナさんツナさん、ご飯にしましょうっ」
ここにきてマイペース太郎が発動してきた…。
「そうだな、ここらで昼にすっかー、つっても、こんな道のど真ん中じゃ邪魔だから、あっちの砂浜の方で休憩な。アンタロー、砂地で荷車を引くのは大変だけど、できるか?」
「ぷいいぃいいっ、任せてください、ボクはなんでもできますよ!」
アンタローは大張り切りで、ドスンドスンと進み始める。
「ツナ、ありがとな……」
「え?」
マグはそれだけを言って、黙ってしまった。
「……うん」
怒られなかったことに安心したのと、純粋に嬉しかったのと合わせて、私は上機嫌で笑った。
「でもね、私が何を言っても、二人が嫌わないでくれるって、わかってたからだよ。甘えてごめんね」
内緒話のように言うと、マグは柔らかく笑い返してくれる。
海鳥の鳴き声が、相槌のように響いていた。
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「うわーー、船いっぱいあるね…!」
宿場町に着いてすぐに、私たちは船着き場に行ってみた。
というか、他に見るべき場所がなかった。
酒場兼宿屋が一軒、雑貨屋が一軒、製鉄所みたいな船の整備所が一軒。あとは全部倉庫と馬車置き場。
それがこの小さな宿場町の全容だった。
人通りも少なく、まばらだ。
しかし、たまに通りかかる人が居ると、それは同じ顔をしていた。
背景は適当なものからちゃんとしたものになったけど、モブの人はまだモブなんだね……それとも、そのうちまたもう一段階変化したりするんだろうか。
「完全に港が主体なんだなー。まー北国なわけだし、輸出入が命ってところもあるんだろうが…」
ユウが、手で庇をつくりながら、船の群れを見上げて述べた。
マグが言葉を添える。
「フリメールの特産品は……ハニーワインと蜜蝋と……質のいい武器防具らしい」
「そっか、フリュクティドールが近いから、精錬された金属が手に入りやすいんだね。あれっ、でも、寒い地方なのに、蜂蜜があるの?」
「あっちにはスノービーという……雪国特有の蜂がいてな……寒さに強い花も何種類かあるそうで……普通の蜂蜜よりも上質らしい。ツナは頭がいいな……」
マグが帽子越しに、私の頭を撫でてくる。
「つっても、こうも見所がないんじゃ、明日には出発だな、ここも。船の出入りもなさそうだしなあ…結構長いこと停泊してる感じだよな」
船着き場には、ひときわ大きな船が一隻と、あとは中くらいのと小さいのがまばらに浮かんでいた。
荷揚げの気配も、今はない。
「アンタロー、眠いの?」
私は自分の抱きかかえているふかふかの物体を見る。
アンタローがやけに静かだと思ったら、うとうととしていた。
「しゃーないよな、午前中はずっと移動で、やっと休憩できたわけだし。…もう見るもんは見たし、宿に帰るかー」
「そうだな……一息入れたら……オレも買い出しに行こう……十分な物資があるかは……期待できそうにないが」
「あ、買い物、わたしもついてく!」
「俺も俺も! 他にやることなんもねーしな、ここ」
「そうだな……じゃあ、いつものように……アンタローに留守番を頼んで……行くか……休ませてやろう」
私たちは、酒場でお昼ご飯をちゃっちゃと済ませた。
驚いたことに、アンタローはウトウトしながらも、口元に食べ物を運んでやると、もぐもぐと食べていく。
「食いしん坊だな」と、ユウは自分のことを棚に上げて笑っていた。
御馳走さまをすると、二階に上がって、私たちが取っている部屋へと歩く。
珍しいことに、私たちと同じ三人組が突き当たりの部屋を出てきて、私たちとすれ違った。
突き当たりって、スイートルームだったよね、お金持ちなのかな…と思って、つい振り向いてしまう。
すると、私と同じく、三人組の真ん中を歩いていた人が、同時に振り返った。
パチッと目が合う。
うわあ、綺麗な感じの男の人だな…。
肌は透けるような色白。輝く黄金色の長い髪。紅玉のような赤い瞳。
身なりはよく、布地は上質さよりも、繊細な刺繍や装飾が施してあることのほうが目についた。
昔の私だったら、反吐が出るほど大嫌いなナヨっちいタイプだなと思っただろうが、今の私は、優しそうな人だなあ、という感想で終わることができる。
これは私の持論だが、年を取るということは、許せることが増えていくことなんじゃないかと思っている。
ゆえに私の将来の夢は、ステキなおばあちゃんになることだ。
目が合ったのは一瞬だったので、私は何事もなかったかのように、アンタローを抱えなおして歩き出す。
「待ってください!」
優しげな声に呼び止められた。
「え?」と思ってもう一度振り向くと、その人は私の前に歩み寄ってきた。
ユウとマグは警戒して、私を庇うように一歩前に出る。
しかしその人は一歩も怯まず、じっと私のことを見てくる。
「あの…間違っていたらすみません。ひょっとして……ナっちゃんさん、ですか?」
「……え!?」
あまりにびっくりして、頓狂な声が出てしまった。
「な、なん」
「何者だ……なぜツナを知っている……?」
マグが言葉を被せてきた。
ものすごい形相で、相手のことを睨みつけている。
その金髪の男の人の両脇を固める二人の人も、臨戦体制になろうとしていたが、金髪の人がサっと手でそれを制した。
すぐに柔和に微笑んで、手を胸に当て、こちらへ一礼を向けてくる。
「やはりそうだったんですね。申し遅れました、僕はティランジータ・ニヴォゼと申します。…そして、兄の名はフィカスラータ。以前、兄がお世話になったそうですね」
「えええええええ!!!?」
思わず大声をあげてしまう。
ユウもマグも、とても驚いていた。
<つづく>




