花守あづさ(下)
目を覚ますと、エンゼルストランペットの隙間から見える空は、もう夕暮れだった。
「う……?」
「ああツナ、良かった!! ホントごめんな!? 俺が迂闊だったばっかりに!!」
ユウが心底安堵したように息を吐く。
私はゆっくりと上体を起こし、状況を確認するようにきょろきょろした。
「わたし…気絶しちゃってた?」
「むいむいっ、大丈夫ですわ、どこも悪い所はないのは確認済みですから…」
あづさがぴょんと跳ねた。
その隣で、アンタローは疲れてしまったのか、すやすやと寝ている。
あれだけ全力疾走したら、そりゃ疲れるよね。
「ツナ……痛い所はないか……?」
地図をにらめっこしていたマグが、すぐにこちらへやってくる。
「うん、大丈夫、それに、今の衝撃でちょっと、思い出せたことがあるの」
「思い出せたこと? そもそもなんか忘れてたっけ?」
ユウが不思議そうにしているが、私はあづさに向き直った。
「うすぎりもも、と、こまぎればら、の名前に、覚えはありますか?」
「まあまあ、懐かしいお名前ですこと!」
あづさはぱちくりと瞬きをして、ぴょんと跳ねた。
やっぱり、あの時の魔女が言ってた「あづさ」って名前はこの人だったんだ!
「あの二人は、かつてワタクシが居た忍者の森で拾った赤子なのです。手塩にかけてくノ一に育て上げましたのを、昨日のことのように思い出します…元気でいましたでしょうか?」
「えっ、忍者? 魔女…だよね?」
待って、忍者の森ってもう響きからしておかしくない?
全然忍んでないんだけど。
「何言ってんだよツナ、あの時の忍者だろ? 今思い出しても腹立つぜ、胸糞悪い幻術かけてきやがって」
「ああ……忘れようがない……」
いやいやいや、忘れてるよね!?
あれ??
………。
あ、わかった!!!!
さては、狭霧の森の話って小学校の頃に書いた話だから、間が空いて中学生になって細かいこと忘れてるな!!?
ほら、読み返さないからこうなるんだよ!!
なんだよ魔女と忍者って、全然違うじゃない!!
「まあまあ、あの頃から、おいたばかりしていましたが…変わってないのですね。ご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ございません…この通りです」
ふかぶかと謝るあづさに、マグは首を振る。
「もう済んだ話だ……今日はアンタローが世話になったし……今夜もこうして……キャンプで厄介になる……帳消しだ」
「わあ、今日はここに泊れるの?」
「ええ、勿論でございます…近頃は魔族の動きも活発になっていますからね。この森は安全地帯ですから、ぜひごゆっくりしていらして…」
「安全地帯って、結界でも張ってるってことか?」
「いいえ、魔族に効くほどの威力の結界を毎日保つのは不可能です。ただ、この森には守護者が居るのです…」
「へえ、強そうだな! どんな奴なんだ?」
ユウがまた後先考えない好奇心で突き進んでいく。
「名を『トランペッター』と申します。なんならご挨拶させましょうか…?」
ええ!?
トランペッターって、終末のラッパ吹きの!?
「そ、そんな危険そうな人と、挨拶なんてできるの!?」
私は腰が引けている。
「まあまあ、ご安心くださいませ、可愛らしいものですよ… ピュイーーーーーっ♪」
あづさはいきなり高らかに、森中に響く口笛を吹き始めた。
すると夕闇の向こうから、ゆっくりと近づく影が現れる。
「姐さん…お呼びですかい?」
低く渋い声。歩き方は横柄で、のしのしと。
やがて私たちの前に姿を現したのは…顔が可愛いカピバラの、マッチョな獣だった。
顔から下は人間の巨漢と同じ体躯だ。口には草を咥えている。
いや気持ち悪いよ!!!
あづさはカピバラに対して何か恨みでもあるの!!?
「うはあ、強そうだな、守護者ってことは戦えるんだよな!?」
ユウは怯えも遠慮もなく、グイグイとそのトランペッターに聞き込みを始める。
ユウは分け隔てない人だなあと、ある意味で感心した。
「へえ、当然でさあ。この森の平和を乱すやつには、あっしのトランペットが火を噴きますぜ」
そう言ってトランペッターは、肩で銃器をトントンとやっている。
って、FA-MASじゃん!!!
そっちのトランペット!!!?【注1】
「なんだ、銃器かよ~、あとで組手やろうぜ組手、鍛えてくれよ!」
「へい、構いませんぜ坊ちゃん。なんならそっちの坊ちゃんもどうですかい? やはり男として生まれたからには、強さを高めて損はないでしょうや」
「そうだな……守るために強くなる必要は……ある」
ユウとマグがトランペッターと盛り上がっている。
「むいむいっ、意気投合したようで何よりですね。夜の見張りもトランペッターに任せて、ぐっすり眠っていただいて構いませんからね…たくさん暴れておいでなさいな…」
「そうだな、暗くなる前に行こうぜマグ!」
「わかった……ツナ、あとでな」
「それでは坊ちゃん方、こちらへおいでなせえ」
三人はトントン拍子に話を進めていき、森の奥へと歩いていった。
「え…と…」
私はついていこうかどうかを悩んでいた。
というか、その前に、誰かがあづさにカピバラへのコダワリについて突っ込んだ質問をしてくれるかと思っていたのに、みんな普通に受け入れるので、私はタイミングを外したままだ。
まあ、いっか…と思っていたら、あづさが話しかけてきた。
「お嬢さんには、お夕飯の準備をしてもらいましょうね…果物がお好きなんですって…?」
「あ、はい、そうです。でも、この辺りはエンゼルストランペットしかありませんよね?」
きょろきょろしていると、あづさは上品に笑った。
「ホホホ、ご安心くださいませ、ワタクシは植物系の精霊ですから。あらゆる植物を生やせるのですよ、これこの通り…」
しゅるるるっ
地面から大量の芽や蔦が生えてきて、瞬く間に生い茂り始める。
「うわあ、すごい…!」
あっという間に、この広場を囲うように、様々な果物や野菜が、季節問わず所狭しと鈴生りだ。
「ですがワタクシ、動くのは苦手なので、収穫はお嬢さんの手を借りるしかないのです…お願いできますか…?」
「もちろんですっ、全部採ってもいいですか?」
「むいぃ、ぜひどうぞ。終わりましたらお声かけくださいませ、すぐに引っ込めますからね…」
私は夢中で収穫を始める。
さすがというか、ちゃんと生で食せる物ばかりだ。
せっせと採取しては、大きな葉っぱが皿代わりに地面に横たわっているところまで持っていって、備蓄していく。
少しやったら慣れてきたので、私はあづさに話しかける余裕が出てきた。
「あづささん、魔法の使い方のコツってありますか?」
「むいむい? そうですね、系統によって変わるので、一概にとお答えはできませんが…お嬢さん、ワタクシのこの花に触ってみていただけますか…?」
私は収穫したものを急いで葉っぱの上に置くと、あづさの方まで戻っていく。
これかな? とちょっと首をかしげて、ためらいがちに、指先でチョンと、あづさの頭の上に生えている花の、花びら部分に触ってみた。
「しばしそのままお待ちくださいね…」
「はい…!」
しまった、もっとちゃんとしっかり触ればよかった、チョンと触り続けるって、結構辛いぞ…!
すると、いきなり驚いたように、あづさの背筋(?)がピンと伸びた。花もピンと反り返る。
私は思わず手を引いた。
「あら、まあ。お嬢さん、フェザールでしたのね…これは珍しい」
「え!? な、なんで、わかったんですか…?」
「フェザールの魔法系統は人間と違ったものが多いですから、そこから予想をいたしたまでですわ。お嬢さんの魔法系統は、創造魔法ですのね…でしたら、ワタクシが教えるのは、魔法の使い方ではなく、精神の鍛え方の部分となりますね…」
えっ、創造魔法って、思ったよりすごそうな響きだ。
でも確かに、私が今まで使ってきた魔法って、なんていうか、特殊というか…なんでもできるけど、かっこ悪いの一言に尽きる気がする。
もっとバーっと波動砲を出して敵を倒すとかだったらカッコイイし、スカッとするのに!
「精神の鍛え方って…?」
「そうですね…お嬢さん、その首から下げていらっしゃるのは、木製のオカリナですね…?」
「あっ、はい、そうです」
思わず首から下がったオカリナを、触って持ち上げる。
「では、普段から深呼吸をしながら、『タッチウッド』と言って、それに触ってごらんなさいませ。そして、心乱れた時にも、そのことを思い出しながら、『タッチウッド』と言って触れてみてごらんなさい。落ち着きを取り戻せるおまじないです…」
わあ、イギリスの風習だよね確か。
あっちのは、厄除けのおまじないだったはずだけど、こっちだと、心を落ち着けるおまじないなんだね。
私はさっそく、大きくスーハーと深呼吸をして、両手でオカリナを包む。
「タッチウッド」
「うふふ、お上手だこと。少しずつ続けてみてごらんなさいませ。きっと結果が実りますわ…」
楚々と微笑むあづさを見ていると、なんだか本当に心が落ち着いてきた気がする。
私って単純だからなあ、おまじないって効くんだよね。
「ありがとうございました!」
頭を下げると、あづさはそっと、果物の収穫を促した。
「さあさあ、殿方はお腹を空かせて帰ってくるのが仕事ですからね…しっかり準備して差し上げなさいませ…」
「はい!」
私は足取り軽くうきうきと、一人収穫祭を楽しんだ。
だが、すべての収穫を終える頃には、早くも疲労がMAXになっていた。
さっき気絶して休息をとっていたはずなのに…!
体力なさすぎる、この体。
いや、でもそもそも自分と同じ目線のものを収穫するならともかく、目線より高い所に生っていたり、腰を曲げて収穫しなければならない場所にあるものもあったりで、そういったものを採り続けることがこんなに疲れるとは思わなかった。
農家さん、日々のお勤めに感謝です…!
私がはあはあと息を荒げてぐったりしていると、あづさはテキパキと、収穫を終えた後の植物を枯らしていく。
その跡地には、まるで絨毯のようなふかふかの草が、ふわっと生えてきた。
「お疲れ様ですね、さあさ、ゆっくりとくつろいでくださいませ…」
「うわあ、羽毛みたい!」
ふかふかの感触を手で撫でるように味わいながら、ふと自分の言った言葉で、自分の翼のことを思い出した。
「あづささん、ここでついでに羽をぐーっと伸ばしてもいいですか?」
「うふふ、もちろんですわ、ご安心くださいませ、この森には今、あなたがた以外の人間は居ませんから、誰にも見られませんよ…」
さすが長生きをしているらしい精霊だけあって、私の言葉の意図を察してくれた。
「ホントですか? じゃあ、遠慮なく…」
私はしっかりと立ち上がって、仁王立ちのようになる。
まだ翼の扱いに慣れていないので、「ん~…」と唸りながら、肩甲骨の辺りを、翼でもぞもぞさせていく。
仕舞い込んだ翼を出していく感じで…服に空けている穴が出口なんだけど…結構、まさぐる感じになってしまうな…。
意外に難航している私を尻目に、あづさは広場を囲むように、ランプのような、淡く明るい花の咲いている植物を生やしていく。
もう時刻は、夕暮れから夜になっていた。
…あ、あった、出口穴! ここだ!
バサアッ!!
勝手がわからず、ものすごく勢いよく翼を広げてしまった。
これは、ちょこちょこと翼を動かす練習をしておいた方がいいのかもしれない。
うわーー、でもやっぱり、伸びをする感じで気持ちいいなーー。
そう思っていた矢先のこと、矢のような勢いでこちらへ駆けてくる足音が、背後から聞こえてきた。
「ツナッ!!!!?」
「え!?」
いきなり腕を掴まれて、無理やり振り返させられた。
目の前に、びっくりするくらい焦った顔のユウが居る。
私は大きく目を見開いて、すぐに腕に走った痛みに、「痛っ」と声を上げてしまった。
ユウは信じられないほど強く、私の腕を掴んできていた。
「むいむいっ、レディは優しく扱わねばなりませんよ…」
あづさが、ユウを優しく叱るように咎めた。
「あ……悪い、つい…」
ユウは我に返ったように、わたしの手を放す。
ユウの視線は、困ったように周囲をさまよった。
「その……び、っくりして………戻ってきたらいきなりツナが、羽を広げてて……また飛んで行っちまうのかと……思って」
ユウは、恥ずかしさと安堵が入り混じったような溜息を吐きながら、片手で顔を覆った。
「焦った……。勘違いだったんだな、悪い……でもよかった……」
「ユウ…ごめんね、ちゃんとわたし、ここに居るよ…?」
ここに居る証拠のように、ユウの腕を掴む。
「ああ、そうだな…。そうだ、腕、俺が掴んだとこ、何ともないか?」
ユウはそのまま私の手を取って、チェックをした。
「つってもすぐだからわかんねーか、しばらくして痣が浮いてきたらもう…申し訳が立たねーな…くそダセー…」
ユウは軽薄な顔でへらへらと笑い、稀に見るくらい落ち込んでいるように見える。
…ホントごめん、まさか本当にトラウマを与えていたなんて…!!
「気にしなくていいから! え…と…マグは?」
辺りを見渡して、なんとか話題のすり替えを試みる。
「ああ、それがアイツら、組手が終わったら銃器トークに花を咲かせててさ、付き合いきれねーから俺だけ先に抜けてきたんだ」
「そっか、それは長引きそうだよね…!」
「……」
いつも雄弁なユウが黙ると、すぐに会話が途切れてしまう。
私が焦っていると、助け舟を出すように、あづさが口を開いた。
「お嬢さん、見たところ、まだ翼の扱いに慣れていらっしゃらないのね…フェザールは魔力を翼に貯め込む習性をご存じかしら? 満月の夜には、月明かりの下で翼を広げてみるとよろしいですわ……そうすれば、そちらの殿方も、次第にお嬢さんの翼に慣れてくるのと思われますよ…むいむいっ」
「あ、ありがとうございます。ほら、ユウ、見て、わたしね、食べ物たくさん収穫したんだよ、あづささんが出してくれて、頑張って集めた! この、ふかふかの草も、あづささんが出してくれて、ね、座ろう?」
ほとんど支離滅裂な言葉になりながら、ユウを引っ張って、草地の上に座らせた。
ユウはちょっと困ったように笑って、そのまま私の誘導に従う。
なんだかその状態のユウを放っておけなくて、私は隣に座って、ユウの腕を掴んでおく。
「あづささんは、わたし以外のフェザールと会ったことがあるんですか?」
「むいぃ、残念ながら直接会ったことはございません。ただ、植物を通して、いろんな場所の、いろんなことを知っておりますの。特にフェザールは植物とは仲がよろしいのですよ。音楽を好み、空に歌う、ステキな種族と存じております…」
「そっか…」
やばい、私音楽の成績って普通だった気がする。
と考え込んでいる私を見て、ユウが口を開いた。
「ツナにはホームシックとか、ないのか? いや、事情はそこそこわかってるつもりだが、念のため聞いておきたいんだ」
「え…」
一瞬、小説のことではなく、リアルのことを聞かれたのかと思った。
……。
それでも、私の答えは同じなんだろう。
「……ないよ。わたしの居場所は、ユウとマグの隣だから」
心臓がどきどきする。
最近、恥ずかしいことがあるとすごくリアルに帰りたいけど、そうじゃない時は、もう全然、そういった渇望が薄れてきている。
これは本当に、小説のナツナの気持ちと混ざりあってしまったからなんだろうか。
それとも…。
「…そっか。ごめんな、意地悪なことを聞いちまった気がする。…よっしゃ、切り替えるぜ! もうマグとか放っといて、先に食っちまおうぜ!」
ユウはいつもの笑顔を向けてきてくれて、私はほっとしたように、同じような笑顔を返す。
「うん! ちゃんとマグの分を残しとかないとダメだよ…? これ、明日の朝の分もあるつもりで収穫したんだからね!」
「えーどうすっかなあ、運動の後だし、結構腹減ってるんだよ俺。本当は肉食いてーし、ちょっと多めに食うくらいいいだろ!」
言いながら、キュウリやトマトなどを選り分け始めるユウに、私は「もーー」と言って、マグの分を先に確保して対策する。
そこからは普段通り、バカなことを言って笑い合ったりできた。
<つづく>
【注1:FA-MAS】
トランペット型アサルトライフル。
例えば海外留学していた友人が帰国してきたとする。
「なにをしていたの?」と聞くと、「トランペットを…吹いてきたのさ」という返事が返ってきたとする。
ナツナは空気が読めるので、この人は外人部隊の傭兵をやってきたんだなと思う。
日常で使える豆知識の一つだ。
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