デュラニー
「ではナツナくん、予定通り、今日は一日作法の授業をさせてもらうよ」
デューがメガネを押し上げる。
私はなぜかドレスを着させられており、デューと向かい合っていた。
「うんっ、いつでもいいよ!」
「そこは、『かしこまりました』が正しい。今は私を目上の異性だと認識したまえ」
「あっはい」
早速注意されてしまった。
くうっ、私の思い描く子供っぽい喋り方がもう身に沁みついてしまっている。
しかしこの流れは多分、今日中に脱却できなければページを戻される流れに違いない。
となると、本気で臨むしかない。
そしてデューの授業が始まった。
しかし30分くらいして私は気づく。
これ……たぶん、社交とかで使う作法だ……
私が求めていた一般的な15歳の喋り方や所作からかけ離れたことをどんどんやらされていく。
この男、役に立たないな!!?
旅の中のどこでこれを使えっていうの!?
こうなると、とにかく機械的に目の前の要求をこなしていくしかない。
不幸中の幸いというか、私は小学生の頃、母に無理やりバレエを習わされていた。
というか、バレエだけでなく、一週間ずっといろんな習い事漬けだった。
嫌々やっていたので、結果的に私はすべての習い事が身につかない月謝泥棒となったわけだが、結構断片的に内容を覚えている。
とにかく指先と、そしてつま先を常に意識するのは、美しい所作の基本となるらしい。
そして、勢い任せではなく、自分の意志で、ゆっくりと体の隅々までを支配した動きを行う。
しかしギャロップなんてどうやったらゆっくりできるかわからなかったものだが、とにかくその辺を思い出した所作をやっていくしかない。
私は左手でドレスのスカートをつまみ上げ、右手を胸に当てるように、ゆっくりと丁寧に、デューへとお辞儀をする。
顔を上げると、デューは茫然と私の方を見て、そして急にぶわーっと頬を赤らめた。
「ナツナくん、さてはどこかで既に作法を習っていたね? それならそうと早く言いたまえ、これでは私は道化ではないか」
「道化だなんて、そんなことはありませんわ、先生…(昨日の決め台詞の方がよほど道化だった意味で)」
とりあえずこれは合格点だったということなのだろうか。
結構ゆっくり動くのって辛いというか、疲れるな…優雅さって筋肉と体力が必要なんだね。
でも今思い出して気づいたけど、バレエの先生の足、人が蹴り殺せそうなくらい太くて筋肉もりもりだったなあ…、優雅さのために必要なものって、たゆまぬ努力なんだろうな…白鳥と一緒だね。
などと物思いにふけっていたら、デューはもうやめだとばかりに息をつく。
「やれやれ、集中もできていないようだし、いったん休憩を入れようか。その辺にかけたまえ、茶を淹れさせてこよう」
そう言ってデューは私室を出て行った。
「うあーー、やった、おわった…!!」
私は解放感とともにぐーっと伸びをして、デューが普段使っているのだろう、アンティークデスクの椅子にどさっと腰かける。
「すごいよね、私室だけでこんなに広いなんて」
誰もいない中で無意味に喋るのは、結局自分で喋り方の模索をするしかないと判断したためだ。
こういう時は、15分の寸劇をやるつもりで、いろんな場所に目を向けて、とにかく喋るためのネタを探すしかない。
と、ふと部屋を探る目が、ある一点で止まった。
「…これって……」
デスクの上にある本から覗いているのは、中に緑色のものが入っている栞だった。
ぱらぱらと本をめくってみると、入っていたのは、四葉のクローバー。
随分と使い込んでいるらしく、端の方が少し痛んでいた。
「デュー……そっか、あの時の。使っててくれたんだ…」
ちょっとじーんとした。
っと、いけない、セリフセリフ。
「デューってあんまり感情を見せないようにしてるだけで、本当はすごく素直で優しい人なんだろうな」
……うん、喋りやすいな、こういう感じで行こうかな。というか、ほとんど素のままだけど…。
「待たせたね」
デューが銀のお盆を持って帰ってきた。
この屋敷は別荘だけあって使用人が少ないので、結構デューは自分で動く。
私が見ているものに気づくと、急に気まずげな表情になって、ごまかすように紅茶の入ったティーカップをデスクに置いていく。
「……何か、言いたげだね?」
しかし結局彼は自分からその話題に突っ込んできた。
よっぽど恥ずかしかったんだろうな…。
「ううん、大事にしてくれてて、嬉しいなって思っただけだよ」
そう言って私は、一礼をして紅茶のカップを手に取る。
本当は両手で包みたいところだが、絶対注意されるので、優雅に持ってそっと口をつける。
「それは当然だろう。私にとっては大切な思い出の品だ。あの時買った雑貨のいくつかも、その一番上の引き出しに入れてある」
「えっ、開けていい?」
「…どうぞ」
私は丁寧に紅茶のカップを置くと、デスクの引き出しを開ける。
コロコロとサイコロが転がってきた。
「わあ、懐かしい! 変だよね、わたしにとってはついこの間の出来事なのに、懐かしく感じるよ」
サイコロをつまんで、デューに笑顔を向ける。
「それは、当然だろう…いろいろ、あったのは間違いないのだから」
「…?」
急にデューの言葉の端切れが悪くなってきて、私は首をそっとかたむける。
「デュー、なにか、我慢してる?」
「いや、そんなことは…」
デューは、優雅とは程遠い所作で、ぐっと紅茶を一気飲みした。
そして隅にある、どう見てもレコードみたいなものをいじって、そして部屋の中央に戻り、私に手を差し伸べてくる。
「よし、あとは一曲ダンスを踊って終了としよう」
「えっ、ダンスなんてやったことない!」
「いいから手を取りたまえ、君は全身の力を抜くようにして、男性側に身をゆだねればいい。リードがこちらの役割だからな、下手に力を入れない方がいい。できるかね?」
「あ、そういうのなら得意だよ!」
頷いて立ち上がると、いそいそとデューの手を取る。
何も考えずにポヤっと過ごすことなら任せて欲しい。
すぐに曲が流れてきた。
「やれやれ、元気なことだ。君は虚弱なのかお転婆なのか、時折わからなくなるな」
デューは困ったように笑いながら、曲に合わせてゆっくりと動き始めた。
なるほど、向かうべき方向へさりげなく引っ張ってくれるのか…コックリさんだね。
誘導に従うだけなので非常に楽だ。
「デュー、音が出てるあれは何?」
「あれは魔道レコードだ」
おっときたきた久々のクソファンタジーが。
さては魔道ってつけばなんでもいいって思ってるな!?
「高そうだね…」
「全く、ナツナくん、物の値踏みをするのははしたないぞ」
「そうでした、ごめんなさい」
言いつつも、柔らかく笑う。
デューは私の片手を釣りあげる用にして、くるりとターンさせてくれた。
このターンするときに、ドレスの裾がふわってなる感じ、好きだなあ…。
「なかなか力を抜くのが上手じゃないか」
「それって褒めてるの??」
「むろんだ。貴族の子女などは、本当に上手な方も居れば、無駄なプライドが邪魔をして、不必要に力んでしまう方もいらっしゃるからな」
「なるほど、プライドの無さなら自信があるよ!」
「そんなに自慢げに言うことかね?」
二人で笑い合う。
思えばデューとこんな風に話す機会は全然なかったから、まるで初めて会った人のように感じる。
「ああ……曲が終わってしまうな」
「そうなんだ…?」
「そうだ……終わってしまう」
「…デュー? なんだか残念そうだね、ダンスが好きなの?」
「そう…だったのかもしれないな」
「……なんだか、さっきから、歯切れ悪いよ。やっぱり何か、我慢してる?」
「そんなことは…」
言葉を続けようとしたデューの目から、いきなり大粒の涙がボロッと零れてきた。
デューは、隠すように慌てて目頭を押さえる
「!?」
私は凍り付いたように動きを止めた。
その時、いきなりレコードの針が飛び、ぷつり、ぷつりと同じ個所が繰り返し流れていく。
「デュー、どっか痛い…?」
「いや……」
デューは堰を切ったように、そのままぼたぼたと涙を流し続けた。
男の人が泣くところなんて見るのは初めてで、私はおろおろとそれを見守るしかない。
「ほら、曲、終わらなかったよ…! よかったね…?」
などと言って元気づけるのだが、デューは「ああ…」と機械的な相槌を打つだけだ。
「どうしちゃったの、悩みごと…?」
どうしても放っておけなくて、デューの身体を支えるようにして、彼の顔を見上げる。
「いや…、ナツナくんが…大きくなったなと思うと…胸がいっぱいになって」
父親か!!!?
びっくりした、斜め上過ぎたわ!!!
「くっ…失敬、貴族たれと在り続けてきたはずなのに、感情を表に出すなど愚の骨頂だ、情けない…!」
デューは声を震わせて続ける。
「ナツナくん…これからも健やかに過ごしたまえ…。君たちの旅路の無事を、私は祈り続けているよ」
…ああ、そっか。
たぶん、明日でデューとはお別れなんだ。
デューの屋敷から、私というぬいぐるみが居なくなってしまう。
きっと、そういう寂しさもあるのだろう。
「欲を言うなら…、できれば私のことを覚えて居て欲しい」
「もちろんだよ、忘れるわけないよ!」
「ナツナくん…」
肩に、デューの手袋をした手を回された。
その手は震えていて、何かを躊躇うような間を、じっと漂う。
…やがて、デューは私の肩から手を引いて、気持ちを切り替えるようにメガネを押し上げた。
「失敬。今のは、ユウくんとマグくんには内緒だぞ」
そう言うと、デューは針の飛んだレコードを直しに向かった。
「アンタローにはいいの?」
つい質問してしまう。
「フッ、随分と意地悪な質問をする。私が泣いていたと彼に告げたところで、きっとポヤっと受け入れて、何が起こるでもないだろう。そこが可愛いのだがね。生き物はついつい可愛がってしまうな」
えっ、あれは可愛がっていたの?
貴族、わかりにくいな!!
でも、今日のことで、デューが本当はどれだけ感情が豊かで、優しい人かがわかってしまった。
それは貴族社会に嫌気がさして、冒険者になりたいって思ったのも当然だよね。
デューは何事もなかったかのようにきびきびと動き、飲み終えた紅茶のカップを銀のお盆に乗せていく。
「ナツナくん、今日はつき合わせてしまって悪かったね。お礼に何でも言うことを聞いてやろう、何か望みはあるかい?」
「えっ……」
突然の申し出に、また私はうろたえてしまう。
咄嗟に部屋の中をさっと見渡して、デスクの上に置いたままになっているものに目を止めて、すぐにそれを取りに行く。
実は昨日から、気になっていることが一つある。
「じゃあ、デューの計算、見納めだし、見ていきたいな! このサイコロの出目を当てることってできる?」
摘まみ上げたサイコロを掲げると、デューは面白そうに笑った。
「造作もない。やってみたまえ」
「よし、じゃあ、いくよ~、えい!」
ぽーんと、高くサイコロを放り上げた。
「y=ax+b! 6だ!」
「!!!!?」
ぽとん、ころころ。
本当に6が出た。
が、私が驚いたのはそこではない。
1次関数!
やっぱり、フレミングの左手の法則って、中学で習ったもんね、確か!
私…この部分を書いている時、中学生になってる!!!
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せっかくドレスを着させてもらったので、ユウとマグに見せたいと告げると、デューは快諾してくれた。
「喜んでくれたようで嬉しいよ。何なら旅に持っていくかね?」
「それは流石に無理だよ!」
「冗談だ」
「もーー、デューの冗談はわかりにくい!」
拗ねたように言うと、デューは楽しげに笑った。
「では、私は執務に移ろう。もう少し君たちと共に過ごしたかったが、こればかりは仕方がない」
「…涙の跡がバレちゃうし?」
「ナツナくん!」
「冗談だよ、じゃあ、あとでね!」
くすくす笑いながら、デューの私室を後にする。
「ユウとマグ、帰ってきてるかなっ」
私は教えてもらった作法のことなどすっかり忘れて、小走りに雑魚寝ルームへと向かう…と行きたいところだが、走ると疲れるので、歩きに戻した。
移動の間に、さっきのことについて考える。
そうか、私、これを書いている頃には中学生なんだね…。
そういえば、飽きっぽい私は、途中で小説を放り投げて、しばらく期間が空いてた気がする。
それで、中間とか期末のテスト勉強のどっかの時期に、ノートを掘り起こして続きを書いてたなあ。
一回書き始めると、弾みがついて、結構そこからは続いたんだよね。
じゃあ、目が覚めた時に背景のぼやぼやが無くなっていたのは、中学生で描写力とか、想像力がアップしたから…とか?
試しに廊下の花瓶や天井に目を向けてみるが、ちゃんとした背景だ。
他には考えられないよねえ?
それとも、何かあるかな…。
んーー…。
…ひょっとして、私がこの世界に順応したから…とか?
……まさかね。
って、考え事してたら通りすぎてた!
私たちが普段使っている部屋は、両脇の花瓶に、青いデルフィニウムが挿してあるので、今のところ迷わずに済んでいる。
「ただいまっ」
ガチャッと扉を開けると、でかいアンタローが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて迎えてくれた。
「おかえりなさいツナさんっ、ボクを撫でに来ましたか?」
「アンタロー、ユウとマグはまだ?」
私は靴を脱いで、はだしで敷かれた布団の群れの感触を味わう。
「お二人は一度荷物を置いて、ボクのホットケーキを回収して、また買い出しに出かけましたっ」
ボクのホットケーキって、改めて聞くとすごい響きだな…。
というか、その体型になっても、相変わらず出るんだね。
微妙ななつかしさにふけっていると、アンタローがスススっと寄ってくる。
「待つ間に、ボクを撫でてもいいんですよ??」
「もーー、仕方ないなあっ!」
私はアンタローの上に、どすっとダイブした。
「ぷいぃいいっ♪」
アンタローは満足げに目を細めている。
「ツナさんツナさん、ボール遊びでも、いいんですよ?」
「…え?」
「ボール遊びでも、いいんですよ??」
「だ、ダメだよ、アンタロー大きいから、もう放り投げたりできないよ!」
「(しゅーん)そうですか…。では、壁打ちしてきます…」
「待って!? お屋敷が壊れちゃうから!」
私は必死にアンタローの上で引き留める。
「ふふふ無駄ですよツナさん…! ボクは自分より小さいものに対しては強気ですよ?」
「むっ。同じくらいだよ! わたしは縦に長くて、アンタローは横にも太いだけだし!」
「……あっ」
急にアンタローが、斜め上を見上げて硬直した。
「……?」
私は不思議な顔で、天井の方を一緒に見上げる。
「なにもないよね?」
視線を戻した。
「ツナさんツナさん、今日は何して遊びますか??」
「待って! 今の『あっ』は何だったの!?」
「いえ、もう自分で解決しました」
「き、気になる……!!」
アンタローと話すと、ストレスがもりもりと溜まっていくのを感じる。
「もーー、いいけど」
私はアンタローの上から降りて、今度は彼の横腹(?)に寄り掛かるように、背中から凭れた。
「あっ、違うポーズですね、新しいです、テンションが上がりますね!」
「…アンタローは、毎日楽しい? たくさん連れまわすことになっちゃったけど…無理してない?」
「ぷぃいいい?」
思えばアンタローとこうして話すのも、ちょっと久しぶりな気がする。
「そうですね、この間まではとても寂しかったですが、今はとても楽しいです」
「え、寂しいことがあったの? どうしたの?」
思わずアンタローの方を振り返る。
「ツナさんが、何度呼んでも起きてくれなくて、たくさんお傍で待ちました。ボクが悪い子だからツナさんは起きてくれないのかと、誰に聞いても、ボクはただ撫でられただけでした。どうすればいいのか全然わからなくて、とても寂しかったです」
「…アンタロー…」
「添えられたお花を食べてみたり、ベッドで跳ねてみたりもしました。ツナさんが、怒って起きるかと思ったからです。最初の頃は、ツナさんのおなかの上に乗ってみたりもしました。でも、全部ダメでした。ボクはツナさんとずっと一緒に居たいと思っていますし、それが叶っている状況でした。でも、とても寂しかったです。一緒に居るというのは、一緒に居るだけではダメなんですね。ぷぃぃ、とても難しいです」
(ぼろぼろ、ぼろろっ)
アンタローの口から、大きな粒がこぼれていった。
「……心配かけてごめんね、ごめんねアンタロー」
私は額をこすりつけるようにして、アンタローの大きな身体に寄り掛かる。
ずっと待ってくれていたアンタローの気持ちを思うと、少しだけ涙が出た。
そうしている間に、いつの間にか二人で眠ってしまった。
<つづく>




