左手のカタチ
「これが……わたし?」
などとお決まりのセリフを言ってみながら、しかし本気で驚いてしまう。
デューに案内されたドレスルームには、大人の人がすっぽり入るくらいに大きな鏡があり、まだゆったりとしたネグリジェ姿のまま、私はくるりと一回りしてみる。
ふわふわの長いねこっ毛が動きに合わせて踊り、白い翼も動きに合わせてついてくる。
顔つきは昔の面影が残る程度に成長していて、大人と子供の中間くらいな感じだ。
リアルでこんなに美少女だったら、絶対ストーカーとかに狙われて大変なんだろうな…というレベルで可愛い。
私はそういう意味でも、リアルで美女をやっている人を心から尊敬している。
私なんて至極普通の容姿だったけど、それでもアレな目に遭いかけたこともあったし。
美人さんだったらきっと不快な思いをした数は両手の指では足りないんじゃないだろうか…人生つらすぎる。
よし、リアルとは違うという意味を込めて、私はこの小説のナツナチャンの可愛さを、『フィクション可愛い』って名付けよう!
しかし、改めて見ても細さがヤバい。
美しい意味でヤバいのではなく、心配になるくらい手足が細い。これ確実にフレイルだよ…。
でも、そうなんだよね。
この翼で空を飛ぶには、体重が重いと無理なんだよね。
元々フェザールは、走るよりも飛ぶ方が得意で、そのためにあまり筋肉がつかない体質になっている。
「なんか変な感じだよなー、俺らはもうその姿のツナを見慣れてんのに、ツナ自身は初めて見るなんてさ」
ユウがしみじみというと、デューが話を継いだ。
「しかしこうして動いているところを見るのは初めてじゃないか、私としてはなかなか胸に来るものがあるよ」
「ツナ、その翼は……最初の時みたいに……仕舞えるのか?」
「うっ、やってみる」
マグの言葉に、私は「ん~…」と唸りながら、ばさばさと翼を動かしてみる。
何度か手探りで試行錯誤をした後、肩甲骨の辺りになんらかの手ごたえを感じたので、こうかな? とやってみた。
一度、二度、と羽ばたくたびに翼は短く小さくなっていき、三度目で服の中にしまうことができた。
「よかった……これでぐっとリスクが下がるな……」
「これ、ネグリジェに、あな、あけてくれたの?」
「もちろんだ……ツナの今の体型に……合わせた服も……既に用意してあるし……全てに翼が出せるようにしてある。……ツナは体を絞めつけないような……緩やかな服が好きなのは……変わってないか?」
「うんっ」
マグがドレスルームの端へと歩き出す。
そちらを見てみると、数着の衣服がハンガーラックに並んでいた。
そのうちの、一番小さな、見覚えのあるポンチョのような服をマグは手に取る。
「それって、わたしがさいしょ、きてたふく、だよね?」
「ああ、ツナの記憶の手がかりになるかと……残しておいたものだ……。これにも羽出し穴があって……これを参考に裁縫した……それからツナ、これ」
マグが一緒にかけてあった、小さいオカリナのペンダントを持ち、私の方に戻ってくる。
崖でアンタローを助けるために、捨てたはずのモノだ。
「あ…かいしゅう、して、くれたんだね」
「ああ、あん時はまだ、ツナに記憶が戻ったって知らねかったからなー、手掛かりになりそうなもんはなるべく取っておこうと思ってさ」
「そっか…ありがと」
ユウの言葉に頷きながら、私はペンダントを受け取って首にかける。
しかし内心はすごく焦っていた。
…これ、なんだっけ?
まさか、この後の展開で吹けとか言わないよね?
私、オカリナなんて吹けないよ!?
いや、でもわかる。
オカリナって神秘的でファンタジーっぽいよね。
好き……正直すごく好き。
しかしこれはひょっとして、隙を見て練習とかしておいた方がいいのかな。
とか考えていることがバレないように、物凄く思い入れがありそうな顔をして、ペンダントを手に取ってじっと見つめておく。
そしてみんな空気が読めるので、見た目思い出にふけっているような私の思索の邪魔をしない。
「ツナさんツナさんっ、ひさしぶりにボクとボール遊びをしてくれていいんですよ?」
と思ったら空気が読めないペットが一匹いたんだった。
「ええっ、アンタロー、そんなに大きくなったら、わたし、もうボールあそびなんて…そもそも、だっこすらできないよ!」
「(がーーんっ)」
アンタローのつぶらな黒目が、すべて白目になるくらい驚いている。
「まあ、アンタローはこの屋敷で三年間ずっと食っちゃ寝の生活だったからな、そりゃぶくぶく太るよな」
ユウが元気づけるように、大きくなったアンタローの肩(?)をたたく。
「ツナ、身体のことで……オレたちに知っておいて……欲しいことがあれば……言って欲しい」
「……わかった」
私はみんなに、フェザールの特性を告げる。
排泄を必要としない代わりに、人間よりも体力がなく、そして薬物に対する抵抗力もあまりないこと。
動物性たんぱく質を食べると、消化・分解に異常に時間がかかり、疲れてしまうこと。
走るよりも飛ぶ方が得意なこと。
筋肉が付きにくいため、大人になったとしてもあまり力がつくことはないこと。
翼をしまうのは窮屈とまではいかないが、たまに羽を伸ばす時間があると嬉しいこと。
「なるほど、繊細な種族のようだね。よくここまで育ったものだ…」
デューが感心するように言った。
「それは……わたしが……じゅんすいな、フェザールじゃないから」
言いづらい感じに、私は俯いて、二の句が継げなくなる。
少しの間、場が静まりかえる。
アンタローはまだ(がーん、がーん)とショックを受けている。
「ツナ、言いたくないなら……言わなくていい」
「……ン。ごめん…」
ああ……種族バレが終わったから、あとはもう晴れ晴れとした気持ちでいけると一瞬思ったんだけど……
実はまだ恥ずかしい設定が残ってるんだよね!!
ううう、またあの恥ずかしさに耐えなきゃダメな時が来るのかなあ!?
どんだけ容赦なく恥を重ねてくるの、私!!
「いや、不躾なことを言ってしまった、すまなかった、ナツナくん」
「ううん、デューには、たくさん、おせわになった、みたいだから、むしろ、わたしのほうが、おれい、いわないと、ダメだから!」
「…フッ、レディに気を使われるとはね。しかし詫びというわけではないが、ナツナくん、出立前に、少し作法を習っておかないかね」
「さほう…?……あ、しゃべりかた、とか?」
「そうだ。我々は事情を知っているから違和感なく話せているが…その幼い喋り方では、侮られて弊害が出る場面も来るだろう。君たちがどこの馬の骨ともわからんヤカラに舐められるのは、正直私には耐えられん。どうかね、私のためと思って、少し授業を受ける気はないかね」
「デュー……ツナはこのままでも……愛らしい」
「そうだぜデュー、そもそもツナは種族が違うから言葉が通じなかったわけで、これでも必死に言葉を覚えたんだぜ!」
保護者二人が庇ってくれるが、私は首を振った。
「ううん、マグ、ユウ、わたし、ならうよ。いっしょにいるひと、の、ひんい、まで、おとしめる、ことになったら、きっと、くいが、のこるから」
「ツナ…」
保護者二人が私の成長にじーんとしているのが伝わってくる。
せっかくこの喋り方にも慣れてきたんだけどなーー。
名残惜しいけど、仕方ないよね。
これは持論だけど、ファッションは、隣を歩く人が恥ずかしい思いをしないためにあると思っている。
言語もそれと似ている気がしている。
私には隣を歩いてくれる人が、二人もいる。
だから、二人には絶対恥ずかしい思いをさせたくない。
年齢にあった喋り方をまた模索するのは大変だけど、頑張れるよ、私。
…あれ?
デューの方に目を向けると、ちょっとデューも感動しているように見える。気のせいかな…。
デューは仕切り直すように、メガネを押し上げた。
「では決まりだね。今日はまだ君たちの方で積もる話もあるだろうから、明日、ナツナくんを借りてもいいかね」
「…そうだな、どのみち俺らもまた旅に出るための準備とかしなきゃなんねーし、明日はまた二人で買い出しとかしておくかー」
「たしかに……もう心配事はなくなったから……思考に集中できる……ツナの体力で……次の街までどう行くか……練り直す必要はあるが……、しかし……」
マグはまだ、子離れできない親みたいな感じになっている。
かくいう私も親離れできないみたいで、つい提案をしてしまう。
「でも、ユウとマグと、だけの、くうかんなら、いままでどおり、しゃべってもいい…?」
両手を合わせて、お願いするように、ユウとマグではなく、デューの方を見て言った。
デューは少し動揺して見える。
「……むろんだとも。ただし、私の前でもそれはお願いしようかな。いきなり他人行儀は、さすがに心に来るものでね」
「ツナ~!」
「ツナ……!」
ユウとマグが嬉しそうに私を撫でに来る……というか、べたべた触りに来る。
…まって、これ、ユウとマグのこのゲロ甘状態は治さなくていいんですかメガネさん!
そう思ってデューにヘルプの視線を向けるのだが、デューはその光景を普通に受け入れているどころか、仲睦まじい私たちの姿に「よかったな、ユウくん、マグくん…」という感じに感動してすら見える。
私はこんなに戸惑っているのに!
ハイド、罪深い!!!
どうしてくれるのこの状況!!
この三人、全然三年前と距離感が違うんだけど!!?
なんていうんだろう。見てる方向が違う感じ?
図解すると、こう。
―――――――――――
【三年前】
┌──┐ ┌───┐
│ユウ│ ← │デュー│
└──┘ └───┘
↓ ┌─┐
←│私│
↑ └─┘
┌──┐ ┌─────┐
│マグ│ │アンタロー│→
└──┘ └─────┘
―――――――――――
【現在】
┌───┐
│デュー│
└───┘
┌──┐ ↓
│ユウ│→┌─┐
└──┘←│ │ ┌─────┐
│私│ │アンタロー│
┌──┐←│ │ └─────┘
│マグ│→└─┘ ↓
└──┘
―――――――――――
これだよ!! 居づらいわ!!!
ひょっとしてこれも作戦? 作戦なの!?
この状態の二人の前で私を攫ったらダメージがでかいだろうという計算ってこと!?
あのクソ魔族、次会ったら覚えとけよ…!!
私は心に闘志の炎がともるのを感じた。
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「えっ、あたらしい、あいしょう…?」
昼食の席でのこと。
なぜか唐突に、デューに提案された。
「ああ。実はマグくんに名を呼ばれて気づいたんだが、デューと呼ばれているのか、ユウと呼ばれたのか、たまに混同することがあってね」
「デュー、ユウ…ほんとだ! ごめん、きづかなかったよ!」
「いや、オレの発音が悪いのも……原因だ。個人的にはもう……デューという呼び方にも……愛着はあるんだが」
「そもそも俺とデューの間だったら間違いようがないから俺も構わないっつったんだけどさ、試しにツナに聞いてみたいんだってさ」
「私もナツナくんに貰った名に愛着があるからね、何、食事の席での他愛ない世間話のようなものさ。ナツナくん、どうかね、私に新しい名を試してみないかね」
えーー、そんな、いきなり言われても…!
くうっ、アドリブ苦手なんだよなーー。
よし、とりあえず、ちゃんとしたやつを思いつく前に、間を持たせるので行こう。
「じゃあ、『メガネ』で」
と言いつつ、まずい、そもそもデューの本名が思い出せないんだけど、これ今更聞いたら失礼だよね!?
「メガネか……すばらしい! 名は体を表すというが、実に私にぴったりフィットしている愛称ではないか!」
「よっ、メガネ!」
「よろしくな……メガネ」
「まってゴメン!! いまのナシで!!」
しまった、今この人たちは、ずっと眠っていた私が何を言っても全てが嬉しいんだった!!
うう、まだ起きたばっかりだし、あと三日くらいはこんな感じなんだろうな…。
それにしたって幸福度の最低ラインが低すぎないか!?
シリアスな場面で「そんな、メガネ……っ、メガネーーーッ!(メガネ、暁に死す!)」ってなったら私笑っちゃうでしょ!
くそう、絶対ダメ出しされると思って言ったのに…!
「ちなみにスペルは、Duranyだ」
そうだった、デュラニーだったね!
「じゃあ…、かしらもじで、ディーってよびかた、どうかな?」
「お、いいじゃんいいじゃん、そんなに変化ないし! これなら俺も覚えやすいし」
「よろしくな……ディー」
「フム、さすがナツナくん、響きも上々じゃないか。やはりこういった新しい響きはいいな、自分が違うものに生まれ変われたような衝撃が来る」
なるほど、デューって呼ばれるようになったことが、そんなに衝撃的だったのか。
「でも、もう、デューでなれてるから、このままいきたいな」
「よろしくな……デュー」
マグがBOTみたいになってるんだけど、さては心底どうでもいいんだな?
デューは特に異論もなく頷いた。
「そうか…それならそれで構わないよ、どうせあと数日しか使うことはなさそうな名だ」
「…あ、そうか、デュー、おやしきに、のこる?」
私の質問に、デューはメガネを押し上げる。
「ああ、残念ながらね。君たち冒険者の慎ましい生活を見て、私にも思うところができた。それは、金銭の大切さだ。私にとっては、幼いころから潤沢にあって当たり前のものだったからね。そういったこととは縁遠い生活というものがあるのだと、感銘を受けたよ。そして自らの恵まれた環境に気づけた。これだけ恩恵を受けておいて、貴族としての責務も果たさず、跡目を継ぐ努力を怠るのは恥ずべき生き方だ。これからはもう、逃げずに立ち向かうことにするよ」
そう言ってデューが浮かべた笑みは、諦観によるものではなかった。
「そっか…」
さみしくなるね、と言おうかどうか、ちょっと悩んでしまった。
というか、その前にデューが先程からパンをちぎっては足元に放っていく所作が気になって仕方がない。
そしてデューの横にアンタローの頭がちょろっと見えていて、何やらもごもごと動いている。
…ひょっとして、テーブルの下で与えられたパンを食べてる!?
アンタローはその状況に疑問はないの!!? 飼い慣らされやがって!!
引くわー、貴族……。
「ま、寂しくなるけどしゃーないよな。そうだツナ、今のうちに俺とデューで考えた、デューの決め台詞とか見て行けよ!」
「えっ、きめぜりふ…って、どこでつかうの?」
「そりゃ敵を倒した時に使うに決まってるだろ!!」
「まったく……バカ二人……だな。思いつくたびに……聞かされる方の……身にもなってくれ」
マグはこういうところはクールだよね。
でも、私はちょっと聞いてみたくなっている。
いいよね、決め台詞、熱いよね!
「デューのきめぜりふ、きいてみたいなっ」
私はワクワクとデューの方を見る。
デューはまんざらでもなさそうに、スッと立ち上がった。
「フッ、まったくユウくんは仕方がないな、食事の席でやるなんて、はしたないだろう」
口ではそう言いながらも、披露したくてうずうずしているようだ。
デューとユウは何時大人になるのかな…。
私はつい、三年の月日の無力さを感じてしまう。
「いくぞナツナくん!」
「うん!」
とはいえ気になるのは事実!
さあ来い!
「私に解けない数式は、女心と秋の空!(ビシッっと指でフレミング左手の法則を作る)」
いやダサいわ!!!!!!
というか、久々に見たよローレンツ力!! あったね、そんなの!
未だにΩの法則との違いがよく分かってないよ。混ざる。
「身一つ世一つ生くに無意味、デュラニー・ヴィア・ユーフォル!(ビシッっと指でフレミング左手の法則を作る)」
円周率好きすぎでしょ!?
この男、畳みかけて来ただと…!?
「名乗りの前に……無意味とか言っているのは……いいのか……?」
マグが真剣に悩んでいる。
「重力加速度は9.8だが、私の加速度は10をも超える! デュラニー・ヴィア・ユーフォル!(ビシッっと指でフレミング左手の法則を作る)」
0.2の差って微妙じゃない!?
さてはもう名乗れば何でも決め台詞だと思ってるな…!?
「えっと…! じっさいに、つかったの…!?」
私は感想を聞かれる前に質問で攻めていく。
「そうそう、アーマーアリクイとか、退治すんのがすげーめんどくせーヤツを倒したときとかにやるとスカっとするんだよな!」
嬉しそうにユウが言う。
アーマーアリクイっ、浮かばれなさすぎる…!(滂沱)
くそー迂闊だった、ユウが一緒に考えたって言ってた時点でこの結果を予想しておくべきだった!!
無駄に期待しちゃったよ!!
デューは居住まいを正すようにメガネをかけ、椅子に座りなおした。
「フッ、どうかね、ナツナくん」
「デュー、おわかれしても、げんきでね!」
私は最高の笑顔でそう言った。
<つづく>




