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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第一章 小学生編
35/159

私の正体(上)

===========================================


       のせいで、アンタローが高いところからおちてきた。

 そのとき、ナツナのきおくがもどった!

 ナツナのせなかから、つばさがはえて、そらをとんで、アンタローをたすけた。


「てん……し……?」


 みんながびっくりしている。


===========================================


 ひいえあうあ


 ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!?


 うあああああああ


 いやあああああああああ!!!!


『てん……し……?』←最も恥ずかしいポイント


 もう


 もういっそ、私が崖から身を投げたいわ!!!!!!!!!!!


 え、ここで!!!?

 ここで死ぬほど恥ずかしい種族バレがくるの!!!?

 小説の内容をほとんどウロ覚えの私ですら結構明確に恥ずかしいシーンだよなって覚えてたレベルなのに!!


 もっとこう、世界のピンチとかをせめて助けさせてよ!!!!!!


 なんだよフーセンガムで空飛ぶ事件って舐めてんのか!!?


 ちょっと待ってホント待って、これをクリアしないと先に進めないってもう死ねって言ってるようなものじゃない!!!?


 ふぐうおおおおおお


 しんじゃう。

 これほんと、詰んでる。


 でもこれ、私が戸惑ってると、あの三人のうち誰かは必ず死ぬ状況だよね!?

 ちょっともう

 ほんと、もう…


 ど、どうしよう。


 とりあえず私は集中を解き、目を開けて、ふらふらと歩き始める。


 この足取りの重さは、今日学校行きたくないな~とかいうレベルの話じゃない。


 今日、翼出したくないな~(ヤケクソ)


 あ~~、牛歩戦術をまさか議員でもない自分がやる日が来るとはな~…。


 飛びたくねえ ああ飛びたくねえ 飛びたくねえ(ナツナ、魂の俳句)


 ダメダメ、変なテンションになってきている。


 たぶん、私はいま、目が死んでる。


 マグとかに見られなくてよかった、心配されてたよ。


 ああ……もうおうち帰りたい。


 リアルに帰りたくないってちょっとでも思った罰なんだろうか?


 でもこれはないわ!!


 いいかい、小学生のナツナチャン。

 ちょっと、仲のいい親友とか、誰でもいいから家族のことを思い浮かべてごらん?

 その人が、こんな自分アゲの小説を書いてるって思ってみてごらん?


「きっっっっつ!」


 って思うんじゃないですかねえ!!!?

 あなたのやっていることはそれですよ!!!


 ダメだよ、無理だよさすがに、いや、100歩譲ってこれをやるのだとしても、あと10回くらいのページ戻し分の心の準備期間が必要すぎる…っ!


 のろのろした歩みでも、一歩は一歩だったらしい。

 気が付けば、遠目にユウとマグの姿が見えるくらいまでは来ていた。


 ああ、アンタロー降りて来いよって言ってる場面だ……。


 こんな距離からだと、まるでTVの中の出来事のように、他人事みたいに見える。


 もう間に合わないけど、大丈夫だ、この感じならもう、他人事として見ていられるだろう。


 フーセンが割れて、アンタローが落ちてくる。

 するとマグが唐突にユウを殴りつけて、地面に転がす。

 そのままマグは、アンタローを助けに地面を蹴った。


 ユウの足元に戻ってきたのは、アンタローだけだった。


 ………。


 他人事に見られると思ったのに、結局私の目からは、スーッと涙が静かに流れた。




   <・・・・・パラ・・・・・>




「まずい、あっちは……崖が多い……!」



 私は、ふらついて倒れそうになった足を、なんとか持ちこたえさせた。


 ユウとマグに遅れてはいるものの、走るペースを保つ。


 口元には、薄ら笑いが浮かんでいた。


 そうだ、今回は…ううん、ここからはずっとアンタローに落ちてもらおう。


 そもそも精霊なんだし、死ぬとは限らないよね。


 今回は捨て回にして、段取りを決めるつもりで、いこう。


 死にゲーでは基本的な戦術だし、別に私だけがこんな決断をするとは思えない、みんな同じことやるよ、きっと。


 私は冷静に前を見て、茂みをまず避ける。


「ユウ、マグ!」


 そして、先の方を行く二人をまず呼び止めた。


 二人とも一度足を止めて、こちらを見る。

 その間に、少しずつ距離が縮んでいく。


「どうしたツナ、辛いならそこに居ろ!」


 ユウが焦りを隠さず、早口でまくし立てた。


「う、ううん、はあはあっ、ちがうの、かんがえが、あって…!」


「考え……?」


 まずマグが合流して、息を切らした私の背中をさする。


「おねがい、アンタローは、わたしに、まかせて…!」


「どういうことだ?」


 ユウは少し早足になって、私の方へやってきた。

 これで、二人とも崖から遠のいた。


「せつめい、してる、じかん、ない、わたしを、しんじて、ほしい…!」


 私はユウとマグに縋りつくように、二人の衣服を掴んで見上げる。

 時間がないのは本当で、心の中はすごく焦っていた。


「……わかった。ツナに……任せる……ただし、危ないことなら……止めるからな」


「マグ、いいのか?」


 ユウがまだ戸惑っているようだが、私はすぐに言葉をかぶせた。


「あのね、それで、ひとつ、やくそく、してほしい! なにがあっても、ぜったい、なにも、いわないで!」


 ここで、『てん……し……?』と言われないための布石が絶対必要これは絶対必要!! 心が持たない!


「? よくわかんねーが、そんくらいならお安い御用だ」


 ユウが頷き、マグもそれに続いた。


「ありがとう…!」


 私はほっと一息つき、二人をその場に残して、アンタローが浮かぶ崖の端の方へと歩き出す。


 そして、歩きながら衣服を脱ぎ始めた。

 まず帽子、ペンダント、上着、それからワンピースを、ばさりと地面に放り捨てる。

 

 背後で二人が動揺する気配がしたが、何も言わない約束なので、何も言わないでくれている。


 私はだぶだぶのシュミーズ一枚になって、崖へと歩き続ける。

 これで、翼が出しやすいはず。


 段取りは確認できた。

 肌寒い風が、一枚きりの衣服を揺らし、吹き抜けていく。


 アンタローの風船が、私の視線の先でパチンと割れた。


「ぷぃいいいいいっ!!?」


 ごめんね、アンタロー。


 まだ心の準備なんて全然整ってない。

 やっぱり今回は、無理だよ。


「う、」


 アンタローがどんどん落ちていく。

 私の心は動かない。


 そうだよ、精霊が打たれ強いのか、弱いのか、検証する価値はあるよね。

 ばいばい、アンタロー。


「わああああああああっ!!」


 私はぎゅっと目をつむって叫び、そして、崖に向かって走り出していた。


 タッ、と地面を蹴る。


「―――っ!!!」


 ユウとマグが、何か叫びにならない叫び声をあげている。


   バサアッ!!


 私の背中に翼が広がるのが分かった。


 あーあ、もう!!!


 もう、あの時、アンタローに、言っちゃったもんね!!


 私の中の神様は、悪いことしたらダメって言う人だって!!


 なんであんなこと言ったんだろ、言うんじゃなかった!!


 広げた両腕の中に、アンタローがぽすんと落ちてくる。

 その温かい毛並みを、私はぎゅっと抱きしめた。


「てん……し……?(アンタローの声)」


 お前が言うのかよ!!!!!!!!!!!!!!


 ひいいいいいいいいいいいいいいい


 うあああああああああああ!!!!



 その瞬間、私の中に根性で押し込めていた恥じらいというかもう純粋な恥ずかしさの芽が、ぶわーっと成長して瞬く間に世界樹レベルにまでなった。


 いやあああああああああ!!!!


 もう誰にも顔向けできないいいいいい!!!


 翼なんて生涯で持ったことがなかった器官だが、私はなんとか、感覚でバサバサと飛んで、ユウとマグの方へアンタローを投げてよこした。


「ツナ…」


 ユウはアンタローをキャッチしながら、茫然とこちらを見ている。


「見ないで!!!!!!!!!!」


 あまりの恥ずかしさに叫び、両手で顔を覆う。


 無理無理無理!!

 今後もうどうやって二人に顔を合わせたらいいの!!!?


 私はもう、混乱と勢いに任せて、泣きそうな顔で、また叫んだ。


「さよなら!!!!」


 バッと方向転換して、崖から離れるように空を飛ぶ。


 ああ……崖から離れるように……空を飛ぶですって……へ、へへ、優雅だあ~。


「ツナ、待て!」

「ツナ……!!」

「ツナさぁん!」


 背後にある皆の声が、瞬く間に遠のいていく。


 もう、一人で生きて行こう…。

 こんな恥が服着て歩いている物体があの人たちの傍にいていいわけがない。


「くそっ、マグ、これに乗れ!」


 …?

 これに乗れって、なに?


 だいぶ遠くになったユウの声が、あまりに予想外の言葉を放ったので、私はつい振り向いてしまった。


 そして、ぎょっとして翼が固まり、遠ざかる動きをやめた。


 うわっと危ない、ホバリングホバリング!


 しかし目の前の光景に目が放せない。


 私が振り向いたとき、ユウは大剣を野球のバットのように構えていて、そしてマグが何故か、大剣のだんびらの上にふわりと着地をしていたのだ。


 えっ、全然意味が分からない。


「行っけえええええええええええっっ!!!」


 そのままユウは力任せにスイングして、マグを私の方に放り投げた。


 えええええええ!!!?


 なんてことするの!? マグ死んじゃうでしょ!?


 私、死ぬ気で、誰かが死ぬ流れを回避したのに!!?


 待って、しかもここまで届いてない!!


「マグ…っ!」


 私は反射的に、マグの方へと方向転換した。

 まだ上手な飛び方がわからないので、よたよたとしながら、落下するマグに向かう。


「ツナ……っ!!」


 マグが手を伸ばしてくる。


   ドッ!


 結局私は、手を握るどころか、マグの腹めがけて頭突きをする感じでたどり着いた。


 えーーー狙ったところに飛ぶの難しい!


 とバタついていると、マグが力いっぱい私を抱きしめてきた。


「ツナ、行くな!!」


 うわ待って!

 うまく飛べない!


 もう全然喋っている余裕がなく、私は必死で地面の方に目を向ける。


 崖から遠のいたそこは、下が森になっていた。


 こ、これなら、うまく着地すれば、助かる!


「う、うぐ、くっ…!!」


 私は必死にマグに掴まりながら変な声を出し、少しでも落下の衝撃を和らげるために、バッサバッサと翼を動かした。


 あーーこの感じ、ちょっとわかってきた!!


 腕が四本あると考えればいいのか!?


 やっぱり土壇場になると、色々、わからないとか言ってられなくなるんだなあ…!!


 でも、普通に腕をバタバタさせるだけでも疲れるのに、これは…!


 というかダメだ、マグが重すぎて、私じゃ支えられない、落ちる―――!


 私はぎゅっと目をつむって、衝撃に耐えた。



   ガサザザザザドザアアッッ!!



 何とか木のある所に落ちたものの、葉っぱとか枝とか衝撃とかが容赦なく襲い掛かってきて、一瞬、意識が途切れかける。


 ポタン、と額に冷たいものを感じて、それで意識をつなぐことができた。

 曇った空から、雨が降ってきていた。


 痛……あれ、痛くない?


 おそるおそる目を開けると、マグが私を庇うように包み込み、下敷きになってくれている。


 私はびっくりして、マグが怪我をしていないか確かめるために、彼の戒めから逃れようとした。


 しかしマグは私をがっちりとホールドしたまま、びくともしない。


「……っ、マグ、はなして!」


 必死で引きはがそうと暴れる。


 視界に入る部分だけでも、マグの衣服は擦り切れたり葉っぱがついていたりとボロボロだ。


 脳裏に、崖下に落ちた時のマグの姿がフラッシュバックする。


「はなして! は、な、し、て!!」


 グイグイと手で押す。

 手のひらからマグの体温が伝わってきて、それだけは安心できる。

 まだ生きてるみたいだけど、もし怪我してたら、圧迫止血だけでもしないと…!


 やっと隙間ができて、えいやっとばかりに身をよじり、なんとかマグから逃げ出そうとする。


「ツナッ!」


 しかし瞬く間にマグに上から押さえつけられてしまった。

 ぎゃあと思っている間に、草地の上に寝転がる。

 そして、私の上に馬乗りになっているマグと、初めて目が合った。


 ザアザアと、雨が本降りになっている中で。

 マグは何故か、ものすごく怯えたような目をしていた。


 えっ、何故だろうと思っていたら、マグはいきなり、乱暴に自分のマフラーを解いて捨て、首元を見せてきた。


「ツナ、大丈夫だ、これを見ろ、俺も、普通の、人間じゃない! 大丈夫だ、同じだ、行くな!」


「え……」


 私の頭の中は、ハテナマークでいっぱいになった。

 あれ、話が、噛み合ってない気がする。

 どういう流れだったっけ?


 思考を巡らせながらも、私の目線は、マグの首元に釘付けになっていた。


 身体を打ち付けたときにできる痣のような、どす黒い紫色の模様が、マグの首をのたくっていた。

 まるで、書道の練習に、誰かがものすごく適当に、そして乱雑に筆を走らせたような、全然規則性が見られない模様。

 なんて酷い模様だろう、と思った。

 だって、そこからは全然、思いというか、愛を感じられない。

 見ていると、そういう感覚でいっぱいになる。


「ユウにも、これがある、アイツのは、胸にある、普通じゃない、一緒だ、翼があったって、ツナ、逃げる必要、ない…ぐっ!」


 かつてないほど早口で喋るマグの首元で、急に模様がボオっと汚い色の光を放った。

 同時にマグは苦しんで、喉を抑える。


「マグ! わかったから、にげないから!」


 今のマグの言葉で、状況が理解できた。

 そうか、私が、『人間じゃないってバレて、マグたちに嫌われる前に逃げ出した』って思ってるんだ。


 マグは呼吸を荒げながら、それでも苦しげに言葉を続ける。


「クソみたいな、人生だが、一つだけ、どうしようもなく、知っている、ことがある。『知ってしまえば、知らなかった頃には、戻れない』、ということ。良くも、悪くも、これが、オレが得た、人生観だ。オレはもう、ツナのこと、知ってしまった、ツナが隣にいる、日常を、知ってしまった、もう、ツナの居ない、生活には、戻れない…っ」


「マグ、もういいよ! ゆっくりしゃべっていいから!!」


 ユウが、マグとケンカをした時の話を思い出す。

 このままじゃ、マグが血を吐いて倒れてしまいそうで、私は懇願するように叫んだ。


「はあっ、クソ…! ツナに、ずっと、一緒に旅しようと、言えなかったのは、この、呪いの、ことが、あったからだ。故郷のことも、全部、話す必要が、あるからだ。オレは、ツナが、それを聞いて、関係に、ほんの少しでも、亀裂が入る、可能性があるのが、たまらなく、嫌だった!」


「マグ……どうしてそこまで!」


 マグの首元の模様が、また不定期に光り始めた。

 マグはもどかしそうに喉を抑え、「いっそ、喉ごと、ひき千切りたくなる、時がある」と言いながら、しばらく呼吸を整える。


 二人で黙ると、雨の音だけが空間を満たした。

 私は、ゆっくりと起き上がり、マグも落ち着いたのか、身を引いた。

 二人で向かい合って座りなおす。


「オレもユウも……ツナのこと……家族みたいに思っている……からだ。自覚はないだろうが……ツナは何度も……オレたちの心を救ってくれた。いつかツナが……大きくなって……自分で生き方を……選べるようになって……それでもなお……オレたちと一緒にいること……を、選んでくれたら……すべて話そうと……思っていた。だが……」


 マグは雨の滴る前髪をそのままに、


「いざ、さよならと言われたら……世界が終わったような……気持ちになった……。ここまでして……引き留めて……ざまあないな……こんなはずじゃ……なかったのに」


 マグは私と視線を合わせず、どこかその辺を見ながらそう言った。


「マグは……だまされてるんだよ」


 私はうつむいてそう告げる。


「ツナ……?」


 色々なことがいっぺんに起こりすぎて、私はもう限界だったらしい。

 前から抱いていた罪悪感が、憤りと共にぶわーっと噴き出してきて、全然それを押さえつけられる精神状態じゃなかった。


「マグは私に騙されてるの! 本当は子供じゃないし、アンタローが生意気言うと心の中でコノヤローって思ってるし、それに全然いい子じゃないし、演技なんだよ! 中身だってすごく残念な感じで、ユウとマグに家族みたいに思われる価値なんてまるでない!」


「オレのいだく価値は、オレが決める」 


「だから、それが騙されてるの! そんなに、苦しんでまで、一緒に居たいって、そんなふうに言ってもらえる存在じゃないよ、私は! だってユウとマグの呪いだって、全部私のせいだもの!」


「ツナ」


「うるさい!!」


 一気にまくし立ててから、ぼろぼろと涙をこぼした。

 今、雨が降っていてよかった。

 雨に紛れて、泣いているのはきっとバレていない。


 しかし、マグは私の頬を片手で包むようにして、涙をぬぐってきた。

 私は驚いて顔を上げる。


「……っ」


「ツナの言っていること……たぶん、オレには半分も理解できていない……と思う。だが……演技については……。……。……ツナが、本当は……記憶喪失じゃないというのは……早い段階で気づいていた」


「……え?」


「ユウは気づいていない……が、オレは……見ていればわかる……ずっとツナを見てきた。……記憶喪失を……偽ってまで……話したくないことがあるのは……それは当然だ……誰だって……言いたくないことくらいある……そしてオレは……そんな演技なんて……どうでもいい……些末なことだと……思っている」


「………」


 そんなはずはない。

 私は、記憶を封じられて、空から投げ捨てられた設定だ。

 それが、正しいはずだ。

 なのに、マグは……。

 私自身のことを、見てくれていた…?

 そんなことって、あるのだろうか。


「ツナ……パンを平たく潰して食べていたのは……演技か?」


 予想外の質問に、私は目を見開いた。


「アンタローを……トリュフ豚だと言ったのは……演技か?」


「それは…、…違うけど……」


「ビスケットを分解して……食べていたのは……演技か?」


「な、なんで、恥ずかしいことばっかり、聞いてくるの!」


 私は頬を紅潮させて、思わずマグを睨んだ。

 マグは、とても優しく笑った。


「じゃあ、オレの隣に居たのは……ちゃんと、ツナ本人だ……他のことは……一切合切どうでもいい。……気にするな」


「う……っ」


 またぼろぼろと涙がこぼれる。

 マグはもう一度、私を抱きしめてきた。

 いつも移動のために抱き上げられることは何度もあったのに、そういえば抱きしめられるのは今日が初めてで、全然感覚が違った。


「ツナ、どこにも行くな」


「っっっ、わああああああああんんんんんん…!!」


 マグの肩に顔をうずめて、わんわんと泣いた。

 言われたことが嬉しかった。

 そして、嬉しかったことがどうしようもなく悲しかった。


 だって、この話には原文があるのだから。

 この人たちは、原文に書いてあるから私を大事にするし、原文に書いてあるから優しい。

 私だって原文通りに行動する。


 そんなことは、最初から、とっくの昔にわかっていたことなのに。

 なぜだか今はそれが悲しくて悲しくて、胸がぎゅっとなってこのまま死んでしまうのかと思った。


 マグはずっと、あやすように、私の背中を一定のリズムでポンポンと叩いてきていた。


 泣き疲れたのもあって、だんだんと、瞼が重くなってくる。


「ツナ……一度宿に帰ろう……ちゃんと全部話す……それまでは……寝てていい」


「………ン」


 ほとんど夢見心地の感覚で、マグの肩に顎を乗せる。




 そしてその時、私は信じられないものを目にした。




<つづく>



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