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夢小説が、殺しにくる!?  作者: ササユリ ナツナ
第一章 小学生編
34/159

菓子菓子パニック(下)

「アンタローっ!」


 住宅街とは遠い街の裏側は人通りが少ないので、私は思い切り声を出せた。


「……? おかしい、風はもう……止んでいるはずなのに……上空の方は……違うのか?」


 マグは息も切らさず、冷静に走っている。

 アンタロー風船は、ぐんぐんと上昇しながら、崖のある方へと行こうとしていた。


「そんなことどうでもいいだろ!! くそっ、間に合うか!?」


「あ、あんな、たかい、とこから、おちたら、しんじゃうよ…!」


 私の言葉に反応して、ユウはぐんとスピードを上げた。

 私はもう全然二人に追い付けずに、涙目になりながら空を見上げるばかりで、なんとか倒れないように走って、ぜーぜーと呼吸をするのが精一杯だ。

 くそー、リアルだったら、小学生の頃の50メートル走の記録は7秒9だったのに…!


   ザザザアッ!


 私のはるか前方で、ユウが足にブレーキをかける。

 崖のギリギリ手前で止まった。

 ちょうど、アンタローの真下の位置だ。


「アンタロー、ここだ、降りて来い!!」


 ユウは両手を広げてアンタローに呼び掛けている。

 マグもいきなり急ブレーキをかけてこっちを見てきた。


「ツナ!? 上じゃなく……っちゃんと、前を見―――」


「うぶっ!?」


 いきなりバサっと目の前がふさがった。


 なになになに!?

 あ、痛い、葉っぱだ!


 茂みに突っ込んじゃった!?


「ツナッ!!!」


 今までに聞いたことのないようなマグの焦り声がしたと同時、私の足はそのまま、たたらを踏むように茂みを抜けて。


 そして、地面の感触がなくなった。


「あれ…?」


 タワーとかの展望台とかにある、物凄く速いエレベーターに乗ったような浮遊感。

 上に上がる方じゃなくて、下に降りる方の。


 崖際に茂みがあるなんて、なんて不運なんだろう。

 などと妙に冷静に考えながら、耳はドサッという音をとらえた。

 なんだろうと思うと、次の瞬間にはマグに抱きかかえられている。


 あ、そうか、マグが持っていた荷物を放り捨てた音なのか。

 それで私が今、荷物で。


「―――ツナ、幸せにな」


 びっくりするくらい耳元でマグの声がした。

 次の瞬間には、私は空へと放り投げられている。


 ザザアッと、先ほどまで居た地面に叩きつけられるように、背中から着地した。


「……けほっ!」


「ツナ!?」


 驚いたようなユウの声がしたが、私はユウの方を見る余裕がなかった。


 今、自分が落ちたはずの崖を、上から覗き込む。


 この崖は、4階建てのマンションくらいの高さだったらしい。

 下で寝転がっているマグが、まさにそのくらいの距離にいる。


 そのくらいの距離なので、マグの表情は見えない。

 見えたのは、倒れたマグの下から、じわじわと広がっていく、血の色。

 下の大地は、木など一つもない、岩盤だけ。


「………は?」


 ユウの声は、私のすぐ隣から聞こえて、しかし最初は、私が「は?」と言ったのかと思った。


 それくらい、急激に何もかもが分からなくなっていた。




   <・・・・・パラ・・・・・>




「まずい、あっちは……崖が多い……!」



「―――…っ!!」


 走っていたはずの私の足は急に止まり、茫然とその場に立ち尽くす。


「っ、はあっ、は、はあ……っ!!」


 走って疲れたという理由以外で、息が荒い。

 ぎゅっと目をつむって、心臓を抑えた。


 落ち着け、落ち着け、大丈夫大丈夫、ページは戻った! あれは不正解だった! マグは無事だった!!

 本当に怖い!!

 ページが戻るまで、不正解かどうかわからないなんて、拷問だ!!


「ツナ!? ユウ……っ先に行ってろ!」


 またマグが私の変調に一番に気づいて、引き返してきた。

 ユウは一瞬だけこちらを振り向くと、ほんの少しの逡巡を見せた後、「わかった!」と言って駆けていく。


「ツナ、むしろここまで……よく走った……!」


 マグは即座に荷物を捨てて、私を抱き上げ、ユウを追う。


「マグ、マグ……っ!!」


 私は必死にマグにしがみついて、ぼろぼろと流れる涙が抑えきれない。


「大丈夫だ、アンタローは……ユウが助ける……!」


 そういうことじゃないのに、マグが喋るだけで嬉しくて嬉しくて、私は何度も何度も泣きながら頷いた。



「アンタロー、ここだ、降りて来い!!」


 ユウが崖の端で両手を広げているのが、遠目に見えた。


 マグはその様子に安心したのか、私の負担を軽くするため、少しだけ走るスピードを抑えた。


「……? 妙だ、アンタロー……まるで自分では……動けないような……?」


 マグの言葉に、ユウたちの方に目を向ける。

 確かに、これで終わるかに見えた追走撃は、そこからまるで動きを見せない。


「くそっ、アンタロー!」


 ユウの焦るような苛立ち声が近くなる。

 マグはあと少しでユウと合流できるというところまできたが、アンタローはユウの手が届かない10メートルくらい上空で、少しずつ崖向こうへと流されていた。


 その時、涙で濡れた私の視界の端に、一瞬だけ、キラリと一条の光がよぎったように見えた。


「…?」


 見間違いかと思った瞬間、アンタローの口から出ていたフーセンガムが、パチンと割れる。


「ぷぃいいいいいっ!!?」


 アンタローが、はるか上空から、ひゅーんと落下していく。


 私もマグも息を飲んだ。まだまだ追いつけてもいない距離だ。

 するといきなり、ユウがこちらを振り向いた。


 今まで見たことがないような、ものすごく晴れやかな笑顔だった。


「…じゃあな、マグ、ツナ! 一緒の旅さ、すっげー楽しかったよ!! 俺さ、世界一幸せだった!! 全然悔いはねーや! じゃ、行ってくる!!」


   ダンッ!!


 私とマグが言葉の意味を理解する前に、ユウが地面を思いきり蹴って、崖からダイブした。

 ちょうど、ユウの目の前を過ぎようとしていたアンタローをキャッチし、そのまま下に消える。


「「ユウ!!?」」


 私とマグの叫びの後、下から、ぽとん、コロコロと、アンタローが放り投げられてきた。


   ドサッ!


 そして私も、いきなりその場に落とされた。


「……ツナは……、……見るな」


「マグ…っ!」


 全然余裕のない真っ青な顔で、マグは私を置いて、ゆっくりと崖の下を覗きに行く。


「…………」


 そこから、マグが喋ることはなかった。

 ただ、口が小さく動いて、「バカが…」と、声にならない声を、ぽとりと落とした。


 ……これは、何なんだろう?


 さっきまで一緒にお菓子を食べて笑ってたのに。

 悪意を持った誰かがやっているようにしか思えない。


 でも、もう何も考えられない。

 私の中に、喪失感だけしか残ってない。


 ダメだ、ダメだ、と何度も頭の中で繰り返し、そのうち何がダメだったのか、なんでダメだったのかもわからなくなってきた。




   <・・・・・パラ・・・・・>




「まずい、あっちは……崖が多い……!」



 私は、どっと膝から崩れ落ちた。

 そのまま倒れ込むと、帽子が脱げて転がる。

 足が馬鹿みたいに震えて、全然力が入らない。


「ツナっ!?」


「ふたりとも…っ、さきに、いってて!!!」


 悲鳴のような声を振り絞る。


 はあはあと息が荒いまま、私は地面の一点だけを見つめているようで何も見ていなかった。


 しばらくのためらいの後、マグの声がした。


「くそ……すぐに……戻ってくるからな……!」


 足音が遠くなる。

 私の息は、全然整う気配を見せない。


 くそっ

 くっそおおおおおおおおおおお!!!


 もう、自力で、この精神状態を、治すしかない!!!!!


 だいたい私は漫画とかである、衝撃的なシーンにヒロインが気絶するシーンとか大嫌いなんだよ!!!!


 でも今ならちょっとわかってしまう、それがすごく嫌だ!!


 くそが、やってやる……!!!


 何かを喋ろうとするたびに、息が荒くなり、涙がボロボロと零れる。

 私がこんなことをしている間に、ユウとマグはあと何回崖から落ちればいいのだろう?


 ダメだダメだ!!

 気分転換気分転換、気分転換!!

 なんでもいいから、気分転換!!


 呪文のように頭の中でそればっかりを唱えて、スーッと、大きく息を吸った。


「もーも、たろさん、ももたろさん!!」


 声は裏返っているし、掠れているし、音も外れていた。


「おっこしーに、つーっけたっ、きーび、だーんご!!!」


 っく、と、時々しゃっくりのような無様な声が漏れてくる。


「ひーっとつ、わーたしーに、くーださい、な!!!」


 げほっ、と咳も出た。


「あーげ、ましょう、あーげましょう!!」


 よろっと立ち上がる。

 まだ足は震えていた。


「こーれから、おーにの、せーいばっつに!」


 ゆっくりと指を組み、目を閉じる。


「つーいて、くーるなーら、あーげましょう!!」


 思い切り、息を吸ってーー……。

 吐いてーー……。


 …切り替えろ、切り替えろ、と、頭の中で呪文を続ける。


 倒れるわけにはいかないから、魔力は節約モードで。

 本当に、ぎりぎりまで、そぎ落とした、部分だけを、見なきゃ。


「このシーンの、原文……出て来い!!」




<つづく>



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