空近く、街臨む
デュラニーのお迎えは、思ったよりも早かった。
まさに朝食を終えて、間髪入れずというタイミングで宿の部屋がノックされたのだ。
ひょっとしてデュラニーは、寂しがり屋なのかな?
と心配になるほどだ。
「アンタロー、いいこで、るすばん、しててね?」
「ぷいぃいいっ!」
一人残った私は急いで着替えを済ませ、キャスケット帽を被って宿の入口で合流する。
「おまたせっ」
「ナツナくん、女性たるもの、こんなに手早く準備を終えるべきではないな。もう少し勿体をつけるのも、駆け引きというものではないかね」
デュラニーが、平民にはよくわからない注意を入れてきて、マグが半眼でデュラニーを睨む。
「こら……ツナに変なことを……吹き込むな」
「フッ、失敬。しかしマグくん、保護者を語るのなら、彼女を立派なレディに磨き上げるのも、大事な役割じゃないのかい?」
「ツナは既に……どこに出しても……恥ずかしくない」
「や、やめてマグ、むしろいま、はずかしいから…っ」
マグは私の中身が実はこんな残念な感じだと知ったら発狂するんじゃないだろうか?
マグのためにも、もうちょっと頑張って、フィクションくらいは美少女を貫き通そう…と、私は決意を新たにした。
「なるほど。ならば私も、既に立派なレディであるような扱いをするべきなんだろうな。さ、お嬢さん、お手をどうぞ」
デュラニーが、白い手袋に包まれた手を差し伸べてくる。
あれっ、この人こんな感じなんだね?
えーー、こういう気取ったことを言いながらいきなり『半径×半径×π! ここだ!』とか言ってこられたら、余計ダメージ大きいんだけど…ここだってどこだよ、って聞きたくてたまらなかったし昨日。
どうしよう、と思ってユウとマグを見上げる。
ユウは困ったように腕を組み、マグと同じような半眼でデュラニーを見る。
「ほらデュラニー、ツナが困ってるだろ」
「それは困りもするだろう。普段、君たちが彼女を女性扱いしないだろうからね。しかしこういうことは、なるべく早くに慣れておいた方がいい。いずれ美しく成長を遂げるだろうからな。どうだいナツナくん、今日一日は私にエスコートされてみては?」
デュラニーは反対の手でメガネを押し上げる。
えーー、どうしようデュラニーとあんまり関わりたくないのに…よし、なんとか話をそらそう。
実は一個、気になってることもあるし。
私は一瞬だけ、ちらりとマグを見てから、すぐにデュラニーを見上げた。
「デュラニー、いっこ、おねがい、していい?」
デュラニーだけでなく、ユウとマグも少し驚いたような顔をした。
「もちろん、なんなりとどうぞ。女性の願いを叶えられるのは、紳士のほまれだ」
「あのね、なまえ、よびづらいから、デューって、よんでいい?」
実は気になっていたのはマグのことで、昨日からちょこちょこ、デュラニーの名前をちょっと呼びづらそうにしている気配を感じるんだよね。
やっぱり一緒に暮らしていくというのは、そういう細かい違和感に気づけるということなんだろうなと思った。
デュラニーはよほど予想外だったらしく、ぽかんとした顔で私を見てくる。
喋り方はおっさんなのに、そういう表情をすると年相応なんだな…と変な感心をしてしまった。
「おっいいじゃんいいじゃん、デューって確かに呼びやすいし。俺も若干めんどくせー名前だなって思ってたんだよ」
ユウが全然悪気なく失礼なことを言っている。
マグの方を見ると、何か思うところがあるのか、じっと押し黙っていた。
しかしデュラニー本人は、ユウの言葉など聞こえてないような感じでフリーズしている。
「デュラニー、きにさわった…? あの、いやなら、むりしなくて、いいよ…!」
「ああ、いや…」
デュラニーはハッと我に返ったようだった。
「失敬。生まれてこの方、私に愛称をつけようとしてくる者に出会ったことがなかったのでね。無論、断る理由などない。好きに呼びたまえ」
「よかった、じゃあ、デュー!」
デューは特に返事もせず、ただ、顔を隠すようにさりげなく手の平の配置を変え、明後日の方角を向いた。
「……てれてる?」
「ナツナくん、そう言った言葉は慎みたまえ。不躾だぞ」
よかった、算数以外の言葉もちゃんと通じるんだ…と、私は安心した。
デューはエスコートのことなどすっかり失念したように、居住まいを正す。
「ではそろそろ展望台に向かおうじゃないか」
「いや、待った。実は俺、ずっと気になってることがあるんだが、いいか?」
「なんだね、ユウくん」
「なんで馬よ?」
え? と思ってユウの視線の先を見ると、なぜか当然のように、大荷物を乗せた白馬が道の端に待機していた。
「フッ。必要と思ったから用意したまでのこと。せっかく風光明媚な場所に行くんだ、弁当は必須だろう」
どんだけ楽しみにしてるのこの人!?
よく見ると目の下にうっすらとクマがあるんだけど、楽しみすぎて眠れなかったのかな…。
よっぽど今まで友達いなかったんだろうなあ、本当、可哀想。
「うま、なまえ、ある?」
とはいえ、間近で馬を見る機会なんて滅多にないので、私はついつい興味津々に、白馬の腹の辺りを撫でに行った。
「エクスカリ馬ーだ」
うわネーミングセンス最悪じゃん。
「ツナ、馬は背面じゃなく……正面から近づかないと……蹴られる……可能性がある」
マグはやんわりと私の肩を掴み、馬から遠ざけた。
「失敬な、私の愛馬を育ちの悪い他の馬と一緒にしないでくれたまえ。ナツナくんどうだい、私の馬の乗り心地を試してみるというのは?」
デューは私を乱暴に掴み、マグから引きはがしてくる。
「えっ、のって、いいの??」
私はデューに背中から凭れている形になり、真下から彼の顔を見上げる。
「フッ、無論だとも。そもそも幼いうちから生き物に触れておくというのは教育上でも推奨されている行為だからね。反対させる気はない」
「デュー……少し……強引じゃないか?」
マグが睨みつける。
デューも、何かに反応するかのように、ギラリとマグを見返した。
えっ、ケンカになるの? 困るよ、数式が出る!
と焦っていると、デューはメガネを押し上げて、こう言った。
「もう一度呼んでくれないかね」
「……なに?」
「………」
「……デュー?」
私の肩を掴むデューの手が、喜びに打ち震えている。
なんか、可哀想を通り越してめんどくさいなこの人。
「いや、すまん、呼び止めたのは俺だが、そろそろ行こうぜ…」
ユウがちょっといたたまれない空気感を出している。
そうだな、という感じでマグが歩き出そうとしたとき、私より年齢の低そうな街の子供たちがはしゃいだ声を上げて、私たちの傍を通りすぎていった。
「待って…!」
少し遅れて、数人の男の子を、木の人形を持った女の子が追いかけてくる。
「おせーよ、ばーか! おい、コイツ、撒こうぜ!」
男の子たちは笑い声をあげて、蜘蛛の子を散らすように方々に散っていった。
「うあっ!」
女の子は石畳の小さな段差に躓いて、べしゃっと倒れ込んでしまう。
私がわっと驚いているうちに、即座にユウが駆け寄った。
「大丈夫か、お嬢ちゃん?」
「~~~っ」
女の子は今にも泣きそうな顔でユウを見上げる。
すぐにユウはポケットから何かを取り出し、女の子の顔の前にグーを出した。
「さて問題です! この手の中にあるものは何でしょう!」
「え? あ…」
女の子は、泣くのも忘れてユウのグーの手をじっと見る。
「空気?」
「ブッブーはずれ! はい、残念賞のハチミツ飴~」
ユウはこなれた手つきで女の子を立ち上がらせると、広げた手の中にある金色の飴を、そのまま女の子の手に置いた。
「わあ、ありがとう、お兄ちゃん!」
「いいっていいって、今度はこけるなよな? あんなバカどもなんて放っておいて、女の子は家で人形遊びをやるのが一番だ。何せそんな可愛い人形があるんだからな」
「うん、この子ね、カリちゃん!」
「そうかー、カリちゃんのほうは怪我もないし、無事でよかったな。ほら、家に帰ってお袋さんに擦りむいたところを消毒してもらってきな」
「……うん、じゃあね!」
女の子は嬉しそうにハチミツ飴を口の中に入れると、ユウに手を振って、来た道を戻っていった。
私はなんだか、その景色がどうしようもなく懐かしくて仕方がなかった。
私も小さい頃、近所に男の子しかいなくて、置いていかれないように必死に木登りやチャンバラを覚えて。
本当はままごとや人形遊びがやりたかったけど、嫌われたくないからぐっと我慢した。
思い出したくもない憧憬が込みあげてくる。
「ツナ、どうした……?」
マグがさりげなくデューの手から私を引きはがしながら、心配そうに覗き込んできた。
「え? えっと…ユウが、おにいちゃんみたいで、びっくりした」
「そうかい? ユウくんは前から面倒見がいいイメージだったが」
デューが首を傾けている。
あれっ、そうなの?
じゃあ普段のユウのあの小学生憑依はいったい…?
「そうだぞツナ、俺はこれでも村一番の人気者だったんだからな!」
「えー、じしょう、するところが、あやしい」
「ユウは……外面はいいからな……」
マグの言葉に、なるほどと納得する。
できれば私の方にも外面を向けてくれませんかねえ。
「ところで今の、人形遊びという単語は何かね」
デューが眉間にしわを寄せ、深刻な顔で悩んでいる。
「何って…俺もよく知らねーけど、この街の名産が木彫りの人形じゃんか、それを使って遊ぶ感じなら全部人形遊びなんじゃねーかな」
「なるほど。ユウくんやマグくんは遊んだことがあるのかね?」
「ないが……」
「ナツナくんは?」
「いやすまねえデュー、話してなかったが、ツナは記憶喪失なんだよ。だからそういう質問は遠慮してやってくれ」
デューは一度瞬きをすると、
「そいつは失敬…。フン、ならば全員が未経験というわけだ。面白いじゃないか、私たちもやってみないか、その人形遊びとやらを」
デューから隠し切れないワクワク感を感じる。
ユウとマグと一緒に遊びたいんだね!?
「そうと決まれば早速買い出しだ、ハイヨー、エクスカリ馬ー!」
デューは私たちの返事も聞かず、ひらりと白馬にまたがった。
「あ、おい、デュー!? まだやるって言ってねえだろ!!?」
「君たちは先に展望台まで行っておいてくれたまえ! すぐに追いつく!」
パカラッパカラッパカラッ!
やたらモノを乗せている白馬が、走りづらそうにガチャガチャと通りを駆け抜けていった。
「行っちまった…。というか、街中で馬なんて乗っていいのか?」
ユウの疑問に、私たちは答える術を持っていない。
「まあ、とりあえず……行くか」
マグはそう言いながら、歩き出す前に私をよいしょと持ち上げる。
ユウが振り返ってそれを見た。
「あーそうだな、展望台、こっから見上げるだけでも結構距離があるもんな」
「ご、ごめんねマグ、お世話になります」
私はなるべくマグに負担がかからないように、しっかりと首に掴まる。
「いや……平気だ、ツナは軽い……風に飛ばされないか……心配になるほどに」
言いながら、マグはのっそりとユウの後ろをついて歩く。
「……、……ツナ、ありがとな」
「え?」
聞き返したが、マグはそれ以上何も言わなかった。
ひょっとして、デューの呼び方のことかな?
マグって、私が何をやっても見抜いてくるなあ。
………。
どうか私のこの残念な中身のことは、見抜かれませんように!
<つづく>




